720 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/20(土) 22:27:09 ID:softbank126036058190.bbtec.net [112/158]
憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 彷徨える猟犬」7
- 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 旧中華人民共和国 香港 沖合 地球連合惑星2113香港派遣艦隊 紫雲 フライトデッキ
香港からの客人---現地のグループから来た、エクソダスで逃がす予定の住人たちの代表を乗せた輸送機が離陸していく。
数十どころではない代表者たちは、この紫雲の中に案内され、連合との間の会合に参加していたのだった。
そう、それこそが以前から通達していたことであり、この惑星の危機とエクソダスなどについて説明するためのものだった。
輸送機の中で代表者たちの様子は言うまでもない状態だ。
困惑していたり、興奮していたり、怯えていたり、あるいは呆然としていたり。
それこそが、惑星規模どころか宇宙規模で起こるかもしれない惨事に対する、彼らの反応だった。
そして、香港へと飛んでいく彼らを見送った紫雲のクルーたちも、心配げであった。
散々危機が訪れていた自分たちでさえ、スケールの大きさに戸惑ったのは事実。
余裕のない彼らがどれほどの衝撃だったことか。
「それを考えるだけで、ちょっと憂鬱になるな」
「ああ。俺たちは余裕があって、事実を受け止められる前例を知っていた。
彼らにはそれがない。経験もない。いきなり教えられ、受け入れろと迫られた。
それがどれほどかって言えば……」
言葉もない。
一方的に救っておいて、一方的に教え、一方的に地獄に叩きこむ。
上げて落とすなんて言葉があるが、まさにそれだ。弱い立場の彼らを救うというお題目で、酷い行いをしている。
彼らがどう判断するかは彼らに委ねる、というのも酷いものだ。
いっそ脅して連れ去るくらいした方が、彼らにとっては楽だったかもしれない。
フライトデッキのクルーの一人が、相方に漏らした。
「俺たちほど強いとは限らない相手に、こっちの道義を押し付けるってのは……気分良くはないな」
「ああ」
だけど、と相方は思っていたことを吐き出す。
「だけど、弱いからって特別扱いされることを当然と思うのは、許せないもんだよ」
この惑星に限った話ではない。
宇宙怪獣と戦える力が無ければ、あるいはアポカリプスに伴い発生する天変地異や蜃気楼怪獣と戦えなければ、その星は死ぬしかない。
連合が宇宙怪獣より先に到達すればラッキー、あるいは自衛できているならば僥倖なのだ。
連合の手を拒み滅んだ星など数えきれないし、救援に向かった先の恒星系がとっくに手遅れだったというのもよくあること。
一体何が両者を分けるのか?
運?それもあるだろう。
だが、根本には強いかどうか、というのがかかわる。
それは最も原始的と言えるルール---もっと言えば掟というものの一つだ。
即ち弱者や非適応者は淘汰されるという、極めて単純かつ慈悲のないルールである。
「弱いなら死ぬしかない。いや、死ぬことさえも選べない。
そんな苛烈な世界で、自己の可愛さに弱さを見過ごせと言われても、困る。
下手すりゃ引っ張られて俺たちまで被害を被るかもしれないんだしな」
「ああ……」
だからこそ、切り捨てることも必要なのかもしれない。
理想にこだわって痛い目を見るのは誰だっていやなのだ。
「でも、そんな楽な方ばっかりに逃げたら、碌なことにはならないだろうな」
「そうだな。大洋連合の言葉で言えば、情けは人の為ならずっていうらしいし」
地球連合がその姿勢を貫いているのも偏に力ゆえだし、力があるからこそそういった姿勢を貫けている。
結局のところ、そこに尽きるのだ。
裏返せば、地球連合でさえも綱渡り。その点において、誰もがある種平等と言えるだろう。
その認識の広まりと普遍性こそ、連合を連合足らしめていると、そう言っても過言ではない。
「彼らが賢明な判断をしてくれると嬉しいんだけどな…」
「ああ」
願うしかない。
「救いに来たのであって、争いに来たわけじゃないからな」
721 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/20(土) 22:28:09 ID:softbank126036058190.bbtec.net [113/158]
さて、この情報開示に踏み切ったのは、香港に地球連合が到着してから3週間以上が経ってからという、時間をかけて浸透したと判断されたからだ。
時間をかけたのは地球連合が信用が置ける組織だと浸透するのを待ったのもあるが、他にも理由がある。
他の大都市同様、地球連合の庇護を求めて周辺都市から香港に人が集まり、自然発生的に集団が生まれる。
元々香港にいた集団との多少の争いはあれども共存し、一定の調和が維持される。
その間に地球連合側ではその集団のグループの同定や区別、集団としての特性---構成や出身などを調べ上げる。
エクソダスさせる人員の名簿---あるいはチェックリストを作成するというわけだ。
一言に香港の住人と言っても、国籍や出身などは極めてカオスだ。元より国際色や人種が多様な都市であったこともある。
同時に、世界秩序の崩壊で生きていける場所を求め前述のように難民が流入しているのも拍車をかける。
どこにどれだけの人間がいて、どのような集団に属しているのか?それが不明なままでは取りこぼしが起こりかねないのだ。
その調査とリストの作成こそ、最も慎重かつ力を入れなければならないことだったのだ。
この調査には、その集団が事実を明かした際にパニックなどを起こさないかなどの調査も含まれていた。
いずれは明かすこととはいえ、徒に情報を伝えてしまった場合、大混乱が起こる可能性が非常に大きかったのだ。
誰だってスケールが大きすぎることは認知が追い付かない。考えるだけでも難しいというのもある。
理解できたとして、いつ何時星ごと滅ぼせるような強力な外敵に襲われるか、という恐怖に捕らわれると大惨事だ。
精神相の変異が発生しているこの惑星の住人では猶更と懸念されていた。
同時に、目先の利益のためにこの情報を悪用されるという懸念があったのだ。
信頼を構築しつつある地球連合からの情報をかざせば、連合が信頼を作った分、第三者がそれを騙った時の信頼度に差が生まれる。
情報を握れば相手を思いのままに操ることもできる。脅迫・教唆・誘惑……いくらでも犯罪に応用できてしまう。
彼らは今日や明日が約束されていない生活や世界で生きていたのだ、目先の利益に飛びつかないと生きていけないので、そういったことに抵抗も小さい。
むしろ積極的にやりかねないという程度には、連合を警戒させていたと言える。
さりとて時間をかけすぎてもそれはそれで危険が付きまとうのだ。
宇宙怪獣やほかの脅威が直近に現れないとも限らない。時間をかければそれだけ可能性は上がるし、リスクも跳ね上がっていく。
救助に来たのに要救助者に足を引っ張られて二次災害になっては目も当てられない。
そこのバランスなどに大いに苦労したのは言うまでもないだろう。
だが、問題なのはそのボールを受け取った側の現地住人たちの方だ。
地球連合がそういった事情を抱えているとは今一理解できておらず、衝撃の事実を突きつけられた形なのだ。
文字通りスケールの違う、まるで理解が追い付かないような途方もない情報なのだ。呆然としていた反応が見られたのは伊達ではない。
それだけならばまだマシで、開示された情報を事実と認めない、認めたくないという層さえも存在したのが問題だった。
地球連合に従い逃げるか、それともそれを信じることなく手を払いのけるか。
強制しないという残酷さが、自ら選択するという重みが、彼らを苛んだのだった。
722 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/20(土) 22:28:55 ID:softbank126036058190.bbtec.net [114/158]
サイモンとともに地球連合からの会談に向かって、戻ってきて1日が経過した。
狡噛は地球連合から得られた資料を読みふけっていた。
(冗談にしては話の整合性が取れている。
だが、鵜呑みにするには荒唐無稽すぎる)
狡噛の偽ることのない感想はそれだ。
嘘とは思えない、さりとていきなり信じ込むのは危険だという、警戒を幾分か含んだもの。
地球連合から多くの資料やサンプル---宇宙怪獣の現物まで見せてもらえたので、嘘ではないだろうというのはわかる。
それでも納得できないのは、やはり感情面やスケールが大きすぎることによる現実感のなさということだろう。
(しかし、とんだSFだ)
今日も改めて資料をめくるが、内容は本当にSFだ。
いわゆる文系の出であり、尚且つ読書というものが人生に染みついて離れない狡噛にとって、この手のSFというのは当然履修の範疇にあった。
クラークの「幼年期の終わり」、ウェルズの「宇宙戦争」、ハインラインの「人形つかい」---パッと浮かぶだけでも有名な作品が多くあり、読んだことがある。
火星人に始まり、宇宙から宇宙人がやってきて、地球人とコンタクトするというSFはよくあるもので、あらゆる描き方がなされているのだ。
まさか地球連合が、この地球とは別の地球からやってきた組織で、同じホモ・サピエンスというのは裏をかかれたようで度肝を抜かれた。
とはいえ、宇宙怪獣という生命体を滅ぼそうとする宇宙人がおり、それと大戦争をしているという、ある種お約束もあり、謎の安堵を覚えた。
地球連合の情報が正しいならば、フェルミのパラドクスは完全に崩壊していると言える。
静かな文明どころか、積極的に外に出て戦う力を持っていなければ、あっけなく滅びるのがこの宇宙の摂理というのを証明されてしまったのだから。
この国の小説で述べられたものでは「黒暗森林仮説」というのもあるが、それは中らずと雖も遠からずというところか。
だが、生命体を滅ぼして回る怪獣と、それと戦う異星人がいるというのは、予想外にも程がある。
(これをどう伝える、か)
サイモンは一応信じることにした。
だが、自警団の全員に対して説明をし、納得を得てから判断したいといった。
その時には狡噛にも説明役をやってほしいと。文明が維持されていた日本から来た狡噛なら、分かりやすく伝えられるだろうと。
連合は言ったのだ、手を取るか振り払うか、その選択権はこちらにあると。そのうえで選べ、とも。
(……)
資料を放り投げ、天井を見上げる。
システムでもなく社会でもなく、個人のレベルから判断し、納得したほうに動くというのは、なんともむず痒い。
そんな自由などなかった。与えられた、制限された自由の中で生きていたのだから、その感覚が強い。
けれど、迷っていられる時間も長いとは言えない。最悪、置いてけぼりにされる。
日本で感じて以来の感情が浮かんでくる。何時でも死ねるが---まだ死ねない、と。
(俺だけじゃないか)
地球連合の手を振り払った場合、死ぬのは自分だけではない。
サイモン、自警団の仲間たち、そして未来を担うとサイモンが言っていた子供達。
短絡的だが、それを考えれば、方針は簡単に決まった。覚悟も、同じように。
それから数日後、サイモンの率いる自警団はエクソダスを受け入れた。
持ち込みを許された荷物と共に、移民船へと居を移し、エクソダスに備えることとなったのだ。
その自警団の中に珍しい日本人である狡噛の姿があったのは言うまでもない。
かつての猟犬は、新たな場所を求め、星の海へと漕ぎ出すことを選んだのだった。
723 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/20(土) 22:29:51 ID:softbank126036058190.bbtec.net [115/158]
以上、wiki転載はご自由に。
詰め込みたい要素がありすぎて困ってしまいました…
というか、こんなに長くなるとは思わなんだです…
とりあえず、前日譚は概ねこんなもんですかねぇ。
後は他所であれこれやっている地球連合の様子でも…
最終更新:2024年03月05日 20:54