882 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 20:50:11 ID:softbank126036058190.bbtec.net [28/59]

憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 彷徨える猟犬」2.5



  • 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 旧中華人民共和国 香港沖 地球連合中国派遣艦隊 旗艦「紫雲」 ブリーフィングルーム


 ブリーフィングルーム中央にある円卓に、3Dマッピングされた香港の都市のグラフィックが立ち上がる。
 それらは人の集まり具合や治安状況、インフラの生きている割合、あるいは諍いの起きている割合などを示すトラフィックデータが付随していた。
さらに、各所には主だった---接触ができた自警団や武装集団といった生活している集団の配置などのデータもアイコンとして浮かんでいる。

「改めてみると、とんでもないサラダボウルだな」

 この派遣艦隊の参謀の一人が、そのデータを前にため息をついた。
 香港とその周辺を担当地域とするこの艦隊は、到着後に速やかに航空機やドローン、あるいは現地に調査員を派遣し、データ収集に努めた。
 そして判明したことは、この大都市であったこの街やその周辺が、居場所を求めた人々でいっぱいで、争いなども絶えない場所ということだった。
 一応現代的な---現地の文明レベル相応の生活ができている範囲はそれなりにある。
 そこはインフラなどが生き残っている場所で、そこに人口が過密なほどに集中する形で形成され、維持されている。

 だが、そこから数歩外れれば人口はガクンと減る。
 理由は単純、環境がよろしくなく、人が住みにくいからだ。
 雨風を凌げる壁と屋根の揃っている場所ならば上等。一段落ちるとテント生活かそれに準ずる生活。
 さらに酷いと旧世紀のスラムや家のような何かがいくつも出来上がっていて、何とか生き延びようとしているのだ。

 そしてそういったスラムの多さはその近隣での犯罪率の高さに直結する。
 簡単なスリに始まり、強盗・殺人・窃盗・性犯罪と犯罪のオンパレードとなる。
 すべては生き残るため、人らしく生活するため。とはいえ、その為に獣のような有様になっているのだ。
 マズローの欲求五段階説、管子の衣食足りて礼節を知るという言葉のように、文化的あるいは倫理に沿ってとは、生きてから考えられることだ。

「現地の住人もいるが海外からの流民もいる。
 そして場所を奪い合うようにして生活している、か。
 偵察結果と聞きこみの結果はおおよそ合致しているから、これを信じるしかないが……」
「これが、無政府状態での人々が生きる姿……」

 嫌悪はしない。けれど、起こっているであろうことを考えれば、眉間に多少のしわが寄ることは避けられなかった。
 流民がいることで人口は多い、そのくせ供給される食料には限界があり、平等ではない。どうすれば維持できるか?
 簡単だ、外から入ってきても、この都市の中で消えていく数が相当数いるということに他ならない。

「……とにかく、会議を始めましょう」

 面子が揃ったことを確認し、司会進行役が口火を切る。
 議題は言うまでもない、現状の確認、さらにエクソダスへの動きの進捗の確認だ。

883 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 20:51:09 ID:softbank126036058190.bbtec.net [29/59]

 現在、地球連合は世界各地にエクソダスのための戦力を展開している。
 その戦力の種類は様々だが、その一つがこの中国でも大都市である香港を担当する「紫雲」が旗艦の艦隊だ。
航空艦を主軸とし、θ世界のそれを元とした巨大都市型移民居住艦により、香港とその周辺都市の住人を逃がすことを任務としている。

 だが、この惑星が衛星偵察の結果、明らかに文明崩壊が確認されたため、当初の予定と異なり、エクソダスの前に現地調査を優先することとなった。
 その結果として判明したのが、今の香港にあるような秩序の崩壊した世界だ。
 局地的に都市国家といったレベルで文明や秩序が維持されている地域も確認されているが、それらは決して多くはない。
 そして、この惑星の情勢を鑑みて画一的なエクソダスの実施ではなく、現地艦隊の裁量権を拡大し、臨機応変な対応をするというものだった。

 そして、香港担当の紫雲艦隊がとったのは、交渉と並行した飴と鞭の展開であった。
 真っ先にターゲットとなったのは、いわゆるスラムに暮らす、今日明日さえも怪しい人々だった。
 彼らを受け入れ、この惑星特有の病気などがないかを調べ、情勢の把握に努めたのだ。
 それ以上に彼らを真っ先に受け入れた理由としては、不特定多数で誰も総数を把握していないので、エクソダスの際に取りこぼす可能性が大きいためだ。

「現在のところ、最貧民層の受け入れは順調です。
 まあ、ほぼ全員が病気や極度の飢えなどのため、入院という形なのですがね……」
「それで済んでいるなら御の字だろうよ。気が付いたら置いてけぼりが一番怖いのだしな」

 そして、それは他の現地の住人達へのPRでもあった。
 最貧民層というのは、現地でさえも邪魔者扱いされている。そんな彼らさえも困窮していれば助けると、そう言えるのだ。
その結果、少なくはない流民が地球連合への保護を申し込むようになっている。あとはそのままエクソダスと洒落込むことになる。
 加えて、と一人の参謀が報告をあげる。

「現地で展開している医療班からは相当数の患者が押し寄せているとのことです」
「想定していた通りだな、医療なんていう高等技術は真っ先にロストする。
 知らずに病気になったり、怪我を適当な処置で済ませている人間も多いだろうしな」
「あとは……ああ、炊き出しは大人気だそうですね」
「そりゃあなぁ……まともな食事にありつけるのなんて、確約されていないだろ」

 そうして懐柔をして、地球連合の提示する移民---という体裁のエクソダスへ誘導する。
 この策は現状の所うまくいっている。今はまだ住人の猜疑心を砕いている最中だが、陥落は時間の問題と参謀たちは見なしている。

 だが、問題はそれに限ったわけではない。
 この香港とその周辺では、常に賑やかなのだ。

「問題なのが、治安の悪さ。特に武装集団同士のぶつかり合いだな」
「今のところは介入はしていない。だが、その暴力がこちらに向くのは時間の問題だな」

 その認識は参謀たち全員に共通していた。
 慈善事業のように、食事を配り、医療を与え、助けを求める人々に手を差し伸べているのだ。
 それに目を付けないわけがない。殊更に飢えた犬のような連中は、こちらが武力を有していても恐れることはないのだから。
飢えていなくとも、それを独占したいと考えるのは当然のことだ。他人よりも自分を、というのは自己の生存を考える人間の性だ。

「人心掌握活動にも警備は入れているが……明らかに監視やよからぬ視線を向けてくる連中もいると聞くからな」
「ああ。目に見えて武力を見せつけているのと、まだ活動を始めたばかりだからこそまだ遠巻きなのだろうな」
「だが、何時牙をむいてもおかしくないわけだな」

 鎮圧自体は簡単だ。非殺傷でやることさえも。
 だが、相手がどういう手に出てくるかは全くわからないということもあって、備えはいくらあってもおかしくない。
 こういうのは正規戦ではなく非正規戦になる。
 そして、相手は倫理観や道徳観念を持ち合わせていないことが多い。

「人間爆弾やら人質やら、考えられるのは山ほどあるのが悲しいところだ」
「WLFよりはましと考えよう」

884 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 20:52:17 ID:softbank126036058190.bbtec.net [30/59]

 ともあれ、妨害なども起こることを前提に防御に努める、そういうことで一致した。
 さて、と司会進行役が次の議題を提示する。

「厄介なのは、戦闘への介入活動についてだな」

 その言葉に、参謀たちの誰もが表情を引き締めた。
 地球連合のエクソダスは、現地国家や集団の住人全てが対象となる。
 何しろ、宇宙怪獣は生命体であるならば一切の区別なく、惑星ごと滅ぼしにかかってくるからだ。
 だが、相手がそれを拒絶した場合、あるいはそれどころではない場合、武力を用いることも選択肢として選ぶ必要がある。

 そして、この香港をはじめPP世界各地の紛争地域で共通して問題となったのが、現在もなお続く戦争や紛争、争いにどの程度介入して行くかであった。
 エクソダスの第一段階は、そもそもアポカリプスのことを説明し、エクソダスの必要性を説き、理解を得なくてはならない。
 だが、それを行うのは相手に相応の理性と、相手が連合の話を聞く意思がなくてはそもそも始まらない。
 その関係上、ドンパチ騒ぎを起こしているとあれば、自然にやめるのを待つか、あるいは連合が争いを止めるという選択肢をとることになる。
 問題なのは、現地の事情にどこまで介入するかであり、行き過ぎると遺恨を招くということなのだ。

「銃を使った小競り合いや強盗というレベルならば日常茶飯事、そしてちょっと離れたところでは軍閥同士による戦闘も多い。
 さらには……無差別なテロや虐殺も頻発している」
「介入するとしても、一時しのぎにしかならない可能性があるのが問題だ」
「よくもまあ、ドンパチする元気と武器があるもんだ……」

 一度の戦闘で解決できる可能性が小さいというのも問題である。
 軍閥というのは単なる武器を持った集団ではなく、もっと高次の集団だ。
 一つの戦闘で壊滅するわけもなく、母体をそっくり叩かなければまた勢力を伸ばしてくるのが明らかだ。
 戦闘員など、そこらで人をさらって洗脳でも何でもしてしまえば調達できてしまうものなのだ。中枢や重要分が生きていれば時間をかけ再生する。

「一番の解決は放置なのだが……そういうわけにもいかないからな」
「ウチのスタンスを貫くのは大変ですねぇ……」

 そう、最も簡単な解決は、そういった集団を放置してしまうことだ。
 エクソダスにおいてそういった暴力を主とする集団が大人しくしている可能性は低い。
エクソダスの最中に暴れ出せば、流石の連合でも犠牲を0とすることは中々に難しいのだ。
 その上、新天地でも懲りることなく同じことを繰り返す可能性は高い。一度倫理観が崩壊すれば、元に戻るのは時間がかかる。
さらに言えば、獣のような生活の方がよほど楽だ、というのも事実として存在する。
倫理や道徳などに縛られない方がよほど楽であり、欲望のままに生きられてストレスがないのだ。
今更元の生活に戻れるか、ということでもある。

「倫理観や道徳観念が崩れて最長で1世紀近いとあれば……まあ、そうなるよなぁ」
「積み上げてきたものが崩れるのは一瞬なのだな」

 とはいえ、だ。それでも、そんな獣であろうとも、手を差し伸べなくてはならない。
 それが地球連合の矜持だから。
 弱者であれ、強者であれ、善人であれ、悪人であれ。
 はたまた姿形や生態がそもそもホモ・サピエンスと違うものであれ、エクソダスにおいてはその区別をしない覚悟で動いている。

「対応策は?」
「既に。ビラの配布やばらまき、放送、人伝の噂話。こちらのスタンスを広めてはいます。
 まだエクソダスそのものには言及していませんがね」
「賢明だな。パニックを起こされたら一番面倒だからな……」
「ともあれ、いきなり武器を振りかざして介入は良くない。政治的要求でやりづらいが、忘れないように」
「了解」
「では次の案件を……」

 そして、参謀たちの会議は進む。
 少しでも多くを救うため、自分たちの矜持のために。
 彼らは知恵を絞り続けたのだった。

885 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/07(日) 20:53:18 ID:softbank126036058190.bbtec.net [31/59]

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最終更新:2024年02月26日 21:51