155 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/12(金) 01:19:12 ID:softbank126036058190.bbtec.net [27/158]
憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 彷徨える猟犬」4
- 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 旧中華人民共和国 香港 自警団活動拠点
病院としての機能を徐々に大きくしつつある自警団の拠点の一つで、サイモンは忙しげに治療に勤しんでいた。
ここ香港の治安が地球連合の手によって改善し、争いなどが収まってもなお、ここに運ばれてくる怪我人などは減っていない。
地球連合が拾っている分もいるのだが、それ以上にこの香港では怪我人や病人が発生している。
一体どういうトリックなのか?
答えは簡単だ、周辺から香港に人が集まり始めている、ということだ。
今の時代、まともな通信インフラなどは限定的にしか生きていない。
通信に限った話ではないが、インフラが争いや戦闘で破壊されるのはよくあったことだし、ましてそれを修繕するような奇特な人間はいない。
その場合、情報の伝達や収集というのは人伝や噂話が主体となる。
噂話は必ずしも正確ではないが、時に重要な情報が入ってくることもあり、案外見逃せない。
それらを自警団の面々が集めている中で、そういった香港に集まる避難民の噂の量が大きく増えたのだ。
さらに明らかによそから来た集団が増えて目撃されるようになれば、嫌でも答えに気が付くというわけである。
その噂話によれば、地球連合はまだこの国が健在だったころ規模の大きい都市だった場所を中心に出現したとのことだ。
同じように人助けをしているらしく、あちらこちらから流民が流れているのも同じなのだという。
ただ、どこまでが真実なのかはわからない。付随してくる噂は千差万別で、良いものも悪いものも混じっているのも確かだ。
まあ、地球連合の事だけに頭を割いているわけにもいかないので、ちょうどよいと言えばそれまでだ。
地球連合の指定した期日まで時間は空いているわけだし、その間にもサイモンたちは必死に生きていかねばならないのだから。
貰った医薬品などを腐らすのももったいないし、怪我人などが出ているならば自分達で何とかしたい。それがサイモンの意志であった。
施しをされるばかりで満足してはいけないという、一種の矜持であるともいえるだろう。
「……さて、飯にするか」
カルテを片付け、サイモンは一息つく。
避難民が増えているが、今のところはトラブルや争いも少なく済んでいるのが幸運だ。
願わくばこの平穏が維持されてほしい。
それがかなわないことなのは十分に承知しているが、それでも。
(しかし、コウガミの奴は無事だろうか……)
今朝のことだ。何やら物騒な流民が来るという噂を聞き付けた狡噛は、数名を引き連れて偵察に向かったのだ。
本人曰く、嫌な予感がする、と言って引き留めるサイモンを振り切っていったのだ。
楽園から追放されたんだ、と自嘲しているが元刑事としての正義感などは捨てきれていないし、止められない。
最初に自分のところで治療をして、その直後に酔った暴漢を鎮圧するために怪我をした時とまるで変わっていない。
そういう人間だからこそ、サイモンは重宝しているし、自警団の構成員たちは信頼してついて行っているのだ。
だから、代わりに人をつけて無茶をしないようにしたのが限界だった。
そうまでしたのは、明らかに普通ではないとサイモンでもわかったからだ。
噂が本隊を追い抜いて来るということは並大抵のことではない。
多かれ少なかれ武装しているのが普通で、ここ香港から外に出れば暴力沙汰なんてのはあり溢れている。
にもかかわらず、そういう点が特筆すべき内容として先に到着しているということは、それだけ道中で暴れているということに他ならない。
(無茶はしない、と言っていたが)
あの無鉄砲な日本人が本当に守るのか、少しばかり不安であった。
156 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/12(金) 01:19:48 ID:softbank126036058190.bbtec.net [28/158]
かつて都市と都市とを結んでいた道路は、しかし、すでに往時の姿を失っていた。
都市中央部でさえも荒れている上に管理されていないのだから、山間部の道路など植物などの侵食を受けて獣道染みている。
嘗て道路だった場所こそ通れるくらいには開けているが、残りは繁茂した植物や樹木が視界を覆い、道路を砕き割り、内部にまで浸透していた。
そうであるからこそ、狡噛率いる偵察隊はその集団に気が付かれることなく接近することができたのだ。
道路が通っているところまでは車で走り、そこからは鬱蒼とした山の中を進み、鉈で草木を切り払いながら。
目的の集団がどこにいるかは手に取るように分かった。その集団が傍若無人に振舞うから、そちらの方から人が逃げてくるのである。
そして、その集団を判別するのは簡単だった。殊更に狡噛にとっては。
「おいおい、何の冗談だ……」
双眼鏡で気が付かれないように暗所から偵察する狡噛は思わず漏らした。
その集団はかなりの数の輸送車両によって構成されており、さらにはそれに追従するドローンまであったのだ。
特にそのドローンは、以前撃退した建設作業用のそれと類似はしているが、そんなありあわせの改造をしたものではない。
あれは明確に軍用ドローンだ。狡噛とて専門家のように詳しいわけではないのだが、それでも作業用と軍用の見分けくらいはつく。
それに、あれが日本製だというのはわかる。そんな高等なモノを今の世界で作れるのは限られているのだから。
「コウガミ、そんなにやばいのか?」
「ああ、最悪も最悪だ。以前撃退した奴とは違う、戦争をやるためのものだ」
それに、明らかに輸送車両はドローンのバックアップを行うための物資を詰め込んでいる。
加えてここから見える武装集団の構成員たちの装備も、寄せ集めの雑多なものなどではない。
「なるほど、あれだけの装備があるなら好き勝手やれるわけだ。
まあ、悪目立ちもするだろうが……」
「どうする?」
「アイツら、香港に来ちまうのか?」
「そうだろうな……だが、俺たちがどうにかできる相手じゃない」
彼我の戦力差は以前のドローン騒動の時とは比較にならない。
扱っているのが素人であろうとも、それを補うだけのスペックと武装を有している。
そして、明らかに武装集団はその手の武器の扱いに手慣れている。おそらくはそういう軍閥か傭兵といったところか。
流石の狡噛もこの状態で突っ込んでいくほど無謀でもないし、命を軽く考えていない。
「急いで戻るぞ……奴らよりも早くな」
「だが、戻ってどうする?」
それはそうだ、ここから先に本拠地に戻ったところで戦える手段がない。
その内にあの武装集団が現れ、大きな顔をしだすことは目に見えている。
「俺の国には、こんな言葉があったらしい。困った時の神頼みってな」
まあ、相手は神様ではない。同じ人間の組織---地球連合だ。
ただ、向こうがこちらの多のみを聞いてくれるかどうかは全くの未知数。
それでも、人助けをし、同時にその力で香港の治安を急速に回復させた武力を持っているのは確かだ。
そんな彼らが明らかにドンパチをやるつもりの武装集団を見過ごすはずがない---と思いたい。
「いくぞ」
ともあれ、狡噛たちは急いで本拠地に戻ることにしたのだ。
一縷の望みと危機感。
そして、狡噛のみが、やるせなさ、あるいは無力感を覚えながらも。
157 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/12(金) 01:20:39 ID:softbank126036058190.bbtec.net [29/158]
以上、wiki転載はご自由に。
ちょっと細かく区切ることになりますが、ご容赦を。
最終更新:2024年03月05日 20:40