822:弥次郎:2024/06/06(木) 00:03:27 HOST:softbank126036058190.bbtec.net
日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」前日譚「禁断の楽園」
地下へと続く通路を複数の人間が歩いている。
観測者諸兄にとってなじみ深い人員は二人ほどいた。
一人は神崎、一人は辻堂。とある並行世界において大日本帝国宰相を務めた嶋田繁太郎であり、辻正信であった人物だ。
並行世界の一つで天寿を迎えた二人は、あろうことかまた別な世界で目を覚まし、同じように
夢幻会へと入っていた。
膨大な過去の経験と知識を有していた二人は夢幻会の中でも頭角を現し、また表の社会においても地位を確立しつつあった。
他の面々も、似たようなものだ。結構な数がいる夢幻会の中でも信頼や信用が置ける、あるいは知るに値すると判断された者たちがここに連れてこられてきていた。
「随分と、入り組んでいますね……」
「ここはまあ、我々にとっての最重要区画の一つですからねぇ」
案内役は苦笑するしかない。
ここに入るまでに本人確認や身体検査を行い、途中で目隠しをして歩かされ、ぐるぐると回った後なのだ。
一見して地上の施設はさほど大きくはないが、地下には信じがたいほどの空間が広がっていたのだ。
「ここはケイバーライト採掘がおこなわれた鉱山を利用しています。
ある程度の量は採掘できたのですが、生憎と鉱脈が小さかったようでしてね。
その際に空いた空間をこうして利用しているわけです」
「軍にまで守らせるようなものがあると、そういうことですな?」
「イエス。入口もそうですし、ここの中もちょっとした仕掛けがあります。
如何せん、この世界が世界だけに、スパイが入る可能性は十分にあり得ますのでね」
何しろ、と案内役はため息と共に吐き出した。
「ここはある種伏魔殿、あるいはエデンの園と言ってもいいかもしれません。
人によってはパンドラの箱だとも---つまり」
「中身は劇物どころではない、と?」
「ええ、だから夢幻会でも明かせる人間は多くはない。
一度明かしてしまえばどこから漏れるか分からない。
だからこそ、機密を守るために労力を厭わずにいるのですよ」
そう、ここの地下は複雑な構造にし、軍に警備させるだけでは飽き足らない防諜対策がされている。
そも、ここに来るまでのルートは明かされておらず、目隠しと耳栓までしたうえで何度も中継点を経由していたのだ。
転生者たちがたびたびアップデートを重ねているために、複雑化と隠匿性を極めて高めているのだ。徹底して隠しきる、その意志のままに。
823:弥次郎:2024/06/06(木) 00:04:32 HOST:softbank126036058190.bbtec.net
そんなことをするのも、全てはここにあるモノを隠し通すため。
この地下施設---歴代の夢幻会の知識と技術、そして現物が納められた保管庫の中にある、世界に対する劇物を封じ、独占するためだった。
「……と、これで、よし」
厳重なカギを解除し、最後の扉が開く。
銀行の金庫の扉もかくやの、重たげなそれが開いていく。
それはパンドラの箱を開ける音か。はたまた伏魔殿を開く音か。それとも、希望が飛び出す音なのか。
「どうぞ。今回はここの存在を見てもらうだけなので見学の時間は短いですが、驚くようなものがあると思います」
促されはしたが、部屋から発せられる圧力に誰もが躊躇してしまい、戸惑う。
だが、果敢に踏み込んだのは神崎だ。
伊達に一国の宰相を---それこそ世界の頂点に至った国のトップを務めたわけではない。
こういったことに対する耐性を持ち合わせていたのと、これまで何度か警告されていたことで逆に腹を括ったのだ。
「ほう……」
保管庫の中に踏み入れ、思わず漏れたのは感心の言葉だった。
そこには、世界の縮図があった。人類という歴史の縮図、あるいは未来へと果てなく分岐していく過程が収められていた。
文献、書籍、論文、絵、模型、現物、実物その他諸々---あらゆる世界、あらゆる時代に存在したものを形としたものが並んでいる。
紙や木簡に始まり、刀剣の類いを筆頭とした武器、あるいは未来に生まれる銃火器、乗り物、軍用品---その模型やモックアップ。
数え出せばきりがないものが、図書館や美術館を軽く超えるレベルで詰め込まれている。
「百科事典という言葉がありますが……まさにここは歴史の百科事典、あるいはあらゆる並行世界の百科事典ですね」
辻堂の感想は果たして正しい。
ここにあるモノだけでも、転生者たちが主観的に見て過去に経験した世界の記録が残されている。
なんとなくではあるが、神崎や辻本にも覚えがあるような気がする記録や模型が見受けられる。
他のメンバーたちも色々と目につくものを見て回っている。
「夢幻会の初期のころの活動記録か……」
「平安時代には既に行動していたと聞いていたが、本当のようだな」
「この時からすでに裏でも表でも活動していたわけか……」
「公家に武家、朝廷から渡来人までも含めた、大規模な組織だったようだな……」
「こっちは……宇宙船か?」
「恐らくはな。こっちの模型は間違いなく国際宇宙ステーションとスペースシャトルだ。
パワードスーツのようなものまであるな……」
「なんだこの理論?」
「光学兵器だぞ、一体いつ頃のものだ!?」
「ほう、ダマスカス鋼か……」
見て回るだけでも数日がかかりそうなここは、しかし、夢幻会の抱える保管庫の一つでしかない。
どれだけの蓄積があり、あるいは知識を先人たちが残したのかが窺えるものだ。
「未来のためにか……」
日記に記された一文に、一人が思わず感嘆の言葉を漏らした。
生きるだけでも必死だっただろうに、こうして未来へと知識や技術を残していってくれたのだ。
それこそが生きた証、あるいは自分がいた存在証明になるからと。あるいはそれが存在理由だったのかもしれない。
824:弥次郎:2024/06/06(木) 00:06:31 HOST:softbank126036058190.bbtec.net
いや、あるいはそれこそが残したかったものなのだろう。
生物の遺伝子ではなく、文化的な遺伝子(ミーム)を残し、伝えていくこと。
果たせなかった無念、くやしさ、あるいは諦観。それを払ってほしいと、後の人々に託したのだ。
神崎は、声なき声を聞いたような、そんな気がした。
しばらくの見学を経て、夢幻会の面々---新たに信頼を得たある種新人たちは帰ることとなった。
管理者の案内の元、またしても複雑な経路と手順で外に出るということもあり、暫く時間が空くことになった。
「禁断の果実、ですね」
神崎は一人ごちた。
まさしく聖書に出てくるような、知恵の実にも等しい恐ろしくも素晴らしい存在。
ここにある情報だけでも、世界の常識を打ち壊し、ひっかきまわしてしまえるような、そんな恐ろしいものであった。
「まったくです。一度知ってしまえば、最早知らないまま楽園で過ごすことはできない」
辻堂も同意した。
世界の均衡を崩すものという意味では伏魔殿であり、災厄をもたらす意味ではパンドラの箱。
だが、しかして、適切に使えば未来を切り開く物ともなる、使い手に多くを求めるものばかりだ。
夢幻会のメンバーであろうと明かす人間を絞るのも当然と言えるだろう。良からぬことを考えれば、いくらでもとんでもないことができてしまう。
神崎も辻堂も、日本列島の大日本帝国の舵取りをした時に同じ転生者たちを粛清したことがあるから、その懸念をよく理解できた。
技術や知識に善悪などはない。ただ、それを知り、扱えるようになった時にどう使うかが問題となる。
「元より私たちの生きる世界とは先人たちの積み重ねと努力の結果でした。そして次の世代へとバトンを受け渡すものでもあった。
とはいえ、ここまで重たいバトンは久しぶりな気がしますね」
「認識していなかっただけでしたからね。まあ、だからこそ実際に意識したとたん、重さを感じてしまうわけです」
ましてや、と辻堂は続ける。
「この世界が『そういう世界』であると---スパイを主役とする世界であると分かっていますからね」
「ええ。さらにはローマ以来の覇権国家であるアルビオンと真っ向から相対できるもう一つの覇権国家である。
つまり、我々の行動如何が世界の未来がどうなるか変える立場に否応なく置かれているということも厄介です」
「ナンバーツーじゃぁいけないわけですね」
「否応なくこちらが上にならざるを得ないようですからね……」
「まあ、仮想敵になってくれる2位がいるのはありがたく思うことにしましょう」
「流石嶋田さん、世界を俯瞰するのには慣れていますね」
「……誰のせいなんだか」
「んんっ!ともかく、次にやるべきをやるとしましょうか」
咳ばらいをしてごまかした辻堂は、そそくさと案内役について部屋を出ていった。
アメリカを打ち倒す戦争指導を成し遂げ、覇権国となった日本国の宰相として辣腕を振るった神崎は、無茶ぶりをされたことは一度や二度ではない。
その中には協力してくれたとはいえ、辻堂やその他夢幻会メンバーからの要請も結構あったのだ。
如何に宰相であり夢幻会の一押しとはいえども、なんでも願い事をかなえてくれる不思議なポケットなどを持っているわけでもない。
(また潤滑油にされるのか……)
ただでさえ大陸国家であるのに加え、大日本帝国の領域は極めて広く、さらには夢幻会のメンバーも多い。
これは酷使されそうだと、遠くはない未来を想像し、神崎はそっとため息をつくのであった。
825:弥次郎:2024/06/06(木) 00:09:53 HOST:softbank126036058190.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
日本の各所に、いろいろな形で夢幻会の書庫や記録室、あるいは資料室などが存在しています。
史実では遺失したものとか、稀少なものであるとか、当時の技術では作れないものの資料とか、
先人たちの知識が残されているわけです。
平安時代から活動が明確にあるんだから、こういったモノはごろごろと転がっております。
だけど劇物どころじゃないから、厳正に管理されており、一部では夢幻会メンバーにも秘匿されています。
知っている人間が多いほど、漏洩する可能性が生まれますからね。
ついでにミームと、そしてそれを残した人々の遺志(センス)についてを…
誰かが語り継いでくれるであろう、受け継いでくれるであろう、ジブリで言えば「せっ記」でしょうか。
このSSもまた…
最終更新:2024年09月08日 13:48