565 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/29(月) 23:42:23 ID:softbank126036058190.bbtec.net [76/95]
憂鬱SRW 融合惑星編「The Hound Dog in Megapolis」SS「前日譚 多角俯瞰」
- 惑星2113 現地時間西暦2113年8月 日本 東京都 公安局刑事課 分析室
狡噛慎也への犯罪幇助及び犯罪行為の見逃し、さらには犯罪係数の上昇に伴い潜在犯として逮捕された雑賀譲二は、しかし悪い扱いを受けていない。
まず、出頭してきたというのが一つ。これは狡噛からの頼みでもあったが、雑賀は執行前に自ら公安に逮捕された。
多くの場合犯罪係数が上昇した人間は隠れるか引きこもるかの二択であり、例外的な対応と言えたのだ。
加えて、彼が潜在犯ではあるが、社会にとって有益な人間であり、貢献する意思があると判断されたこともある。
彼は元々公安局刑事課の人員に心理学の教育を行う講師を務めており、その技術は有益であったのだ。
犯罪係数が上昇するという問題から閉鎖はされたものの、その知識自体が悪というわけではない。
地球連合との折衝においては臨時とはいえそれなりの待遇を以て公安局に貢献していることもある。
地球連合との折衝で起こっている正誤問わない情報の流布に伴う犯罪や心理状態の分析という仕事は、臨床心理学を修めているからこそできるものである。
さて、そんな彼だが、朱を通じてこの公安局に運び入れたものがある。
彼が秩父に隠棲していた時に使っていたパソコンおよびサーバー一式だ。
ネットワークに接続されており、その先には海外のサーバーおよび雑賀の研究仲間のいる海外へとつながっている。
ネット上とはいえ、公共の場に出歩くというのは本来ならば潜在犯には許されないような行為だ。
ネットの場でさえも潜在犯に自由はない。接触すれば色相が濁ると思い込んでいる国民が大多数を占めているのだから、無理もない話だ。
加えて、犯罪というのは何も現実だけで起こるものではなく、容易にネット上においても起こりうることだ。
槙島が裏で糸を引いた「アバター乗っ取り事件」などが良い例だろう。
しかし、朱はこれの利用を認めさせ、活用していた。
日本国外での地球連合の活動の状況の確認、さらには表には出ない情報網での日本国内でのやり取りの確認などだ。
シュビラによって不要とされ、市井に埋もれている人材は実のところ多い。雑賀がそうであったようにだ。
朱としては、今後そういった知識が必要になるという予測を立て、それに備えるように準備をしていたのだ。
監視官として治安維持に関わり、しかし同時に外交官として活動する朱にとって、不要な情報というのはほとんど存在していなかった。
「失礼します、雑賀教授」
「いらっしゃい」
朱を迎えた雑賀は、ちょうど掲示板から情報のピックアップを行っている作業の最中だった。
朱が頼んでいたことは、海外でどのように地球連合が活動しているかの情報の収集だ。
外務省が海外で集めた情報を小出しにし、ハラスメントをしているがゆえに朱としては自力での情報収集が必須であったのだ。
挨拶もそこそこに、朱は海外にいる雑賀の研究仲間たちの集めた情報へと目を通していく。
進めていることはだいぶ慈善事業寄りだという。同時に力を見せつけ、反抗を防ぎつつ、エクソダスの準備を進めているとのこと。
「シュビラに管理されたこの日本と違い、外の世界は弱肉強食の理だ。
一応の秩序が保たれているところもあるが、まあ、それは決して多くはない」
「だからこそ、力による主張の押し通しが必要ということですね」
「そうだ。国家というのは暴力の独占し、それを行使することができる組織だとヴェーバーが語っているようにな。
それがない場合、暴力はそこら中にばらまかれ、相争う。そのホッブズ的な闘争において我を通すには、どうしても力がいる」
そこで雑賀はコーヒーを一口飲み込み、のどを潤す。
「地球連合はその点をよく心得ているようでね、力をうまく使いつつ、懐柔を計っている。
力のないものに手を差し伸べるという、ごく当たり前だが希少なことを」
566 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/29(月) 23:43:15 ID:softbank126036058190.bbtec.net [77/95]
日本という秩序が保たれ、可能な限り最大の多数の幸福を拾っている社会においては、それは不要となるものだ。
だが、そのシュビラの統治を受けている日本でさえも、力のないものが庇護を受けられるとは限らない。
「日本で廃棄区画に対して行っていることと同じ、ですね」
「そうだ。日本でさえもそうなのだから、海外ではもっとだ。
むしろ法秩序が保たれている日本の方が、地球連合としては苦労しているかもしれないね」
「……耳が痛い話ですね」
「原始的であるがゆえにわかりやすいのが海外だが、日本は法治国家で主権国家だ。
むしろ互いの権利を認め合い、その上で折衝を行うというのは苦労するものだよ。
大抵の場合、人間は自分の思う通りにしたいという欲が存在するからね」
仲間もそう言っているよ、と画面上にその箇所をピックアップした部分が表示される。
『地球連合が主権国家ってことは、日本は鎖国以来初めての国との接触ってことになるよな』
『国交を求めてきたと報道されているから、まるで江戸時代の黒船来航の時のようだ』
『地味に痛いのは、この日本がその「国交」や「外交」ってものをすっかり忘れている事だろうな。
まともな国と接触する経験がないから、知らずに相手の地雷を踏みぬいたり、外交上の非礼をしてしまうかもしれない』
『そうなったらどうするんだよ?外交の経験がない外務省に何とかする力はあるのか?』
書き込みの内容に、外務省に出向している朱としては苦笑するしかない。
彼らは好き勝手に想像しているだけだというが、それでも的を射ているのだ。
いや、現実はそれ以上に酷いかもしれない。色相の悪化などを理由に、外交がうまくいっていないのだから。
その結果が外務省内で起こったパニックであり、他の省庁から人員を徴収する形での外交の実施なのだ。
そして選び抜かれた色相が濁りにくい人員でさえも、情報を知ることによるショックを受けているのだからもはや何も言えない。
「……集合知とは、時に恐ろしいですね」
「そうだな……狡噛もここに頼ってあの槙島を追いかけた。
ある意味、ここの住人は間接的にしろ日本を救っているのさ」
「以前聞いた……シュビラシステムが麻痺から回復するまでに国家を崩壊させる方法でしたか?」
あの事件において、槙島が管巻教授を、ハイパーオーツとウカノミタマウィルスを狙った理由だ。
追い詰められた槙島がそれでもこの社会に牙をむこうとし、目を付けたのが食料だった。
ハイパーオーツがなくなれば、日本の食糧事情は破綻する。その事実だけでもサイコハザードが起こりかねないものだった。
「そうだ。あいつは槙島を深く覗き込んだ結果、槙島に近づいていた。似たような感性、感覚、あるいは思考がな。
犯罪者について推測するプロファイル技術の負の面、犯罪者の指向を理解しすぎることによる共感とでもいうかな」
「でも、そのおかげで槙島を追えたのは複雑ですね」
「案外そういうものさ。歴史を振り返れば、ほんの些細なことで歴史は大きく変わりかねない事態がたくさんあったんだから」
さて、と仕切り直し、雑賀はデータファイルを送信する。
掲示板での議論および海外から集まった情報を整理し、見やすくした報告書だ。
「とりあえず俺の方で目に付く項目をピックアップしてみた。役立ててくれ」
「ありがとうございます、教授」
朱は逐次このデータを受け取って、地球連合との外交に向けた話し合いなどで活用するのだ。
あるいは、地球連合の影響を推測するために使う。少しでも知恵と情報を集め、備えなくてはならないのだ。
備えなければ、情報と現実の濁流にのまれて二度と浮上してこれない。その予想があった。
「無理はしないようにな」
「はい、気を付けます」
言外に無茶をしていると言われている。同時に、朱は歩みを止めることはできないと理解しているとも。
そのやさしさをかみしめつつ、朱は仕事に戻るのであった。
567 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/01/29(月) 23:45:27 ID:softbank126036058190.bbtec.net [78/95]
以上、wiki転載はご自由に。
ナイ神父Mk-2氏よりアイディアを戴き、雑賀教授視点でした。
これで楽しんでいただければ、幸いです。
さて、そろそろ満足したので、他のSSに手を付けたいところです。
星暦恒星戦役も最新刊が出たので、そこらへん反映させることができそうですしね。
あるいは止まってしまっている攻殻世界でもよさそうです…
最終更新:2024年03月06日 22:26