539:リラックス:2024/02/17(土) 08:18:11 HOST:softbank060106200119.bbtec.net
厄いものが湧いたみたいです~幕間・転移前の環太平洋条約機構3~

「我が国は既に、環太平洋条約機構…日本の支援なしに体制を維持できる状態ではなくなっています」

国務省長官は大統領に絶望的状況を率直に口にした。

没落の原因は、わざわざ報告書にまとめるまでもないだろう。

ファーストインパクトの引鉄の一つとなった大西洋大津波、それによってアメリカという国家は屋台骨が大きく歪む被害を受けた。

その後の魔物の流入拡大も大きな打撃となったが、そこまでなら、日本を仲介にしたβ/甲世界の技術支援で作られた中部、西部のコロニー群で持ち堪えることも可能だったろう。

しかし、セカンドインパクトで魔物側に肩入れして自分の立ち位置を向上させよう、とか考えた連中の裏切りが致命的だった。

そうした結果として、アメリカは残されていた財産よ数割を既に失ってしまった。

「β/甲世界側の日英との交渉は?」

「残念ながら… あくまでもアメリカは仮の加盟国であり、日本が信頼を担保するのであれば国に準じた扱いを行うという原則を崩そうとしません」

向こうの世界が此方の世界にそこまで価値を見出していないという分析はファーストインパクト前から存在していたが、ここに至っては此方の日本を代理人として此方の世界を好き勝手しようとしているらしかった。

そして、それを止めることが不可能であることは明らかだった。

「強いアメリカは…、私たちの愛したアメリカはいったいどこへ消えてしまったのかしら…」

激務と絶望的な状況で働き詰めて心身共にすり減らし、最後は血を吐いて倒れて退任した前任者は末期にはそう呟いていたらしいが、全く同感だった。

尤も、それを受け入れられなかったが故にか、日本に政治的圧力をかけて各種行動を自粛させようと一生懸命になる以外に芸の無い奴だったので、同意できるのはそれくらいだったが。

現在のアメリカは、最早メチャクチャと言う他ない状況だった。

セカンドインパクトの後、コロニーを占拠して魔物側についた連中こそ自衛隊に叩き潰されてトーンダウンしたものの、魔物と混血を繰り返すことで両者の種族的な垣根を取り除き、それを以って最終的解決とすると大真面目に主張する一派まで現れる始末だ。

ちなみに、その一派は何故か職務中に倒れた前大統領を英雄と持ち上げた上で、その遺志を継ぐ、という名目を掲げているが、流石に前大統領もそんな妄言を言ったことはないことは彼女の名誉の為に明言しておく。

「どう足掻いてもバイオトロフィーが欲しいか… とんだお笑い草だ」

「大統領、笑い話ではありません」

これが大統領のみの感想なら「それって貴方の個人的な感想ですよね」で住む話だが、環太平洋条約機構からも同じ感想を持たれて白い目を向けられているとなれば話は違う。

「これが昔の日本なら遺憾の意で済んだでしょうが、今の環太平洋条約機構なら自衛隊が出動して来るのが現実的に有り得ます」

「分かっているよ。自衛隊何するものぞと鼻息の荒い連中がいることもな」

540:リラックス:2024/02/17(土) 08:18:42 HOST:softbank060106200119.bbtec.net
国境警備軍の一組織として再編された自衛隊は、日本国憲法による縛りも外れた今、戦前基準で『現代的』かつ、『対人組織との戦闘』を想定した、名実共にこの地球上で最強最大の軍隊だろう。

(幸いにして、環太平洋条約機構が『コロニーが複数寝返り、更に魔物と組んだところで自衛隊には敵わない』という旨を実証し続けていることで治安がギリギリの所で踏み止まっている。)

対してファーストインパクトで物流や生産がメチャクチャになり、セカンドインパクトで国内の産業基盤の多くも台無しになった今のアメリカでは、かつての米軍を維持することは不可能であった。

兵器とは言うまでもなく消耗品だが、保守部品の入手や新造が事実上不可能になまま戦い続ける羽目になった結果、共食い整備が実行されるようになって久しいが、既にそれでも追いつかない程の勢いで既存兵器の多くをすり減らしてしまっていた。

β/甲世界と直接交渉・協力を得て既存兵器の改修や再生産に成功した日本とはこの点で明暗を分けた、とはプロからアマチュア、ワイドショーのコメンテーターまで語る分析であるが…

「今ならまだ環太平洋条約機構に勝てる、故に乾坤一擲の戦を仕掛け、上下関係を決定付ける、か…」

ここに来て、上記の思想と現状に妙な化学反応の兆候が見られていた。

「はい、神の意志に叛く不逞の輩を排除し、アメリカこそが人類救済の音頭を取り、魔物との真の融和を以って恒久的な平和を実現するという主張が複数の都市で広がりつつあります」

確かに、『まだ』使える兵器をかき集めれば、特にβ/甲世界側もテコ入れを後回しにしている海上兵力に関して言えば勝ちの目がある…ように見えなくもない。

強襲揚陸艦、基、多目的揚陸艦の建造計画こそ上がっており、実現するのは確実視されているが、未だに海上自衛隊の保有する航空母艦は軽空母2隻のみ。

何割かはダメになったにしろ、未だに書類上は数個空母打撃群を有する米軍の優位は明らかに見える。

しかし、それは一種の錯覚、もしくは詐欺のようなものである。

この妄想が良い結末を迎えることを前提に考えている連中の想定する両者の基準は、まず間違いなくファーストインパクトの前である。

実際にはファーストインパクトから長きにわたる小競り合いで消耗したのは同じとしても、β/甲世界側の技術で強化され続ける自衛隊に対し、米軍側はこの数年、現状維持すら出来ているか怪しく、よく言って『まるで成長していない』というやつで、実際には衰えが隠し切れないというのに。

今の米軍と自衛隊を語るのであれば諸外国から買った、整備や修理も不可能な兵器で武装した国の軍が前者で、最新兵器でそれを可能とする国の軍が後者、前者では幾ら開戦時点での額面戦力が強くとも最終的に勝てないということは歴史が証明している。

そして、仮にそこに目をつぶった上で海上自衛隊が防衛側の優位を捨てて、お互いにエアカバーを受けられない戦場での決戦に応じて、海上での決戦に勝利したとしよう。

それで日本が敗北を認めて交渉のテーブルに就くかというと、今なら弱気になるどころか『とうとう魔物側に身も心も乗っ取られたか』と朝野共に固まる公算が高い。

そして日本列島に上陸出来るか?と言えば、それこそ神通力を急速に取り戻したFー2や後継機のFー3、同時並行で整備が進んだイージスアショアや地対艦ミサイルなどでガチガチに守られ、文字通り不沈空母と化した今の日本列島に近づくのは、恐らくファーストインパクト前の基準でも戦術核の使用を大真面目に検討しなければならない程には難しい。

そして、戦闘で喪失・消耗した兵器を補充することは、今のこの世界で日本を敵に回せば事実上不可能だ。

更に、仮に戦術核等なりふり構わず使用して上陸に成功したとして、そうなれば流石にβ/甲世界も面子問題から介入して来ないということはないだろう。

そうやって仮に日本を打ち負かして交渉のテーブルにつけたとて、β/甲世界側にこれからは日本でなくアメリカを代表として此方の世界を再編しろという要求を通せるか、と言えば、これは断言する。自分がβ/甲世界側の責任者だったら、まずコレをやらかした奴の排除からやらないと再編が進まないと判断を降す。

ついでに言うなら、奇襲でも何でも、海上自衛隊に戦闘を吹っかけた時点で、魔物の勢力圏に断続的に砲撃を行うマスドライバーじみた馬鹿げた長距離砲群の一部が北米西海岸に照準を変更するだろう。

現状でも北米大陸中部や東部にまで届いているのだから、出来ない理由はない。やる理由があるかどうかである。

541:リラックス:2024/02/17(土) 08:20:33 HOST:softbank060106200119.bbtec.net
「それくらいのことを思いつかないとは、魔物に魅入られたか?」

「残念ながら皆無とは言えないでしょうが、全てがそうではないでしょう。都合の良い部分にだけ詳しくなる輩は戦前から珍しくもありません、大体はその類が乗せられているだけです」

残念ながら、が何処に被っているのだろう?と一瞬だけ考えた大統領だったが、すぐにどうでもいいと打ち切った。

「仮に日本を打ち負かした所で、日本を己らの代理人としているβ/甲世界からアメリカが敵と認識されるだけだ」

そのように吐き捨てたところで、β/甲世界側の思惑が理解できたような気がした。

天に日輪は二つ輝かないとか、1人の凡庸な総司令官は2人の優秀な現場指揮官に勝るとかネットスラングか何かで見かけた気がするが、要するにα/乙世界を管理する代理人は1人いれば充分という認識で日本に肩入れしている。

故に、β/甲世界との窓口を独占する利益を日本に享受させているという訳だ。

覇権国家脳で誰かの下につくことに甘んじられない奴は、その時点で代理人としては不適格… つまり、β/甲世界による世界の再編戦略のプロットにはアメリカの衰退も恐らくガッチリと組み込まれている。

強いアメリカが今はないと自分自身に言い聞かせて来た大統領だったが、あくまでも『今』はの話であり、将来的には覇権国家としてのアメリカを復活させるという前提で考えていた。

しかし、β/甲世界側が、此方の世界で魔物との生存戦争を行わせる代理人として日本を選んだとすると、間違いなく、彼らが描く未来図において覇権国家としてのアメリカは邪魔でしかない。

逆を考えれば自分達の立場は滅びかけのナチスドイツが一番近いと考えれば良いのだから、非常にわかりやすい。

ここまでの付き合いで積み上げた『話せないこともない奴』という評価があるからこそ、自分達の代理人の風下に立たせた上で特別扱いしているのだろうが、恐らくそこまでだ。

β/甲世界側の代理人たる日本を盟主に再構成された世界で、アメリカは現状の身の丈にあった復興と発展を享受する存在になる。

人口や経済もかつての韓国を少し大きくした程度で、一々盟主の、そしてバックにいる存在に配慮しながら行動しなければならない程度の扱いだ。

何より悲惨なのは、この予想に『最善の場合で』と但し書きがつくことだ。

これより悪くなるパターンはパッと思いつくだけでも幾つも有り得る。

そんな救いようのない結論に辿り着き、あまりにも希望がない未来に軽い目眩を覚える。

「とはいえ……大統領閣下、その上で我々は今後のことを考えねばなりません」

長官は重苦しい沈黙を破り、言った。

「何を最優先とし、残された資産とこれまでに積み上げた実績を投じるかは……全て政治の問題です」

「そうだったな」

大統領は重い溜息を吐き出しながらに肯き、瞑目して熟慮を始めた。

「まずは『魔物と殺処分に関する条例』に関して署名する旨を伝えよう。それから、加盟者間で捜査等の協力体制構築についてと…金食い虫になっている艦艇群をどうするかについても相談があると」

この後、朽ち果てるのに任せていた艦艇群を押し付けた代価?として、カリフォルニア級打撃艦の計画を押し付けられ、国防関係者がチベットスナギツネのような顔をすることになったが、それはまた別の話だ。

542:リラックス:2024/02/17(土) 08:22:20 HOST:softbank060106200119.bbtec.net
以上です。

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最終更新:2024年03月17日 19:10