768 :グアンタナモの人:2012/03/13(火) 23:18:31
→711を読んで、少しだけフランクリン世界の日本人のそれからを考えてみたので投下致します。
考察内容が内容だけに若干鬱な話かもしれません。ご注意してください。
皇居前広場にかみ殺したような嗚咽が響いていた。
一人、二人といった人数のものではない。
十数人もの人間が皇居へ向かい、手と付き、頭(こうべ)を垂れ、涙を流していた。
本来ならば、不審な集団として扱われそうなものだが、皇居を守護する皇宮警察は複雑な表情を浮かべたまま、遠巻きにその集団を見守っている。
何故ならそれはここ数年の間に、半ば日常と化してしまった光景だからだ。
今や彼ら皇宮警察が動くのは、時たまに〝自決〟を図ろうとする人間を止める時くらいである。
わずかに得られた時間を利用して〝健在〟である皇居を参拝し、そこで溢れ出たあらゆる感情に身を委ねる人々。
彼らは〝疎開日本人〟と呼ばれる人々であった。
―― それからの彼ら ――
数年前の話である。
あのバチカンに悪魔そのものとまで言わしめたフランクリン=デラノ=ルーズヴェルト率いる連合国に〝滅亡〟に追い込まれた自国と繋がったのは。
〝雲の柱〟から垣間見た異世界の大日本帝国の惨状を目の当たりにし、世界最強というまでに上り詰めていた憂鬱世界の大日本帝国は激憤した。
そして激憤したのは彼らだけではない。
ユーラシアを挟んだ向こう側。ドイツ第三帝国でも同様の事象が起き、彼らもまた同様に激憤したのだ。
この後に何が起こったかは、教科書にも載っている。
大日本帝国首相とドイツ第三帝国総統が握手を交わす写真と、日独共同宣言はあまりにも有名だろう。
それは互いが互いを睨んで研鑽し合っていた日独の軍隊が、異界の空の下で轡を並べる決意を固めた歴史的な瞬間だからだ。
轡を並べて、共に憤怒に身を焦がした彼ら日独同盟軍は、まさしく鬼神の兵団と化した。
極東では本州解放から台湾解放までが。
欧州ではドイツ本土解放から東プロイセン解放までが三ヶ月の間に成され、さらに一年を過ぎる頃にはポトマック河の畔で〝フリードリヒ=デア=グロッセ〟と舳先を並べた〝大和〟の艦上で、最後の連合国であるアメリカ合衆国が降伏していたのだから、日独同盟軍の動きは筆舌にし難い。
されど当然ながら、代償はあった。
連合軍は日独同盟軍の進撃を止めるために、あの手この手で原子爆弾を使用したのだ。
もっともそれが日独同盟軍の上で起爆した例は皆無。
むしろ日独同盟軍に撃墜された原爆搭載の爆撃機や地上起爆を試みたものに巻き添えとなる形で、吹き飛ばされてしまった連合軍の方が多い有様だった。
769 :グアンタナモの人:2012/03/13(火) 23:19:59
だが、それでも連合軍を追い出すまでに、日本列島や台湾で起爆した原子爆弾は延べ十発。
ドイツ本土でも同様に延べ七発の原子爆弾が起爆した。
当然ながら、異世界の両国は人間が住めるような状態ではなくなっていた。
大日本帝国が放射線物質を除去するために開発した最新鋭のナノマシンを用いても、両国が人間の住める状態を取り戻すには半世紀から一世紀もの時間を要するという試算すら出てしまうほどであった。
かくして日独は、ノアの箱舟作戦と称された異世界で生き残っている同胞の集団疎開を計画。
日独合計で七〇〇〇万人近い同胞に〝雲の柱〟を超えさせる方針を打ち立てた。
勿論、それは生半可な話ではない。
連日連夜、双方の間を大型船が行き交ってなお、かなりの時間と、資金的な負担を必要とする作戦だ。
資金的な問題は旧連合国が滓すら残らないほど搾り取ることで当面はどうにかなったものの、時間ばかりはどうしようもなかった。
故に今現在、彼らの集団疎開は未了である。
異世界の日本人やドイツ人は、向こうの汚染が軽微な地域に仮疎開させられ、そこからさらに〝雲の柱〟を超えて疎開するまでの順番待ちを強いられているのだ。
また無事に〝雲の柱〟を超えて疎開してきた人間達は地域ごとの集団に纏められ、カルチャーギャップを埋めるための教育が施される。
彼ら〝疎開人〟が本当の意味で自由になるには、相当の時間が必要であった。
しかしながら〝疎開人〟からの不満の声はほとんど挙がらなかったという。
彼ら〝疎開人〟に共通していたことだが、彼らは信じがたいほどに不平不満を表さなかった。
何故ならば、彼らは既にこの世の地獄を見てきた後だったからだ。
旧政府が声高に喧伝していたのと寸分違わぬ〝鬼畜米英〟や〝悪しき連合軍〟の手によって作り出された地獄を。
彼らにとって、この程度の苦など、苦にすらならなかったのだ。
だがそれは裏を返せば、苦に耐えられなかった人間はこちらに渡れなかった、ということでもある。
合衆国降伏後、現地軍――連合軍占領下で抵抗活動をしていた異世界の日独旧軍を再編成したもの――の将兵のおよそ半数が自決や自決未遂を行なったという問題。
これに加えて日本では、陛下を守れなかったという事実を前に死を選んだ人間が、憂鬱世界の今上陛下が急遽お言葉を述べるまで多数存在していた。
悪魔が齎した歪みは、残念ながらそう簡単に癒えそうになかった。
一度、国を失い、新たな祖国で生きようとする彼ら。
彼らが過去から立ち直れるのか、それはまだ誰にも判らない。
(終)
最終更新:2012年03月17日 15:46