3 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/24(水) 01:01:34 ID:softbank126036058190.bbtec.net [1/95]
憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 ハウンドの帰還」
執行官は潜在犯から選抜される。
理由は様々だが、犯罪者を一番よく知るのは同じ犯罪者ないしその予備軍ということである。
早くに潜在犯と認定されたもの、犯罪に対処し続けた結果として木乃伊取りが木乃伊になったもの、メンタルケアの甲斐なく犯罪係数が上昇したもの。
そのケースはいくつもあるが、意外とパターンは絞られ、理由などは意外と限定的になる。
しかし、その誰もが執行官として活用されるわけではない。
適性がかかわってくるし、そもそも社会生活に適応できなければ職務を遂行できない。
さらに執行官として活動することに対して合意などが無ければ、無理に捜査をさせても支障をきたし、無駄となる可能性もある。
つまるところ、猟犬としてふさわしい素質と嗅覚を持っていなければ駄犬にすぎない、というわけだ。
時に殉職---捜査や犯罪への対処により消耗することもあるが、実のところその補充というのはそうであるがゆえに中々に難しい。
潜在犯とて無限にいるわけではなく、執行官としての適正を持っているのは少なく、従順に従うのもさらに少ないのだから。
そんな状態でも維持ができていたのは---監視官・執行官合わせて30名あまりで対応できていたのは、偏に監視及び計測システムの恩恵だ。
人口そのものが減っていて一極集中していることも関係していると言えるし、そもそも犯罪を犯す前に大多数を摘み取っているおかげでもある。
だが、状況は変化した。
惑星外から来た地球連合との接触および国交、そしてエクソダスに際してエリアストレス上昇の頻発化が進んだのだ。
治安の悪化とは単純に犯罪が起こるというだけでなく、人々の心理が荒れて犯罪に転びやすくなることも含まれる。
国家の引っ越し・脱出というのはそれだけ人が動き、軋轢が生まれ、ひいては犯罪の発生へつながる原因となるのだ。
これに際し、厚生省公安局刑事課では人員拡充の決定が下された。
エクソダスの全貌は明かされてはいないが、それだけの動きがあれば当然犯罪も起こる、という予測に基づいたものであった。
折しも、公安局刑事課は槙島事件および並行して起こった事件により消耗が著しく、その補填が行われていた。
それを拡大して行うというのは教訓をもとにすれば当然とさえ言えた。
だが、前述のように潜在犯且つ執行官として活用できる人材は少ない。
基本的には時間をかける必要があるのだが、例外というのも存在する。
そう、執行官であったが離職し、厚生施設に戻ったという潜在犯が。
- 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 日本 多摩区立矯正施設「光の園」
皮肉な名前だ、と厚生施設という名の牢獄を見上げ、朱は思う。
執行官を離職した場合、執行官はこの更生施設に送還される。
潜在犯の厚生を行うというお題目の下、隔離とメンタルケアとを許された、現代のパノプティコン。
「……」
かつては執行官になる前の六郷塚も収容され、あらゆるものを奪われ続けていた場所。
さらに言えば、今は執行官である宜野座や行方不明になった狡噛が彼女をスカウトするために訪れた場所でもある。
まさか自分が同じような目的でここを訪れることになるとは思っていなかった。
改めて端末で目的の潜在犯の情報を呼び出して確認する。
(天利陽名)
目的の元執行官。
かつて狡噛が刑事課3係に属していた際に部下として率いていた執行官。
槙島事件で殉職した征陸とは元同僚であり、時期的に狡噛の部下だった佐々山とも仕事を共にしていたという、何かと縁がある相手だ。
直接かかわりがあるというわけではないのだが、間接的には極めて密接と言える。
公安局刑事課という狭いコミュニティの特性と言えばそれまでなのだが。
4 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/24(水) 01:02:25 ID:softbank126036058190.bbtec.net [2/95]
彼女に限った話ではなく、公安局刑事課から離れた執行官には声がかかっている。
強制ではないにしても、強く勧められるとのこと。
それこそ、執行官の規則の一部緩和という「餌」までも用意してまでも、シュビラや厚生省は人を欲していたのだ。
公にはなっていないが、非常時故の特例というものだという。
(しかし……)
彼女のプロフィールや履歴などの情報を表示した画面を閉じ、朱は深くため息をつく。
かつて狡噛が陽名から聞き、それを宜野座が教えられ、又聞きするという形ではあったのだが、彼女が執行官をやめた理由は把握している。
その理由が理由だけに、刑事課へと執行官として復帰する可能性が低いという判断を朱はしていた。
(狡噛さん、征陸さん、宜野座さんの情報だけだと、説得力が足りない……)
社会から隔離されている潜在犯にとって、外の情報は喉から手が出るほど欲しい。
そこにつけ込む形になるが、その情報を提供する代わりに復帰してもらうというのを考えていた。
だが、それでは足りないと宜野座からの情報で理解した。彼女が更生施設にいる理由は、もっと重たいのだから。
(だからこそ、こうする)
要するに、彼女が更生施設の外に出る必要があると訴える必要があるのだ。
かつて狡噛が六郷塚をスカウトした際にだいぶ強引なことをしたというが、それと同じようなことをする羽目になるとは。
朱は事前の準備が功を奏することを今となっては祈るしかなかった。
「嫌です、絶対に嫌ですー」
案の定、面会室に連れてこられた陽名は朱の誘いを断った。
あどけなさというか幼さの残る風貌と言動の彼女は、しかし明確な拒絶を示していた。
「やはり、ですか」
「わかっていたなら来ないでくださいよ。監視官って、忙しいじゃないですかー」
「ふふ、お気遣いいただきありがとうございます」
「おお、感謝された……ひょっとしていい人?」
表層部分は大分チョロい、陽名に対して朱はそういう判断をした。
だが、根柢の部分では頑固というか、譲らない強かさが存在する。
「ですけど、それだけじゃダメです。私は公安局には戻りません」
「理由がある、そういうことですね?」
「そうですよ」
少し切なそうな、それでいて優しい声と顔。
「貴方のことは調べさせてもらいました、天利さん。
執行官をやめた理由も、その原因になった一連の事件についても」
「……」
今度は露骨に警戒の色が出た。
彼女がここまで固執する理由、それは朱が監視官になる前の事件にあった。
5 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/24(水) 01:04:44 ID:softbank126036058190.bbtec.net [3/95]
「焼印事件……体調を崩した患者から、番号が振られた臓器が発見されたことに端を発した、養老特区を中心とした事件ですね」
公にされず、公安局刑事課でもセキュリティの高い事件として秘匿された未解決事件(コールドケース)だ。
事件は一つではなく、複合的で、編み物のように連綿と繋がっていたのだ。
まず、焼き印が入った臓器が発見された事件。関連して葬儀に出された遺体の消失と死体の横流し。
さらには、ハイパーオーツ由来の食品によるアナフィラキシーショックによる死亡事件。
東金財団の行っていた人体実験とそれによるハイパーオーツアレルギー。
ハイパーオーツ由来を謳いながらもそうではない食品偽装。
色相がクリアになるといううたい文句の食品が出品されたオークションが由来の色相の集団悪化。
さらにはその食品偽装に関わる広大どころではない地下の生産設備など、多くの事案が絡んでいる。
これらの多くは伏せられた。
第一区来里養老特区の地下に建設され運用されていた、稲の栽培施設などは特区の老人たちの手により爆破して消滅。
老人たちもまたその爆破に巻き込まれる形で死亡。
また、東金財団の出資下で行われていた実験とその遺産による「色相の透明な子供」の作成とそれにかかわった者も死亡した。
子供達の遺伝的母親であり、病気とその治療の果てに赤という色を極度に憎む「納然桐花」も、遺伝的父親の「東金幾耶」の二名だった。
さらに食品偽装に使われた稲については、その提供された先が遠隔地の廃棄区画ということもあり、事実上捜査は断念。
最終的に表にされたのは「老朽化した廃棄区画でインフラが爆発を起こした」というカバーストーリーのみだった。
この事件において、刑事課は多くの犠牲者を出した。
監視官であった和久が殉職。帝塚監視官も重傷を負い意識が戻らず退職。
さらに、執行官でも八握が殉職している。
「そして、3係の倉田尚人および花表翼執行官が地下で発生した爆発により行方不明となった」
「そんなふうに報告されていたんですね」
「ええ。大分全容を把握するのに苦労しました。
そして、これがあなたが公安局への復帰を拒む理由ですね?」
答えはない。
厚生施設は自由がない。限られたスペースに押し込まれ、日々メンタルケアを受けさせられる毎日だ。
与えられている個室に何らプライバシーは存在せず、その気になれば鎮圧も処分も可能な牢獄の日々だ。
「生きてさえいれば、いつか会える。それを信じていると」
そう、同時に極めて安全でもある。
表向きには色相改善の余地があり、日々のケアを行うことで、出所者がいるという触れ込み。そのために安全は保障される。
切った張ったの執行官の仕事は、社会復帰への道が開く可能性のある一方で、捜査の過程での殉職なども十分にありうるものなのだ。
まして、複合的な事件とはいえ、公安局刑事課に大きな打撃を与えた事件を経験したのだ、次は我が身というのは自然な考えだ。
「そうですよ。信じちゃ、おかしいですか」
事件そのものは2106年に起こったものだ。
既に2113年であり、7年余りが過ぎ去っている。
地下での爆発に巻き込まれて、仮に生存していたとしても、その後に社会に現れず生きている保証もない。
けれど、そんな希望に縋りたくなるほどに、彼女は傷を負ったのだ。
「おかしくないですよ」
朱はそれを否定しない。
監視官も執行官も、所詮は人で、しかして人だ。
生きているというのは、希望や展望などが必要なのだ。
それを認めたうえで、朱は外の世界で起こっていることを、更生施設の中にいてはわからない事実を伝えに来たのだ。
「けれど、そうも言っていられないのです」
「?」
「ここで逼塞するより、行動しなければならない時が来たのです」
陽名の興味がこちらを向いた。
それを確信し、朱は伏せていたカードを開けることにしたのだった。
6 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/24(水) 01:07:43 ID:softbank126036058190.bbtec.net [4/95]
以上、wiki転載はご自由に。
ちょっとスカウトに回る朱ちゃんでした。
補足説明を以下に。
養老特区(第一区来里養老特区):
現代の姥捨て山。
鎖国体制に入る前に国家に対して多大な貢献をした人物がいる特別区画。
その老人たちはすぐに死ぬだろうと思われていたが、ケアを重点的に行った結果長い寿命と余生を得て、巨大な老人ホームとなっていた。
廃棄区画同様、存在しないことになっている。
地下の空間に巨大な栽培施設が存在しており、そこで天然の野菜や穀物の生産が行われていた。
それらは特区で消費されていたが、これがきっかけになって事件が起こることとなる。
焼き印事件:
医療機関で体調を崩した患者から発見された臓器に、特殊な方法で焼き印がされていたという発見に端を発した事件。
これは人工臓器に設定されていたアポトーシスによる不調であった。
鎖国政策の一環、食糧問題を解決するために東金財団で研究されていた食料実験で使われた人工臓器が原因であった。
これは新たな食に人体が適応しなかった際、臓器を改造することで適応させるというものである。
実験で定期的に交換することが前提であったため問題視されておらず、同時にハイパーオーツの完成により計画も中止されていた。
それが再利用され、移植されたことでのちに悲劇が起こった。
この「呪いの臓器」はハイパーオーツアレルギーを引き起こすものであり、時間経過で人工細胞がアポトーシスする欠点はそのままだった。
そして、それは無戸籍の子供たちに移植されてしまったため、かつて実験に関わった加藤という医師により対処がなされた。
具体的には提供された正規の人工臓器への置き換えを不審がない程度に行い、不足分は養老特区の老人たちのそれと交換したのである。
ハイパーオーツを食べない養老特区の老人であるならばアレルギーは問題ないというものである。
しかし、ハイパーオーツ由来の食品をうっかり食べたことで死亡してしまい、それが特区内に公安が介入する契機となった。
クリアパスタ:
クリアフーズの売り出しているパスタ。
食べれば色相がクリアになるという触れ込みで、オートサーバーによる調理にも対応している。
作中においては700万個も売れているという、クリアフーズの主力商品。
その特性故か、裏サイトでのオークションで入手しようとする人間まで現れ、色相悪化の原因になってしまった。
その為、のちに全回収が命じられることとなる。
江井:
東金グループフード部門に属する「クリアフーズ」の代表。
上記のクリアパスタをはじめ、多くの食品を手掛けていた。
しかし、そのクリアパスタの原料はハイパーオーツではなく、養老特区の稲であった。
江井は元々無戸籍児童で、養老特区での稲の栽培を行っていたも知っており、さらには臓器由来のハイパーオーツアレルギーであった。
彼をはじめとした子供達はアレルギーゆえに満腹を知らず、養老特区の稲や野菜で初めて満腹を知った。
そして、その一人である江井はこれを善意から食品偽装をして世に送り出していた。選択の自由があるべきだとして。
その為に、東京都の地下にある廃棄された水路を利用し、稲の大量生産を実施し、それから多くの食品を生み出していた。
東金グループ傘下の企業で頭角を現して資金と技術を得て、これを実施したのである。
しかし、その実態は食品偽装。
ハイパーオーツを食べなければ色相が濁ると思い込んでいる国民が多い中において、それはサイコハザードの原因となりうるものだった。
この事実とクリアパスタをめぐる争いと色相悪化の発生を告げられ、ごまかしていた犯罪係数が上昇。
追いかけてきた刑事課の人員に襲い掛かったものの、その場において執行されて死亡した。
最終更新:2024年03月06日 22:15