643 :ひゅうが:2012/03/13(火) 06:05:04
修正ネタ――「ルの字が生きていたら」【因果応報版】
――西暦1946(昭和21)年12月
男は憤怒に苛まれていた。
「なぜだ・・・。」
車椅子の上で、男はひたすらそれだけを呟いていた。
思考は延々とループを続け、結局彼を怒りが包む。
「なぜだ・・・。」
彼の目論見は完璧だったはずだった。
あの大恐慌で半壊したアメリカ合衆国を再び偉大にし、そしてその国力に見合った地位と待遇を手に入れるには劇薬が必要だ。
マニフェスト・ディスティニー(明白な天命)に基づき米西戦争を戦い、
アジアへの門を開いたクーリッジのように。
今回はアジアの門前に立つ新興国家を下す。
奴らは大きくなりすぎた。アジアはかの地の正当な支配者にして忠実なる従者に統治させればよい。
かの新興国家はその師たる従者の一番弟子のもとで教育しなおさねばならない。
もちろん牙を抜いて首輪につないで。
そうしたのならば愛玩犬として飼ってやってもいい。番犬役はすでに従者たる蒋介石に売約済みだ。
黄色人種に白人が情けをかける必要もない。
例えかの列島が飢餓に苛まれても、それは奴らの自業自得だ。
国土に見合わぬほど人口を無駄に増やし、いびつな工業力を発達させようとするなど思い上がりも甚だしい。
せっかく自国防衛に協力してやったのにその対価をよこさず独り占めをしようとするような欲の皮の突っ張った、そして過剰な軍事力を整備し愛する「私の海軍」に対抗するような輩は一度痛い目を見るべきだ。
インカ・アステカのように。
そして奴らは配給所から配られる一杯のスープを一生忘れず、忠実な箱庭の住人になるだろう。
かくして環太平洋地域は偉大なる文明を有する古き龍とわれら新しいローマ、アメリカ合衆国のものとなる。
域内人口は優に8億に達するし、うまくすれば老いたジョンブルどものインドも手にできるだろう。
これから数世紀は
アメリカの時代になる。
自由を、そして民主主義を世界の標準とし、その頂点にアメリカが位置できる。
欧州?
あんな古臭い連中はスターリンにくれてやればいい。
アフリカ?
やたらめったら植民地に拘る大英帝国にくれてやる。泥沼で溺死すればいい。
「世界帝国アメリカ・・・ローマの栄光を再びもたらすものになるのではなかったのか?」
男はつぶやく。
彼がいるのは、合衆国の中枢ホワイトハウス。
その向こうでは、彼の数少なくなってしまった手ごまが必死で阻止線を張る向こうに終結した人、人、人。
寒空の下、群衆からは濛々とした白煙が熱気のように立ち上っていた。
彼らは怒号を上げ、プラカードのスローガンを叫んでいる。
「貴様ら、この俺を誰だと思っている?
失業者だったお前たちに職を与え、悪の帝国の侵略から守り、偉大なる世界の頂点に押し上げたのは俺だぞ?」
男は叫びたいのをこらえ、ガラス窓の向こうに呟く。
「イタリアは自ら王を追い出した。ナチスドイツは廃墟の中で解体した。そして――あの忌々しいIJNごと日本人は国を失った。いい気味だ。テディが生み出し私が育てたネイビーに敵など必要ない。」
彼は口もとを吊り上げようとする。
しかし、眉根を寄せ、口はへの字に曲がったままである。
「大英帝国はもはや死に体同然だ。ロイヤルネイヴィーもそうだ、俺は勝ったのだ!!」
彼の独り言を聞いていた者がいれば、彼を狂人と罵っただろう。
あらゆる可能性に満ちた並行世界はともかく、この世界の男はそうした子供じみた感情を発端にして戦争を拡大させ、ついには国をいくつも滅ぼしていたのである。
もっとも、その発端を作ったちょび髭の男や筆髭の男も同様であるので何をかいわんやとシニカルに考えることもできるが。
644 :ひゅうが:2012/03/13(火) 06:05:56
「だのに――なぜだ!!」
男が叫ぶと同時に、あたりにサイレンが鳴り響いた。
空襲警報発令、空襲警報発令、とアナウンサーが叫ぶ。
ホワイトハウス前に終結していた群衆は悲鳴を上げながら押し合いへしあいしつつ、逃げ惑う。
するとそのはるか上空から爆音が響いてきた。
初飛行の時を迎えたばかりのB-36に匹敵する大型機が恐るべき高速で飛来したのだ。
ダイヤモンド型の編隊を組み、その翼下に護衛戦闘機を従えた後退角付きの大型機の熱線反射塗料と、その国籍表示を見た男は絶叫する。
「なぜ、貴様らは俺の、アメリカの邪魔をする!!ジャップ!!ニップ!!くそったれのイエローモンキーども!!」
19世紀末に生まれた恐るべき思想、社会的ダーウィニズムに全身が浸かった男、アメリカ合衆国大統領フランクリン・デラノ・ローズヴェルトは血走った眼で日本帝国空軍に所属する超音速戦略爆撃機「飛鳥」の編隊に向けて叫んだ。
編隊には、ドイツ帝国空軍から派遣されたメッサーシュミットMe760「ヨルムンガンド」超重爆撃機も参加している。
護衛戦闘機の中には、北大西洋に展開した日本帝国海軍遣異艦隊の超大型空母群や欧州条約機構軍の統合機動艦隊から発進したものも混ざっていた。
爆音が周囲の空間を圧すのを見計らったかのように、ローズヴェルトのデスクの向かいに張られた世界地図上のランプから光が消えた。
百以上のランプのほとんどから赤い光は消えており、残るものはこの首都ワシントンDCのそれのほかは、はるかシベリア奥地にあるナベエルなんとかというタタール人がつくった都市かゴルムドという中華の奥地のみである。
そのほかは、インドや南米にも光がともっているがこちらは青い光である。
「そうだ、あの雲、あれさえなければ――すべてうまくいっていたのだ。そうだ、そうに違いない。」
そうだ。これは夢だ、夢なんだ。
ローズヴェルトの口走ることはある意味正しかった。
ある世界の「史実」では彼はすでにこの世にいないはずであり、また彼の主導する政策がなければここまでの状況には陥っていないはずだったのだから。
――それは、前年の4月にはじまった。
健康診断で血圧が高めであることを知ったローズヴェルトは食生活を見直した結果、この頃には健康を取り戻し精力的に執務を行っていた。
その結果、勝利の見えた戦争の後はドイツに対してはモーゲンソー・プランと呼ばれる分断分割政策を、日本に対しては事前の分割統治計画を修正したSWNCC70-5決定に基づき分割解体を中心にした戦後処理を決定。
両国による抵抗を排除し、8月末には8発の原爆投下と戦略爆撃により日本帝国を崩壊に追い込んだ。
以後、連合軍による進駐によりドイツはアルザス・ロレーヌに加えザール・ラインラントをフランスに割譲、オーデル=ナイセ線より東をソ連とポーランドに割譲し3か国に分断、工業生産設備は戦前の10パーセントに制限した。
日本に関しては北部すべてとホンシュウ島の3分の1をソ連に、ホンシュウ島南部とシコク、オキナワの大部分を中華民国に割譲し残りを米英豪で分割、キュウシュウとツシマは正当な所有者であるイスンマンの政府に返還させた。
残念ながらエンペラーはすでに死んでいたためにその息子をヒトラーがしたようにその罪に相応しいように処理しただけだったが、うるさい日本政府を名乗る連中も丸ごと処理できた。
黄色人種が再び鉄を使えないように工業設備をすべて撤去し、中華民国とソ連への賠償にしたために飢えていたらしいが些末なことだ。
これで人口もあの島にふさわしい数に間引きできるだろう。
ドイツのようにナチに騙されず、自ら世界に牙をむいた報いを受け絶滅するかもしれないが、まぁ当然のことだ。
イスンマンがつまびらかにしてくれたように古来から連中は人のものを奪うことしかできないのだから一度身の程を知るべきなのだ。
645 :ひゅうが:2012/03/13(火) 06:06:35
そうしてすべてがうまくいっていたのだ。
しかし、1946年1月1日、ドイツのヴィルヘルムスハーフェン沖と日本の駿河湾沖に謎の雲の柱が出現する。
その向こうから現れたのは、消滅したはずの日本帝国とナチスドイツの後継者。
これ幸いとローズヴェルトは「紳士的に」降伏を要求する。
今なら滅ぼす気はない。拒否すれば25発の原爆をお見舞いするだけだと。
(英国とソ連はまだ金が足りないのだ)
しかし、この世界の状況を知った連中は怒り狂った。
自信満々で向こうに向かったヘンリー・モーゲンソー特使は叩き出され、最後通告とともに奴らはこちらへ宣戦を布告。
――そして、すべてが終わった。
日独に展開していた占領軍は核弾頭を使用したにも関わらず1か月ほどで叩き出された。
停戦要求を拒否した英ソ両国は主要都市に核攻撃を受け、壊滅。
ローズヴェルトの「わが海軍」は巨大空母群と強力な水上戦闘艦、そして潜水艦隊によって細切れにされ、空軍は日の丸と鉄十字のマークをつけた超音速ステルス戦闘機群に撃ち落され「数だけは多い」といわれる始末。
おまけに大々的に「合衆国政府内部にソ連のスパイが大量に潜入しており国策を左右した」だの「パールハーバー前からルーズヴェルトは戦争を利用しアジアを掠め取るつもりだった」、「日本側の暗号は解読されていた」という事実が暴露され、世論は急転。
合衆国の総力を挙げて核弾頭生産にせいを出せば弾道弾攻撃や超音速戦略爆撃機が本土上空に入り込み工場ごと爆破。
徹底抗戦を宣言すれば日独による無差別攻撃宣言がこれに続く。
目を海外に転じれば、スターリンは籠っていたクイビシェフという穴倉ごと純粋水爆で蒸発し、大英帝国はロンドン消滅数分前にチャーチルが返り咲いて停戦し離脱。
フランス人たちはソ連消滅に伴いド・ゴールが右往左往しているうちに再び降伏を余儀なくされていた。
きな臭い雰囲気が漂っていた中華では蒋介石と毛沢東がそれぞれの本拠地ごと蒸発するか岩盤の下敷きとなり主要都市が文字通り消滅しよくわからないうちに内戦状態に突入していたし、イスンマンはその玉座ごとクレーターに変わっていた。
もちろん日独本土を凌辱していた占領軍は海に叩き落されている。
議会が空転する中、ローズヴェルトは叫んだ。自由が、そして偉大なる神に選ばれたアメリカが敗北するはずがない。
専制主義者や「あの」黄色人種に。そして都市無差別攻撃などという「罪深い行為」をやることは許されないことを知らないほど知恵がないとは思えないと。
――雲の向こうの世界の日独による返答は、全土に対する無差別水爆攻撃だった。
軍事施設に続き、発電設備、工業設備が狙われ、続いては水道が破壊された。
港湾は機雷で封鎖され、鉄道網に対しては執拗ともいえる戦略爆撃で線路が蒸発していく。
ローズヴェルトは知らないことだったが、それぞれの本土で見た惨状とことにソ連軍や中国軍、それに便乗した輩による蛮行は彼らから遠慮という言葉を奪っていたのだ。
「向こうの世界」の各国も、赤化を強制させられた欧州諸国や民族浄化を肯定し黙認していた「アメリカの暗部」とその象徴ローズヴェルトの言動を見、これを黙認していた。
- かつて日独が双方の本土を叩くために整備された水爆と、強固な防空網を食い破るための超音速ステルス戦闘機、強力な海上艦隊とそれに対抗するための潜水艦隊は皮肉にも当初想定されていた敵同士が手を組むことでその恐るべき破壊力を発揮していたのである。
そして、1年が過ぎた。
「はは・・・夢だ。これは夢だ。」
副大統領のトルーマンが駆け付けた時、ローズヴェルトの意識はこの世には向いてなかった。
それを見た人々は嘆息するとともに、医者を呼んだ。
彼がポトマック河口に停泊した戦艦「大和」艦上でニヤケながら降伏文書にサインを行うのは、その72時間後のことである。
最終更新:2012年03月17日 14:34