871 :yukikaze:2012/03/14(水) 00:03:17
ちょいと気分転換とリハビリに。
ジョン・リーチ海軍大将にとって,今回の任務は苦痛であった。
例えそれが,戴冠したばかりの若き女王陛下の護衛部隊の総指揮官であっても、
そしてその座乗艦が,今なお美しさと力強さを保っているフッドであったとしてもである。
何しろ彼らはいく先々で,祖国の凋落を突きつけられたからであった。
「提督。もう間もなく邂逅地点です」
「そうか。女王陛下は」
「御休みになっておられます。長旅でお疲れのようでしたから」
参謀長は,半ば憐れむような声音で答えた。
「不甲斐ないな・・・我らは。いかに女王陛下とはいえ,一人の女性に
どれだけの重みを負わせるのだ」
やるせない気分でそう吐き捨てるリーチに,誰もが異論をはさまなかった。
瓦解寸前の連邦王国の結束を固めるために計画された,女王の連邦各国の訪問。
だが,国内では「そんなものにかける費用があったら,国内に使え」という声は根強く,
更に不倶戴天の敵と化しているフランスは「一歩でも領海に入れば,戦艦の主砲を以て
歓迎する」と,地中海にいたルパンシュ級戦艦(元はQE級)を,わざわざ回航して
英護衛艦隊に並行させて航海させるという嫌味をしている。
だが,この程度はまだ序の口ではあった。
南アフリカでは歓待されたものの,ドイツの影響力が無視できない中東においては,
女王の来訪を拒絶したり,受け入れても最小限にしている国が多く,最重要地域と
見なしていたインドにおいては,マウントバッテン総督が画策したインドの分離独立が
日本の反対によって頓挫し,逆に反英感情を煽り立てることになってしまい,安全上の
問題から,当初計画のすべてがキャンセルされる羽目になっていた。
失意と屈辱にまみれた彼らに追い打ちをかけるように,マラヤ連邦では独立派による
シュプレヒコールが出迎えのあいさつとなり,独立に手を貸した華南連邦も,厄介な客人が
来たという態度であった。(ちなみに大韓帝国が来訪を打診してきていたのだが,英国から黙殺されていた)
大の男でも屈辱に感じるのである。ましてや若き女王が受けた屈辱とショックはいかばかりの物であろう。
「日本で御心安らかになってくれればいいのだが・・・」
そう呟きながらも,リーチはそれが難しい事も知っていた。
日本人は誇り高い民族である。そして彼らは,未だに裏切った自分達を
全くと言っていいほど許してはいない。
外交儀礼上来訪は認めたものの,それが心からの歓待ではないことは,
誰もが理解していることであった。
(我らは良い。どれだけ批判されても仕方がない事をした。だが,せめて
若き女王に対しては,批判の目を向けないでほしいものだ)
872 :yukikaze:2012/03/14(水) 00:16:37
そう嘆息するリーチの気分を察したか,参謀長は話題を変える。
「しかし日本海軍はどの艦を寄越しますかね」
「儀礼上,長門か陸奥だろうが・・・」
恐らく,来援する艦でも,彼らの抱いている感情がわかるであろう。
ビックセブンの長門級ならば,彼らは内心はどうあれ,礼儀を尽くすことは
間違いないだろうが,軽巡レベルだったら,最低限の礼儀しか行わない
結果になりかねなかった。
「もしかすると・・・あれが出るかもしれませんよ」
「噂のミステリアスシップか」
「ええ」
呉と横須賀で建造されている日本海軍の戦艦。
非常に厳しい防諜体制がとられ,公表されている(あいまいな)情報を
勘案すると,その排水量は5万トンを超え,主砲も16インチ砲を9門
備えているのではと予想されていた。
「しかし・・・空母の有用性を理解している日本が今更戦艦ですか」
「空母の護衛としてはまだまだ有効だからな。指揮艦として欲したのかもしれん」
そう議論をする二人の耳に,突如見張りからの報告が上がる。
「日本艦隊を視認。長門級1隻。そして・・・・・・」
「どうした。報告は正確にせんか」
言葉を詰まらせる見張り員に,航海参謀が叱咤の声を上げると,それに
硬直が解けたかのように,見張り員が絶叫する。
「報告。長門級1隻。そして超巨大戦艦1隻。馬鹿な、長門が巡洋艦に見える大きさだと!!」
最後はまさしく懲罰物の私語なのだが,艦橋にいた誰もが叱責をすることはなかった。
何故なら,誰もが見張り員と同様に絶句していたからだ。
873 :yukikaze:2012/03/14(水) 00:26:49
それは・・・まさに誰もが圧倒観を覚えるような艦であった。
堂々とした動きで波を切り開き,突き進むその姿は,
海の女王としての風格をいやがうえにも見せつけていた。
かつて世界で賞賛されていたフッドですら,この威風堂々とした
姿の前には,色あせるものであったろう。
(何と言う船だ・・・。あれは5万トンどころか10万トンに匹敵する
艦だ。そしてあの主砲。18インチ・・・いや,20インチかもしれん。
日本海軍め。あんな化け物を産み出していたというのか・・・)
声一つしない艦橋。
それはそうだろう。かつて弟子と見なしていた国は,自分達がどう努力しても
作ることが不可能な巨大戦艦を就役させていたのだ。
彼らはこの時ほど打ちのめされた気分になることはなかった。
「提督。巨大戦艦より信号です」
「読め」
「はっ。『本艦の最初の任務が,女王陛下の護衛であることに誉を感じると共に
女王陛下にあらせましては,どうか御心安らかに航海を楽しまれることを希望します』と」
「返電。『貴艦の好意に感謝す』。それと,『貴艦の名を知りたし』」
ややあって,戦艦から来た回答を,リーチは一生忘れなかった。
『我が名は大和。全ての戦艦の女王なり』
後に歴史家は,「この日こそ,海上の覇者が誰の目にも明らかになった
象徴的な日となった」と記載すると共に,栄光に彩られた大和を示す
エピソードであると記している。
最終更新:2012年03月19日 19:11