99 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/05/04(土) 00:59:11 ID:softbank126036058190.bbtec.net [5/119]
日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」小話「小夜啼鳥伝」5
フローレンスが祖国へと帰還して最初に感じたのは、淀みだった。
物理的に何かが、というわけではない。空気や覇気、あるいは場の流れというべきものが、動きを鈍らせているのだ。
日本で感じていた活気や賑わい、あるいは人々の発するエネルギーが感じられないのだ。
誰も彼もが疲れ切っていて、何かをやろうという気概が希薄なのだ。
道行く人々を見ても、あるいは雨と霧のロンドンの空を見上げても、それを強く感じる。
つまるところ、これは国そのものが病気なのだ。
フローレンスはそのように判断---診断を下した。
一刻を争う状況であろうが、かといって今すぐやれることは限られていることも認識した。
準備を整え、地盤を整備し、根本的に解決していかなくては、一時しのぎにしかならないことも。
一先ず彼女が取り掛かるべきは、自分を帰国させようと父親を説得した母と姉に報告をすることであった。
別段話し合いをするつもりはない。これからやることにも口を挟ませない。その様にとっくに決めていた。
この帰国だって、自分のためになる選択肢だから選んだのであって、母や姉のためではないのだから。
フローレンスの鋼鉄の意志はとてもではないが揺らぐことがないものだったのだ。
斯くして、フローレンスは母と姉の言葉を聞き流し、いくつかの報告を済ませた。
縁談や見合いなどは一切断ること。
看護師や医師を育成する学校を作ること。
そのために私財を投じること。
ロンドン大学医学部での臨床実績を積んで医師免許の取得を目指すこと。
そして----自分は自分の道を一生走り続けるということを。
彼女は葛藤を抱えつつも、覚悟を日記に綴っていた。
今はもう子供っぽいこと、無駄なことはしない、愛も結婚もいらない。
姉と母の意思を無視してしまうのはつらいことだが、ここで諦めたらもっと後悔すると。
帰国して改めて固まったのだ。
この国を覆う淀み---重病者が漂わせているそれにも似た「諦め」を断ち切らなくてはならないと、それを使命と捉えたのだ。
その後、彼女は迅速に動いた。
日本での看護師免許と医介輔免許、そして身に着けてきた知識を大学の作ったテストで披露して大学卒業を認めさせたのだ。
これによって、王立内科医学会の定めるところの医師免許取得に必要な要項を満たし、あとは臨床実績を残すだけとなった。
大学もジェントリの彼女の持ってきた知識を前に反発することは感情以外は不可能であり、押し切られて認めるしかなかった。
さらに、味方となってくれた父の伝手を頼り、同道してロンドンを訪れた日本人医師たちの病院を開設。
同時に看護師と医師の育成を行う学校をアルビオン分校という形で設立。
自分の味方、あるいは自分に続く者たちを増やしていけるようにと、自分も学びつつも、他者を積極的に勧誘し、援助していった。
101 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/05/04(土) 01:00:56 ID:softbank126036058190.bbtec.net [6/119]
そして、瞬く間に2年が過ぎた。
その間にフローレンスは実績を積み上げて、正式に医師免許を取得し、大手を振って医師として振舞うことができるようになった。
社交界を通じてそのことを広め、自身の認知度を広めることも欠かさなかった。
自分の存在を、技能がある人間がいることをアピールしなくては、誰も見向きもしてくれないのだ。
本人としては不本意ではあったのだが、それによってパトロンが増え、あるいは患者が患者を呼んでくれて知名度が向上していった。
また、開校した医学校での実習や臨床実績を積んだ大学病院での医療品や消耗品の質の悪さに目を付けた彼女は一計を案じた。
即ち、先進国であり留学先だった日本から必要なものを輸入する貿易会社を設立し、輸入を計ったのだ。
さらに、既存の医療品を製造するメーカーをいくつか買い取る形で会社を設立、質の高い物品の製造を行わせた。
アルビオンに戻ってきて体験していた、あらゆるものが日本のそれに劣り、あるいは道具がない状況をどうにかするためであった。
これに関してはフローレンスだけでなく、ようやく認めた母や姉からも許可を得て、実家の資産を投じてはじめてできたことだった。
元より、フローレンスは日本での留学で学んでいたのだ。何かを為すには経済的な支援や後ろ盾がなくては意味がない、と。
殊更に物も金も人も湯水のように使う医療という分野において、それは切っても切れない関係にあるのだとも叩きこまれ、理解させられていた。
これらによる効果はあちらこちらで影響を及ぼし、医療の質の向上に貢献していた。
そもそも、衛生観念が日本に大きく劣るアルビオンの医療は、病気もそうであるが、その環境そのものが患者にとって敵とさえ言えたのだ。
だからこそ、アルコールや煮沸による消毒などの徹底を行い、更に患者の周囲の衣類の定期的な交換や換気による空気の入れ替えを行わせたのだ。
これ以外にも、消耗品を繰り返し使うといった愚考をやめさせるなど、悪習を根絶するための地道な活動で成果を出していった。
しかし、これらの活動はまだ序の口とフローレンスは捉えていた。
先進的な医療を学んだ看護師や医師はようやく第一陣が卒業を迎え、臨床実績を積み始めるところでしかない。
用意できた医学校の規模の限界もあって、その卒業生などは質はともかく、数としては圧倒的少数であった。
アルビオン全体の医療を変えていくにはまだ10年はかかると考えていたのである。
また、彼女自身も功績をあげてはいても、未だに効果などを疑問視する声は絶え間なく聞こえるし、旧来のやり方に固執する人間も多かった。
時には女性が大手を振って医療行為を行うことそのものを批判する者もあらわれたくらいであったのだから、障害は途方もなく大きかったと言えた。
まあ、そんな輩にはフローレンス自らが赴いて弁明を一切聞かず、理論と理屈を叩きつけて、ついでに実績をぶつけて黙らせて回ったのだが。
こうして八面六臂の活躍と働きをしていた彼女だったが、時代は早々に荒れることとなった。
南進政策をとっていたロシア帝国が、アルビオンが実質有していたエルサレムのキリスト教関連聖地の管轄権に難癖をつけ始めたのだ。
更にはオスマン帝国に圧力をかけ、地中海へのアクセスと不凍港の確保を試み始めていた。
これはアルビオンの有する航空艦隊に対抗する、飛行船や航空機を揃えて軍備拡張が整ったことによる、いつものロシア仕草の一環とも言えた。
後の歴史において「クリミア戦争」と呼ばれる、ヨーロッパにおける大規模な戦争が始まろうとしていたのだった。
彼女もまた、国家をあげた戦争と言えるこれに巻き込まれることとなり、一つの転換点を迎えることになるのだった。
102 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/05/04(土) 01:01:48 ID:softbank126036058190.bbtec.net [7/119]
以上、wiki転載はご自由に。
いよいよクリミア戦争です。
まあ、ここは史実通りなところがあるのでサクッと済ませる予定ですが…どうなるかなー…
最終更新:2024年08月11日 20:01