456 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/04/23(火) 00:11:57 ID:softbank126036058190.bbtec.net [69/162]
日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」小話「小夜啼鳥伝」3
さて、勇んで参加しようとしたフローレンスだが、彼女の行動はすぐに阻止されることとなった。
理由としては色々あるが、これは日本の使節団の慈善活動であることが大きい。慈善活動でありある種の政治活動なのだ。
その場面においてアルビオン人であるフローレンスが介在してはややこしいことになるのである。
そして、もうひとつ決定的だったのが、フローレンスがその手の知識や技術を持っていなかったことにある。
仮設の病院---いや診療所であるとしても、その中に素人が入り込むことは望ましいことではないのだ。
協力を申し出たアルビオン人の彼女に対し、日本から来たスタッフ---手が空いていた看護師は丁寧に説明をした。
ここにいるスタッフは専門の教育を受けて実践を経たプロフェッショナルが揃っており、素人がいても邪魔になるのだ、と。
フローレンスが受けた衝撃は多重に及んでいた。
欧州では毛嫌いされていると彼女さえ自覚するアルビオン人に対してアルビオン語で丁寧に説明したこと。
その日本人のスタッフが発したアルビオン語がフローレンスも舌を巻くクイーンズ・イングリッシュだったこと。
そして、自国では軽く見られている職業の看護師がプロフェッショナルであり、さらには上記のような教養を有していたこと。
あらかじめ断っておくが、フローレンス自身はとても教養があり、ジェントリとして社交界の華とまで呼ばれた人物だ。
学問や教養を深く身に着けていたし、トップランクではないにしても、上からカウントしたほうがいい教育を受けてきた。
その彼女をして、これは常識外どころの話ではなかったのだ。
まあ、無理もない。彼女はアルビオンのジェントリではあり、国外について知っているとはいえ、結局はアルビオンの規範の内側しか知らない。
他の階級---中流やそのさらに下に位置する下流階級では得られない自由と権利を持っていることは確かである。
しかして、それは結局のところ開放的な自由---フリーダムではなく、規範の内側の自由---リバティでしかない。
その外にあることを、まして極東の大国である大日本帝国のことなど、どうしても断片的にしか把握できていなかったのだ。
そこが自分たちアルビオン人の持っている常識が通用しない世界だということさえも、考えもしなかった。
いや、アルビオンという集団が無意識に恐れ、認識や直視をすることを避けていたのかもしれない。
ルール・アルビオン(アルビオンによる統治)の外にある、ルールの及ばない未知の領域のことを。
完成されているように見えるルールの内側に確かに存在する不都合な面を意識せざるを得ない、アルビオンとは違う世界のことを。
ともかく、結局のところフローレンスはその活動を見学することしかできないままに、その日を費やしたのだった。
その日の予定などを丸ごと投げ打ってでも、ここには見て、知って、理解しておくべきことがあると、そう感じたからこそ。
457 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/04/23(火) 00:13:49 ID:softbank126036058190.bbtec.net [70/162]
さて、この偶然に見えた出会いを画策した
夢幻会は、接触が果たされる前から判断に迷っていたのだった。
それは偏にフローレンス・ナイチンゲールのネームバリュー、そして、世界に与えた影響を鑑みてのものだった。
彼女がクリミア戦争に従軍し、その後に亡くなるまで活動を続けたことで、世界は変わったのだ。
医学・看護・建築・統計・教育・衛生観念---およその所彼女の関わらなかったところはなかったと言えるほど。
彼女自身の働きもそうであるが、同時期に活躍していた何人もの偉人達との交流もまた大きな潮流を生んでいたのだ。
これまで多くの人材を日本へとスカウトしたり、青田買いをしてきたのだが、彼女を引き抜くことは憚られた。
彼女がいなくなればアルビオン---いや、欧州での常識が何時まで経っても更新されないままになる。
その結果どれほどの人命が失われ、社会的な損失になるであろうか---さすがの
夢幻会も良心が痛んだ。
無論、アルビオンはどうやっても仮想敵国、ケイバーライトを有する覇権国家同士として相対することになる。
それに備えて積極的にやるべきことをやってきたのであるが、彼女の場合は余りにも影響が大きすぎた。
国という枠組みを超え、人類全体という括りにおいて大きな貢献を果たす彼女を、自分たちの矮小な作意で左右するのは憚られたのだ。
如何に
夢幻会といえども、そこまで傲慢になれないし、非情になれるわけでもない。
自分達だけが最後に残ればいい、などという身勝手な理想や思想で動いているわけでもない。
ただほんの少し先の未来を知り、ちょっとばかりずるをしているに近く、悲劇などを避けたいという善性による組織なのだから。
そして、
夢幻会が決定したのは、彼女が彼女のしたいようにふるまうのを助ける、というスタンスだった。
彼女が活躍すれば、自国の利益にもなるのだ。もっと言えば人類全体の利益にもなる。
なればこそ、彼女が活躍できるような手伝いをし、必要なものを提供し、?がりを作っておくことこそ最も重要だと。
これは何も彼女に限った話ではない。スカウトや青田買いした人材の中には、祖国に戻るという決断をした人々だっていた。
日本の元にいることがどれほど良いかを理解したうえで、それでも茨の道を進むことを選んだ人々が。
「だが、?がりは途切れない。彼ら彼女らを介して、より多くとつながりを得て、最終的な利益を得る必要がある」
「欧州文明を滅ぼしたいわけじゃあないからな……好きではないが」
「本当に人類史に名を刻んだ偉人ってのはすごいもんだよ……」
よって、意図されたように邂逅したフローレンスに対し、
夢幻会は多くを開示した。
本来の歴史では彼女が発見し、導き出し、基礎を構築した、多くのことを。
勿論彼女に教えられるのはほんの触りにすぎず、あとは彼女の行動次第である。
バチカンを訪れている使節は、彼女に会うことも隠された目標ではあるが、もっと別にあったのだから。
ただ、欲したのは?がりであり、絆だった。欧州と極東とを結ぶ、細くとも確固とした絆(ストランド)。
偉業を為すであろう偉人に、その恩恵を受けた人々からの返礼というべきか。
夢幻会は、彼女の活動にほんの少しの介添えをする---人の可能性を信じた、そういうことだったのだ。
だが、結果だけ言うならば彼女のことを
夢幻会は見誤っていた。
小陸軍省とよばれ、自分の目的のためならば文字通りなんだってやり、自らを使い倒すことも厭わない鉄人あるいは超人的な彼女の行動力を。
もっと言うならば、躊躇いなく行動に移すことができる意志の強さ、そして、躊躇いのなさを小さく見過ぎていた。
そんなことで戸惑ったり躊躇うような人間ならば、歴史に名を残さないし、偉業を残せない。
日本の言葉で言うならば、正気にては大業成らず。打算や計算などを放り捨ててこそ、つかみ取れるものがある。
フローレンスの行動はそれだけ早く、果断だった。
翌年の1848年にこの際に知り合った日本人医師に日本への留学を希望する旨を伝えて、留学のための協力を要請。
そして、その翌年の西暦1849年に母と姉の反対を押し切って、単身地球の反対側の
日本大陸に本当に医学留学しに来たのであった。
のちに彼女のアイデンティティーや考えに大きな影響を与え、ついでに歴史などに関わることになる濃密な留学の始まりであった。
458 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/04/23(火) 00:14:39 ID:softbank126036058190.bbtec.net [71/162]
以上、wiki転載はご自由に。
彼女は1850年に日記にこのように記しています。
私は30歳、キリストが責務を果たしはじめた年齢。
今はもう子供っぽいこと、無駄なことはしない、愛も結婚もいらない。
神よ、ただ自分の意思に付き従わせてください
実際、多くの男性からアプローチやプロポーズを受け、あるいは信頼関係で結ばれた男性もおりました。
また、何も迷いなく飛び込んだのではなく、彼女なりに葛藤があり、周囲との軋轢に悩み、迷っていたそうです。
ここら辺は自伝的小説『カサンドラ』で語られているところですね。
ですが、それらをなげうって、さらにはその後の人生も何もかもを費やして為すべきことがあると突き進んだのが彼女なのです。
さしもの
夢幻会も、知ってはいても理解しきれてはおらず、彼女の迷いのない行動に大きく驚くことになります。
では、次回は日本での留学について触れて、クリミア戦争直前まで行くことになりそうです。
最終更新:2024年07月30日 22:52