773:モントゴメリー:2024/07/15(月) 16:37:26 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
祖国に乾杯!!
フランス連邦共和国(FFR)、パリ7区サン=ドミニク通り14番地「ブリエンヌ館」
「もう定時か、早いわね。」
国防参謀総長たるアナイス・ベルナルドは時計を見て呟いた。
そして窓を見れば、空は既に夕焼けに染まり始めているではないか。
「クロエ、帰るわよ。用意しなさい」
「Je comprends」
“クロエ”はそう応えると席を立ち、荷物をまとめ始めた。
立ち上がった彼女は女性としては平均以上であるアナイスよりも二回り以上高かった。
そしてその髪は夕日を反射し「銀色」に輝いている。
クロエは「銀髪のラ・ピュセル(La Pucelle aux cheveux argentés)」なのである。
「官舎へ行く前に『燃料補給』としましょう♪」
「またですか、閣下。アルコールの過剰摂取は身体の耐用年数を棄損しますよ?」
「クロエ、覚えておきなさい?『30歳までに死なない騎兵は嘘っぱち』なのよ~?」
「閣下は戦車兵ですし、既に30代を過ぎ——」
「それ以上は言わなくてよろしい!!」
「Je comprends」
二人はそんな掛け合いをしながら庁舎を出ると、アナイス行きつけのBarへと向かう。
程なくして到着すると二人はいつものように席へと座る。
こんな彼女でも現役軍人のトップであるから、その権威は凄まじいものであるのだが、店員の方も既に慣れっこだった。
「私はまずはキール(Kir)をちょうだい」
「こちらはアルマニャックを所望します」
最初の注文を終え、その品が届くまでしばし待つ。
「相変わらず初弾から飛ばすわね~クロエ?」
「何度も申し上げておりますが、我々が燃料とできる飲料はアルコール度数40%以上のものに限られるますので」
ちなみにアナイスが頼んだ「キール」は、白ワインにカシスリキュールを加えて作るカクテルであり、アルコール度数は14%前後である。
そんなことを言っている間に「命の水」が二人の前に運ばれて来た。
「ささ、細かいことは置いておいて乾杯と行きましょう!」
「我々の運用手順は“細かいこと”ではないと推察しますが…」
そう言いつつも、クロエもグラスを手に取る。
「「乾杯!!」」
二人の美女が杯を傾ける様は、絵画の題材になり得るほど芸術的である。
「——あ、クロエ。アルマニャックもいいけど、後でコアントローも飲んでくれないかしら?」
「コアントローは甜菜糖が添加されており、燃料としては不向きです。
利用できないわけではありませんが、使用後に綿密に洗浄をしないと内部機構に悪影響が出ます。推奨できません」
「大丈夫、洗うのは私も手伝ってあげるから♪」
「何故そこまでコアントローに固執されるのですか?」
「官舎でカクテル作るときの材料にしたいのよ」
「私は閣下の水筒ではないのですが」
…話の内容は“詩的”とは程遠いものであったが。
774:モントゴメリー:2024/07/15(月) 16:38:20 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
「だって便利なんだもの、その胸部装甲っ!!」
アナイスはそう言いながらクロエの「燃料タンク」を鷲掴む。
「大容量でありながら、一度に複数のお酒を混ぜずに保管できる優れものじゃない」
「酒類に限らず、ガソリンや航空燃料を想定した設計です。有事に補給できる燃料を選べる保証はありませんからね」
ラ・ピュセルたちの「燃料タンク」は二つだけのように見えるが、内部では複数の区画に分かれており異なる種類の燃料を同時に保管できる。
「…こんな『小さい』貴方が、ビヨットを超える馬力を秘めているなんて、時代は変わったわね」
アナイスはクロエに寄りかかり、タンクに耳を当てて“心臓”の鼓動を確認する。
ラ・ピュセルたちの心臓——MHD発電機——の最大出力は2000kW。馬力換算すると2700馬力を超える。
「現在は制限環境下ですので500kWに抑えております。
——音が気になりますか?それならば蓄電池による完全電動駆動に切り替えますが?」
「500kWでもルノーH型とほぼ同等じゃないの。凄いのには変わらないわ。
あと、私は戦車乗りよ?エンジンの音と振動を子守歌に出来ない者に、戦車乗りは務まらないわ」
——そう、かつては主力戦車に用いられたような大馬力が、彼女たちにとっては「序の口」の出力に過ぎない。
技術は日進月歩で進んでいる。
我が祖国も、FFRもここまで来れた。未だOCUの後塵を拝する状況に変わりはないが、その差は着実に縮まってきている。
私たちも日々研鑽を積まなければ、その進歩に、「彼女たち」においていかれてしまうだろう——
「maitre、この子にコアントローを、私にはホワイトレディを頂戴」
「ホワイトレディは確かにコアントローを使用するカクテルですが、英国発祥のものでは?」
「私はパリで生まれた説を信じるわ。それともクロエ?私の愛国心がカクテル一つで揺らぐと疑っているのかしら?」
「申し訳ございません、閣下」
新しいグラスが来ると同時にアナイスが宣言する。
「改めて乾杯しましょう」
「何に対してですか」
「もちろん、『矛盾と欠点多き』我が愛しの祖国、フランス連邦共和国に決まっているでしょう」
「仮にも現役軍人の頂点に位置する方が言うべき台詞ではないと推察します。また第4世代の皆様から批判されますよ?」
「未熟者たちなんて放っておきなさい。いい、クロエ?真の愛国者というものは、愛する祖国の問題点を百や二百程度は瞬時に挙げられる者たちなのよ。
そして、その問題の改善に邁進することこそがすなわち愛国なの」
「——わかりました。そのように記録しておきます。
では」
クロエはグラスを掲げ、アナイスもそれに続く。
「「矛盾と欠点多き我が愛しの祖国に!」」
——後日、この『愛国者』の定義は電脳網によりFFR中のラ・ピュセルたちに共有され、彼女たちの乾杯時の定型句となった。
その経緯を知った大統領は哄笑し、彼女たちを支援(と監視)する電子戦部門からアナイスがこっぴどく怒られることになるのだが、それはまた別の話である。
775:モントゴメリー:2024/07/15(月) 16:39:17 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
以上です。
ウィキ掲載は自由です。
ラ・ピュセルとアナイス=サンの日常の一コマですね。
本来はこれが「主」で以前投稿したラ・ピュセルたちの説明文が「従」だったのですが、あちらが先に完成してしまいました。
最終更新:2024年10月01日 19:25