228:弥次郎:2024/05/10(金) 21:08:05 HOST:softbank126036058190.bbtec.net

日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」外伝「クリミアに小夜啼鳥は飛ぶ」2


 フローレンスへの攻撃は、あらゆる方面で始まった。
 新聞、社交界、政治、軍事、宗教、あるいはそれ以外と、まるで示し合わせたかのように一斉に襲い掛かったのだ。

 真っ先に始まったのは新聞の投書欄であった。
 この時代、新聞というのは人のうわさ話の輪を超えた強力なメディアとして君臨していた。
これ以外にテレビやインターネット、あるいはラジオといった情報発信源となるメディアが存在していないことによる覇権だったのだ。
この頃の新聞には既に読者からの投書を掲載する投書欄というものが存在しており、郵便制度の発達も相まって多くの意見が投げ込まれたのだ。
決定的な弱点は、当初の内容の真偽を新聞社が求めていなかったことにある。むしろ、扇動的な意見を求めていたとさえ言えた。
多数の購読者を抱えた覇権的なメディアの影響力は絶大で、そこに掲載された情報は大概鵜呑みにされていたのだ。
 ここに多数投げ込まれたのが、フローレンスに関するあらゆる誹謗中傷だった。
 曰く、フローレンスは正式な医師免許も知識もない。
 曰く、先任の専門家の意見を無視し、軍事に関わる分野で独断と偏見で物事を決めている。
 曰く、能力ではなく個人的な感情や好き嫌い、あるいは賄賂の有無などによって人事を好き勝手にしている。
 曰く、職務に就くために多くの男性と淫らな関係を持った。
 曰く、曰く、曰く---これらの投書は一様にフローレンスが如何にふさわしくないかを語り、即刻首にすべきだという論調を展開した。
首にするだけならまだ可愛い方で、裁判にかけて極刑にせよ、免許も資産もはく奪しろ、審問にかけてしまえなど過激な声もあった。

 投書欄だけではない、広告欄にも「相応しい人材を軍隊に」という名の元にフローレンスの罷免を訴える広告が並び始めた。
これは単純にそれだけの数が押し寄せたこともあるが、話題に飢えていた新聞社もこれらに乗っかった結果でもあった。
こうしたセンセーショナルな話題によって荒れれば荒れるほど、新聞の売れ行きは向上していくわけである。
新聞社に何ら罪悪感はなかった。彼らは自分の利益になることを選んだだけだ。その発表がどういう事態を招くかなど考慮もしなかった。

 次に社交界にあらぬ噂が広まった。
 上流階級の人間の集うそこで、フローレンスに関するあらゆる情報がなぜか広まったのだ。
内容としては新聞の投書欄とあまり変わることはなかった。ただ、内容が社交界において望ましくない姿であると誤認させる傾向にあった。
 曰く、フローレンスは幾人もの男性に結婚詐欺を仕掛けて大金をせしめ、破滅させた。
 曰く、フローレンスは婚約した関係にあるカップルの間に入って破局させた。
 曰く、名のある貴族が自己破産したのはフローレンスの暗躍だ。
 こちらも真偽が定かではない、出所も不明な情報が出回っていた。
新聞の投書欄をソースとする噂まで持ち上がっており、他の話題などを不自然なまでに塗りつぶす勢いで広まっていった。

 政治と軍事は言うまでもないだろう。
 ロシアとの戦争に備えて政界および軍界隈で活動する先々で、とんでもない噂が流されていたのだ。
 協力的だったはずの担当者たちでさえ、噂は本当なのかと確認してくる有様だったのだ。
 いよいよを以てきな臭い、フローレンスやその協力者たちは確信を得始めた。

 宗教面---アルビオンとその領土を管轄するアルビオン正教会から突如として問い合わせが来たのだ。
 管轄しているカトリック、プロテスタント、あるいはその他諸派に対して、フローレンスが不法な振る舞いをしているのだと。
嫌に具体的だったのは、編成が始まっていた医療部隊に編入するように依頼された尼僧たちの扱いだった。
日々の宗教的儀礼をやらせることなく無意味なことをやらせるか、あるいは拘束しているのではと問い詰められたのだ。

229:弥次郎:2024/05/10(金) 21:09:01 HOST:softbank126036058190.bbtec.net


 とどめとなったのは、物理的な妨害---否、排除が始まったことだった。
 上記の問い合わせやら投書やら誹謗中傷に対応しようとするフローレンス及び周辺の人間が、直接的に攻撃を受けたのだ。
ある者は刃物で襲われ、ある者は銃で撃たれ、ある者は裏路地に引きずり込まれて殴打されるなどしたのだ。
 フローレンス自身にも襲撃が発生した。急ぎで移動している最中、人ごみの中でいきなりナイフを向けられたのだ。
襲撃者は通行人に紛れていた---何気なく歩いている通行人そのものだった。突如としてナイフを抜き、フローレンス目がけ突っ込んできたのだ。

「死ね、売女ァ!」

 幸いにして、フローレンスは突然の襲撃を前にして冷静さを保っていた。彼女はこうした妨害を受け始めた時点で予測がついていたのだ。
個人か、あるいは不特定多数か。自分が動いたことを疎む人間が手段を選ぶことなく排除しにかかってきたことを。
 加えて言うならば、彼女は襲撃者が予想したような、ただの女医ではなかった。
極東の大国、大日本帝国で、アルビオンの人間が想像もしないようなことを多く学び、人生を一変させた女傑だったのだ。
そんな彼女は、身を襲う危機に対して抵抗するための技術もまた身に着けており、錆びつかせていなかった。

「ふっ!」

 ナイフの切っ先が迫るのを冷静に見極め、突き出された襲撃者の腕を両の手でつかみ、ねじる。
 これだけで襲撃者は激痛を感じた。当然だろう、予想もしなかった反撃で、女性とも思えない力だったのだから。
それだけでは止まらない。手首と肘、その二か所を抑え、そのまま相手の突進の勢いを利用して、そのまま地面にねじ伏せる。
肘を外側から抑えることで曲がらないようにしつつ、手首を極めるリストロックで相手の持つナイフを手放させる。後はそのまま逃げださないようにするだけ。
地面に相手の身体が伏せたところに膝を軸にして自重を重ね、拘束と合わせることでもはや逃げられなくしたのだ。

「……他にはッ!周囲を警戒して!」

 そして、彼女は決して油断しなかった。
 襲撃者がお行儀よく一人だけとは限らない。
 たまたま居合わせた通行人たちが悲鳴をあげたり騒ぎ出す中で、周囲に目を配り、次に備えた。
 その叫びは、騒ぎの中で鋭く轟き、すぐに周囲への警戒がなされた。

「警察を呼んで!早く!」
「こ、この……」
「貴方は寝ていなさい!」

 まだ抵抗しようとした---あるいは自裁することで追及を逃れようとした襲撃者だが、それをフローレンスが見逃すはずもない。
次の瞬間に腕を組みかえ、片腕を相手の脇の下に、もう一方を相手の首に絡め---締め上げる。
頸動脈を圧迫することで脳への酸素供給を一時的に抑制し、相手の意識を奪い取る片羽締めだ。
じたばた抵抗しようとして、しかし、人間である以上、人間の体の仕組みを理解した技に抗えない。
あっけないほど簡単に意識を手放し、襲撃者は地面に伏すこととなった。
 そして、常に持ち歩いている医療品のポーチからひもを取り出すと、相手の手首と足を縛り上げ、動けないようにさせた。
ついでに包帯を玉にしたものを口の中に押し込むことで、それ以上の動きを抑制した。
殺さず殺されない---日本の武術における理想形の一つである活殺自在を体現してみせた彼女は、互いに怪我をすることもなく無力化を成し遂げた。
 しかし、フローレンスは理解していた。これはまだ始まりにすぎず、前途は多難であるということを。
 自らの行動の結果というのは理解している。反発や反対を押し切って権力を得て、それを行使したのだから。
 でも、あるいは、だからこそ、この程度で止まるわけにはいかない。

「こんな手段をとる相手ならば---治療(説得)が必要ですね」

 怒りはある。そして、それ以上に使命感がフローレンスにはあった。
 まずはここを何とかしないと、これ以上の仕事が続行できないと。
 彼女の意志は、途方もなく鋭く、同時に固かった。

230:弥次郎:2024/05/10(金) 21:10:08 HOST:softbank126036058190.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
シュートサインしちゃったねぇ?

フローレンスの部下の一人の証言
「ドクトレス(フローレンス)の目は完全に覚悟が決まっていました。
 その時私は、追及される誰かのことを考え、確かこうつぶやきました。
 『なんてことだ、もう助からないゾ』と」
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最終更新:2024年08月16日 14:18