849 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 00:13:00 ID:softbank126036058190.bbtec.net [13/59]

憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 彷徨える猟犬」2



  • 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 旧中華人民共和国 香港



 香港の上空に突如として空を行く船が現れ、3日余り。
 その3日を以て、どこの国の所属でもない、SFかおとぎ話のようなその艦隊の勢力は、瞬く間に香港への上陸を果たした。
上陸、というか、巨大な航空艦を超えるスケールのオブジェクトが飛来し、香港の目と鼻の先に陣取ったのだ。
つまり、巨大すぎる船舶のようなオブジェクトを設置し、香港の眼前に新たに街を構築したのだ。

 これに対して香港の住人達が初日にとった行動は2種に分かれる。
 一つは遠巻きに眺めること。どう考えても得体が知れず、恐ろしさも湧くような相手である。
 そもそも沖合に展開しているそれらに対して接触をする手段と度胸を持っている集団が限られているというのもある。
 二つ目は---言うまでもないが、その手の武装難民や破落戸などが該当するが---船やボートでこぎ出し、それに近づいたのである。
目的は言うまでもなく食料資源その他の「収穫」である。あるいはここの「管理者」を嘯く連中がショバ代をたかりに行ったといってもいい。
ともかく、友好的な歓迎ではない方法で殴りこみにかかったのである。

 前者に対し、特にその未知の勢力---地球連合は特にアクションをしなかった。
 だが、後者には苛烈に対応したのだ。呼びかけに応じず、警告も無視し、武器を向けてきて挙句に発砲などもしてくるとあれば、対応は決まったも同然。
あっけないほど簡単にそれらは処理され、魚の餌になり、漁礁と化すことでその役目を終えることとなった。
 まあ、どっちが先であったにせよ、相手が恐ろしい武力を持っているということが判明し、香港の住人達は手を出さないことでおおよそ一致したのだ。
治安が崩壊している---暴力がモノを言う世界である香港の住人たちからすれば、命あっての物種ということで、手出しなどはしない方が良いと判断したのだ。
 その海上都市から珍しいどころではない航空機やヘリなどが飛んできて上空を通過したとしても、手出しをすることもなかったのだ。
無論対空砲や対空兵器による歓迎などもあったが、生憎と簡単に捕まるような間抜けは連合にいなかったと言っておく。

 そして、2日目になると、今度は未知の勢力が動き出した。
 よく訓練され、武装もした兵士たちが上陸し、あちこちと動き出したのだ。
 何をするかと言えば、何やら聞き込みのようなことをしている。あちこちのグループと会談し、あるいは香港そのものを調べるようなことをしている。
 香港の住人からすれば奇妙なことに、明らかに武力を持っている彼らは、しかしそれを前面に押し立てるような真似をしなかった。
勿論武器を向けられたり攻撃すれば反撃するが、話し合いをしたいと呼びかけ、そのように行動するのは考えられない。
何しろ、そんな悠長なことをしていれば命がいくつあっても足りないからだ。
 そして聞くことと言えば、香港がどのような状況であり、どのような人々がいるかなどの、極めて基本的なことだ。
インフラなどが死んでいる関係上、香港の情報が外に伝わっていないと言えばそれまでだが、そんなことを聞くのは初歩的過ぎて奇妙である。
まるで、全く知らない場所からここに初めて来たような、そんなあり様だ。

 さらに奇妙なのは、グループや集団から弾かれ、明日をも知れぬ身の人々を拾っている、ということだ。
この世界で、重い病気や怪我を持つ、あるいは働いたりできないような人間の命など安いモノだ。
どうにかして糧を得て、住処を獲得できなければ生きることが許されない。
苦労してやっと手に入れたモノだとしても、誰かに力で奪われてしまうことだってざらにある。
統治機関が崩壊し、倫理観などが消え去ったというのは、そんな弱肉強食の世界なのだ。
弱者にいちいち構ったり手を差し伸べるのはよほど奇特な人間でなければありえない。
サイモンとて医者であるという矜持から人助けはするが、それでも何らかの対価を求めるのは自然だというのに。

850 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 00:14:06 ID:softbank126036058190.bbtec.net [14/59]

「というのが現状だ。どう見る?」
「慈善団体か、あるいはとんだ世間知らずだな」

 自警団のビルの一角で、サイモンと狡噛は話し合いをしていた。
 艦隊が姿を現し、彼らの存在が香港中で話題となっている三日目のことだった。
 サイモンの問いは、狡噛に現状を確認するという意味合いが強かった。

「そうだな……お人好しどころじゃあない。
 何をしようとしているのか、何を考えているのか、それらがまるで分らない」

 狡噛の回答はサイモンと同じだ。まるで相手の意図がわからない。

「積極的に弱者を救おうと行動し、争いよりも話し合いを求める。
 こちらが武力を振りかざせば警告をして諫めようとし、それでもだめなら血を流さないように鎮圧する。
 圧倒的な力を持っているくせに、それで全部を取り仕切ろうっていう意図がない。
 まるで……」
「まるで?」

 言葉に詰まったが、サイモンの促しで狡噛は続きを述べる。

「まるで、人道や法に則った、この世界じゃめったに見ないような振る舞いだ」

 自分で言っておいて、むず痒い。狡噛はその感情を抑えきれない。
 そんなことをこんな世界で堂々と説き、実行に移す---日本に置いてきたはずのそれが、脳裏に浮かぶ。
 シュビラを基軸とした法治体制の中であっても、彼女の行動と信念は特異的だった。
 システムの言いなりでもなく、自分の独善ではなく、もっと違う「正しさ」のために。
 もしも彼女のような人間が多くいて、行動に移すだけの力を持っていたら、同じことをしそうだとそう思えたのだ。

「……今時、そんな言葉を聞くとはな」
「ああ、自分で言っておいて、変な感じがする」

 今時、というか今更だ。
 法治体制や倫理観などが崩壊して久しく、そんなお人好し過ぎる精神や理念などは過去の話だと思った。
 日本を脱出して3か月余りの狡噛でさえも、それがどれだけ奇特かは理解できる。

(まるで、接近遭遇だな。いろいろな意味で)

 しかもそれが、まるで「未知との遭遇」のようなものとなれば猶更に。
 狡噛は日本にいたころ、その小説を筆頭に、SFなどに目を通していた。
 旧世紀、地球の人類は地球の存在との接触を大いに研究し、調べ、備えていたという。
 中には宇宙から来た異星人の姿と思われる写真まで存在したり、あるいはそういった飛行物体がいくつも目撃されたりしていた。
 今香港で起こっているようなことは、まさにその焼き直しであり、ジョーゼフ・アレン・ハイネックの定めた接近遭遇そのものであった。
 いろいろな意味で、と狡噛が考えたのは、接近し遭遇した彼らが同じ人間だったということに由来する。
先述の通り、人道的な行動をとっているというのは、同じ人間なのにそうとは思えないという感覚故だ。

「俺の所にもそいつらが---地球連合を名乗る連中が来たが、これまた信じがたいことばかりだった」
「ああ、俺も疑うしかなかった」

 サイモンの自警団にも、その地球連合を名乗る連中が現れ、話をしていった。
 傍目には同じ人間であり、聞いてみれば同じホモ・サピエンスだと名乗っていた。
 だが、確かめる手段はなかったのもの事実。何しろ、相手がそういったからと言って、それを鵜呑みにはできなかった。

851 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 00:14:46 ID:softbank126036058190.bbtec.net [15/59]

「相手の行動力も、ちょっとありすぎるほどだし……」
「パキスタン系の武装難民やインド系の奴らとも話をしたというしな」

 そう、少し前に狡噛たちとドンパチした武装難民たちとも接触を持ったらしい。
 武器を振りかざした彼らに対し、やむなくという形でそれ以上の武力を見せつけ、強引に話に持ち込んだらしい。
力あるものに力がないものは従うしかない。そんな単純な理屈だ。
 だが、とサイモンは言う。

「それでも、奴らがよくないことをするつもりではないと思いたい。
 少なくとも、良くしたいと思っているようだからな」

 そう言えるのは、医者をしているというサイモンに対し、その地球連合を名乗る集団が色々と物資を融通してくれたからだ。
どういう副反応があるかわからないから薬品などはまだ渡せないとはいったものの、清潔な水やアルコールなどは提供されたのだ。
たかがそれだけ、と思えるかもしれないが、ここにおいては入手が楽ではないものばかりであった。本職のサイモンにとってはいくらあっても足りない。
 そして、3日目になってからは問題がないと判断された薬品や滅菌された衣類、治療に使うあれこれなどが引き渡されたのである。
それが今日の昼間の話だ。その際には狡噛も同行し、その地球連合とやらの人間を見に行った。

「……俺から見ても、悪意は感じなかったが」
「刑事をやっていたお前でもそう感じたなら、信用してもいいとは思っているが……」
「だが、奴らは継続的に話し合いをしたいと言っているんだな?」
「そうだ。奴らがここに来た目的がある、と言っていたが」

 それがわからない。
 狡噛も、鎖国をしている日本が人道支援だとか平和輸出の名目でアレコレと交易などをしているのは知っている。
 それは知識としても知っていたし、狡噛が国外へ出ることができたのは、その交易を行う船に便乗させてもらった経験としても知っていた。
以前撃退したテクニカルドローンにしても、元々は日本で用いられていたものが輸出されて武装化された結果なのだ。
 ともかく、単なる善意などではなく、こちらと話し合いを持ちたいからこそ、物で釣ったとみるのが順当だ。

「それを確かめてみたくはあるが、余計に首を突っ込むと何が出てくるかわからんな。
 向こうからの連絡を待つしかない……」
「そうだな……」

 薬などを渡された時、ついでのようにサイモンは通信機を渡された。
 地球連合との間でやり取りができるというそれは、今のところ沈黙を守っている。
 だが、何かあればこれを通じてやり取りをすることになっている。

852 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 00:15:45 ID:softbank126036058190.bbtec.net [16/59]

 サイモン、と狡噛は呼び掛けた。

「その時が来るまで、一応注意した方がいいかもしれない」
「どういうことだ?」
「俺たちは……比較的穏当にやり取りできた。サイモンが医者と分かったら即座に必要なモノを融通してくれた。
 だが、それはあくまでも穏当にやり取りし、話が通じると分かったからだ」

 では、その逆だった場合は?
 そうなった場合どうなるかを狡噛は想像できる。

「物資などで懐柔しようとしている地球連合を、いい金づると思って攻撃的になる奴が出る。
 あるいは、配られたそれを奪い合う可能性だってな」
「……否定できないな」
「地球連合が配っていた物資はさほど多くはない。おそらく奪い合いになる前に消費しきってしまう量しか渡さなかったのだろう。
 混乱や奪い合いなどの原因とならないようにするための、よく考えられた対応策だ」
「それでも奪い合いは起こるだろう……なるほど、だからか」
「そうだ。奪い合いとまではいかなくとも、配られるそれを譲れと迫る奴らもいるだろう。
 そうなれば、地球連合だって黙っているわけがない。
 手を突っ込みすぎれば泥沼になるが、かといってお人好しなくらいに弱者の味方をしている連中が座して眺めるだけというのはないだろう」

 むしろ、この三日間が静かすぎたくらいだ、と狡噛は思う。
 地球連合という目に見えて力のある組織が存在していることが大きな抑止力となっているのは明白だ。
 とはいえ、それが通用するのは長くはないだろうとも理解できる。

「……しばらくは大人しく引っ込んでいたほうがいいか」
「そうだな。軽率に行動すると、ややこしいことになる。
 自警団にしても、迂闊に行動すれば、相手から見放される可能性だってある」

 積み重ねた信用が崩壊するのは一瞬だ。
 まして、自衛のためとはいえ武装している集団は、武力を笠に着て好き勝手にする連中と紙一重なのだから。
そういうものだ、と一度見なされれば、早々にその認識は変わらない。
 そして、地球連合はその手の連中を赤子の手をひねるかのように処理してしまえる力がある。

「わかった、俺は話を通しておく。
 コウガミ、子供たちの方は任せたぞ」
「ああ、任せろ」

 嵐が起こる。その予感がある。
 台風の目は地球連合だ。
 せめて吹き飛ばされないようにしなくてはならない。
 いや、あるいはもっと---とんでもないことが起こるかもしれない。

(考えすぎならいいんだがな)

 狡噛は香港の空を回遊するクジラのような航空艦を見上げる。
 あれに乗っている地球連合の人々は、何を思っているかと、そんなことを考えながら。

853 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 00:17:31 ID:softbank126036058190.bbtec.net [17/59]

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案外長くなりました。
次はちょっと時系列的に飛ぶかもですね。
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最終更新:2024年02月26日 21:49