896:ひゅうが:2024/07/29(月) 01:45:10 HOST:KD111238242244.au-net.ne.jp
オーストラリア連邦共和国国防海軍 反応動力(原子力)航空母艦「キャンベラ」級
全長:470.2m
船体幅:60 m
最大幅:112m
喫水:20m(満載時 過積載時20.3m)
基準排水量:28万5663トン
満載排水量:35万8775トン(2077年開戦時)
搭載機数:有人機120機前後(平常時) 150機(2077年開戦時)
UAV200機(2077年開戦時)
武装:127ミリ電磁砲単装3基3門
スタンダード(日本帝国海軍58式改六型)中距離艦対空ミサイル発射機12連装2基
カンガルーRAM(日本帝国海軍39式)近接防空ミサイル発射機24連装8基
ナマルゴンレーザー発射機(8メガワット級自由電子レーザー)連装8基
12.7ミリ単装機銃4基
同型艦:「キャンベラ」「クイーン・エリザベス2世」
【解説】――オーストラリア国防海軍がはじめて独力で建造した反応動力航空母艦
建造にあたっては日本海軍の有形無形の技術協力のあった前級の「クイーン・エリザベス」と異なり全てが独力で実施されており、また同国の軍艦建造基準、通称「トレスマックス」を無視して建造された初の軍艦でもあった
2065年度海軍補充計画により建造が決定され、2072年に1番艦「キャンベラ」が就役
翌2073年に2番艦「クイーン・エリザベス2世」が就役
巨艦であることから建造予算確保が難航したことで3番艦「シドニー」も建造中であったが2077年の最終戦争勃発に伴い建造8割で停止(のち解体)
2隻ともが最終戦争においてはオーストラリア国防海軍第1および第2艦隊旗艦として奮闘し侵攻してくるアメリカ合衆国艦隊を迎撃しきり第2次世界大戦時の同名艦(厳密には2番艦とは異なる)と同じ武勲艦としてオーストラリア国防海軍の絶頂期を今に伝える記念艦となっている
命名は、同国の首都と共和国成立時から長くオーストラリア臨時大統領兼英連邦総督をつとめた女性の名にちなんでいる
【前史 オーストラリア連邦共和国成立】――オーストラリア連邦共和国はその船出から波乱に満ちていた
1939年に勃発した第2次世界大戦の開戦時においては、オーストラリアはれっきとしたウェストミンスター条約におけるイギリス連邦下で同じ国王エドワード8世をいただく英連邦王国であった
しかしながらエドワード8世は即位こそしたものの非公認の愛人であるシンプソン夫人の強い影響を受けた親ドイツ派であり、同盟国の大日本帝国から再三の警告にも関わらずポーランドへナチス・ドイツ軍が侵攻した時にも宣戦布告を許可しない優柔不断ぶりを発揮
結局参戦したのは1940年のフランス瓦解時、それもパリ陥落以後という体たらくであった
この段階において親日的傾向が極めて強くなっていたオーストラリア(すべては19世紀末に大日本帝国が同国西部において極めて有望なのちにマウントホエールバックと呼ばれる鉄山を発見して以来経済的蜜月関係が続いていたことによるものだった)は事実上の総動員を開始
緊張緩和名目で整備が半分程度しか進んでいなかった防空網が押し破られ英本土上陸が確実になった1941年にはある程度の戦力が動員完結しつつあった
しかしながら英本国はフランス派遣計画のために開始された動員がようやく完成した英陸軍とドイツ軍が血で血を洗う激戦を展開する状況にあり、いくら強力な英海軍が存在していたとしても陥落は時間の問題
この段階においてエドワード8世は最悪ともいえる行動に出る
王位を投げ出した挙句、自分は最初から戦争に反対していたとして降伏文書への署名を弟のジョージ6世に押し付けたのだ
屈辱に耐えて臨時首都エディンバラで署名を行ったジョージ6世は、英国民からの怨嗟の声をバックに戦犯としてドイツに送られ急速に体調を悪化させた挙句1944年に栄養失調(意図的であるとの説もある)で崩御した
897:ひゅうが:2024/07/29(月) 01:46:12 HOST:KD111238242244.au-net.ne.jp
この暴挙を見た英連邦諸国の反応は様々だった
カナダは怒り狂ったが、インドは当時の大英帝国の苛政から民衆の喝采が上がった
だが最も怒り狂ったのは、国内の反ドイツ派の人々、もっといえばウィンストン・チャーチル卿と英国議会の人々であったろう
彼らは、大英博物館からの略奪に夢中になっているドイツ軍が油断している隙に、こちらも非常の手段に出る
親ドイツ派であるがゆえに首相の座に据えられていたロイド・ジョージが抗議の自決を敢行した上で閣僚全員が辞表を提出
「任命するべき新たな国王が即位宣言を行っていない」こといいことにロイド・ジョージ内閣の最後の命令として英海軍および政府組織の英本土脱出と同盟国である大日本帝国への援助を要請したのである
こうして、第二次世界大戦ははるか
アジアに加えて北米大陸に飛び火する
チャーチル卿がトロントで大英帝国臨時政府の設立を宣言したときには、そこにはようやく派遣が叶った大日本帝国遣欧第2艦隊の主力戦艦群がロイヤルネイビー本国艦隊と行動を共にしていたからだ
そして、チャーチル卿は苦渋の決断を強いられる
降伏文書に調印したジョージ6世の妻子の処遇として、遠く太平洋を選ばざるを得なくなったのだ
ジョージ6世にかわる国王として先々王ジョージ5世の第4子ケント公ジョージ(エドマンド3世)が即位していたこともあり、保守派から疎まれていた彼女たちはオーストラリアへ事実上の流刑にあうことになった
長女のエリザベスはこのとき16歳
妹と母が大日本帝国へ事実上の人質として赴くことになるなど、彼女にとっては不運な時代であった
さらに時代はオーストラリアに変化を強いる
事実上、大英帝国が軍門に降ることになったアメリカ合衆国のフランクリン・D・ローズヴェルト大統領と自らの勢力圏を広げることに熱心だったソ連のスターリンの挟み撃ちにあっては日英同盟も分が悪く、各植民地の完全独立を欧州からの亡命政府ともども要求された上に結局は「大英帝国の死亡証明書」といわれるボストン条約(わざわざこの場所を指定するあたりローズヴェルトの対英感情がうかがい知れる)に署名し、実質的な植民地諸国の「完全」独立を認めさせられることになった
これに対してチャーチル臨時政府は大英帝国の心臓部であるインドおよび中東における英国利権こそある程度死守したものの、合衆国資本にインド利権の半分以上(進駐していたイランにいたってはほぼすべてを)を明け渡さざるを得なかった
そのため、大英帝国流の分断し統治するをついに心臓部に対して実施することになる
インドの「高度な自治連合国家化」がそれである
インドは当初の2分割案ではなく実に8分割され、ついに最終戦争までまとまった巨大勢力となることもなく形だけは英連邦に留まり続ける未来が確定したのであった
閑話休題
このチャーチル流分割統治に加えて、チャーチル卿は同盟国のさらなる助力を得るべく思い切った手段に打って出た
自国だけでなくカナダへ行動を共にしてきた欧州の臨時政府群に働きかけた上で、勢力圏を実質的に大日本帝国に売り渡すことで大日本帝国を大戦に深入りさせ、巨大すぎるアメリカ合衆国と競わせることにしたのである
これに伴い、先行して太平洋上の大英帝国領土において独立ラッシュが発生
はた迷惑なことをと頭をかかえる日本政府首脳をよそに、困惑顔の大日本帝国陸海軍将兵は東南アジア各地に進駐
慌てたアメリカ軍が動き出す頃には、シンガポールはもとよりマレー半島やインドネシアに日章旗がユニオンジャックとともに翻っていた
898:ひゅうが:2024/07/29(月) 01:46:55 HOST:KD111238242244.au-net.ne.jp
そうした時代のうねりの中、オーストラリアも決断を迫られた
というのも、押し付けられた形になっていた先王の長女エリザベスはその若さに加えて献身的な言動ともとは流刑地であったせいか本国崇拝(とコンプレックス)が強かったオーストラリア人の精神をがっちりと掴んでおり、英本国の体たらくへの失望にかわってエリザベス即位待望論とでもいうべきものが沸き起こっていたのであった
時のオーストラリア議会は紛糾する
条約に従い共和国として完全独立し英本国との政治的関係を断つか、それとも英臨時政府への反逆に等しいエリザベス即位待望論に基づきオーストラリアを「王国」として実質的に王家を割るか
だが、徹夜での討論で頭が湯だっていたらしい議員の叫びが、歴史を動かす
「そんなにプリンセスを即位させたいなら大統領にでもなってもらえ!」
何をバカなと思った議員たちだがよくよく考えてみれば名案である
国家元首職である大統領は象徴的な地位になるはずであった。なぜならば同じく象徴的な存在であった英本国から派遣されてくる「総督」をそのまま大統領にスライドさせるつもりで議会の共和派も議論を進めていたからである
しかも、「独立」時の大統領は時の総督が就任する予定であり、くだんの総督はオーストラリアの慣習によって首相が推薦し英国王が承認するという形をとっていたためである
ということは、独立後の「臨時大統領」と「英連邦総督」という二つの名誉職をひとつの人格が占めることには前例以外の何の問題もないのである
おまけに、英国王に対して忠誠を宣誓する形になることから英臨時政府のチャーチル卿らにとってもメリットはあった
王家は一丸となってナチスの侵略に対抗するという絶好のプロパガンダとなる上に、上下関係が確定することで継承問題という厄介なものから彼らは解放されるからだ
(エドマンド3世が即位を宣言したのは、英国の王位継承法に違反していた。だが一時的に評判が地の底に落ちていたジョージ6世の娘を即位させるわけにはいかなかったのだ)
とはいえことは極秘に進めなければいけない
この企てをアメリカ人が知ってしまえば、確実に「大統領選挙」という頭の痛い話を押し付けてくるに決まっているからだ
1942年6月5日午前7時22分
オーストラリア議会はのちに合衆国メディアに「魔の5分間」と呼ばれるわずか5分間の動議によってオーストラリア連邦共和国の成立と臨時大統領にプリンセス・エリザベスを選出することを決定
あわせて、英連邦総督として同人をカナダの英臨時政府に推薦することを決議した
かくて、オーストラリア連邦共和国の歴史は始まった
まさかこの後、80年以上にわたって同じ元首をいただき続けることになるとは、このときは誰も知らなかった
909:ひゅうが:2024/07/29(月) 11:32:06 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
続きです
【前史 戦後とオーストラリア国防海軍設置】――よく知られているように、1945年8月6日のベルリンへの警告的な初期型原爆投下から3日の猶予をあけたうえでミュンヘン、ドレスデン、ケルン、フランクフルトなど合計12都市および3拠点に行われた強化原爆攻撃によりドイツは国家としての組織抵抗能力を喪失
9月2日のヒトラーの総統官邸での自決によって第二次世界大戦は幕を閉じることになった
ドイツ本土への進撃前に行われたこれら核攻撃によって侵攻主体となったアメリカ合衆国軍および英軍の損害は大幅におさえられ、それまでの激戦が嘘のように両軍にわずか16万名程度の死傷者(知識不足による放射線障害含む)が生まれたのみであった
対するドイツ側は悲惨の一言で、たった半月で220万人が死亡、ドイツ軍将兵180万人がこれに続いた
そしてそれに倍する人間が同じ運命をたどることになる
2000万人を超える犠牲者を出していたソ連などが唖然として見ていたくらいである
この「大勝利」が特に使用した
アメリカにもたらした影響は激烈だった
ともかくも犠牲を極限まで抑えて戦争に勝利できる神の兵器としてだけではなく、それを持ったがゆえの謎の全能感が戦後のアメリカを支配し、軍備は空軍の早期独立にはじまり核兵器偏重という形で再構築された
続いて自らもたらした惨禍が明らかになるにつれてそれから目をそむけるように核エネルギーの積極的な民生への活用が図られ始めたのである
が、新たに英国および日本陣営に属することになったオーストラリアにとっては当初はあまり関係がなかった
派兵した15万の将兵は大きな損害を受けつつも祖国へ凱旋
本土奪還以後に正式な大英帝国政府へ格上げされた臨時政府からの褒賞として与えられた「クイーン・エリザベス」級戦艦の「ウォースパイト」と日本製の航空母艦「オーストラリア」を中核とした海軍も歓喜の声の中迎えられた
本来は、臨時大統領兼英連邦総督である姫君に配慮したチャーチル卿の計らいで貸与されていたネームシップの「クイーン・エリザベス」もいるはずであったのだが残念ながら彼女は終戦直前にバルト海で戦没している
だが、オーストラリア連邦共和国政府としては頭の痛い問題が待ち構えていた
1945年の太平洋は、アメリカと大日本帝国という二大海軍国家のバスタブである
旧式なものを含めれば30隻を超える戦艦 小型のものを含めれば100隻以上の航空母艦がひしめく場所なのだ
そんなところでたかが旧式戦艦1隻と中型航空母艦1隻を持ったところで象徴的な意味しかなく、むしろ乗員をとられるだけすこぶる無駄な出費でしかなかった
普通はここで開き直って対潜護衛部隊を複数整備して航路防衛用の実用的な艦隊を3つは整備できるのだが、それだけの人間が「主力艦」とその護衛にとられてしまうのだ
そして海軍当局はもちろん政府もわかっていた
「この気前のいい譲渡は、戦時には英本国の指揮下で運用される戦力を外にプールしておく上に、実質的に日本陣営入りしているオーストラリアに独自行動を起こさせないための楔である」と
オーストラリア政府は逆にこれをうまいこと利用することにした
オーストラリア連邦共和国軍という名の無味乾燥な名前であった軍に、新たに「国防軍」という名称を付与
さらに憲法を改正して「対外侵攻への不参加」を明文化して「必要最低限度の自衛力を保持する」ものとしたのである
あっけにとられた英本国に対し、オーストラリア国民の意思を代弁した臨時大統領兼英連邦総督はこう言い放った
「わが国の平和への意思を明文化したまでに過ぎませんわ。私はあくまでも国王陛下の臣下に過ぎません」
そして戦後になっても「臨時大統領」と「英連邦総督」の地位から退こうともしなかった意思を明確化した
910:ひゅうが:2024/07/29(月) 11:32:51 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
彼女は、数年前に当の英国民から受けた仕打ちを忘れることはなく、また恩義があるチャーチル卿ならまだしも共和派が多数を占めている労働党政権がお義理で出した帰国要請に従うつもりなどさらさらなかったのだ
そしてオーストラリア政府は彼女の立場をある意味利用して、兵力不足の英本国があてにしていた大西洋やオーデル川のソ連との境界線への兵力配備要請を袖にしてのけたのだった
いぶかしむオーストラリア国民を前に、臨時大統領はこうスピーチした
「これでわが国は平和の海に抱かれて国を富ませるという偉大な事業に邁進することができる」と
つまりは軍事へかける資金を必要最低限まで抑えた上で国力整備に集中的な資本投下を行いオーストラリアを経済発展に邁進させる、それが彼女と政府の意思だった
海軍的には、ただでさえ少ない資金をそれも戦艦と空母の維持にとられるからよほどのことでないと海外展開することはなく、しかも憲法的な縛りがあるから無理という実に白々しい宣言である
そしてこの抜けた穴は、盟主格を押し付けられた形の大日本帝国の派遣艦隊が駐留艦隊となって埋める
抗議する英本国に対して臨時大統領はこう述べた
「あら?特別な関係にある英本国に配慮して軍の名前を残しましたのに。もともとは『自衛隊(セルフ・ディフェンス・フォース)』か警察力の一環として『警察予備隊』と名付ける予定でしたのよ?」
どこかの並行世界の住人たちが「お前それ吉田ドクトリンパクっただろ!誰から聞いた!!」と罵声を浴びせそうな話であるが真偽は不明である
ともあれ、オーストラリア国防海軍はこうして当初は日陰者の身として出発することになった
いかに主力艦を持っているといっても国力からいってそれをさらに発展させることができないからだ
彼らに求められたのは、いわば「華」としての役割だった
臨時大統領は、一時本国に戻りつつもそのまま大日本帝国へトンボ帰りした母と妹が大日本帝国の政財界に培った伝手をたどってこれら主力艦の日本での格安整備を請け負わせる
空母「オーストラリア」は、もともとが日本の「翔鶴」型航空母艦であることを理由にして、続いて戦艦「ウォースパイト」は戦間期の日本本土で大英帝国艦艇が補給と整備休養を行っていたことを前例に出したのである
行きがけの駄賃として輸入関税や鉄鉱石輸出枠と引き換えに行動用の石油の格安融通を約束させてからは早かった
フリーハンドを得た臨時大統領は、これら艦艇を用いた全世界親善訪問航海に乗り出す
日英ともに本国が気付いたときにはもう遅かった
平時の海軍は最大の任務としてパワープレゼンス、つまり国威の象徴として存在する
戦時に役に立ちようがないなら開き直ってこれに全力投入すればよいと、彼女をはじめオーストラリア政府は割り切り、そして見事に成功した
「親善訪問」として10年ぶりに英本土へ至った戦艦「ウォースパイト」を前に艦列を組む斜陽のロイヤルネイビーの姿は、「まるで『女王陛下』を前にした観艦式のようであった」と長く語り伝えられることになった
911:ひゅうが:2024/07/29(月) 15:01:47 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
【前史 冷戦とオーストラリア連邦共和国】――「バルト海のケーニヒスベルクから地中海のニースまで、ヨーロッパに鉄のカーテンがおろされた」という演説に象徴されるような冷戦、すなわち米ソ対立が開始されたのは戦後ほとんどすぐであった
第二次世界大戦後の世界分割の中でスターリンが欲張りすぎたがためとも、米軍がソ連を矢面に立たせつつ原爆によって一気に「ソ連が賠償を取り立てるべき」ドイツ本土を焼き尽くしたがためともいわれる感情的対立は、けだし前者の方が正しいであろう
まるで回転ドアのようにドイツ本国になだれ込んだ米英軍主力に対してソ連軍はどさくさに紛れた対ソ参戦に失敗したトルコともはや何がなんだかわからない状態になっているユーゴスラビアを引きつぶし、ハンガリーを一蹴したあと北イタリアに到達してムッソリーニを人民裁判にかけたあとでそこに居座った
終戦時にはオーストリアの過半まで到達しウィーンで略奪を働こうと突進したところをフランスから急進してきた日本軍と同士討ちまで演じている
こうなると、もはや大英帝国の欧州での海洋覇権は失われていた
ソ連海軍は東地中海どころか、フランス・イタリア国境にすら到達したことで西地中海に拠点を設けており英国の海上交通路をいつでも引き裂ける位置に陣取ったからだ
これに対して、6月の総選挙でチャーチルが退陣した後の労働党政権は後手に回るどころかモスクワの長女っぷりを発揮して一部が便宜を図る始末であり、さらに本国へ帰還した直後に女遊びにうつつを抜かしていたと書きたてられたエドマンド3世への国民の失望感は戦後すぐの英本国にひとつの事実を思い出させた
「植民地へ追放した姫君がおられるじゃないか」
残念ながらジョージ5世が生んだ子女のうち内気な3男グロスター公ヘンリーは英本土決戦中に上空からの機銃掃射を受けて戦死しており、ほかに目立った王族はいなかったのである
これに対するオーストラリアの反応は激烈だった
自分たちが石もて逐ったはずの「おらが国の姫様」に掌を返す英本国に対する感情的反発はすさまじく、これを機に本国とオーストラリアとの心理的距離は徐々に開いていくことになる
臨時大統領エリザベスとしても英本国の王になる気はさらさらなく、自らが名誉職であることをいいことに「世界親善航海」に同乗した際に立ち寄った英本国ではついには英本土には一歩も足を踏み入れず、艦上を訪問した叔父のエドマンド3世を礼を尽くして迎えるだけだった
こうした政治の流れはオーストラリア国防海軍にも及び、戦後すぐの海軍航空隊の主力機選定に大日本帝国海軍の「陣風」が採用されるなど兵器の脱本国化が急速に進んでいく
通貨がオーストラリア円に名称変更されたのもこの頃だ
そして1950年代に入ると、分断国家となったイタリアにおいてイタリア戦争が勃発するなど世界は緊張を深めていく
この時期になると、オーストラリア国防軍内部において極秘裏に核武装の検討が開始された
既に米ソと大日本帝国は核武装を成功させており、英本国においても大っぴらに核開発が進行していた
そして兵力的には敵陣営のソ連(当然だ。あいつらがロマノフに何をしたのか忘れたとはいわせない)と潜在的仮想敵国となっているアメリカ合衆国に対し圧倒的に劣るオーストラリアにとり核武装の選択は魅力的だった
なにしろ大日本帝国に安価に核燃料の原料を供給しているのは当のオーストラリアなのだ
当初はアメリカのごとく空軍による運用を考えて原子力開発を推進していたオーストラリアだったが、予定していた原子力航空機用の小型高出力炉実験機がメルトダウンを起こしてからは、大飯食らいと揶揄されていた海軍に役目がまわってくる
(大陸間弾道弾開発はまだ産業の未成熟なオーストラリアには遠い代物とされた)
912:ひゅうが:2024/07/29(月) 15:02:27 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
1957年、オーストラリア国防軍は大日本帝国海軍の協力のもとで航空母艦に核兵器運用能力を付与
自国の核開発を待たずに核弾頭共有協定という方法をとることで国内外からの批判をかわしつつ実質的な核武装を達成したのであった
なお、当の大日本帝国は呆れていた
オーストラリア国防海軍が目指していたのは、どこかの並行世界の大日本帝国海軍が策定した「漸減邀撃作戦」そのものだったからだ
ただし絶対的な兵力不足を核兵器の積極的運用で補うこととしており、言い方を変えれば「戦術核の積極的使用で敵艦隊を蒸発させる」ことを考えていたのだが
この時期のオーストラリアは高度経済成長期に入っていた
インフラの更新時期にきた大日本帝国本国の急速な需要増大で得られた膨大な利潤を、政府肝いりで「内陸部緑化計画」につぎ込み、さらに不景気が止まらない英本国からの大量の移民の波を受けた人口増大が続いていたためである
さらには1920年代から半世紀近くも続いている中華大陸における内戦状態からの恩恵は日本だけでなくオーストラリアにまで波及をはじめていた
どさくさに紛れて分断状態になっていた北東アジアにおける大日本帝国の工業的ライバルだった満洲が米ソの第二の代理戦争「満洲戦争」の舞台となってからはその傾向はより顕著になった
既に1930年代の中華大陸を彩った国民党の蒋介石総統も、共産党の毛沢東も互いに暗殺の凶弾に倒れており、カリスマ的指導者のいない中華大陸が誰もが疲れ切るまで続く内乱状態であったのに対して満洲は熱い戦争だった
本国の政争から追放される形で北側についた元共産党の彭徳懐は南側の満洲国軍をゲリラ戦術で翻弄し1975年にはついに奉天陥落によって満洲をその手におさめたほどだった
この間、合衆国軍は核兵器偏重でありながら大日本帝国勢力圏間近であることから核使用を自粛したことでついに攻めきれず、月面着陸のどさくさに紛れてついに撤退に舵をきっていた
1960年代末になると、オーストラリアの高度成長は一段落し、一方で国自体が大きな曲がり角にさしかかりつつあった
無尽蔵の鉄鉱石を日本亜大陸群へ送る大船団の補修という形ではじまった造船事業は軌道に乗り始め、戦中にアヴロ・カナダの分社として設置されたアヴロ・オーストラリアは小型機ではあるが地方コミューター用の旅客機の独自設計と製造すら可能にしていた
自動車産業こそ世界の頂点へとひた走る日系自動車メーカーの下請けという形に甘んじていたが裏を返せばそれができるだけの工業力が育ちつつある証でもあった
何より、第一次産業である鉱業だけでなく、農業が急伸していた
内陸部への大規模な海水導入によって可能となった水蒸気の蒸発とそれに伴う荒野の緑化は、ともすればコメ偏重なアジアにおいて小麦の需要を大いに喚起
満洲戦争のアメリカ軍向け輸出としてはじまった小麦輸出は、乱開発に伴う地下水くみ上げが制限なしに続いた北米農業が生産量を減少されるのにかわってアジアの需要を埋めていき、のちに「太平洋の穀物庫」とうたわれる一大穀倉地帯を構築するに至っている
この需要がオーストラリアの成長を後押ししたのだった
だが、これらを支えるインフラの構築が一段落したときにオーストラリア人たちは考えた
「坂の上の雲をつかんでしまったあとの我々は、いったい何をすればいいのだ?」
それは、数十年ぶりの政治の季節の到来だった
913:ひゅうが:2024/07/29(月) 15:31:01 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
【前史 転換期 1969年】――1969年、世界中で同時多発的に若者たちの「反抗期」もとい大規模騒乱が頻発した
大戦世代にかわって戦後生まれの若者たちが社会に出始めるにあたって始まったこれら反応の波はオーストラリアにも飛び火した
当初は満洲戦争の激化に対しアメリカ軍に食料を供給している自国への反対というお題目が掲げられていたのだが、次第に反発の対象は祖国のすべてに拡大
工業と農業偏重で環境保護にはどちらかといえば不熱心な政府に対しついには暴徒化した若者たちが経済的中心のシドニーや首都キャンベラでも暴れまわった
これらに対してオーストラリア政界は紛糾する
折しも、オーストラリア議会では更新時期に入った国防海軍の航空母艦および戦艦の代替として何を選ぶかという議論が白熱していた
独立以来27年にわたって政権を担っていた与党に対する反発からか、原子力潜水艦に弾道ミサイルを搭載することでの戦略的攻撃力の整備を実施し海軍を水上艦隊から水中艦隊にすべきという論理には一定の説得力があり、これに対して与党側からは対艦攻撃能力の不足という主張が繰り返されていた
これに対して、暴徒化した学生たちは口々にラブ&ピースを叫び、核の全廃という夢想を口にしていた
しかも満洲戦争でアメリカ軍が濫用していた怪しげな化学物質や明らかに麻薬である危険な薬物を摂取した者(完全に横流しであった)多数であったことからいつ議会や政府に乱入されてもおかしくはない
手詰まり状態に陥ったオーストラリア政府の前に現れたのは――臨時大統領兼英連邦総督だった
数時間後、猛る暴徒の前に現れた臨時大統領兼英連邦総督は、若者たちに政府の決定を伝えた
「オーストラリア国防海軍は水上艦艇から核共有中の核弾頭を撤去する」
勝利に湧く学生たちに対し、間髪入れず彼女は突き付けた
「諸君の間に残念ながら裏切り者が存在することを、私は天にかわって告発しなければならない」
彼女の手にあったのは運動の中でもとりわけ過激な一派に加えて運動の中心であった全オーストラリア学生総連合の中核メンバーにソヴィエト・ロシアからの大規模な資金供与がなされていたという報告書であった
驚愕した最前列の中心メンバーが面目を失う中で彼女は叫んだ
「行きましょう。共に!」
あらかじめ仕込まれていたサクラが暴徒の中で共感を叫ぶとともに、暴徒は「国民」になった
実のところ彼女は、この数時間前に全オーストラリア学生総連合と政治的取引を済ませていた
国防保安法に基づく検挙を差し止めるかわりに、内部に入り込んでいたソ連の犬を排除せよ
さもなければ戒厳令に基づく動員と治安出動も辞さない
ただし覚悟せよ
その場合の最高刑は反逆罪での極刑である
今度ばかりは容赦せぬ
この取引に、彼らはのった
たちまち「国民」たちは元きた道をとって返し、運動の総本部を取り囲む
にっちもさっちも行かなくなった一部学生たちが立てこもった大学講堂が鉄球で打ち壊される光景が、この混乱の終わりを象徴するような光景となったのだった
915:ひゅうが:2024/07/29(月) 16:44:14 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
【前史 国産航空母艦】――1969年騒乱がオーストラリア国防海軍にもたらした影響は甚大だった
原子力弾道ミサイル原潜の配備とともに空母からの核兵器投射が否定されたことにより、国防海軍は新たな戦略構築を余儀なくされる
とはいえ救いもあった
大統領兼英連邦総督が明言したのは核兵器の「撤去」であって「能力の不保持」ではなかったからだ
彼らはなんとか思考を巡らして海軍としての命題と実用性を両立しようとした
「なるべく大きな船体に強力な攻撃用誘導兵器を搭載し、いざというときの核攻撃能力も持たせた艦を作ろう」
こうして検討が行われた結果、1970年初頭、「キャンベラ」にかわる初の航空母艦のオーストラリア国内での建造が決定された
まずは大日本帝国との同盟に加えて近隣で頻発する災害に対する援助や離島への戦力展開のために必要性が叫ばれていた強襲揚陸艦の建造で経験を積み、関係が冷却化していた英本国にかわってがっつり組んでいる大日本帝国海軍の協力のもとで初の航空母艦を建造する
計画完了予定は1980年代初頭
これまで大型タンカーや1万トン級の軍用輸送艦の建造を経験していたオーストラリア造船界にとって初の挑戦であった
こうして1975年、強襲揚陸艦「ブーゲンヴィル」が就役し、その3年後の1978年に建造が開始されたのが通常動力型の6万トン級航空母艦「メルボルン」級だった
本級は簡単にいえば日本帝国海軍の「加賀」型反応動力航空母艦の縮小型の艦形をしており、「オーストラリア」では限定的だったアングルドデッキを当初から装備している
従来の1.5倍近い排水量の巨大な艦となったのは艦載機の大型化が理由とされた
というのも当時国防海軍が考えていたのは、艦上における双発の早期警戒機の運用だったからだ
裏の目的の都合上、日本本国で開発された超大型空母用の早期警戒機の採用がそれだけ基準排水量を増大させるのに好都合だった
同時に整備を開始したこちらも日本大国海軍の「剣」型巡洋艦の縮小型(実際、防空システムは日本製からの供与となった)となる「パース」級ミサイル巡洋艦や「アデレード」級ミサイル駆逐艦の存在もあり、オーストラリア国防海軍の近代化はこの時期一気に進展する
これまで攻撃力偏重気味だった国防海軍はようやくまともな艦隊防空システムを手にすることができたのだった
だが、通常動力であったことと核攻撃を考慮した艦であったことはこの新鋭艦に大きな不満の種を残すことになってしまった
この時代の空母機動部隊は、満洲戦争の戦訓から対地攻撃のために沖合に腰を据えた上で大量の弾薬を一気にではなく継続的に前線に供給することを要求されており、彼女の船体では持続時間が短くなってしまったのだ
当初から反応動力化を推奨していた日本側の言い分がようやく分かるのは、もはや定例となった定期世界周遊において日本海軍と合同演習を行ったときだった
大統領兼英連邦総督が観閲する中、折り悪く燃料残量が少なくなり重心が上に上がった「メルボルン」は台風通過後のうねりの残る海域で弾薬不足により撤退するという醜態を見せてしまったのである
これでは、核攻撃以外は議会や国民向けのお題目として掲げた「遠距離の海上に早期警戒機を展開し防空戦闘の一助となる」くらいしかできることがなくなる
そこで1990年代半ば
早くも後継艦の計画が上がり始める
もはや意地で岸壁に残していた練習戦艦「ウォースパイト」を記念艦へと移行させることで空いた枠に、「メルボルン」と2番艦「シドニー」に続く3隻目の航空母艦をあてるのだ
916:ひゅうが:2024/07/29(月) 16:44:52 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
【前史 反応動力空母】――1998年、オーストラリア国防海軍は新航空母艦の建造を発表
今度は反応動力艦だった
今度もまた、反応動力の運用にあたっては先達である日本海軍に支援を求め、快諾されている
このとき検討にあたって問題になりはじめたのが、いわゆる「トレスマックス」問題だった
日本海軍が運用する最新の反応動力航空母艦「扶桑」型は11.3メートルから12.3メートルの最大喫水を持つ
オーストラリア北端からニューギニアの間に拡がるトレス海峡は、広大なサンゴ由来の砂州が広がり最も浅いところでは水深5メートル
最深部でも15メートル程度しかないのである
そして、トレス海峡の中でも大型船舶が通行可能なプリンス・オブ・ウェールズ海峡は静的喫水12.2メートルまでの船舶の通行が許可されるという微妙な線上にあった
ここを通れない可能性が出てきたのである
もしも通れなければ、広大なオーストラリア大陸の西岸から東岸へ移動する際はわざわざニューギニア島の北側を回り込むか、南方の南極海から大回りをする必要があった
同時にそれは、海峡南端にある都市ダーウィンを孤立させることを意味していた
そんなことはできない
オーストラリア国防海軍は日本側の艦政本部の協力のもとで改設計を行い、涙ぐましい努力の果てに最大喫水12.2メートルのラインに何とかおさめることができたのだった
こうして設計された基準排水量9万トンの新型空母は退役する戦艦の名をとり「ウォースパイト」と名付けられ2005年に就役
4番艦の建造計画もあったが、当時の比較的安定した国際環境もあって延期が繰り返された
917:ひゅうが:2024/07/29(月) 16:45:33 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
【前史 21世紀前半からエネルギー危機前の世界】――2025年、実に83年の長きにわたりオーストラリア連邦共和国臨時大統領兼英連邦総督として君臨した女性が死去した
これを受けて喪に服すオーストラリア連邦共和国だったが、すぐに現実に引き戻される
彼女の死去により、今や世界の穀倉となりつつあるオーストラリアを日本陣営から「奪還」すべくアメリカ合衆国政府が表裏ともに策動を開始したからである
既に力を失って久しい英本国はオーストラリアに任せると表明する以外は何もできず、猫なで声で経済危機の真っただ中のソ連が、ついで未だに1950年代のままの光景が広がる大陸のチャイナまでもが動き出した頃にはオーストラリア国民のだれもが自分たちの立ち位置を表明する必要性を認識していた
既に半導体締め出しに代表されるように日本陣営とそれ以外との技術格差は天文学的なレベルに達しつつあり、合衆国の名だたる大企業たちが舌なめずりして見守る中でオーストラリア議会は米ソ中の三国が要求する「国民の直接投票による大統領選出」を表明
嬉々として干渉する大資本や外国権力をよそに選出されたのは、「彼女」の息子だった
激怒した三国が罵り声を上げて再投票を要求する中、再集計が行われても結果は変わらなかった
何しろ圧倒的な差だったからだ
この時をもって、オーストラリア連邦共和国は完全に日本陣営としての立ち位置を明確化
米国資本の影響力が強まり続ける英本国からの移民を除いて他陣営に対する態度を完全に硬化させていった
この頃、建造から40年が経過した「メルボルン」級空母の代替艦建造が俎上に上がり始める
オーストラリア国防海軍は今度も、日本海軍へ協力を要請
今度は最新鋭航空母艦「大和」型をタイプシップとして建造が実施された
船体規模は「ウォースパイト」と同等であったが、緊迫化する国際情勢もあって個艦防空能力が強化されていった
船体規模は若干大型化されたが、基本的にこれらは居住環境の強化に使用されている
ここでひとつの問題が巻き起こされる
国民への意見募集により選ばれることとなった艦名に、「クイーン・エリザベス」が多数を占め始めたのである
これはもちろん英本国の処女王エリザベスのことではない
もしも前大統領が即位していたら、そして偉大な初代大統領を記念したいとするオーストラリア国民の願望の表現型だった
もしも即位していたら「オーストラリア国王エリザベス1世」になっていたのだから「クイーン・エリザベス」というわけだ
だが、かろうじてではあるか関係が断絶していなかった英本国に対する配慮から新空母は「ヴァリアント」「レゾリューション」(両方とも形容詞)と名付けられてお茶が濁された
930:ひゅうが:2024/07/29(月) 20:12:04 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
2030年代の世界は、狂乱の時代となっていた
各国で石油の産出量が減少しはじめ、相対的に原子力依存が強いため輸出余力のあったアメリカ合衆国への石油依存度が上がっていく
産油国の経済は投機的な色彩を強め、世界経済は不安定化の度合いを増していった
この頃、オーストラリア連邦共和国ではひとつの決断が下されていた
これまで英本国との関係を重視する立場から初代大統領以来保たれていた「西太平洋条約機構には加盟しないながらも日本との一対一の同盟関係は維持する」とした「1to1原則」が撤回され、オーストラリアは大日本帝国が主導する西太平洋条約機構へと正式加盟を果たしたのである
というのも、時のアメリカ民主党政権はタカ派であり満洲戦争の屈辱を倍にして返すべくある凶行に手を染めていたからだった
永世中立を宣言し自らも多国間でそれを保証していた大韓帝国に対して干渉を実施、李朝に生まれた異端児を援助してクーデターにより他の皇族をパーティー中に銃を乱射させるという異常な行為をもってほぼ皆殺しにさせた後で極端な親米化路線と対照的な反日路線をとらせはじめたのである
もともと彼がおかしかったのだとも、ある日突然高熱を出した後で人格が変わったようになってしまったともいわれるこの人物は、冷静かつ論理を大切にする伝統をもったかの地の住人らしからぬふるまいからのちに「狂乱皇帝」と称されることになるのだがひとまずそれは置いておこう
問題は、1950年代のアイゼンハワー政権もかくやというべき露骨な謀略をアメリカが行使しはじめたことである
もはや抵抗する資本力も残っていない英本国はともかく、いまだに英連邦に残存していたカナダや、大統領交代時に露骨な干渉をされた経験を持つオーストラリア、そして地味ながらも干渉が日々強まっているニュージーランドは恐怖した
これまで中部太平洋で行われていたリムパック(環太平洋総合軍事演習)参加だけではもはや足りない
境界画定時のいざこざや、隣国同士の漁業権の問題であまりよい仲とは言い難かったインドネシア連邦との諸問題を棚上げしてでもここは旗幟を鮮明にする必要があった
2034年11月、オーストラリア連邦共和国はニュージーランドとともに英本国に対して英連邦総督の辞職と後継推薦の停止を通告
同月、西太平洋条約機構への加盟を公式に申請し満場一致で迎え入れられた
これによって国防海軍は、インドネシア領内の各海峡を同盟国として通過できることとなったために実質的に超大型空母を除いてほぼ行動の自由が確保されることになる
仮想敵国が、インド洋駐留およびハワイより来寇するアメリカ艦隊の2つに絞り込まれたからだ
しかもインド洋の米艦隊は、長年力でおさえこんできた親米国家イランの内乱と年中不安定なインド諸国の情勢に振り回され、身動きがとれていなかった
こうなると水深が浅い北部のカーペンタリア湾はオーストラリア国防海軍の秘密基地から西太平洋条約機構軍の一大泊地へと変貌を遂げる
出入口のトレス海峡の浅い水深と、アラフラ海のこれまた浅瀬の多い環境ゆえに、物理的に潜水艦の侵入はもとより脱出すら難しいからだ
こうなるとオーストラリア国防海軍としても戦略の変更を迫られる
それまでは1個艦隊が本土東岸から出撃して南太平洋に陣取り主要都市と侵攻艦隊の間に立ちふさがり、もう1個艦隊は本土西岸に陣取り状況に応じてトレス海峡まわりでの東岸増援を考慮するというのが基本構想であったものが、ニューギニア島南岸のポートモレスビーをはじめとする各港湾を転々としつつ広大なカーペンタリア湾をいかした機動戦を行うことが可能になるからだ
日本領西イリアンをインドネシアを気にすることもなく利用できる利点はいうまでもない
ゆえに、「プリンス・オブ・ウェールズ海峡(トレス海峡)浚渫計画」が具体化するのは早かった
931:ひゅうが:2024/07/29(月) 20:12:44 HOST:KD111238243068.au-net.ne.jp
アメリカは環境運動家による反対運動をもって妨害を企図したもののそれはかえって工事計画を後押しすることにしかならなかった
この点、オーストラリア国民は既に学習していたのだった
そんな時代、2035年に計画されたのが、「クイーン・エリザベス」級反応動力航空母艦であった
本級は日本海軍が建造に協力した最後の艦となったが、特筆すべきであるのは日本側にタイプシップがあるわけではなく、日本側が計画していた新鋭空母のテストベットとしての役割を持っていたことにある
人の手をほぼ完全に排除し、実用化されたばかりのアンドロイド(自動人形)によるメンテナンス以外では燃料交換も不要の原子炉と機関部
有り余る大電力を用いた120キロワット級レーザー近接防御火器
そして日本のお家芸となった冷媒不要な高温超電導リニアモーターを使用した電磁カタパルト
これらの技術に加え、オーストラリア国防海軍をはじめとした西太平洋条約機構諸国では「イージスシステム」と称される艦隊防空システムのさらに改良型までもが共同開発名目で供与され、搭載された
艦載機こそまだ共同開発とはいかなかったものの、三菱F/A-35(35式艦上戦闘攻撃機)「烈風」をオーストラリア側要望に従いエンジンやレーダーシステム換装を含むフルカスタムしたアヴロ・オーストラリア「ライトニング」が採用され、ライセンス生産のうえで搭載されることが決定している
一点豪華主義ともいうべき「ひとつの艦にいろいろ盛り込む」という悪癖もちのオーストラリア国防海軍らしい贅沢な艦だった
だが、これがオーストラリアはもとより、日本帝国にまで気に入られた
長期間海上行動をすることを前提としての個室化を進めたことで向上した居住性が、広い共栄圏であるがゆえに寄港地が多数存在するがゆえに若干手狭になり始めていた日本海軍の偉い人の心をとらえたのだ
艦内に新鮮な水耕栽培設備すら有しておりとれたてトマトやレタスが食卓に並ぶ様子を見た彼らは、いくつかの確認の末に大蔵省に向けて熱烈なアピールを開始した
それほど、艦内仕込みの出来立て味噌や醤油というものは魅力的だったのだろう
閑話休題
かくして新世代空母のタイプシップとなった「クイーン・エリザベス」級航空母艦は、その命名においてやはり英本国とひと悶着を起こす
「おめー、それうちの国の処女王もんだろ。英連邦加盟国といってもその名前使っていいと思ってんのか?(意訳)」
「これはオーストラリア領南極のクイーン・エリザベス・ランド(第2次世界大戦中にヴィルヘルム2世ランドから改名)にちなんでいるので問題ないです!(意訳)」
実に白々しいやりとりである
ちなみに南極条約によって領有権主張は凍結されているが、取り下げたわけではないことから理論上問題はない
はずであるが2番艦に「ウォースパイト」を襲名させているあたりこいつら完全に確信犯であった
こうした微笑ましい(?)やりとりもむなしく、世界情勢は緊迫化の度合いを増していく
それを象徴するかのように、2番艦「ウォースパイト」が1番艦とそろってリムパックに参加した2044年にはある商品が西太平洋条約機構諸国を除く全世界的ヒットを飛ばしている
ヌカ・コーラ
フレーバーに放射性物質を仕込むという狂気の沙汰のような飲料が世界的ヒットとなるあたり、既にこのとき世界は狂い始めていた
23:ひゅうが:2024/07/30(火) 00:25:15 HOST:KD111238243103.au-net.ne.jp
【前史 破局への道】――2051年、アメリカ合衆国にもついにエネルギー危機が到来
彼らはメキシコへの経済制裁を実行に移し、翌2052年には欧州がエネルギーを求めて中東に侵攻する「資源戦争」が開始された
オーストラリアをはじめ、西太平洋条約機構諸国は恐怖した
省エネルギー化と代替エネルギー化がほぼ完了していたがために2030年代末には受動的安全性を備えた新型原子炉や太陽光発電を基本としたエネルギーミックスが完成していた太平洋共栄圏内において石油資源の必要性は下がっていたが今や世界で最も石油資源が豊かなのは自分たち太平洋共栄圏なのだ
現状世界最大の油田が日本亜大陸群の奥座敷に鎮座しているからこそ皆がおとなしいものの、もしも海上にあれば争奪戦を彼らはためらわなかっただろう
実際、アメリカや欧州はもとよりソ連すらも核をちらつかせて原油の輸出解禁を迫るところにまで危機は深刻化しつつあった
追い打ちをかけるかのように新型感染症が猛威を振るい、世界最大の軍事大国たる合衆国経済はズタズタになりつつあった
追い詰められた国がとる手段は、「殺してでも奪い取る」である
この危機に対し、第3代連邦共和国大統領は日本帝国や太平洋共栄圏諸国とはかってのちに「キャンベラ・イニシアチブ」と呼ばれる共同宣言を行った
太平洋共栄圏諸国が独占的に保有している熱核融合発電システムの超長期無利子での借款としての供与を筆頭に、発電効率80%を超える高効率太陽電池や技術封鎖がつづいていた高温超電導体を利用した超電導送電システムの技術供与をパッケージングとして世界各国に行う用意があるというそれは、文字通り地獄と化しつつあった太平洋以外の世界への救いの手だった
ともかくも停止しはじめた火力発電分の電力供給を可能とし、全固体リチウムイオン電池やさらに高効率なマグネシウム電池を用いた自動車普及までの時間を稼がなければならない
このためであれば、日本帝国ならびにインドネシア連邦やブルネイ王国などの太平洋産油国は禁輸を続けている石油資源の一定額での販売に応じてもいいとまでオフレコで伝えられていた
もしも世界がもう少し理性的であったなら
これが後世常に語られるIF(もし)である
だが、返ってきた反応は、地獄の餓鬼の群れのそれだった
米ソはもとより、欧州ですらも無償での供与を当然の権利とばかりに要求
さらに石油資源の供与というオフレコのことまで暴露した上で臆面もなく格安での供与(つまり…)を要求してきたのである
それでも協議が一応進展したのは欧州であったが、供給場所が示されたとき西太平洋条約機構側の担当者は席を立った
目的地は中東、シリア
燃料不足で立ち往生している欧州軍へ臆面もなく補給を要求する暴挙を、条約諸国は容認しなかった
最終的に、解散直前の国連を通じて骨董品といわれ見捨てられていた石炭液化による人工石油精製技術が各国にばらまかれたものの、効果は限定的にとどまった
最大の受益国となって他国へ石油供給の余裕ができるアメリカ合衆国は原子力を筆頭とする代替エネルギー開発を競っており、それにより世界のエネルギー覇権を握る気満々で興味を示さなかった
どうせ作るなら代替エネルギーの工場だというVault-Tec社ら経済界からの捨て台詞は資本主義の悪しき側面そのものだったのかもしれない
ソ連はある程度これを用いることができたが、それでも旧式化著しい国内には焼け石に水だった
欧州はもはや、プラント稼働どころか製造の余力すら残っておらず、最後の手段として中東と核兵器の限定的交換に手を出して崩壊していた
最大の受益者となったのは中国だった
そもそもが民生利用が限られた石油使用量が少ない同国は最大限にこれを活用する道を選ぶ
ともかくもカンフル剤としての役割を果たした石炭液化技術は、併合した満洲の大炭田群を用いてバカみたいに兵力の大きな軍勢に供給され、軍事的冒険のために用いられた
ソ連からシベリアをほぼ無血で切り取れた、それが理由だった
実に最悪なことに人類は、せめてもの慈悲を破滅のために使用することを選んだのであった
こんな状況下にあって、西太平洋条約機構側諸国が軍備をおろそかにするはずがなかった
アンカレッジ戦線の設置とカナダへの圧力が強まるのを見ていたオーストラリアももちろんこれに続く
拡張されたばかりの海軍にかわって陸軍と空軍(そして宇宙軍)への集中投資が開始され、8年後の2060年までには一定の目標が達成された
強化されたのは核兵器の迎撃手段、多段階のミサイルシステムそしてレールガンやレーザーなどの高エネルギー兵器だった
西太平洋条約機構諸国をすっぽり覆う巨大な核ミサイル防衛性ステムの網はこのとき形作られたのである
2060年、近代オリンピック史上最後の大会が東京で開催されたとき、既に欧州および中東諸国は壊滅していた
参加国は20か国
全盛期の10分の1の実に寂しい大会としてオリンピックは幕を閉じた
24:ひゅうが:2024/07/30(火) 00:25:52 HOST:KD111238243103.au-net.ne.jp
そして、あの事件が起こる
駐米日本大使館に対する核テロを発端にした、西太平洋条約機構とアメリカ合衆国との間での限定的軍事衝突である
この事件において西太平洋条約機構は圧倒的な技術的優位を世界に見せつけたものの、世界はもはや止まることはなかった
2065年、オーストラリア国防海軍は次世代航空母艦2隻の同時建造を決定
2065年度海軍補充計画としてこれを公表し、艦政本部およびメーカーに対して設計を発注した
目指したのは、少なくとも半年以上は洋上にとどまってパワープレゼンスを果たすだけでなく大量の核ミサイルを迎撃し切り敵艦隊を圧倒的な火力で「殲滅」すること
工事が進みつつあったトレス海峡航路の浚渫終了を待たずに、「マラッカ海峡を通過できる」ことのみを条件として最強の軍艦の建造を海軍当局は言明した
こうして建造されたのが、「キャンベラ」級であった
89:ひゅうが:2024/07/30(火) 20:40:09 HOST:KD111238242078.au-net.ne.jp
【船体概要】――船体は基本的に旧来の航空母艦の拡大型である
L/D比が7.5と、第二次世界大戦型の細長い船体ではなく戦艦に近い比率であるのは全長をある程度削減してコストダウンを図ることや安定性を重視したためである
基本的には船体は旧来同様の鋼製であるが21世紀に入り多用されはじめたクラス1鋼板が用いられている
これはもともとは陸上用の第3世代加圧水型原子炉の圧力容器用として用いられていたものが転用されたものだった
ただしコストダウンのために潜水艦用のチタン添加などは行われず、かわってモリブデン系が多く添加された
これにより継続的に高圧に耐久するというよりは瞬間的な外圧変動に対する「粘り強さ」が重視される船体構造となった
鋼材ブロックは旧来の1万トン級プレス機によるローリングではなく、日本製の10万トン油気圧鍛造プレス機を用いることでたとえば外板では50メートル四方の大型板を多用
構造的弱点の減少を図っている
さらに対核・対ミサイル装甲とバックプレートとの間にカーボンナノチューブ系素材を採用することで張力の増大を図り負荷がかかった際の構造材の破断を防ぐ構造となっており、脆弱点が減少したことから旧来型船体よりも船体全体にかかる負荷への耐久力が5倍近く上がっていた
これは核兵器の至近爆発に対抗するための措置だった
装甲材は高速の超音速ミサイル対策を兼ねてケイ素系セラミックをカーボンナノチューブで拘束した複合装甲である
またこの前後に高分子系の新エボナイトムースといわれる弾力性の高い素材と多結晶型人工ダイヤモンド(ミルナイト)の層が設けられて核爆発の衝撃波に加えて高温の熱線に対抗する役割を負っていた
中でも多結晶型ダイヤモンドは2000(W/m K)という銅の5倍もの熱伝導率を誇ることから高熱を受けた船体や装甲材が融解する前に熱を周囲の海水へ移送してしまう役割を持っていた
これでも間に合わぬときは新エボナイトムースが蒸発することで船体構造の崩壊を防ぐようにできている
理論上は距離5キロで1メガトン級水爆が空中爆発した場合でも5000℃に達する10秒以上の熱線を受けても戦闘続行が可能とされており、実戦でもこれが裏付けられていた
外観的特徴は、船体右舷に設けられた艦橋が前後に距離をあけて2分割されていることであろう
これは航行用と艦首からの発艦の指揮のためには前方に艦橋が寄っておいた方がよいことに対して、着艦とアングルドデッキからの発艦の指揮のためには後方に艦橋が寄っておいた方がよいためであった
第2次世界大戦型航空母艦では間に煙突を設けて島型艦橋としていたが、反応動力空母はその必要がないことから艦橋が分割され、間に舷側エレベーターと多目的区画が設けられることとなっていた
470メートルに達する全長がとられたのは、搭載する艦載機の性能が向上するに従って大型化を余儀なくされたことと、それに比例して発艦時にパイロットにかかるGが増大していた問題に対処するためであって電磁カタパルトの加速は従来の蒸気カタパルトよりもゆるやかで直線的であった
加えて一定の装備を追加すれば陸上機でも低負荷であること前提ではあるが発着艦が可能となるという利点も存在していた
このため、本艦に着艦した最大の航空機は4発輸送機「鳳(おおとり 豪州名C-130RA)」や4発ジェット早期警戒機(ただし原型機が艦載機である)といった本来は陸上機とされるものまでが含まれている
艦首はエンクローズドバウであり、想定だけはされていた南極海のような荒れた海域での運用も可能とされた
幅広の船体にはさらに大型バルジが付属しており、横から殴りつけてくる核爆発の衝撃波から船体本体を守る役割を持っていた
また極めて幅広いことから巡航時の性能は非常に良好で、吼える50度といわれる南極海を横切る際も船酔いせずに済むくらいであったという
ただし巨艦であったことから舵のききはやや鈍重な上に、これを想定して設けられていた副舵や両バルジと船体下部の引き込み舵はききはじめるまで5秒程度の時間がかかったこと、そしてそれが急激であったことから「まるで戦艦ドリフトだ」という発言者不明の形容をされており戦闘操艦時には神経をつかったといわれている
90:ひゅうが:2024/07/30(火) 20:40:41 HOST:KD111238242078.au-net.ne.jp
【機関】――原子炉4基を搭載しているが、うち2基は巡航用の定出力型の超高温ガス・複合タービンプラントを用いたものであるのに対し、残る2基は従来型の加圧水型動力炉である
これは通常動力におけるCOGLGのように戦闘航行時に残る2基の加圧水型動力炉の出力を変動させることで結果的に燃料消費量の削減と安全性の向上を目指した機構となる
2基の複合タービンプラントは、原子炉の一次冷却材に超高圧ヘリウムガスを用いており一次発電系にMHD発電機(作動流体がヘリウムであることととある英国人発明家の発明した素子によって電極を構成したことで腐食問題は完全に解決された)が採用され続いて蒸気タービンで電力を絞り出す方式がとられている
これにより定速運転がなされることで絞り出される電力をもって艦の航行から艦内各所への電力供給が行われている
残る2基の加圧水型動力炉も同様に発電にのみ用いられてこの電力の追従運転が行われている
したがってこの段階のみでは、本級は統合電気推進に近い
しかし戦闘航行時になると両原子炉ともに出力が上昇し、蒸気タービン系を用いた軸出力による推進に切り替わる
この段階では急激な出力変動が行われるのは加圧水型動力炉の方であり、軸出力の急激な変動は通常航行時に主とされていた電動機によって対応されている
したがって本級の推進方式はCONEOSAEと呼ばれている
次級からは一律統合電気推進に切り替わったことから採用されたのは最終戦争前後の西太平洋条約機構諸国の艦艇以外に存在しない
原子炉自体は設計段階で40年とされた寿命の間燃料交換をしなくとも済むように設計されていたが有り余る船体規模から交換設備自体は設けられており、実際に最終戦争後に1度燃料交換を実施していた
また旧来は蒸気カタパルト用に設けられていた蒸気配管が廃止されたことや基本的に生身の人間がメンテナンスのために中に入ることがなくなったことから密閉性と安定性が向上しており旧来のものより安全性ははるかに向上している
ただしオーストラリア国防海軍独特の仕様として沈没後の面倒を減らすための非常用バネ式制御棒自動注入機は維持されており船体がひっくり返って沈没しても自動で原子炉は停止する設計となっていた
機関要員にアンドロイド(自動人形)が大量採用されたのも本級が最初であった
旧来の空母でも非常用の原子炉補修要員として乗り組んではいたのだが、人工知能のアップデートにしたがって今度は人間の方がアンドロイドが赴く危険な現場に一緒に乗り込みたがるという「弊害」が発生したことから本級ではあらかじめ原子炉運転要員としてはアンドロイドのみを採用することとして人間が関与する部分は発電系統と機関部の責任者要員のみとされる初の試みがなされた
ただしこれでも前述の問題はぬぐいきれず、最終的には機関長の人間がアンドロイドを担当し副機関長のアンドロイドが人間の方を担当するという方式に落ち着いた
有り余る大電力が供給されたことから艦内での評判は上々であり、懸念されていたアンドロイドの他部署からの待遇は良好であったと伝えられている
91:ひゅうが:2024/07/30(火) 20:41:16 HOST:KD111238242078.au-net.ne.jp
【武装】――この時期の武装としては保守的な武装で構成されている
中距離SAMは21世紀中盤のフルモデルチェンジがなされたスタンダードSAMであり、弾道ミサイル迎撃能力は付与されていない
これは本級に採用された第3世代イージスシステムの性能限界によるものなどではなく、艦隊統合防空システムを通じて随伴艦のミサイルを用いることが考慮されていたためである
いくら一点豪華主義のオーストラリア国防海軍もSM-6ならまだしもSM-8などの弾道弾迎撃用多目的ミサイルを空母に搭載する気はなく、また装備してしまえば搭載したくなる悪癖を理解していたのである
このためしわ寄せを受けたのがレーザー砲システムである
こちらは護衛艦の方が多数搭載するには艦の規模と発電能力が限られていたことから設備の方が大型船体の本級に押し付けられた形であった
当初は200キロワット級を予定されていたレーザー砲が、落下段階の核弾頭の迎撃すら可能になる8メガワット級にされたのはこれが理由だった
(なお、日本海軍はこの問題に巡洋艦の基準排水量を2万トン以上に増大させスペースと機関出力を増大させることで対応している
頭おかしい)
近接防護火器はこちらもオーソドックスなRAMになっているが、最終戦争時は低性能機の飽和攻撃に対して弾切れ寸前にまで追い込まれたことから最終戦争後には二世代前の多銃身機関砲に換装された
これらに加え、多島海での襲撃も考慮してAGSの後継となる127ミリ電磁砲が対空・対艦用に装備
対艦モード時の実用射程は100キロ程度であったが最終戦争時の米艦隊のミサイルとほぼ同等であったことから特に問題は生じなかったようである
むしろ本砲が真価を発揮したのは対空戦で、かつての76ミリ自動砲なみの発射速度から亜音速超低空で侵入してくる練度の高い米艦載機に対し一部RAMが弾切れとなる中での咄嗟射撃で大半を叩き落す活躍を見せている
小型自爆ボートや魚雷艇、小型UUVに対抗するために遠隔操作火器として採用されたものが12.7ミリ機銃であるが皮肉なことにこれの原型は第2次世界大戦時のブローニング機関銃であった
核攻撃の熱線や機銃による反撃を考慮して人力操作は廃止され、射撃手は艦内から遠隔操作で射撃されるようになっていた
こちらは評判が上々ではあったが最終戦争時には超低速の航空機の突入時にストッピングパワーの不足を指摘されており銃身だけ海上警備隊用の40ミリ単装機銃に換装されることになった
本来はこれに魚雷防御用の対潜短魚雷発射管が追加される予定だったのだが、核魚雷が主体の米艦隊の攻撃に対しては射程距離の不足を指摘され、搭載が見送られている
しかし最終戦争時の核魚雷飽和攻撃ともいうべき前代未聞の攻撃から、多少不足であったとしても搭載すべきだったという声も多かった
92:ひゅうが:2024/07/30(火) 20:41:48 HOST:KD111238242078.au-net.ne.jp
【電子システム】――艦内には電子戦に備えて実績のある高温超電導動作型の量子コンピューター(暗号突破や電子戦用の外付け計算機)に加えて、疑似量子コンピューターアルゴリズムを搭載したスーパーコンピューターが艦内奥深くに鎮座している
これらは2名のAI人格を備えており、電子戦にのみ使用すべく艦内操作システムからは独立していた
同時に、これらとは独立した船体制御補助要員としての操艦AIが6名設けられており、巨艦であるがゆえの操艦を補助していた
有名な副艦長を兼ねる艦内AIはこれらの統括であり、就役時にはまだ独断で艦内システムをすべて結合して一人で全艦を操るシステムとはなっていない
これは欧米流の文化圏の末端に位置していたオーストラリアにおいて一時期AIの反乱が真剣に検討されていたための安全措置でもある
ただこれは杞憂で、最終戦争前には現場の独断でAI直結を可能にする裏プロトコルが設定されており実際に使用された
なおこの件に関しては戦後の国防海軍は現場の判断を是として特に処分などが行われてはいない
防空システムは、前述したように第3世代型イージスシステムであり、2つの艦橋の前後に4面ずつフェイズドアレイレーダーが設けられた
発振素子は熱核融合炉クラスの出力密度を誇る直系15ミリ程度に小型素子化された進行波管ユニット、受信素子は熱耐久性を考慮したダイヤモンド半導体である
このためレーダー本体を用いた高エネルギーマイクロ波発振すら可能で、巨大なマイクロ波兵器でもあった
これにより半径500キロメートルの空中目標を同時に(単独で)2万3000目標識別することができ、有り余る計算能力からリンクした随伴艦に対し目標配分指示を送っていた
これにより、レーダーがダウンした艦でもVLSや主砲、レーザー砲が無事であるなら防空戦闘に参加することができ「最後の1隻が撃沈されるまで」艦隊としての戦闘能力は失われないという非常にタフなシステム構成となっている
数的にあまりにも膨大な米艦隊に対抗するために通常の駆逐艦だけではなく単なるVLSをポン付けしただけの「アーセナルシップ」も多数が建造されており、本級はいわば「外付けで日本海軍の巡洋艦複数なみの兵装を有する」非常に強力な艦でもあった
対空だけでなく対水上戦闘にも配慮がされており、艦橋上からはアドバンスド・ユニコーンマストといわれる統合電子マストを頂上に設けた統合マストが艦橋トップから上部にさらに50メートル延びている
このため見通し距離は非常に高く、対水上砲撃戦にまでもつれこんだ最終戦争時には統制射撃の目標指示すら行っている
電子戦システムについては、むしろ真空管型でアナログ処理を行う米海軍へデジタルシステムを用いる西太平洋条約機構諸国の方が苦労していたほどであったから宝の持ち腐れとも称されたが、一部投入された「(強制的な)人体改造により化け物じみた処理能力を持った米海軍の電子戦用改造脳」に対して互角以上の戦いをみせたことから評価は一変
戦後になっても更新の努力が払われる結果となった
93:ひゅうが:2024/07/30(火) 20:42:20 HOST:KD111238242078.au-net.ne.jp
【搭載機】――本級が特徴的であったのは、有人戦闘機だけではなく前級から搭載が開始された戦闘用UAVが人工知能制御により200機もの多数装備されるようになったことであろう
この当時の有人戦闘機はこれらUAVの指揮管制と、艦上早期警戒機とリンクした上での防空管制圏拡大を担っていたことからむしろUAVを主力とした方がいいとの意見も強かった
しかし西太平洋条約機構軍は戦術単位の増大を優先して有人機多数を維持する方針をとった
なぜなら、UAVは後方からいくらでも追加して使い捨てすることができるのに対し、有人機は追加することが難しいためである
このため、本級はある意味で第2次世界大戦時に企画されそして企画倒れに終わった「中継空母」の現代版であるともいえよう
ただし数自体は必要であることから、UAVは最終戦争時には露天繋止をも用いて200機あまりが強引に搭載され戦場に投入された
艦載機は、日本とオーストラリア、そしてインドネシアが共同開発したF/A‐70こと70式艦上戦闘攻撃機「疾風」が最終戦争時の主力機だった
本機は全長25メートルに達する巨大な機体を可変式低バイパス比ターボファン(初期型ですらドライ出力30トン)2発、高速域ではスクラムジェットエンジン2発で高度2万をマッハ5、海面すれすれですらマッハ3で推進する大型機で、機体内部に仕込んだAAM12発に加えてステルス性が落ちるものの外装式ならその3倍の搭載量を実現していた
これに加えて機首レーダーを転用した高エネルギーマイクロ波照射はもちろん、120キロワット級レーザー発振機が設けられて近距離での戦闘での弾切れの心配をなくしている
左翼付け根には30ミリ回転銃身機関砲がセットされていたが、こちらは補助的な役割に留まる
ただし最終戦争時には低空侵攻した本機が米艦隊だけでなく対オーストラリア上陸輸送船団に対して「どこのA-10神だよ」というこれまた発言者不明の機銃掃射を多用しておりまったく無意味というわけでもなかった
このほかにも、内装式では4発、外装式ステルスコンテナにはASM-3F型やその後継のASM-5超音速空対艦ミサイルを8発搭載可能で、米艦隊にとっての死神となった
これらの後方に控えるのが、「カモネ(オーストラリアにおけるカモノハシをモチーフにしたキャラクターの名前)」艦載空中早期警戒管制機である
日本海軍の「スカイアイ」をライセンスした本機は4発のエンジンからもたらされる有り余る高出力から高度2万に陣取り、半径1500キロ近い管制範囲をもっていた
機内にスーパーコンピューターを持ち込み、さらに有人機や偵察用UAVだけでなく軌道上の超低軌道管制衛星(高度100キロぎりぎりをイオンスラスターを吹かしながら周回し超水平線警戒監視を行う衛星群)からの情報を統合処理することで最適な戦闘指揮を行うことができるのである
本機はその高性能から全長40メートル近い巨体であり、これを搭載するために空母本体が巨大化したという側面も否定はできないだろう
このほかにも、艦上対潜哨戒機や長期間の洋上行動を支える輸送機、そして空中給油機など有人機だけで本級は有事に150機あまり搭載している
なお第2次世界大戦時に1艦に搭載する航空機は120機前後が管制限界であるとの報告がなされたが、AIをはじめとする管制自動化後の21世紀にはあてはまらず、発艦にかかる時間も8基ある電磁カタパルトを有する本艦においてはあてはまらないことには留意すべきだろう
94:ひゅうが:2024/07/30(火) 20:42:56 HOST:KD111238242078.au-net.ne.jp
【居住性】――巨大な本級には、航空機要員および運航要員としてアンドロイド(自動人形)含む5800名あまりが乗り組んでいた
これは前級の「クイーン・エリザベス」級とほぼ同じである
艦内の自動化だけでなく、人格を持たないワークアンドロイドの大規模採用と整備の人工知能化がこの少人数化を可能としており
ということは居住空間が大幅に増大することを意味している
さすがに大型巡洋艦なみに全室個室化とまではいかなかったものの、一人あたりの居住面積は従来の3倍にまで拡大
艦内の福利厚生設備も大きく増大するなど居住性は従来の艦とは雲泥の差と評された
また、衛星レーザー通信の実用化によって個々人レベルにまで陸上並みの超高速インターネット回線が完備されたことは洋上勤務者一同を歓喜させた
食事に関しては大きな変化はないものの、特段の批判も出ていないということは記されてしかるべきだろう
むしろ、特筆すべきなのは本級において従来の醸造設備の余剰能力が「艦上における酒造」のレベルに達したことであろう
これまでも梅酒の製造に代表されるようにホワイトリカーを持ち込んでの酒造りは行われていたものの、本級において乗組員用の水耕栽培系にリンゴやブドウなどの果樹が追加されたことが最後の一押しとなった
就役後3年が経過した頃に食料担当が悪乗りをして、醸造設備の余剰能力検証という形で許可をもぎとり1年が経過したときにはもう遅かった
完成したのは、ワインとシードル(リンゴ酒)
完成したこれらは司令官に提出され、たちまちのうちに艦内中の垂涎の的となったのであった
よく知られているように、英国海軍系の伝統を有する日本海軍およびオーストラリアやニュージーランド海軍などでは、勤務時間外の艦内での飲酒は合法である
こうして最終戦争直前の2075年より公式に艦内における酒造が解禁
ただし製造量が少ないことから各種イベントで振舞われるか、艦内レクリエーションでの商品として用いられ、本級退役後もブランド自体は受け継がれることになったのであった
閑話休題
本級の居住性の良好さを示すエピソードは数多いものの、最も好評だったのは司令部要員や非常用に乗艦している自動人形クラスのアンドロイドたちが平時はいわば「艦内のご用聞き」にまわっていたことだろう
これは日本海軍の風習から取り入れられた習慣で、平時は20名単位のご用聞きの自動人形たちが常時艦内を巡回するというものである
とかく人間関係に左右されがちな軍艦の中において、公平中立な聞き手(しかも美人)がいるということが福利厚生にもたらした影響はすさまじく、艦内における私的制裁を含むトラブルの発生数は激減
発生しても厳正な処分が行われることが示されたことから、とかく人工知能へ異物感を感じていたオーストラリア国民に「ロボットはトモダチ」という日本帝国の価値観への理解を深めさせる結果になった
オーストラリア国防海軍において、法改正前に事実上の婚姻行為として人工知能搭載自動人形と人間とのパートナーシップ(通称ケッコンカッコカリ)が結ばれた最初の例が本級から出ていることもまったく不思議ではないだろう
ともかくも、本級は乗組員から愛された艦であった
95:ひゅうが:2024/07/30(火) 20:43:33 HOST:KD111238242078.au-net.ne.jp
【命名】――命名は、オーストラリア連邦共和国の首都、および初代大統領の名前からきている
当初は前級と同様に1番艦が「ウォースパイト」と命名予定であったのだが、前述の西太平洋条約機構とアメリカ合衆国の限定的な軍事衝突に助攻として参加した空母「ウォースパイト」が単独でアメリカ海軍の空母「ジョージ・ワシントン」を撃沈し「アメリカ」を大破させたことからオーストラリア国民の間で保存論が沸騰
記念艦として戦艦「ウォースパイト」の隣に保存されることが決まった時に誰かが気付いた
「これまではHMS.ウォースパイトとCVN.ウォースパイトで区別していたけど、これ新しいのができたら区別できないじゃん!」
実に残念ではあったがオーストラリア連邦共和国政府および国防海軍は「ウォースパイト」の名を欠番とすることとしてまず1番艦に巡洋艦以上の命名規則から首都自治体にして、連邦共和国が主導して行った平和への取り組み(とそれを袖にした皮肉)を記念して「キャンベラ」と命名する
地味だとかいろいろ言われた命名ではあったが、オーストラリア国防海軍は国民へのサプライズを用意していた
前級1番艦の退役を待って、同時建造されていた(進水は数日遅れていた)2番艦にこう命名したのである
「クイーン・エリザベス2世」と
明らかに、欧州諸国と英連邦諸国を天秤にかけて資源戦争に参加しながらもカナダ併合を進めるアメリカを見た結果途中で離脱してオーストラリアへ助けを求めてきている英本国への痛烈な皮肉だった
その名は、本来は英本国で即位していたはずの初代大統領がこう呼ばれるはずだった名前だったからだ
顔を真っ赤にする英本国に対し、第3代オーストラリア連邦共和国大統領は
「前級がクイーン・エリザベスだったので、その名を継いだ艦がクイーン・エリザベス2世となるのは当然であります」
と言い放ったことで国民の喝采を浴びた
かようなまでに、独立後130年を経過したオーストラリア連邦共和国と本国との心理的距離は開いていたのだった
それでも問題にならなかったのは、英本国ではもはや王政廃止派が多数派になっていたせいでもあったが
かくして、2072年末に1番艦「キャンベラ」が、2番艦「クイーン・エリザベス2世」が就役した本級は直ちに艦隊に編入
2074年には戦力化を完了し、最終戦争時には日本海軍の「大和」型とともに西太平洋条約機構軍の最新の航空母艦として南太平洋へにらみをきかせることになったのであった
96:ひゅうが:2024/07/30(火) 20:45:25 HOST:KD111238242078.au-net.ne.jp
以上になります
楽しんでいただければ幸いです
元ネタ執筆の方々がまだ設定していないことから艦歴については書きませんが、ボロボロになりながらも帰投したということから健在であったと予想して筆を置かせていただきます
最終更新:2024年09月14日 15:08