347 名前:モントゴメリー[] 投稿日:2023/11/08(水) 21:34:44 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [32/119]
日蘭世界SS——cafe・ express(コーヒー急行)——
グアテマラ共和国、アンティグア。
世界遺産に数えられる古都を有するこの地方は、良質なコーヒー豆の産地としても知られている。
3つの火山に囲まれたが故に豊かな火山性土壌であり、標高も高く温度が低いにも関わらず日照時間が長い。
更に昼夜の寒暖の差が激しいなどコーヒーノキの栽培に絶好の自然条件が揃っているのである。
グアテマラは国内に8カ所ものコーヒー産地(いずれも世界に誇る一級品)を有する一大コーヒー生産国であるが、その中でもこのアンティグア産のコーヒーは特に有名である。
そんなアンティグアに冬がやって来た。他の地方はいざ知らず、グアテマラでは冬はコーヒー豆の収穫期である。
「父さん、こっちは終わったよ」
「ああ、ありがとう。すまないな、せっかくの休みなのに」
とあるコーヒー農家では一家総出で豆の収穫を行っていた。
完熟している実のみを選別しなければならないので機械化は困難な作業である。また、仮に機械で選別できたとしても実を傷つけてしまっては意味が無い。
この農園が機械に支配されることは当分無いだろう。
「毎年のことだからもう諦めているよ。これも俺の運命さ」
「そんな歳で人生を悟ったような事を言わんでくれ。今年に続いて、来年度の取引単価も上がるはずだから、大学にだって行かせてやれるぞ?」
「ハイハイ、期待しているよ」
全く期待していない声色で応じながら青年たちは収穫した豆をトラックの荷台に積んでいく。
この後、脱肉や乾燥を施し(最後はまた手作業で)選別して、ようやくコーヒー豆は出荷されるのである。
「一難去ってまた一難だよね。いつものことだけど」
「そうは言うが、昔はもっと大変だったぞ。商品として売れる状態にしたとしても、ここから運ぶのがもっと苦労したんだ」
前述したようにアンティグアは山地に囲まれており標高も高い。もっと言うとグアテマラのコーヒー産地はみな高山地帯にある。
コーヒーの栽培には理想的な立地であるが、輸送という工程を考えるとその理想は悪夢へと変わる。
詳細を省いて乱暴に羅列するだけでも
トラックに載せる
↓
山道を下る
↓
港へ運ぶ
↓
船へ載せる
という手間が必要である。
そして手間がかかるほど時間が必要となりコーヒー豆は劣化する。生産者としては忸怩たる思いだ。
さらに言うなら、時間に比例して輸送コストも増大するので販売価格は上がり、利益率は下がる。
まさに踏んだり蹴ったり「だった」
「今は『アレ』に載せるだけいいからね。明後日には海の向こうだ」
「昔は大西洋を越えるだけで1週間はかかったからなぁ…。楽になったものだよ」
———1か月後
彼らの農園で収穫されたコーヒー豆は同じ地区の他農園のものと共にある場所へと集められた。
そこは山地では貴重な平地であり、舗装もされているがその大きさは一辺が500mほどしかない正方形であった。
しかし、「アレ」には500mの直線があれば十分なのである。
「……何度見ても信じられないくらいデカいな」
青年がボヤくのを他所に「アレ」は着陸する。
アレ——往年の弩級戦艦に匹敵する200mという全長。100mという水上船ではあり得ないL/B比の幅がよりその巨躯を強調する。
エールフランス航空が運用する複合飛行船、「caf?・ express(コーヒー急行)」である。
348 名前:モントゴメリー[] 投稿日:2023/11/08(水) 21:36:06 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [33/119]
———さらに3日後、フランス連邦共和国、パリ7区サン=ドミニク通り14番地「ブリエンヌ館」
フランス連邦共和国の国防参謀総長たるアナイス・ベルナルドは勤務前の一服を満喫していた。
コーヒーカップに満たされたカフェオレを堪能しつつ朝のニュース番組を流し見る。
丁度エールフランス航空の今季初のコーヒー急行が、昨日パリのル・ブルジェ空港に到着したことを報じていた。
アレのおかげで、毎日のコーヒーがより安く、より美味しくなったわね。とアナイスは回顧した。
従来はそのほとんどが海上輸送で運ばれていたコーヒー豆であるが、例えばグアテマラから欧州大陸へは一般的なコンテナ船でおよそ1週間を要した。
その間直射日光を浴びるコンテナの中にある訳であるから、コーヒー豆の劣化は無視できないレベルなのだ。
しかし、コーヒー急行は同じ道程を48時間ほどで踏破してしまう。それも低温な高空を通って。
品質だけでなく価格にも好影響を与える。船舶輸送は時間だけではなく手間もかかる。
船を載せるまでは先述した通りであるが、消費地の港に着いてもそこで終わりではない。
荷下ろしし、トラックに載せ、各都市へ輸送してようやく食卓へ届くのである。
しかし、コーヒー急行は生産地から直接消費される都市へ輸送できるため効率は遥かに高い。
とある試算によれば、複合飛行船の積載量が500トンを超えるとコンテナ船の輸送効率を上回るという。
そして、コーヒー急行に使われる我がFFRが誇るデヴォアティーヌDi1500はその名の通り1500トンの貨物を積載できる。
これにより単位重量当たりの輸送コストは海上輸送の1/2、輸送機を使った空輸の1/10以下にまで圧縮できた。
それでいて品質も維持できるのだから、まさにコーヒー業界の革命である。
一杯のコーヒー!
フランス人の「日常」を象徴するイコンに、これ以上相応しいものはそうそうない。
アナイスは確信している。
だからこそ、Di1500をエールフランス航空を始め民間へも採用できるように大統領に働きかけたのだ。
フランス人にとってコーヒーは欠かせない。
平均的なフランス人は1日3杯のコーヒーを飲むと言う。まさに日常の一コマだ。
“日常”
それは普段は気にも留めないが、何よりも尊いものだ。
アナイスは断言する。
これがあるからこそ我らフランス人は…否、人間は『死地』に飛び込める。
“前線”とは“銃後”がなければ存在できない相対的であやふやなものなのだ。
毎朝のカフェオレの味を思い出し、もう一度飲みたいと考えるとき、兵士は弾雨の中を疾駆できる。
他国のある者は我々を「正気と狂気の境界線上でワルツを踊っている」と表現することがあるが、正気(=日常)がなければ狂気もまた存在せずワルツは成立しないのである。
またある者は「現代によみがえったスパルタ人」とも呼ぶが、我らFFRは『全てのフランスの後継者』だ。
フランスが積み上げてきた文化を、歴史を継承する義務がある。
スパルタ人の尚武の気風と、アテネ人の文化を尊ぶ精神を両立させなければならない。
そういう意味では、コーヒーは立派な戦争資源。必須栄養素なのだ。
イギリス人にとっての紅茶、ドイツ人にとってのビールに等しい——。
「閣下、間もなく朝の会議でお時間です」
副官の声によりアナイスの思索は終了した。
「わかったわ。ちょっと待ってて」
アナイスはいそいそとコーヒーカップを“ひっくり返した”。
そして底のくぼみに琥珀色の液体を注ぐ。
アナイスは一呼吸おいてからその液体を飲み干した。
「…文化はしっかり継承しないとね♪冬の朝はこれがないと目が覚めないわ」
——コーヒーを飲んだ後のカップを裏返し、その余熱で酒精を温めてから飲む方法を「ブリュロ(brulot)」と言い、18世紀フランスが生んだ偉大な文化である。
349 名前:モントゴメリー[] 投稿日:2023/11/08(水) 21:37:11 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [34/119]
デヴォアティーヌ Di1500
全長:約200メートル
幅:約100メートル
離陸距離:約400メートル
着陸距離:約200メートル
最大積載量:1500トン
行動半径:1万2000km
最高速度:120ノット
デヴォアティーヌ社が設計した最新鋭の複合飛行船である。
そのスペックはOCUのものと比較しても遜色ない。
主に軍で使用することを想定して設計されたが、大統領(と参謀総長)の意向により民間にも販路を開いた。
エールフランス航空ではこれを採用し、貨物輸送に運用している。
グアテマラなど勢力圏内のコーヒー産地から直接豆を運んでくるコーヒー急行が特に有名である。
1500トンという積載量をフル活用した場合、平均的なFFR国民30万人が1年間に消費するコーヒーを賄える。
パリ市民に限定すれば、1ヶ月分の需要分を用意してまだ余裕ができる。
大規模な学校の校庭程度のスペースがあれば運用可能なので、その巨躯に似合わず小回りの良さは非常に高い。
350 名前:モントゴメリー[sage] 投稿日:2023/11/08(水) 21:37:53 ID:116-64-135-196.rev.home.ne.jp [35/119]
以上です。
ウィキ掲載は自由です。
「最近同志635が全然『同志』してくれないな……」
と思っていたら、自分自身が最近“本業“のやつ投稿してないことに気づき急いで書き上げました。
最近の大陸スレはポストアポカリプスな空気に支配されていたので、ちょっと夢のあるテイストにしました。
最新技術を超兵器開発に使うのは人類の業です。
しかし、人類はそれで終わるほど愚かではないと信じます。
文明の躍進にこそ技術は使われるべきです!!
その点を考え、このコーヒー急行は最新技術である複合飛行船を使って、日常の食卓に革命的変化をもたらしたのです。
最終更新:2023年12月09日 13:22