636 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/05(金) 00:02:13 ID:softbank126036058190.bbtec.net [2/59]
憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 彷徨える猟犬」
- 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 旧中華人民共和国 香港
狡噛が香港に居ついてから一月余りが経過した。
居ついた、というか無差別テロに巻き込まれ、自警団の長であり医師のサイモン・ツェーのところに運び込まれ、居候を始めたというべきか。
ともあれ、中国のあちらこちらと放浪を続けていた狡噛にとってみれば、久しぶりに腰を据えて生活ができていた。
あちこちで傭兵のまねごとを重ね、戦いの中を生き抜いていた中にあって、比較的穏便で静かに暮らせていた。
とはいうものの、ここでさえも諍いが途絶えることはなかった。
サイモンの率いる自警団は、自称ここを少しでもまともにするため集団だが、それはこの一帯に存在する勢力の一つの方便としか見なされない。
他の難民グループや武装集団などからすれば、住みやすい土地を占拠している邪魔ものにすぎないということだ。
住みやすい土地というが、要するにインフラがまだ生きており、また立地的に過ごしやすい場所ということである。
きれいな飲める水をコップ一杯確保するのでさえ、ここでは苦労する。河川の水をそのまま飲もうという奇特な人間はいない。
一体何が溶け込んでいて、飲んだら何が体に起こるか分かったものではないからだ。
産業廃棄物、化学物質、薬品、汚物、あるいは---死んだ人間など、そういったものが平気で放り込まれている。
そんなことを止めるような人間はおらず、法はなく、そもそも政府などというものがないのだから。
そういう時、過去に敷設されたインフラ---浄水設備や下水設備などが非常に助かるわけである。
維持管理する方法が手探りで、素人の手によるものでも、である。
だが、ここは流民や難民が住処を求めて集う香港だ。
居場所の広さなどのキャパシティーに対して多すぎる人間が集まった時に何が発生するか?
簡単だ。脅迫・いやがらせ・暴力の連鎖による、その居場所の奪い合いだ。
強面の連中が武器を片手に現れて要求するならばまだいいほうで、場合によってはいきなり戦闘になることだってある。
あるいは勝手に縄張りに入り込み居座るということもよくある。そこから元の住人とのトラブルに発展することが多い。
狡噛のように比較的穏当に迎え入れられ、その後もトラブルを起こさないというのはごく稀なのだ。
そして日本という法治国家で生まれ育ち、理性的に判断できる狡噛でさえも、ここまで来るのに荒事は避けられなかったというのがここの治安を語る。
戦うことを強いられ、ためらうことなく奪い合い、他者を押しのけて生存を勝ち取っている人々にそんな余裕などない。
相応のバックグラウンドか、あるいは争うこともできないほどに非力でなければ、何らかのトラブルは付き物ということだ。
そのサイモンにしても、元は医師だったが、暴力を身につけなければ患者を守れないと悟った過去を持つ。
つまり、ここではだれもが暴力や無秩序と抗う力が必須だったのだ。
狡噛がサイモンの自警団で役立ったのは主に2つ。
一つは腕っぷし。これでも監視官・執行官として犯罪者に対処してきた経験と技能、さらに遵法精神がある。
徒に暴力を使うことがなく、また暴徒や招かざる客を大人しくさせることができるということだ。
二つ目には教育免許。要するに子供の面倒を見る技能を学問としても実技としても身に着けている。
サイモンが保護して教育している子供たちの相手をするにはちょうど良い技能であった。
子供たちを通じ、翻訳機に依存しない会話を身につける必要もあっての選択だった。
637 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/05(金) 00:02:52 ID:softbank126036058190.bbtec.net [3/59]
だが、長く続くかに見えた逃避行はあっけなく終わることになった。
狡噛としても、拍子抜けと言えた。
自警団のサイモンに事情を聞けば、妙な連中が現れた、という。
そして、狡噛は目撃した。香港の街を高高度から見下ろす、とてつもなく大きな艦艇の姿を。
「船……?」
「ああ、しかも飛んでいるぞ」
多くの住人が、摩天楼のさらに上を飛ぶそれらに呆然としていた。
しばらく手持ち無沙汰というか、感情を持て余していた狡噛の横っ面をひっぱたくには十分すぎた。
それの始まりは1週間ほど前、とても長い1.5キロを走った後の事であった。
具体的に言えば、サイモンが治療をしていたインド系武装集団の幹部を引き渡せとパキスタン系の連中が要求して、交渉が決裂した事件だ。
日本の作業用ドローンを改造したテクニカルを引き出して脅しをかけて来たのだが、サイモンはそれを蹴った。
ここで屈することになれば他の集団も自分たちを侮るようになり、いいように使われる、と。
それに賛同した自警団が力を合わせ、そのテクニカルを撃破したのだ。
RPG2発と、2030年に中国人民解放軍が導入した30式水陸両用戦車を使って、である。
尤もRPGは雑に生産されたもので射撃精度などはお察し、戦車については履帯が壊れ、また実戦で誰も使ったことがないという悪条件だった。
ともかく、それらを活用し、狡噛とサイモンが死にかけたものの、無事にドローンの撃破に成功したのだ。
それによって切り札を失ったパキスタン系の武装難民は引き下がり、サイモンたちを頼って多くの人間が来るようになったのだ。
だが、喜びに沸いた自警団の中にあって、狡噛は自分が何をしたくて、何をすべきでここにいるかに疑問を抱いていた。
かつての部下であった佐々山を殺害---正確には幇助し、挙句にいくつもの犯罪の意図を引いていた槙島に復讐をしてから始めてもたげた感情だ。
一体、自分は何をすればいいのか?それまでの身分も境遇も捨て、上司の制止も振り切り、復讐というものに全力を投じ、空っぽになったことに気が付いたのだ。
そういうのを吹き飛ばすような衝撃が、これにはあった。
色々と複雑な感情が渦巻いているサイモンは、何とか声を絞り出して問いかけた。
「なあ、コウガミ。日本はユートピアみたいだって言うが、あんなのがあるのか?」
「いや、俺の知る限り、あんなものはなかった」
飛行機でもなく、ヘリでもなく、飛行船でもない。言うなれば航空艦というべきか。
まるで冗談のように大きな船が艦隊を組み、香港の上空に居座っているのだ。
2001年宇宙の旅に出てきそうな、そんなSFのようなものだと、狡噛の頭の中で知識がよみがえる。
あるいは、この状況そのものが「未知との遭遇」に近しいと、そのように思える。
(これは……)
なんとなく、予感がある。
これまで過ごしてきた人生の中でも、とんでもないことが起ころうとしていると。
空からすべてを支配するような圧倒的な存在感の艦隊を前に、それを感じずにはいられなかったのだった。
638 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/05(金) 00:04:00 ID:softbank126036058190.bbtec.net [4/59]
以上、wiki転載はご自由に。
狡噛さん視点でちょっとばかりSSを書こうと思います。
以下にちょっとした補足を。
公式小説に乗っていたスペックをまとめたものです。
30式水陸両用戦車
重量:37トン
動力:ディーゼル・ハイブリットエンジン(1000馬力)
補助推進機関:ウォータージェット
武装:
52口径105ミリライフル砲
解説:
PP世界において、2030年に人民解放軍が採用したとされる戦車。
名前の通り水陸両用での運用が可能となっており、側面に可変フラップがついている。
サイモンの自警団が保有する中においては最大の兵器であり、切り札と言える存在である。
ただし、履帯が吹っ飛んでいるために自力走行ができず、立体駐車場で埃をかぶっていた。
おまけに、文中にもあったように実戦で訓練などしたことはなく、砲手はゲーム代わりに演習ソフトで遊んでいたという有様であった。
テクニカルドローンを撃破するため、所定の位置まで油圧ジャッキと手製の台座で運び、射撃位置まで運ぶという力技が用いられた。
その際には狡?とサイモンが囮となってドローンを引き寄せ、およそ1.5キロの地点まで引きずり出すことに成功した。
その間に自警団の面々が何とか移動を完遂させ、間抜けにも姿をさらしたテクニカルドローンを撃破した。
感想:
人民解放軍で水陸両用戦車かぁ…と思いましたが、調べてみると05式水陸両用戦車が採用されているので案外馬鹿にならないなと感じました。
2030年に作られたという設定から考えると、経済崩壊などが始まってから作られたのだから、随分と逞しいものだなとも。
作中の年代が採用年度の80年後ということを考えると、技術更新や新規開発ががあるときから止まったことも窺えますね。
とはいえ、よくもまあ古い戦車を長く使ったと感心します。
最終更新:2024年02月26日 21:45