205 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/27(土) 00:42:53 ID:softbank126036058190.bbtec.net [42/95]

憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 存在しない、そこにある命」


  • 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 日本 某所 廃棄区画


 廃棄区画。
 そう呼ばれる地域は、日本の都市の各所に点在している。
 開発などができずに放棄された、という触れ込み。
 実際、雑多な建物、複雑に入り組んだ地形、管理されていない混沌とした領域であり、開発も管理も調査もされないグレーの領域だった。

 そこには多くの人間がいる。
 色相が悪化し改善しなくなり逃げ込んだもの。合法とは言えない商売を行うもの。シュビラ社会を拒絶したもの。様々だ。
総じていうならばシュビラの目に移ることなく、文明社会から離れた生活を送る人々の住まいなのである。
そこには表の世界では存在しないルールがあり、秩序があり、規範が存在する。

 そんなこともあり、健全な人々はここに入ることを良しとしない。
 ホロで覆われず、監視もきちんとされていない、一歩先の暗闇に何があるかもわからないところから遠ざかって暮らすからだ。
 同時に、そんな放棄されて無秩序であり閉鎖的なそこを見て、安堵する。自分たちは健全に生活しているのだと。

 しかし、地球連合にとっては、そんなPP日本の一般常識など通用しない。
 自らの矜持にかけ、惑星2113の住人を逃がすというエクソダスを実行することには変わりはないのだ。
 たとえそれが社会から弾かれている、存在しないことになっている人間であったとしても、である。
 そして今日もまた、地球連合の部隊が廃棄区画の一つに大規模な立ち入りを行い、住人達を識別し、移民船へと連れて行く業務が始まった。

 先述の通り、廃棄区画は街頭スキャナーも監視装置もなく、表では存在しない暴力が平然とたむろう場所だ。
踏み込んでいくのはリスクが伴うし、中でどういう目に遭うかはわかったものではないのである。
とはいえ、それはあくまでも用意をしていない人間が踏み込んだら、という話だ。
地球連合の部隊はそれらを想定し、強力な航空機や歩兵、さらには無人ロボットも動員し、これに対処する準備を周到に整えていたのだ。
MTやACなどの機動兵器ばかりが地球連合の強みではなく、こういった狭い区域に投入できる戦力のレパートリーの多さも含まれていた。

 廃棄区画の住人への対応は酷く単純だ。
 判断能力がないものは申し訳ないが事後承諾で保護。
 判断能力があり、了承したものは移民船へ案内。
 判断能力があっても、了承しないものはあきらめる。
 こちらに攻撃などを仕掛けてくる場合は問答無用で捕縛し、公安局に引き渡す。
 シンプルだが明確な対応パターンを決めておくことで、これまでの廃棄区画からのエクソダスは順調そのものであった。
方針がわかりやすく、行動がやりやすい。さらにこの手の鎮圧に地球連合が慣れているというのもある。
 さらに、人並みの生活を求めて廃棄区画から出てくる住人も多いのも事実であった。
繰り返しになるが、廃棄区画はシュビラの関知しない区画であり、そこには雑多な人間が集まっている。
望まずにそこで社会から切り離され、人並み以下の生活をしているケースもそれなりに存在するのだ。
そこから抜け出せるなら、と地球連合の手を取るというわけだ。

206 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/27(土) 00:43:46 ID:softbank126036058190.bbtec.net [43/95]

 さて、ここで問題となるのが、公安局に引き渡される連中である。
 地球連合の手前、いきなりドミネーターで執行というわけにはいかない。
地球連合の行うエクソダス事業に協力する手前、救い出せる人間を殺すわけにはいかないのである。
犯罪係数の度合いに応じ、隔離施設か更生施設送りということで決着をしている。
 場合によっては地球連合への亡命も認められることとなった。
 その連合への亡命にしても、犯罪を再び犯さないかの調査及び社会適応への訓練、さらに精神相の変化の調査の被検体になるなど条件が付いた。
亡命を認めるにしても、地球連合としても犯罪者がこぞって入ってこられては困る、というスタンスの表れであった。
それでも結構な廃棄区画の住人が亡命を希望したのだから、どれだけシュビラを恐れた人間がいたかを物語っていると言える。

 では、その公安局へ引き渡された人員は?
 そう、刑事課の人員が身柄を引き取る必要がある。
 そして、本日の担当は公安局刑事課1係であり、霜月美佳監視官以下、宜野座および六合塚の二名の執行官の立ち合いの元で業務が進められていた。

 とはいうものの、業務としては輸送車両に逮捕者が乗せられていくのを監視し、あるいはドローンを用いて周囲を警戒するくらいであった。
空陸の両方で地球連合は廃棄区画をしっかり固めており、どちらかと言えば、野次馬などが余計なことをしないかを監視する方がメインとさえ言えた。
その監視などについても基本的にはドローンを動員しての監視であり、1係は設営されたテントの下で待機するばかりであった。
 当然、彼らはヒマになる。
 いや、仕事中なので気を抜くことは許されないが、それでもやることがないというのはつらいものだ。

「……腹立つわね」

 そして、1係の監視官たる霜月美佳は露骨にイラついていた。
 彼女の視線の先、多くの逮捕者が車に乗せられていく。
 多くは犯罪係数が高く、地球連合に対して武力や暴力で応じて現行犯逮捕という形になった者達だ。
 建前的に彼らはエクソダスするために逮捕されたのであり、その場での執行はされないという恩赦が下っている。
 さりとて、美佳からすれば犯罪者をみすみす生かすような真似にしか見えず、歯がゆい思いをしている。
ここでさっさと執行してしまえば問題は解決するというのに、なぜわからないのだろうかとも。
亡命を希望した人間にしたって、後ろめたいところがあるからなのは明白なはず。
そもそもシュビラの目の届かないところでしか暮らせない時点で---

「ああ、もう……!」

 苛立ちが募り、色相が濁りそうになる。
 我慢ができずにメンタルケアの錠剤を口に放り込んで飲み下す。
 犯罪者あるいは潜在犯を見逃しているというのが、色相が濁るどころか、犯罪係数が上昇しそうなのだ。
 直接犯罪に手を貸しているわけではない、とは頭では理解している。シュビラの目の外にいる潜在犯を摘発しているということも。
 さらに、この地球連合主体の活動に対して積極的に協力している団体がいるという事実が、美佳の頭痛を加速させていた。

(なんで潜在犯かもしれない人たちと付き合えるんだか……)

 廃棄区画の住人でも、表の社会に出ることがある。それどころか、シュビラの元で恩恵を受けることさえも。
 例えばだが、無戸籍の子供が保護され、診断などを受けたのちに社会に出られる施設に送られるなどだ。
保護される例としては、その手の団体が探し当てて、引き取るというのがある。
廃棄区画に大胆にも乗り込み、子供を探して保護するなどという酔狂にも程がある活動をしている団体があるのだ。
 そして現在、地球連合に賛同している団体は主に無戸籍の子供を引き取りに来ている。
 保護している廃棄区画の住人の中には保護者のいない子供がそれなり以上におり、地球連合に引き取られるか、元の社会で生きるかを選べる。
 判断能力がないに等しい彼らにいきなり選択を突き付けるのは酷かもしれない。
 しかし、それが重要なのだ。保護すべき子供であり、同時に意思のある人間として扱うのはそういうことなのだから。

「それでは、お願いいたします」
「はい……では、その時は」
「こちらでお預かりしますので」
「助かります」

 少し遠いところで、地球連合の人員と市民団体の人間が話をしているのが見える。
 彼らの話すのは、今日保護された子供たちについてだ。
 診断などを受けて潜在犯などではないと判断されれば社会復帰できるが、幼くして潜在犯に認定されるケースは多い。
元より劣悪極まる環境下で生活し、成長したというからには、健全ではなくケアしてもどうしようもない場合もある。
その時には地球連合に引き取られるという。生かすために来たのであって、積極的に子供を社会から弾くために来たのではない、というのが言い分だ。

207 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/27(土) 00:44:26 ID:softbank126036058190.bbtec.net [44/95]

 平等に裁くべきだ、と反射で思ってしまい、美佳は首を横に振って考えを振り払う。

(子供を執行だなんて……!)

 怖気が立つ。何故自分でそんなことを考えた?
 まるでそうすることを自分が望んでいるみたいではないか!

(これはシュビラも認めたこと……だから、正しいことなんだから……)

 そう強く思うことで、何とか自分の気を静める。
 そうでなければ、自分が自分で許せない。
 何か、何か気を逸らせるなにかが---

「どうした、霜月監視官?」
「……別に、なんでもありません」

 同じくテントで控えていた宜野座の問いに、乱暴に美佳は答える。
 かつて学園であった時には監視官だった彼は、再会した時には犯罪係数の上昇により執行官に落ちていた。
あれだけ知的で、シュビラに忠実だった人でさえも執行官に、潜在犯に落ちてしまうことになるとは思わなかった。
 それなのに、まるで彼は後悔していないように見えた。
 どうしてなのだろうか、正直なところ理解はできない。
 色相をクリアに、犯罪係数が上がらないようにすることだってできたはずなのに。

(……気にしすぎちゃダメ)

 ともかく、速くこの廃棄区画の対応が終わることを、美佳は切に願うしかなかった。
 こんな環境で、こんな状況で、潜在犯かもしれない人間を見逃しているように過ごしていると、自分まで犯罪に加担しているような気がするのだ。

「監視官、あまりのめり込みすぎない方がいい。
 これは人助けなのだと、割り切った方がいいぞ」
「そのくらいはわかっています」
「そうか……」

 言い返しておいて、気遣いを無碍にした、という感覚が湧く。
 いや、相手は執行官でしかなくて、潜在犯で---

「のめり込むな、監視官。
 覗き込みすぎると、覗き込まれるぞ?」
「は?」
「お前が深淵を覗くとき、深淵もまたお前の中を覗き込む。ニーチェの言葉だ」

 つまりは、と宜野座は言う。

「ある程度鈍感なくらいでいたほうがいい。あまり深みに入ると、出てこられなくなる。
 木乃伊取りが木乃伊になる、とも言い換えられるな」
「……博識ですね」
「いや、俺だって又聞きだ。その意味を理解できたのは、執行官に降格してからだった」

 だから、と宜野座は優しさも込めて言う。

「同じようにはなるなよ?」
「心配されるまでもありません!」

 思わず強い言葉が出たが、執行官は笑って受け流した。
 自分だけまるで踊らされたようなものではないか。
 そんな刑事課をしり目に、人員の輸送と保護は続いていくのであった。
 システムには映らないが、確かに存在する命を一つでも多く救うために。

208 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/27(土) 00:45:53 ID:softbank126036058190.bbtec.net [45/95]

以上、wiki転載はご自由に。
地球連合が次々と廃棄区画の住人に対処する話でした。

思考犯罪が罪なのではない、思考犯罪が即ち死なのである。(ジョージ・オーウェル 1984年より)

犯罪係数や色相って、結局のところ自分の意識の問題なのですよね。
濁ると思い込めばどこまでもそのスパイラルに落ちていく。
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最終更新:2024年03月06日 22:22