86:リラックス:2024/01/07(日) 22:45:14 HOST:softbank060071240218.bbtec.net
さて、投稿

厄いものが湧いたみたいです ~α/乙世界派遣団の悲哀~

爆撃任務に同行している銀連世界から招待された調査団は、先頭のMVー90に牽引されたグライダーから、環太平洋条約機構に貸し出された撮影機材を用いてその様子を記録する。

当初はMVー90に搭乗を認めない旨を、α/乙世界衛星軌道上に設けられたステーションに常駐している派遣団の本部や本国からしつこく抗議を入れ、現場での交渉も数え切れないほど行われたものだ。

しかし、『元がティ連の庇護下に入ったり大陸化したりしなかった日本なら「俺たちが正しい!お前が間違い!」と100万回言い続ければ折れるだろ』という予想に反し、基地内の移動に警護兵から初弾を装填し安全装置を外した自動小銃の銃口を四六時中向けられながら、コチラの世界の同業者が実際に射殺された事例を散々に説明されるに至り、本国からの正式な抗議の方が効果が高いと彼のグループは判断した(大本営発表)。

警護兵というのが、あくまでも国境警備軍の基地や人員の警護を行う兵であって、調査団を警護する兵ではないということを理解してからは、自らの安全を守れないようじゃ二流、いや三流以下よ、という訳である。

尤も、目に見えるワイヤー一本すらなく、PK技術という調査団からすると怪しげなオカルト技術としか思えない見えもしない力場によって引っ張られているだけ、ついでに国境警備軍の人員が全く同乗しないグライダーに乗せられる意味合いを理解すれば、文句の一つ二つくらい言わせて欲しくもなるというのが本音だったが。

一応、牽引装置に不具合が起きた時に備えて機体を軟着陸させる安全装置は実装されているようだが、魔物の生息域に不時着した後のことを考えると、大西洋で沈没して一時期騒ぎになったタイタニック『調査』用の潜水艦の安全装置とどちらが実用的か怪しい所ではあった。

(流石にティ連や日本からもツっこまれた為か改良され、システムに異常さえ起きなければ最寄りの前線後方の人類勢力圏まで自力で離脱可能にはなった)

恐らくは第二陣が本命のつもりで、第一陣である自分達は環太平洋条約機構相手に無茶を通せるならそれで良し、道理にて押し潰されるならそれはそれ、という程度の基準で選抜されているのは薄々察してはいた。

別のグループの話にはなるが、出撃前のブリーフィングで直接交渉し一線を越えた者(出撃予定時間を遅らせるまで粘ろうとした者)が逮捕拘禁された話があるが、人員の帰国について調査団本部や本国から文書でおざなりに交渉が続いているだけという光景を見るに、『この程度のリスクも前提に考えて行動出来ないような奴なんて選抜の段階で弾いとけってんだ!』と交渉担当の本音が透け見える現状では尚更である。

それでも、そんな物は取材結果という実績でどうにでも掌返しさせられる…はずだったのだが。

(こんな変わり映えのない映像しか撮りようがないんじゃ、どうにも…)

魔物の生息域の現地調査を主張して、警護兵を振り切って突入しようとする跳ねっ返りも当初はいたが、そうした者達に容赦なく実弾射撃が行われ、一部は射殺されたのを見れば誰に従うのが安全に繋がるのか、否が応でも理解らせられた。

中にはどうやったのか上手いこと抜け出して調査を行った後に戻って来た者もいたらしいのだが、戻って来た所をそのまま射殺されたらしい。

『魔物と勝手に接触した奴が戻って来て気づかない内に基地の中に紛れ込んでいた』となれば問題だが、警護兵、いや、国境警備軍にとっては前から撃つか後ろから撃つかの違いでしかないようだ。

基地の外に出るよりも内に入る時の方が遥かにセキュリティ上厳しいのは、そうやって魔物とファッ○して骨抜きにされた奴が多かったからだとは耳にタコが出るほど聞かされたものである。

結局、現地の調査団に出来るのは補充要員への教育と、来るか分からないチャンスを信じて環太平洋条約機構や国境警備軍に従って行動するだけであり、定期的に爆撃任務に同行するのが関の山であった。

当初は『環太平洋条約機構の極悪非道さの証明』として銀連世界側の国際社会を賑わせた爆撃の映像も、そこから更に踏み込んだ映像が無く似たような映像ばかりが流されると直ぐに新鮮さが薄れた。

最初の衝撃と新鮮さが薄れると少なくとも世論の関心が消えたのは間違いなく、せいぜいが「環太平洋条約機構がクソなのは分かったけど、だからと言ってウチの国のお偉いさん達がマシになる訳じゃないよな」というくらいの扱いだろう。

87:リラックス:2024/01/07(日) 22:45:46 HOST:softbank060071240218.bbtec.net
国境警備軍への記者会見が実現したこともあったが、三密回避の名目で端末を介した妙に通信状態の悪い回線での画像越し。

しかも回線の使用制限で当初予定の30分が経過すると強制的に回線そのものがシャットダウンされた。

確か、その時の質問だと外様コロニーに軍需生産を担わせるのは国際法違反(平和に対する罪)に当たるのではないか、と質問した新入りがいたが、『アウトサイダーズ(セカンドインパクト後、環太平洋条約機構加盟国に作られたコロニー群の総称)には自給自足に必要な品目と要望の多い自衛用の民生武器の生産ラインしか置いてねーよ』と返されて仲間内からすら失笑を買ったものである。

(お前は捕虜を軍需生産の労働に回して意図的に不良品を作られまくって苦労したナチの話を知らないのか、とか笑ったが… 今思えば、あの頃はまだ色々と相手にされていたんだな)

相手にされていた、というのが本国を指すのか環太平洋条約機構指すのかは意図的にボカしておくとして、欧州や中華な国が壊滅して手に入らなくなった物に苦労した過去やセカンドインパクトとその後の顛末を考慮すれば、わざわざ傘下に加えた国家のコロニー群を重要な生産を賄わせるような体制は作らないのはリスク管理の観点から考えると確かに道理である。

家事も仕事しないで国や家族に生活の面倒を見てもらいながら活動家の真似事をして何かした気になってる連中等は親の仇の如くに噛み付いてはいるが、それすら向こうのSNSで『噛み付いてる側』が一瞬だけトレンド入りして終わりだ。

調査団の人員が逮捕されたり射殺された話も、『魔物に籠絡された可能性がある』と環太平洋条約機構側から報道されると、調査団に対する嫌悪感に繋がりかねない上(何しろ日本やティ連が『セカンドインパクトが発生した経緯』についての説明に熱心なのである。本国は自粛を再三求めているようだが、先方は『危機喚起の為』としてまともに取り合っていない)、

そんな人員を選抜した政府への批判になると算盤を弾いた本国が大きく取り扱うのを避け、『環太平洋条約機構への貸し』と内輪で理由付けすれば最早大事でもない。

(いかんせん、地球の外の話はこっちの国家にとって、遠過ぎる話だったってことか、畜生…)

本国では『他の惑星の前にもっと近くに目を向けるべき』という批判すら起きているという状況では、そろそろ自分も見切りをつけるべきなのかもしれない。

「やれやれ、何とも言えないな」

「覇権国家としてのアメリカもロシアも中国も最早過去の存在、日本は時代を逆行したような統制社会、そんな日本が世界の半分を支配するスーパーパワー…今時、ジャパニメーションや安っぽいソシャゲでもやらないようなコテコテのディストピアだな」

「こっちの世界だと欧米や中華がほとんど滅んだせいで、有名所のソシャゲが大打撃を受けてるらしいぞ」

「そうか…しかし、仮にこちらにあったとしたら著作権とかどうなるんだ?」

「それはお偉いさん達の話し合いで決まることだと思うが、それにしても、こういう時に出来ればなぁ」

尤も、そもそも機体内で通信というのが望み薄な上に、基地などで端末で遊ぶことが認められたとして、月より離れたこちらの惑星までカバーする中継局は、流石にティ連が協力してくれないことには難しいだろうが…

「まあ、リアルなのかファンタジーなのか知らないが、こっちの地球がディストピアなことなんてどうでもいいだろ… 」

「それを言っちゃぁ、お終いな気もするが…」

「良いんだよ。半日以上かけて変わり映えのしない映像ばかり撮影するしかない、このクソ退屈な『取材』の方が余程問題だ」

兎にも角にも、爆撃の映像を撮り終えた今、直近の悩みは仕事用の機材以外には簡易トイレと緊急連絡用の通信装置しかなく、食事と言えば味のしないゼリー飲料とタブレットという文字通り味気ない機内食のみな狭いグライダーで、来た時と同じく、十時間以上過ごさなければならない退屈さをどう紛らわせるかということだった。

88:リラックス:2024/01/07(日) 22:46:33 HOST:softbank060071240218.bbtec.net
こちらに来た当初は環太平洋条約機構側のあまりにも非誠実的な対応や、人類でないから虐殺ではないと言わんばかりの軍事行動に義憤に燃え、同時にスクープを収めて成り上がるチャンスだと勢いづいた男たちだったが、あまりにも退屈な仕事と不自由な生活はそんな炎すらあっさりと鎮火させてしまった。

無為かつ過酷な労働というのは捕虜の心を折る上で最も効率的だとか、終わりなき退屈は最高の拷問だという話があったはずだが、調査団の置かれた環境は当にそれだった。

環太平洋条約機構の内地の調査について真面目に分析して話題にすればコロニーの体制はディストピア社会だとか、政権はファッショ的だという議論にも色味が出たかもしれないが、熱狂が去った今、既に時期を逸している感は否めなかった。

一度冷めた話題を蒸し返すのは並大抵の手間ではなく、それをやる可能性があるか?と言われると魔物から大西洋圏を解放して此方に利権を確保する、というのが数十年単位の超長期プランで考えなければ実現不可能となれば、残念ながら望み薄だろう。

環太平洋条約機構が解放し終えた際に、並行世界の現地政権であることを理由にアレコレと理屈をつけてゴネるのはやるかもしれないが、それはその時の政権や活動家の考えることであって自分達がどうこう出来ることでもない。

このどうしようもない結論に至る思考のループも、今回のフライトだけで何度目か分からなくなって来た。

軍用機に民間機のようなサービスを期待するのが間違っているのは理解しているが、招かれざる客を隔離する為の急造の設備にビデオやミュージックのような気の利いた暇潰しの道具等ついていない、要するに暇だった。

せめてトランプか雑誌の一つでもあればと思うが、取材に必要と判断された物以外の機内への持ち込みは厳しく制限され、厳格な取り締まりが行われており、破れば取り調べで解放されるのは何時になるかわかったものではなかった。

尤も、基地に戻っても滞在用に充てがわれた建物…作業用のオフィスの他には必要な生活設備は揃っているが他には何もない三階建ての建物以外を出歩くことは不可能、外出は禁止されていないが健康診断を含めた厳しい審査が必要で、しかも警護兵の同行付きでの集団行動が義務付けられていた。

更に言うなら、環太平洋条約機構側と調査団の本国の間には何の経済的な取り決めも結ばれておらず、端的に言うと本国や勤めている会社から如何に給与を支給されても、環太平洋条約機構の勢力圏では現地通貨への両替すら不可能なので、最寄りの街に出たところで何か出来るという訳でもなかったが…

「刑務所でも労働の対価とはいえ、ガキの小遣いくらいの金は貰えるぜ…」

自由に扱える金が無いという不便さに誰かが嘆いた時、アウトサイダーズが環太平洋条約機構に逆らうのに必要な覚悟が自分達とそう変わらないことを男は理解した。

物品の持ち込みが全面的に禁じられていることから、物々交換による賄賂という抜け道すら封じられていたこともあり、アウトサイダーズとは後ろ盾となったり逃げ帰ったり出来る本国のない自分達と考えれば、ほぼ変わらないことに気づいてしまったのである。

後は『自らに必要な食い扶持を稼ぐ権利』を与えられているか、『本国が約束を取り付けた取り決めを守る代わりに支給された最低限の物品』でやりくりしているかだけの違いである。

そう考えると、銀連世界側基準で極めて非人道的な扱いを受けているはずの環太平洋条約機構加盟国が本国の思惑というか、別世界の地球が存在する宇宙に転移した事実をどう受け止めているのか分かるような気がして、自分達のしていることが殊更に虚しいことなのではないかと思い至り、この期に及んで気分を落ち込ませたくないと無理矢理思考を振り払った。

(それはそれとして、ええと、そうだ。魔物を今すぐどうにかする、なんてことはティ連以外にはまず無理だろうし、本国の思想も…残念ながら、この世界では『時代遅れ』という評価になりそうだ)

労働を義務でなく食い扶持を稼ぐ権利とする考え方は正直どうよ、とは思うが、自分が何も為せていないのではないか?という猜疑心が常に付き纏う今なら、自由に使える金欲しさと合わさって自然と受け入れてしまいそうだった。

89:リラックス:2024/01/07(日) 22:50:28 HOST:softbank060071240218.bbtec.net
ちなみに調査団が受け取れる『最低限の物品』は環太平洋条約機構側に申請が通れば支給されるとはいえ、その審査は本国の財務官僚も顔負けなのではないかと言うくらい、非常に厳しかった。

具体的に言えば三度の食事は量と栄養素に関しては申し分ないが、それ以外、酒やタバコは当然のこと、コーヒーやドーナツですら贅沢品として弾かれており、脱脂粉乳を水に溶かしたミルク擬きとジャムをつけた乾パンやクラッカーが最高レベルの贅沢扱い。

(甘味が貴重なのは分からないでもないが、銀蠅防止なのかつまみ食い防止なのか、それとも『公費で美味い物を用意するとか不謹慎!』と暴れた奴がいたからなのか知らないが、この手の嗜好品のランクは意識的に下げているという話だった。)

故に、国境警備軍の兵士は基地内の購買を利用してポケットマネーで買い物をしているのは理解出来るが、自由に使える現金を持たされていない調査団の食生活は当然ながら栄養面、健康面以外で貧相なことになっていた。

娯楽の少なさに敷地内のランニングや創作ダンスが真剣に調査団のブームになったこともあり、悩みであったビール腹がチーム全体で改善したことは数少ない良かったことと言えたかもしれない。

(まあ、それでも基地に戻ればテレビもラジオもあるし、古新聞や古雑誌も読める。食堂でもう少しマシな食事も取れる。…それで、次の滞在期限が来たらもう延長申請を出さずにさっさと向こうの地球に戻ろう。
もう、こっちでスクープなんぞ期待薄だろうし、何より、このままだと酒の味も忘れちまう)

環太平洋条約機構からは厄介者、本国からはほとんど忘れ去られているような扱いの惨めさから努めて目を逸らしながら、同僚と『エコノミー症候群対策』とか言って自棄のように通路でヨガを始めた。

これが意外に馬鹿に出来ず、フライト中に体調不良を起こしたとしても、母機に通信を取って医官の指示を仰ぎながら応急処置を行う以外には、基地に帰り着くまで何とか持ち堪えるよう祈ることしか出来ない。

そして、資格の取得無しに扱える医薬品について厳しい制限があるということで、使える医薬品や行える処置が非常に限られることから、応急処置ははっきり言って気休めでしかなく、フライト中に倒れたら終わりだと思って行動した方が無難だった。

古雑誌で覚えた奇妙なストレッチをしながら、男は半ば現実逃避気味に本国に戻ったら溜まった給金で何をしようか考え始めた。

確か本社の長距離出張手当に加えて政府から危険手当等、色々と支給されるはずであり、こちらでは使い道のない給料に上乗せされて丸々溜まっているはずだった。

(金も暇も、その代わりにサービスを提供してくれる社会の中で暮らして始めて意味があるんだな…)

保有する現金に価値を認め、商品やサービスを提供してくれる社会、その有難みを思い知りつつ、男は帰国したらしばらく休暇でもとって、きちんとサービスの行き届いた民間の航空機のファーストクラスを予約してしばらく旅行でもしよう、と心に決めるのだった。

90:リラックス:2024/01/07(日) 22:51:01 HOST:softbank060071240218.bbtec.net
以上、前作の調査団視点でした。

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最終更新:2024年01月23日 19:23