666:奥羽人:2024/07/03(水) 20:27:42 HOST:sp49-109-98-5.smd02.spmode.ne.jp
近似世界【大いなる目的】
1940年代 日本国内某所
「少しばかり使ってなかったとはいえ、中々荒れるものだな」
落ち葉の溜まった庭先を、箒を持って払っていく男が一人。
彼が生活の場を首相官邸に移して久しく、それ故に偶の機会を見て、こうして元の家へと戻り、手入れを行っている。
勿論、彼ほどの地位に成れば庭師や家事手伝いの一人や二人雇うだけの金はある。
だとしても彼は、こういう事は自らの手でやってこそ、だと考えてるのかもしれない。
するとそこに、一人の男がやって来る。
「おーい、嶋ハン!」
「……山本!何でここに」
「偶々近くに用があってな、いい機会だから来てやったって訳だ」
「おいおい、何だよそりゃ……まあいい、上がっていくか?茶くらいは出すぞ」
二人の男が屋内へと入っていく。
こまめな掃除の為か、使われていなかったとはいえ室内はそこまで汚れてはいない。
テーブルの上には、総理大臣手ずから連合艦隊司令長官へと淹れられた茶が置かれていた。
「コイツを見てくれ」
「そうだ、元はアメさんの軍用だったらしいが、最近輸入が始まってな、ようやく内地でも手に入るようになったんだ」
「山本の甘党は相変わらずだな」
二人は、アメリカ製のチョコレートに舌鼓を打つ。
彼らは同期であり、尚且つ二人とも酒が飲めない。
そして、性格のほうは正反対といえた。
「アメさんの大雑把な味付けも、たまには良いもんだね」
「……で、連合艦隊司令長官ともあろう者が、こんな所で油売っててもいいのか?」
欧州だってまだ大変だろうに。
彼はそう言外で問うが、山本は特に気にする様子も見せない。
667:奥羽人:2024/07/03(水) 20:28:26 HOST:sp49-109-98-5.smd02.spmode.ne.jp
「独海軍はもう瀕死、軍艦どころか輸送船すら無い。Uボートだって粗方沈めつくして、今はもう何も出てこない。遣欧艦隊も殆ど内地に戻してるところさ。それを言ったら、お前はどうなんだ?」
戦争はまだ終わってないし、政治家っていったら戦後処理こそ大変な仕事だろう?
そんな問い掛けに、彼は苦笑いを浮かべる。
「官邸を追い出された。『働きすぎだ』とね」
実の所、実力のある職員と的確な役割分担がなされている帝国の政府機関において、彼の業務的負担は非常識なまでに大きくは無い。
それでも身を粉にして働いてしまうのは、ある意味前世からの悲しき性だと言えるが……
「もう“24時間働けますか”の時代じゃあ無いんだとさ、秘書に窘められたよ」
労働条件の見直しや労働者の保護が叫ばれている現在、上に立つ者が規範とならずにどうするのか。
与野党、ひいては国民からすらもこのような声が出始めている中で、彼一人がブラック労働を続けることは不可能だった。
「非常事態なんかがあるかも知れないから、そう纏まった休みは取れないが……」
俺一人が何でもかんでもやらなきゃいけないって事も無い分、昔と比べて大分楽になった。
彼は、遠くを見るような目で染々とそう語っていた。
「ほー、じゃあ俺と一緒にイイトコロに遊びにでも行くか?」
「止めておこう、賭博癖がついたら叶わん」
「何だとぉ~あぁいうのはな、勝負勘をつけることで────」
賭け事についての美学やら効用やらを暑く語る山本を尻目に、彼は本屋の軒先でチラリと見えた温泉郷特集の記事を思いだし、たまにはそういうのも良いか、と考えを廻らせるのであった。
668:奥羽人:2024/07/03(水) 20:33:28 HOST:sp49-109-98-5.smd02.spmode.ne.jp
以上です。転載大丈夫です。
つまり、昭号計画は手段であって目的ではない、ということです。
夢幻会メンバーとして平穏な、そして叶うのならばちょっと良い暮らしをしたい。昭号計画や史実近似政策とは即ちその為の手段に過ぎません。
それと、私、創作においては結構な逆張り気質があると自覚してまして……夢幻会がブラック労働なのが共通認識として強いのなら、いったんそれをひっくり返してみようと思った所存にございます。
最終更新:2024年10月01日 19:12