98 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/05/09(木) 20:04:19 ID:softbank126036058190.bbtec.net [3/85]

日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」小話「小夜啼鳥伝」7



 さて、シドニーは鬼札を切ったわけであるが、いきなり出しても意味がないことを理解していた。
 大臣の一人ではあるが、その進退は---罷免も含めて---女王が握っている。女王の不評を買えばどうなるかは語るまでもないことである。
だからいきなり時と場をわきまえることもなく直言などしようものならアウトであるのは明白だ。
幸いにして、彼は大臣の一人であり、女王の諮問を受ける立場にあるので、それを利用することができた。
 まず、ピール派とホイッグ党の連立内閣であるからして、シドニーは自派閥であるピール派の閣僚に声をかけて回った。
ピール派として入閣していたのは首相のジョージ・ハミルトン=ゴードンのほか、大蔵大臣のウィリアム・グラッドストンが含まれた。
特に首相は「同輩の中の首席」という立ち位置であるため上奏を行うにあたって説得と協力要請は不可欠であった。
大蔵大臣のグラッドストンにしても、今後行うことに対して予算の都合をつけてもらう必要があり、同じく協力要請は必須であった。
 同じ派閥ということもあって両者に話を通すことは苦労はしなかった。
 説得材料としても、フローレンスがまとめていた資料や報告書がモノを言ったので苦労はしなかった。
フローレンスがそれなり以上に知名度を誇っており、その活躍ぶりが広まっていたこともこれに上乗せされていた。

 合わせる形でホイッグ党からの閣僚にも話を通し、ヘンリー・ジョン・テンプル外相にも承諾を得ていた。
ロシアの強硬姿勢に対応する彼もまた強硬派であったが、彼もまた戦争のトリガーとなる人物だ。
その人物がこのままではいらぬ死者が生まれる決断をすることを恐れないわけがなかったのである。
というか、フローレンスが党派を超えて知名度を誇っていたことがプラスに働いたのである。

 さらに根を回すことにしたのが、女王の夫にあたるアルバート公である。
 彼は王配という立場であり、公的な立場や地位を持たずとも妊娠中の妻に代わって公務をこなし、女王の信頼も篤い人物であった。
これは彼の両親が端的に言って酷い夫婦関係であったことを反面教師としたもので、王配としては実に優秀であった。
また前述の公務のほかにも、王室における無駄な出費や浪費などを排除して実績を上げるなど、その働きは大きかった。
 そういうわけで、そんな彼に対しても根回しをしておくことは女王の説得に大きなプラスとなると判断されたのである。

 斯くして下準備が整うことになり、シドニーは女王への上奏を行えるようになった。
 だが、それでもこれは危険が付きまとうものだ。
 ジョージ首相(第4代アバディーン伯)が場を整え、女王から諮問を受ける際に上奏という体裁をとることは決まっていた。
ロシアとの外交上の軋轢が戦争に発展しかねないというのは既に共通認識であり、それについて報告などをする機会はある。
 とはいえ、だ。そこで切り出して上奏し、うまく女王を納得させることができるかどうかはシドニーにかかっていた。
それ故にジョージは場を整え、上奏を行うまでは手伝うが、そこから先はシドニーの責任になるということを確約させた。
女王の不興を買った場合矢面に立って辞職などをするのはシドニー、そういうことが決まったのである。

99 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/05/09(木) 20:04:56 ID:softbank126036058190.bbtec.net [4/85]

 こうした濃密な準備を行った甲斐があり、シドニーは首相とともに参内した席で女王の関心を買うことに成功した。
他の大臣たちや夫からの口添えもあったし、最初のプレゼンとして用意した資料が実に的確であったことが理由であった。
女王もまた市井において活躍し社交界でも噂になるフローレンスのことを知っており、彼女からの上奏ということもあって興味を抱いたのだ。

 そして、シドニーが集めた資料---ナイチンゲールからの意見書も含めて閲覧した女王は、この件についてより深く調べるように指示をだした。
事実であるならば、彼女の臣下たちが途方もない怠慢をしているということに他ならない。
ましてこれは外交の一手段であり、国民の命を使って行う戦争に関わる重要な案件であった。
故にこの指示は、調査内容の確認調査であり、同時に事前準備であった。
彼女は夫であるアルバート公が王室内部における無駄や浪費を指摘したことをよく覚えており、それと同じようなことが起きていることを懸念したのだ。

 斯くして大義名分と権力による裏打ちを得たシドニーは、戦争大臣として大きくメスを入れることとなった。
メスを入れる、とはいうが、それは治療(改善)目的というよりも内部をあらわにするための「解剖」といった方が正しい。
軍内部における戦時の補給体制や権限の構造の可視化、さらには兵士たちに提供されるであろう治療や医療の質の実態調査。
更には後方体制---戦争省における官僚や役員の仕事の内容の調査や認識および知識の調査まで入ることとなった。
そう、シドニーが行った事前調査やアプローチを「不要」と拒否した戦争省の中の白い巨塔の住人達にまで手が及んだのだ。

 およそ2か月の調査と抜き打ちテストの結果、最高権力者である女王およびその臣下の前に露わにされたのは、おぞましい事実だった。
あまりにも旧態依然で、オフィスでの仕事しか考えていない者達の実態だった。
輝かしいアルビオン軍の裏側で腐敗しきって、自らの利益を貪ることのみを覚えた、そんな人間という獣の姿だったのだ。
フローレンスの報告などから鑑みれば、それらは大日本帝国の遥か後塵を拝す形であり、人を人とも扱っていない現実だった。

 これに激怒したのは女王だけではあるまい。
 同時に納得したのだ、戦争の足音が近いというのにこのことを言いだした戦争大臣の意図が。
むしろ戦争前だからこそ、直ちに取り掛からなくてはならない問題で、始まってからでは遅くなるからだ。
 いや、より正確に言えば、すでに遅いと言える。
調査だけでも2か月も必要としたのだ、ここから戦争が始まるまでに組織体制を見直し、必要な知識を叩き込むのにどれほどかかることか。
専門性の高い知識を今も実働している人材に浸透させて進歩させ、その上で遅滞なく組織として動かすというのは極めて難しい。
猛スピードで走行している車を修理・改善して別な車に変更するくらいの無茶であり、無理難題である。

 では、そのままでは走行中に事故を起こして大破するかもしれない車をどうやって走らせるか?
 まして、戦争という無茶な競争を熟させるにはどうすればいいか?
 通常方式では不可能。既存体制に手を入れるのは時間がかかる過ぎる。

「であるならば、方法はたった一つしかありません」

 即ち、介添人を用意してやればいい。
 既存の組織と連携しつつ、しかし、外側に新設された組織によって正常に稼働するようにすればよい。
 問題となるのは、そんな組織をどうやって作り、誰が指揮するかということだ。

「フローレンス・ナイチンゲール女医、彼女と彼女の周辺にいるプロフェッショナルならば、それが可能でしょう」

 シドニーの奏上は、しばしの黙考の後に認められた。
 斯くして、狭い籠の中から室内へと活動の場を移していた小夜啼鳥は、さらに広い外の世界へ飛び立つことになったのである。

100 自分:弥次郎[sage] 投稿日:2024/05/09(木) 20:05:32 ID:softbank126036058190.bbtec.net [5/85]

以上、wiki転載はご自由に。
さあ、権力のお墨付きだ。
覚悟しろ史実の腐れネームド共……

あとアナウンスが一つ。
小話という形にこれまでしていましたが、どう考えても小話の規模を超えて話が拡大しているので、
次の話から外伝に格上げして執筆をつづけていきます。
折りよくクリミア戦争に本格突入するタイミングですからね。

ただ、クリミア戦争以外の面で婦長の活躍を単発で描く場合は、これまで通り小話の形をとろうと考えています。
話が膨らむことが確定なら外伝にしますが、ともあれ、そういう区別をつけます。
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最終更新:2024年08月15日 20:23