6 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/09(火) 23:50:32 ID:softbank126036058190.bbtec.net [4/158]
憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 彷徨える猟犬」3
- 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 旧中華人民共和国 香港
今、香港の話題を占めているのは、当然ながら空を飛ぶ官邸で押し寄せた集団---地球連合だった。
到着してから1週間で、避難民の受け入れや炊き出し、医療の提供など多くのことを行い始め、誰もがそれに飛びついているからであった。
だが同時に、頼りにされると同時に、恐れられていた。
それはこれ以上に見たことがないほどの「力」を有しているからだ。
そんな慈善事業をするような輩は徹底して狙われる。弱者のふりをして近づけば懐に飛び込むことは容易いと考えた連中が多かったのは言うまでもない。
あるいは浮浪者を抱き込んで刺客に仕立て上げてもいいわけだ。トラブルを引き起こして弱みを握り、そこにつけ込もうと考えた。
あるいは、その場所を堂々と襲撃するという何とも豪勢なことをしでかしたバカもいた。
ただまあ、結果だけ言えば、それらは悉くが防がれた。
元より武力や技術力の観点において、技術更新などが停滞して久しいこの惑星のこの地域の勢力が地球連合に勝てる要素はない。
そういうものが来ると想定して備えていたわけで、そうなればトーチカの並ぶ塹壕に戦列歩兵で突っ込むがごとき愚考だったのだ。
その様子についてはあえて語るまい。戦闘ですらなく、処理というレベルだったのだから。
さらに、そういったバカなことを考えた集団への報復も苛烈に行われた。
地球連合諸共邪魔者を排除しようと武力を振りかざした武装集団や軍閥の手先は、そのトップまで揃って捕まえられるに至ったのだ。
そして、衆人環視の元に置かれて見せしめにされてしまった。殺されることはなかったが、個人の情報と共に囚人として晒し者にされたのだ。
生温いように見えるが、これは地獄だ。
死にはしないし暴力を振るわれるわけではない。飢えることもないし、殺されるのは連合が防いでいる。
だが、拘束されて拘留され、逃げ出すこともできず、喋ることもできず、ひたすらに不特定多数の視線にさらされ続けているのだ。
地球連合という組織の慈悲に縋ろうとした人々の、数えきれないほどの視線をぶつけられる。
その視線は蔑みや怒り、あるいは呆れ。いずれにせよ、向けられて喜べるようなタイプの視線ではない。
石やらモノを投げつけられることも珍しくはない。まあ、透明な隔離スペースの中にいるので直接ぶつかりはしない。
だが、それに浴びせられる攻撃や罵倒などの苛烈さが、どれほどの感情だったかを語る。
下っ端たちならばまだマシだっただろう。下働きで汚れ仕事もする関係上、そういう目を向けられることは珍しいことではないのだから。
問題なのは、一際目立つ位置に晒された軍閥のトップや高官などの、この時世においては知識と経験を持ったエリートたちだ。
彼らはなまじっかプライドが高い。実際に軍閥という組織を運営する能力があるのは事実だが、そうであるがゆえに屈辱には人一倍敏感なのだ。
そんな彼らが、精神をいたぶるような、長々と続く苦痛に耐えきれるわけがない。
殺してくれ、許してくれ、なんでもする。そういった謝罪の言葉が吐き出されるが、一顧だにされない。
彼らは連合に牙をむき、その報いを彼らの嘯く弱肉強食の摂理に則って受けているだけなのだ。
そのついでで、住人たちのヘイトを買ってもらい、同時に地球連合への現地住人の好感度を上げる材料となってもらう。
勘の良い人間はとっくに気が付いているだろう、この地球連合の一連の行動の意図を。
彼らはスケープゴートだ。分かりやすい悪役。地球連合が正義と思わせるための材料なのだと。
そして、理解したはずだ。これ以上邪魔をすれば、同じような目に遭わされると。
こうして、10日ほどで香港周辺は恐ろしいほどに治安が回復した。
細かい犯罪などは起こりはせよ、無差別テロや銃撃戦などがピタリと収まり、平穏というものが訪れたのだ。
多くの人は安堵したが、これがまだ始まりに過ぎないというのは、まだ知らないことだった。
ともあれ、地球連合の計画の第一段階はおおむね順調に進んだと、そういうことであった。
7 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/09(火) 23:51:06 ID:softbank126036058190.bbtec.net [5/158]
夜の帳が下りた香港は、相変わらずにぎやかだ。
ただ、それは人々の賑わいという観点であり、争いごとによってではないのがミソであった。
夜間というのは犯罪の起こりやすい時間ではあるが、それでもメインストリートなどならば、地球連合の警邏がいるために安全が確保されていたのだ。
そんな香港の夜。
自警団のビルの一角で、自警団のトップであるサイモンやその他幹部、さらに狡噛が顔を突き合わせていた。
「……というのが、俺の見解だ」
狡噛は、語り終え、乾いた喉を水で潤した。
サイモンらに頼まれ、その知識と刑事としての経験などから、地球連合の意図などについて語ったのだ。
「相当な手慣れているというのを含めて、恐ろしい相手だ。
懐柔して、俺たちを信用させている。
そのために惜しみなく飯や寝床を用意し、治療まで行って、さらに行き場のない人間を引き入れている。
治安も良くなって、俺たちは安心を得ることができた」
「それは、いいことじゃないのか?」
「……あくまで表面的にはな」
自警団の幹部の一人がそういうが、狡噛としては微妙な顔をするしかない。
確かに助かっていることが多い。サイモンなど多くの医療品や必需品の提供を受け、医師としての仕事に専念できている。
自警団としても、集団を守るために武器を突きつけ合うようなことが減って安どしている。
「問題なのは、これだ」
狡噛が取り出したのは、地球連合の撒いているビラだ。
「時期を指定して、重要な話があることを多くの人に広めている。
連中は慈善事業をしに来たんじゃない、何か目的があってここに来たんだ」
「一体何を?」
「それがわからないから困っているのさ。
今の調子だと、何を言われてもハイハイと従う人間が出てきそうだからな」
狡噛の言葉に、誰もが言葉を失う。
それは紛れもない事実だった。
相手は確かに慈善事業をしているが、かといってこれからもそうだとは限らない。
信用させたうえで何をしてくるか全くわからないのだ。自分たちを懐柔して利用しようとしている可能性だってある。
「コウガミ、でもそれは……」
「ああ、あくまでも最悪の場合の話だ。
けど、そういう見方もできるってことも覚えておいてほしい」
シュビラの統治下はまさにそれだ。
従い、従順である限り安寧は許されるが、そこから一歩外れれば容赦はなくなる。
理想郷を守るための下働き、血にまみれたドミネーターを片手にシステムの命じるままに執行を行う猟犬。
今でこそ、こうして国外に逃れてその立場を脱しているのだが、その経験と記憶、磨かれた本能は忘れようがない。
同じようなことを、この香港という土地で地球連合がやらないという保証はどこにも存在しないのだ。
8 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/09(火) 23:51:44 ID:softbank126036058190.bbtec.net [6/158]
しかし、現実として狡噛の懸念だけを受け入れるのは難しい。
「……だが、俺たちに何ができる?」
「そうだな、今の俺たちは地球連合とやらに依存しているのも事実だ」
「アイツらがいなくなったらどうなるか、考えなくてもわかる」
サイモンの言葉に、他の幹部が賛同する。
そう、狡噛の懸念はわかるが、かといって地球連合からの支援や援助などを捨てられないのも事実なのだ。
サイモンは医者としての知識や技能を持ち合わせている。けれど、どうしても現物がなければ成り立たない。
医薬品や医療品というのは、このご時世高級品どころではない。見つけられたらラッキーというレベルだ。
治安のいい場所、あるいはそういうものを生産できる場所から流れてくるのを目ざとく見つけ、手に入れる必要がある。
それこそ、狡噛が日本から持ち出した医療用キットさえも重宝されるほどに、稀少性が高い。
そんなものを湯水のようにとは言わないが、かなり提供してくれるのはサイモンとしては助かっているのだ。
その供給が途絶えた後のことは、正直なところあまり考えたくはない。道具がない医者など何の役にも立たないのだから。
「わかっているさ。ただ、妄信しすぎるのは良くないってことさ。
相手が何を言いたいのか、何をしたいのか。そこを慎重に見極めないとならない」
「見極める、か……」
「だから話をよく聞き、疑問をぶつけるしかないのさ。
相手の方から話しがしたいって言っているんだから、これを利用しない手はない」
その言葉をかみしめた後、サイモンは一つ頷いた。
「わかった。この地球連合ってのが何をしたいのか、調べないと始まらない。
他のみんなも情報を集めてみてくれ。できれば、地球連合に属している人間に直接話を聞いてな」
「任せろ」
「幸い、あっちこっちで活動しているようだからな。話を聞くのは簡単だろうさ」
相手が何者で、何をするつもりなのか。
されるがままになるかもしれないが、ともあれ、投げられるであろうボールを受け取る準備をするくらいはしていたのだった。
9 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/09(火) 23:57:47 ID:softbank126036058190.bbtec.net [7/158]
以上、wiki転載はご自由に。
すいません、ちょっと手間取っていました…
いい感じに話が進みました。
次あたりで、バカが戦車に乗ってやってきます。
最終更新:2024年03月05日 20:39