799 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/12/24(日) 00:29:16 ID:softbank126036058190.bbtec.net [105/145]

憂鬱SRW ファンタジールートSS 「ラッキー・ホワイト」7


  • F世界 ストパン世界 主観1944年12月 オラーシャ帝国 ペテルブルグ 502JFW基地 娯楽室


 娯楽室のそのまた一角、衝立で仕切られた空間に、エマは座らされていた。
 卓上にはサモワールやらカップにジャムに茶菓など、オラーシャ式のお茶会の準備がカーチャの手によって着々と進められている。

「率直に聞きたいのですけど……」
「うん?」
「一体どういう魂胆ですか?」

 楽し気なカーチャに、思わずエマは尋ねた。
 意味ありげに、強引に引っ張ってこられたのだ。明らかに何らかの意図がある。
 今更アイスブレイクなどでもないであろうし、ブリーフィングなどでもないであろう。
 その問いかけに応えたのはバルバラだった。

「カーチャが言うにはさ……」
「はい」
「調教だって」
「調きょっ……!?」

 面白そうに言ったバルバラだが、しかし、直後にバルバラの頭に拳骨が落ちてきて沈黙させられた。
 拳を振り下ろしたのは、当然カーチャだ。

「カルガモちゃん……言い方に気をつけなさい?」
「うぅ……相変わらずいい拳で……」
「ああ、エマ。誤解を解くために言うけど、そういう趣味でもないし、そういう意図はないわ。
 その……言葉の綾という奴ね」

 安心できない。エマは正直に思った。
 痛みで悶絶しているバルバラは本気で痛がっている。
 それに、調教とはどういうことなのか、さっぱり理解が追い付かないのだ。

「さて、始めましょうか」

 そうこうしている間に、準備が終わったようだ。
 座らされていた自分の体面に、カーチャとバルバラも座る。

「まあ、調教っていうか、諸問題の解決ね」
「諸問題?」
「エマちゃんがねー……ちょっと遠いのよ」
「……遠い?」
「そう。まあ、なんというかね、扶桑の言葉で言えば裸のツキアイっていうか、もうちょっと打ち明けてくれてもいいんじゃないかなってね」

 表情が歪みそうになるのを、とっさに抑え込む。
 エマには思い当たるところがあった。そうとはわからないように、ずっと重ねていた筈なのに。
 ぴしり、と何かにひびが入った、そんな音がした。

「ほら、冷めちゃうわよ?」

 紅茶を傾けつつ、カーチャに促されるが、動きがどうにも固くなる。
 動揺するな、これくらいならばと自分を鼓舞した。
 それでも、これだけ短期に看破されたというのは自分の経験の中にはなかったことだ。

 それは、エマ・ホワイトという人間が被ってきた、纏ってきた殻。
 あまりにもつらい現実を遠ざけ、乗り切るための外装。
 そつなく物事を熟し、ホワイトという家の一員としてふさわしい態度と姿を作り上げた結果できた虚像。
 その内側に、成長することもさらけ出すこともできず、ずっと幼いままの自分が残っている。

「いただきます」

 一先ず、紅茶を飲み込むことはできた。
 飲み下すといった方が正しい。福利厚生の一環で美味しい茶葉が楽しめるのだが、今はそれが薬のようにすら感じる。
 それを見ているカーチャは、顔こそ笑っているが、目は全く笑っていなかった。
 ウィッチとしては高齢の、20を超えたが故の観察眼がエマを捉えて離していなかった。

800 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/12/24(日) 00:29:55 ID:softbank126036058190.bbtec.net [106/145]

(まあ、私も気が付けたわけじゃないんだけど……)

 唐突な不意打ちと指摘でメッキが剥げていくのを見つつも、カーチャとしては冷や汗ものであった。
 実のところ、エマ・ホワイトに関することは、リーゼロッテが調べ、推測を重ねて得た情報であるのだ。
それを明かされたうえで、現場でどうにかして見ろという指示が出たので、今回はその形となったのである。

(家を背負うってのは、よくわからないんだけどね)

 平民にはわからない苦労だ、とカーチャは内心ため息だ。
 エマの実家であるホワイト家というのは、それなりの歴史を持つ貴族らしい。
 ただ爵位や地位を持つだけでなく、現代では会社をいくつも一族で経営し、株主という意味合いでも枝葉を伸ばしていたとのことだ。
当然であるが、そんな家柄に生まれれば、相応の教育を否応なく受けさせられることになる。
常に付き人がついて回るし、家庭教師(カヴァネス)から厳しく教育を受け、そういった門弟を集めた学校に通う。
一般市民の出であるカーチャなどとは、まるで違う世界に暮らしていたというわけだ。

 その想像もつかないような世界の中において、生来臆病な性根の彼女が適応するにはどうすればよいか?
 親の愛情などというものよりも、役割を求められ続け、成果を要求されていれば?
 幼いころからずっとそれを強要されていれば?

(精神的な歪みになる、ね)

 歪んでいない人間などいない、とリーゼロッテは言っていた。むしろ、完成されている人間など気持ち悪いとまで。
 わずかな気が付きから権力を用いてそこまで調べ上げるとは、念を入れているというべきか、病的というべきか。
 だが、リーゼロッテが指摘したように、彼女が懸念した「殻」は影響が少なからずあった。
自分に限った話ではないのだが、遠慮とはまた違う距離を彼女から感じ取っていたのだ。
その為、戦場においてどことない硬直のようなものが生じていた。
 今の段階ではいいだろう。だが、重要作戦までに解せなかったら?
 そのことから、今回の荒療治に出たのだ。彼女からそれを吐き出させる、それによって、親密になること。
己の背中を任せるにふさわしい翼の持ち主になること、それが彼女に一番必要なことだ。
表向きの態度だけ改善されてもぼろが出て、作戦全体にまで影響が出かねないのだし。
 ともあれ、そこを聞き出すのは一苦労だ、とカーチャは紅茶のおかわりをそそぐ。
 早く済ませてほしい、という視線を向けてくるバルバラを同じく視線で制しつつ、ゆっくりと切り出す。

「じゃあ、最初に聞かせてもらおうかしら……」

 彼女の内面に切り込む、慎重な飛行のようなもの。
 だからこそ、カーチャは言葉を選びながら、扉をノックするところから始めたのだ。

801 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2023/12/24(日) 00:30:44 ID:softbank126036058190.bbtec.net [107/145]

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次回で何とか決着をつけます。
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最終更新:2024年02月04日 14:10