9:奥羽人:2024/05/10(金) 23:33:00 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp
近似世界【17世紀の殖産興業】


「今から大体50年後、西暦でいう1640年頃までに旋盤的な工作機械を実用化して欲しい」

天下統一直後、技術系の夢幻会メンバーが言われた事を要約すると、この一文に集約された。
この言葉を言われたメンバーはさぞ驚いたことだろう。
何せ、史実において最初に金属加工用機械旋盤が開発されたのが1870年代。実に約200年は技術を先取りしろとのご要望だ。

性急に過ぎるのではないか?
当たり前にそういった声は出たものの、詳しい話をすれば、17世紀の戦乱を乗り切る為にはどうしても必要なのだという。

具体的には、清への備えである。

大清帝国……当時の後金は後に明へと侵攻し、1630年代に中原を陥落させ、40年代には明を滅ぼして中華に覇権を打ち立てるのが史実の流れだ。
そして、夢幻会は最終的に清が次代の中華を名乗る事は認めつつも、清の勢いを抑制して日本が東洋における覇権を確立するまでの時間を稼ぎ、あわよくば中原から朝鮮と華南を切り離して防壁とする事を考えていた。
そのためには、明という衰退しきった帝国を介護しながら、地上戦にて清軍を撃破する必要がある。
末期の腐敗した清はともかく、17世紀の清は勢いのある新進気鋭の新興帝国。
北方騎馬民族特有の強力な弓騎兵に、降伏した漢人を吸収して火薬兵器や大砲も使いこなす清軍の実力は、到底侮るべきではない。

まともにやり合えば苦戦は免れない、となれば、国力を生かせる火力戦に持ち込み騎馬民族の戦技を発揮される前に蹴散らすしかない。
そこで必要になるのが、大量の高性能な大砲。
故に、夢幻会は大砲を量産できる工作機械を求めるのだ。

この話に、技術者メンバーはひとまず胸を撫で下ろした。
それなら史実1760年代のグリボーバルシステムで使われた水力・人力式中ぐり盤で事足りるし、100年程先取りすれば良いだけだ、と。

10:奥羽人:2024/05/10(金) 23:34:04 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp
【鉄鋼業】

産業化を進めるにあたり、鉄の生産力を増強する必要があることは言うまでもない。
良い鉄が無ければ良い武器も、良い機械も作れないのである。

鉄だけではない。
未来知識の転生チートで無双が難しいのは、過去には未来知識を生かす事ができる素材が存在していない故、未来技術の再現が不可能な為。
技術と素材は両輪であり、どちらか片方を突出させることは現実的ではない。
つまりは、技術チートの為により良い素材を作り出す必要があり、その為に、素材技術の歴史を早回しで辿らなければいけないのだ。

1595年、石炭と鉄鉱石の産地が比較的近い岩手南部と北九州にて国家事業としての製鉄所の建造が始まる。
並列して行われた治水によって強力な送風動力源として水車を安定的に利用できる体勢を整え、未だに中世的な側面を残す日本の製鉄産業を一気に近世欧州レベルまでステップアップさせようとするつもりである。
また、史実では18世紀半ばに実用化される反射炉とパドル法の研究開発にも着手し、少量ながら鋼の生産能力の構築も始まった。
もし、他の技術者チームが早々に中ぐり盤を実用化し“スチームシリンダー”製造の目処がついた場合、蒸気機関の早期実用化と共に、19世紀の技術である高炉法、転炉法、そして平炉法への転換を目指すことも既に視野に入れていた。
もっとも、もし仮にそれが実現したとして、「昭」号計画との兼ね合いから100年位は秘匿技術とされるであろうが……秘匿されようが何だろうが、国家の屋台骨となる鉄が大量に産み出される事には変わり無い。

大規模製鉄所の稼働で得られた知見は他の金属の工業的生産にも応用され、17から18世紀において日本の冶金技術の急速な向上が実現することとなり、日本産の金属は他国産の同素材と比較してより有用な機械的性質を持つようになっていく。
また、それらの産み出された最新の材料は真っ先に技術チームの元へ送り届けられ、「次の世代の工業機器」の開発へと生かされていくことになる。

技術チームは金属加工業において、夢幻会は各種工作機械の実用化を急いだ。
当面の本命となる旋盤や中ぐり盤に加え、各種産業に必要となるだろうネジを生産するためのネジ切り盤の研究も、この頃には既に始まっていた。
これらの研究を十全に活用するには、実用的な蒸気機関が必要であり、そちらの研究開発も既に行われていた。
初期の試作においては、シリンダーの精度や部品の強度等の不足によって事故や失敗が相次いでいたが、それでも蒸気機関実用化の為の知見は徐々に蓄積されており、今暫く時間は掛かるだろうが一歩一歩確実に完成へ向けて前進を始めていた。

11:奥羽人:2024/05/10(金) 23:36:08 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp

【化学工業】

日本における化学工業の必要性は、戦争への備えから始まった。
地質学的に銃器向きの燧石が入手しずらい日本では、次世代の主力火器であるフリントロック式マスケットの大量生産にはどうしても限界があると考えられた。
そこで、火皿に乗せるものを黒色火薬ではなく、更に次の技術であるパーカッション式で利用される雷汞……つまり衝撃で起爆する薬品を使って発射薬に点火させようという発想が生まれるに至る。
また、その発射薬においても黒色火薬だけではなく、一足先に無煙火薬を実用化できれば諸外国と同じような銃器を使っていたとしても優位に立てる。
他には、敵の戦列艦を燃やす為に火中車の弾頭に充填するより良い焼夷材が求められたり、もしくはピクリン酸やニトログリセリンにできないかとも考えていた。



閑話休題



近代とそれ以前の産業を比較して、何故中世から一足飛びに近代産業を作ることは出来ないのか、とは考えたことはあるだろうか?
その答えの一つとして「近代工業には圧倒的に多種の原料が必要となる」というものがある。

例えば、銃砲弾の発射に使われる火薬。
古来から使用されてきたブラックパウダーこと黒色火薬の原料は、硝石、木炭、硫黄の三つである。
日本においては木炭と硫黄は比較的簡単に手に入り、硝石こそ生成に多少の工夫が必要なものの、一度古土法か硝石丘法かで作ってしまえば、後は掘り出してそのまま利用できる。
つまり、自然環境から取ってきた物を混合して比較的簡単に製造が可能なのだ。

対して、黒色火薬の次に利用されたコルダイトの原料は、ニトログリセリン、ニトロセルロース、ワセリン、アセトンである。
この内、ニトログリセリンの生成にはグリセリン、硝酸、硫酸が必要であり、グリセリンの生産には大豆油や獣脂が、硝酸の生産には硝石と硫酸が、硫酸の生産には硝石と硫黄が必要となる。
ニトロセルロースも、硝酸と硫酸の他にセルロースが必要となり、木綿の大量生産を行わなければならない。
ワセリンを得るには石油の蒸留が必要で、アセトンを得るには木材を乾留して得られる木タールの蒸留、もしくはブドウ糖のバクテリア発酵が必要となる。
また、大抵の材料は精製して物質を選り分ける関係上、工程を経る度に量は減少していく。

纏めると、コルダイト火薬の生産には最低でも油脂、硝石、硫黄、木綿、石油、木材と、それら材料を大量かつ安全に処理する化学プラントが必要となるのである。

12:奥羽人:2024/05/10(金) 23:37:23 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp
つまるところ近代化学工業は、大量の原材料を運搬し、ありとあらゆる原料から、ありとあらゆる素材を作り出し、ありとあらゆる用途に活用しなければならないのだ。
古くは錬金術師達の試行錯誤によって地道に築きあげられてきたこれら化学の道筋だが、夢幻会には未来知識という反則技がある。
つまり、どういった加工でどのような物質が生まれ、それを何に活用できるかのカンニングペーパーは既に手元にある。

例えば、石炭を乾留してコークスにする時、副産物として硫黄、コールタール、ピッチ、硫酸、アンモニアなどが発生することを夢幻会は知っている。
これらの物質は他の用途にも活用できるものであり、回収することによって他の産業を回すことができる。
また、東南アジア地域で建造された工場では、大量のヤシから採取した油脂を分解して爆薬や医薬品の原材料となるグリセリンを得ると共に、副産物の脂肪酸を利用して石鹸の生産も行っている。
もちろん、石鹸作りに必要な水酸化ナトリウムを海水と硫酸と石炭と石灰石から作り出す過程で出る塩化水素も回収され、他の用途に活用されている。

…………こういった効率的な産業を目指した副作用として、あれよあれよという間に付属工場が膨れ上がり、なるべく技術を隠蔽したい夢幻会の悩みの種になることも多かったが。

他にも、化学工業に必要な原材料を世界中からかき集めることも怠らなかった。
代表的なのは、チリ硝石の先制採掘だ。
フィリピン副王領を巡る日西二十年戦争(1628~1648)に便乗して南太平洋航路を開拓し、当時スペインの植民地だったペルー副王領アタカマ砂漠付近を強襲し、一部を占領。
スペイン艦隊を蹴散らして占領地に近寄られないようにしつつ、世界の誰にも知られない内に硝石の安定的かつ大量の供給を達成した。
また、当時スペインと同君連合だったポルトガルのアフリカ~インド洋沿岸部に点在する植民拠点も次々と制圧していき、欧州への経路を確保すると共に、周辺勢力との交易で多種多様の素材を入手していった。


【軽工業】

繊維工業や製紙業なども、設備を近代化・合理化させつつ徐々に規模を拡大させていった。
特に、製紙業においては世界に先駆けていち早く木材パルプを使用する製紙ラインを実用化している。
紙の大量生産は行政や官僚機構の運営能率を向上させることに繋がり、強固な主権国家体勢を築き上げる一助となったのは言うまでもない。

また、従来の品目で重要視されたのは陶磁器と生糸であった。
これらは元来、明で大量に生産されて欧州に輸出されていたものだったが、中華の海禁政策や政情不安、戦役等の混乱によって中華からの輸出量が低下。
よって、近場にある日本にその穴埋めが求められたのだった。
こういった伝統工芸品類は工業化の余地に乏しく、旧来の手法を拡大するのが精一杯だったが、それでも製造過程において未来の化学的知見などといった役立てられそうな事を役立てて、品質の改良に繋げていった。
生糸は16世紀末時点では明産と比較して一歩劣る品質だったものの、17世紀前半中には既に横並び、もしくは優位な品質を達成しており、貴重な外貨獲得元として日本製陶磁器や絹織物が大量に欧州へと輸出された。








大まかな夢幻会の目標としては、清との決戦までにナポレオン戦争期レベルの陸海軍を編成することにあり、そして、その目標はほぼ達成できる見込みであった。

13:奥羽人:2024/05/10(金) 23:42:23 HOST:M014009102000.v4.enabler.ne.jp
以上となります。転載大丈夫です。

近世に入ると物を作るのに必要な材料の種類が爆発的に増えて、Aが欲しいからBとCが必要で、そのBを作るのにDとE、Cを作るのにFとGが……というように大変なことになります。
これを乗り越えるには少数のチート転生者には荷が重く、やはり夢幻会という頭数が居る所は強いなと思いますね。

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最終更新:2024年09月06日 21:04