959:リラックス:2023/12/31(日) 12:35:32 HOST:24.248.12.221.megaegg.ne.jp
よし、何とか出来たので投稿
厄いものが湧いたみたいです~MVー90の爆撃任務~
深夜。夜空に輝く月を映した水面の真上を、4機+1機の編隊が飛行していた。
その内、自らの動力で飛び、かつ人が乗っているのは先頭を行くMVー90のみであり、残りの内3機は先頭機によって牽引される巨大なグライダーであった。
MVー90には機長、副長、交代要員を兼ねた二人のサブパイロット、通信員、医療チーム、技師など合わせて十人前後の人員が搭乗している。
機長である土倉一尉は、計器に意識をやりながら、こうして操縦席に座るようになった経緯を思い返していた。
彼は所謂自衛隊上がりの生え抜きではなく、セカンドインパクトの後に設立された国境警備軍(政府の失業対策という側面もあったのは言うまでもない)に志願した促成組のパイロットであった。
彼はパイロットになりたいと思ったことがない訳ではないが、それは『宇宙飛行士になりたい』レベルの、子供の漠然とした夢レベルの話であり、目標に落とし込む為に進路を選ぶようなこともしないまま学生時代を終えて、海外への漠然とした憧れからか大学卒業後は旅行代理店へと就職した。
しかし、例の
パンデミックに加え、魔物によって起きた二度のショックにより旅行会社は業界レベルで大打撃を受け、土倉の勤めていた会社もその影響で二度目の不渡りを出してしまった。即ち、倒産である。
新卒というステータスを喪失し、広がる混乱と社会不安から再就職をどうするか頭を抱えていた所に偶然目に入ったチラシから、新設された国境警備軍の募集に応募したというのが、土倉がこの道に入るまでを語るのに必要な情報の全てである。
その後は身体・精神の健康診断の後、簡単な矯正医療(視力矯正等含む)を受け、ナノチップエキスパンションにより関連知識と技術を身につけさせられ、その後に行われた試験に合格するとあっさりと採用通知が自宅に届き、そのまま訓練生として研修に入った。
基礎体力錬成と電脳空間を利用した高速学習を含む三ヶ月の研修期間の後、VRシミュレーター上で操縦桿を握るようになった。
そして気づけば現実で練習機とはいえ本物の操縦桿を握るようになり、研修開始から一年経過する頃に受けた試験に合格してパイロット資格を取得すると、正式に任官を受け国境警備軍に配属、サブパイロットとして爆撃任務に従事するようになった。
そうして更に一年経過する頃、正パイロット教育と特務士官教育を受けて試験に合格すると三等空尉に昇進すると共に正パイロット兼機長候補生と肩書が変わった。
そこから機長試験を受けさせられて肩書から候補生が取れたのは、更に一年程経過した頃だ。
更にこの頃にはセカンドインパクトの頃に防衛大学に所属していた組をサブパイロットとして飛ぶことも増えており、本来なら何年もかけて受ける教育を(幾らか簡略化したとはいえ)促成栽培できてしまうナノチップエキスパンションというシステムに、若干の空恐ろしさを覚えるのと、それ以上に便利さを感じたのは余談だが。
兎にも角にも土倉の感覚、いや、事件前の感覚だと僅かな年数なのだが、ナノチップエキスパンションや電脳空間による高速学習とVRシミュレーターを用いれば、最早土倉の勤続年数でもベテランの領域に入ってしまうようだ。
機長という、ある意味一国一城の主となってからも勤続を続け、更に一等空尉に昇進した頃には教育費の支払い全額免除の条件として規定された勤続年数に達しつつあり、上級士官教育や教官資格を取得して更に上を目指しつつ軍に残るか、それとも民間機への転換訓練を受けて予備士官入りした後に民間航空会社のパイロットとして再就職するか、どちらも魅力的であるが故に悩んでいた。
多目的垂直離着陸機 MVー90は、彼がシミュレーター訓練の頃から操縦桿を握っている機体であり、β/甲世界の魔導技術…最近はエネルギー変換工学とかニュースで呼び出した…を導入して設計された機体だ。
巡航状態では常時前方へ向けて自由落下しているような状態で、離着陸の際にも同じ容量で機体にかかる重力を制御することで垂直離着陸と超低燃費を実現したとんでもない機体である。
960:リラックス:2023/12/31(日) 12:36:38 HOST:24.248.12.221.megaegg.ne.jp
元はリージョナルジェット機として設計されたMVー90の巨体が、昔動画で見たハリアーのように空中で見えない糸に吊り上げられたように浮かび上がり、そのまま加速して離陸していく光景は未だに違和感が拭えないが、最近になってようやく民間向けの旅客機や貨物機として設計されたモデルの認可が出たという旨の話が待機室で話題になったのを思い返す。
何処ぞの新世紀なアニメの影響でも受けたかファーストインパクト(大西洋大津波の発生から中華や欧州の大部分が魔物の生息域になった一連の流れ)、セカンドインパクト(ファーストインパクトで根付いた魔物の生息域拡大に失敗し、大西洋圏が完全に失陥した一連の流れ)と名付けられた事件の後、
流通の混乱や製造元の壊滅などで手に入らなくなった部品、資源、失われた技術等が多数発生して経済的にも物資やエネルギー的にも死にかけた際に、β/甲世界の技術支援を受けた日本により各地に要塞都市コロニーや魔物の襲撃を受け難い海上に各種生産プラントが多数建造された。
これらの新しく整備されたインフラの整備・維持を請け負えるのはβ/甲世界から支援を受けたα/乙世界側の日本しかなかったことから、日本では俄かに特需が巻き起こった訳だが、日本から太平洋圏の各地の人口密集地…コロニー群に部品や人材を送り込まなければならなくなった関係で、空路の需要は(大西洋圏へ向けた航路が壊滅したにも関わらず)未だに高まる一方だった。
そのような状況だったからβ/甲世界からの支援有りとはいえ、現状で一から生産可能な旅客・貨物機が実現した意味は大きい…という話をしたように思う。
セカンドインパクトでほとんど太平洋圏以外が異世界に置き換わったのを、主観で見ると日本勢力圏が異世界転移したのに近いと考えると、あらゆる精密機器や文明の利器にネットの海から言葉を借りて来れば『補給ガ~ 整備性ガ~』という問題が付き纏う。
代替部品や改装によってお茶を濁して既存機を大切に大切に使い回しているものの、既に一部では共喰い整備すら行われている状況で、現状でも一から製造可能な旅客機、貨物機は確かに福音だろう。
機体に割り振られる任務の性質上、国境警備軍のMVー90は長時間飛行が前提となる搭乗員にかかる負担を軽減する為に居住性や各種設備を充実させた仕様になっているが、環太平洋条約機構の勢力圏で飛ばすならその施設を取り払って貨物室や客室に変更すればスペースも取れる。
「どうしても足りないならティ連とやらからのお客さん達みたいに運べば良さそうですしね」
「おい、思考を読むな… あと、ティ連からのお客さんじゃなくて、ティ連の仲介で乗せたお客さんだ。向こうの地球でティ連加盟国は向こうの日本等一部だけだ」
ペアを組むサブパイロットの槙島に軽口を叩きながら細かい訂正を加える。
彼らの言うように、今回の任務には相互理解とかお互いの交流の為とか言う名目で銀連世界側から派遣された調査員や記者が同行していた。
それらの人員はティ連や日本等以外の国々から派遣された者達だった。
ティ連やその友好国に関しては兎も角、それ以外の国よ『人員を派遣して実際に取材、調査をしたい』という申し入れに対して、環太平洋条約機構側の出した条件は厳しかった。
- 持ち込みは禁止、身一つでの入国とする(必要な物品は予め用意されたリストを元に環太平洋条約機構側で用意する)
- これを認めない場合は入国許可を出さない
- 持ち出しは禁止、身一つでの出国とする(遺伝子情報含む)
- これが出来ない場合、出国を認めない
- 現地を調査した情報は環太平洋条約機構側の精査の後、外交部を通じて銀連世界側の政府に送るものとする
- 体内にバイタル確認及び認証用のナノマシンを入れること
- これを行わない場合、環太平洋条約機構の統治の及ぶ場において人権のある存在と扱うことは出来ない
- 環太平洋条約機構の統治の及ぶ場において環太平洋条約機構の法に従い行動し、違反した場合には環太平洋条約機構の法により裁きを受けること
- 上記に所属国の違いによる特権等は認めないものとする
監視用ナノマシンの注入や持ち込み、持ち出し厳禁という項目に対する反発は特に大きかったのだが、α/乙世界との仲介役のβ/甲世界が「これをやらずに信じて送り出した国民が、魔物と粘膜接触して意識乗っ取られた状態で帰って来たら君たちどうすんのよ?遺伝子が一部書き変わってるし、戻せるにしてもスワンプマン問題に近いことが起こるよ?」と補足すると少なくとも交渉を行う上層部側やもう一方の仲介役のティ連は一定の理解を示した。
961:リラックス:2023/12/31(日) 12:37:15 HOST:24.248.12.221.megaegg.ne.jp
そして、現地までの足を用意するティ連側が納得した以上、他の国々に何か言えるものではなかった。
せいぜい、環太平洋条約機構が実質日本が音頭を取る勢力であることを良いことに環太平洋条約機構側の頑迷な態度やその他様々な要素をボロクソにけなして国内の環太平洋条約機構への反発を煽り、『α/乙世界を解放する』という皮算用が支持される土壌を作るくらいのものである。
ただし、MVー90へそれらの『お客様』を直接搭乗させるのは国境警備軍が断固として拒否、国防省(防衛省から再編)も政府も同意したことから、急造の小型のグライダーを追加で牽引し、そこに『お客様』を乗せるという形式が採用された。
勿論、『お客様』側はこの決定に猛抗議し、本国との外交問題に発展し得る横暴であるとも言ったのだが、
『そちらの取材が出来るよう我々は充分に配慮している』
『わざわざ特別予算と余計な手間をかけて、その時点で迷惑を受けているのはこちらだと自覚を持つべき』
『そもそも取材してくださいとコチラがお願いしているのでなく、取材させてくださいとソチラがお願いする立場だという事実に関して、何か勘違いしているのでないか』
と、猛抗議した派遣員達を前に宛ら査問会か詰問会じみた様相で国境警備軍の現場組と国防省からの人員、その他諸々の関係者の派遣した人員が集まって来て反論され、流石に身の危険を覚えた銀連世界からの調査団の取りまとめ役は、その場で『このことは本国に、余すことなく報告させていただく』と吐き捨てるように言うのが限界だった。
余談だが、後に知らせを受けた派遣元の各国は環太平洋条約機構に抗議を行ったが、過去のハイジャック事件等の資料を淡々と並べ立てて『安全上仕方ない処置であった』『機密上の問題もある』という見解を崩さなかったのは言うまでもない。
(まあ、向こうの感覚だとアレが常識だというのは分かるが…)
既にああした常識が罷り通っていたのは10年近く前のこと、と思い返して、自分も歳を取ったものだと思う。
取材陣だか調査員だか、そういう連中は命に変えても守れ、擦り傷一つ負わせても切腹物だと思え…というのは些か極端だとは思うが、骨子としてはそう扱うのが正義とされていたはずだ。
少なくとも『いざとなったら爆撃任務の完遂を優先せよ』と出撃前のブリーフィングで明確に命じられるのは、創作の中の悪の組織でも珍しくなっていたはず。
お話の中でありそうなコテコテの『悪くて怖い軍事組織』にありそうなシチュエーションを実体験することになるとは、分からない世の中になったものである。
尤も、土倉自身は魔物を爆撃するのを『こんなの虐殺じゃないか!』と騒いでパイロット資格取り消し処分、国境警備軍から不名誉除隊を通達されて軍籍を抹消される者が同期の中に現れるという体験、
まだこれほど安全管理が徹底されていなかった頃、民間の取材陣を乗せた機体がハイジャックされかけて搭乗員に死傷者が出るという体験、
活動家に被れて大学を長期休学していた実姉がいつの間にか籍を入れていたという大陸系の訛りのある義兄共々、何をやらかしたのか二級殺処分を喰らったことを事後報告されたという体験をしているので、今更と言えば今更だったが。
ちなみに処分後の姉夫妻は『人が変わったように』かつて通っていた大学の清掃員として奉仕活動を行っているが、奉仕活動期間の終了が近づいており、満了次第、何処ぞの海上プラントのライン工として住み込みで働く目処が立っているとのことである。
色々とツッコミ所はあるが、大して親しくもなかった上にドロップアウト(姉を猫可愛がりしていた両親はドロップアウトとか言うな!ドロップアップだ!と主張していたが)してやらかした身内が更生して自力で食い扶持を稼げるようになるというのであれば、今更アレコレと言うつもりもない。
話を任務に戻して、今回土倉機に与えられた任務は魔導技術による擬装(ファンタジー風に言うと隠蔽用の結界)された魔物の居住地と思しき箇所の爆撃である。
出撃頻度的には『国境』最前線付近への徹底的な爆撃任務が主になるのだが、この手の比較的知能の高い魔物が築いたと思しき拠点や居住地は最優先での破壊対象となっていた。
人類が社会や文明の力による総力体制で戦っている優位があるからこそ、魔物は『油断して足元を掬われなければ特に問題ない』と舐めることが出来る存在に留まっているが、何かの間違いで魔物が文明を築いて総力体制を築きでもしたら、どう転ぶか分からない…環太平洋条約機構どころかバックにいるβ/甲世界も、それを本気で警戒していた。
962:リラックス:2023/12/31(日) 12:38:06 HOST:24.248.12.221.megaegg.ne.jp
その為、地球全土をカバーする魔力反応を感知するタイプを含む人工衛星による監視体制がセカンドインパクト後、β/甲世界の肝入りで最優先で整備されており、MVー90はそうした人工衛星群とリンクして任務を遂行する能力が与えられていた。
「衛星リンク、問題ありません」
投弾を行うのはMVー90が牽引するグライダーの内、無人の3機である。
爆撃開始地点へと近づき、最終シークエンスへと移行する。
「衛星リンク、再チェック」
「再チェック……完了。推定誤差±10m」
「爆撃準備」
土倉は高らかに宣った。ここからは爆撃用システムによる、高機能AIによって機体制御が行われる。
何故AI制御なのか?何のことはない、初期には国境警備軍のパイロットとして配属されたにも関わらず、爆撃を拒否する者が少なくなかったのである。
組織を急拡大したツケとか、長年の価値観を捨て切れずにいた過渡期だったとか、色々と擁護する言葉はあるだろうが、反ワクチン派の看護師が善意で生理食塩水を注射したり保存装置の電源を落としたりしていた連中と、分野を無視すれば似たようなもんである。
MVー90の開発時に起きたゴタゴタに並び、爆撃という言葉に対する忌避感は根強かったという訳だ。
中には『爆撃システムに異常が発生した為』と言い訳する者もおり、急造した爆撃ソフトに問題が生じるケースも初期には少なくなかったことから見分けるのが場合によっては困難だったこともあり、『爆撃そのものはAI制御にして機械的に行わせよう。予定したコースを無視して飛ぶような奴は流石に言い訳出来んから命令違反者として処分』という結論でサラッと解決してしまった。
話を戻して、機体はAI制御により最後の微調整が行われた後、3機のグライダーは大量の小型爆弾を投下し始めた。
その様はある意味クラスター爆弾のようだが、集束したり母弾に詰められたりしているのではない為、あくまでも小型爆弾を大量に投下しているのみである。
多数の小型高性能爆弾の投下により、爆撃予定地点は絨毯爆撃の語源通り、巻かれた絨毯を広げるように耕されていった。
『目標を無力化しました。確度99.9981%』
何処ぞの電子音声ソフトメーカーのソレが流用されているという電子音声でそう告げられると、任務は半ばまで完了である。
「爆撃完了、これより帰投する」
地球を半周するような行程を半分終えて、機体を帰路につける。機体と乗員を無事に基地まで戻すまでがパイロットの仕事である。
帰りの行程の為、計器を操作し始めた土倉の脳裏からは既に爆撃によって地上から居住地共々消滅した魔物についてのことなど、意識の彼方へと追いやられていた。
尚、投下された爆弾は炸薬量数グラムながら従来型爆薬の数百倍の威力を持つ電子励起爆薬だとか、高性能PCによる爆弾の散布状況の分析とか魔導技術によるコントロールだとか、凄まじい技術が用いられているのだが、そうした分析よりは派遣員達の持ち帰った資料により上記の理由でオスロ条約への違反がどうこうという話で環太平洋条約機構を叩く根拠として扱われるのが主な使われ方になるが、全くの余談である。
963:リラックス:2023/12/31(日) 12:39:11 HOST:24.248.12.221.megaegg.ne.jp
以上、今年も残すところ半日弱ですが皆様良いお年を
最終更新:2024年01月23日 19:11