576 名前:635[sage] 投稿日:2023/09/30(土) 17:58:38 ID:119-171-217-168.rev.home.ne.jp [3/9]
「うう…ここは…?」
「艦長お目覚めになられましたか!!」
英地中海艦隊に所属する駆逐艦の艦長は目覚めると眩しい電灯の光が目に入る。
声のした隣に目をやると椅子にに座る自分付けられている若い従卒の姿が目に入る。
起き上がると腹に痛みを感じ見れば自分の上半身の服は脱がされ幾重にも包帯が巻かれ痛々しい姿を晒している。
「君、ここは…?」
「ここは医務室です。」
従卒は分かりやすいように端的に答えた。
「艦長がお覚えかは分かりませんが…。
爆装したドイツ軍の機体が投下せず艦橋に突入したことで艦長は重傷を負われたのです。」
艦長は思い出した、自艦に突入する戦闘機とそのパイロットの死相が最後に目に焼き付いたのを。
あれは最早人ではない…ギラギラと光る目は血走り、その顔は悪魔の様な形相をしていた。
彼のクラウツの伍長殿は悪魔と契約しているそんな与太話も本当と思える姿だった。
そして矢継ぎ早に従卒へと質問を始めた。
「艦はどうなった?私以外で艦橋に詰めていた者達は?」
「艦長、一先ず落ち着いて下さい!」
矢継ぎ早に質問する艦長を宥める従卒。
「…まず我が艦の状況ですが艦橋に突入こそしましたがそれ以外、主砲や弾薬庫艦そのものに大きな被害は出ませんでした。」
「あの攻撃を受けてか…?」
「はい、そして艦橋に詰めていた方々ですが副長含め多数が戦死…現在臨時で軽症であった航海長が艦長の職務を代行されております。」
「そうか………。」
「はい…。」
その言葉に医務室の空気は重くなった。
ドイツによる史上初の航空機による自爆攻撃の行われた戦い、後の歴史ではクレタ沖航空戦と呼ばれ、夜に行われた夜戦と合わせてクレタ沖海戦と呼ばれることになる戦いはこうして始まった。
戦闘序盤、この世界では誰も見たことも聞いたこともない組織的自爆攻撃という衝撃に始めこそ日本を始めとする連合国側は混乱。
地中海という連合艦隊にとって不慣れな海の水先案内を務め艦隊前方にいた英地中海艦隊含め複数の艦艇への自爆機の突入を許してしまった。
なおこの時に特攻という言葉はなく、攻撃を行ったのが特殊部隊(ゾンダーコマンド)ということが分かってから広まった言葉である。
史上初の特攻が行われたその時、英駆逐艦の艦橋を偶々離れ難を逃れていた艦長附の従卒は艦橋での爆発を確認すると周囲に居た乗員と共に艦橋へと駆け込んだ。
「これは…!!」
そこに広がっていたのは地獄としか言えない光景。
何らかの攻撃を敵、恐らくは枢軸側から受けたのは間違いない。
吹き飛び立ち込める黒い煙と立ち上る火、そして髪の毛を焼いた様な臭いとガソリンを燃やした時に出る臭いが鼻につく。
「誰か倒れてるぞ!」
その言葉に艦橋に立ち入った者らが視線を向けるが皆一様に腹の中身を床にぶち撒けた。
彼らの視線の先にあったのは将校用の服を着た人物…なのだが頭がない。
その隣で倒れてる人物は下半身がない、その隣では上半身が燃えてる人がいる。
「オェ!…えっぷ…。」
その光景を見てイギリスへ来た日本輸送船団が持ってきた極東へ行った友人の手紙に書いてあったオキナワに出現した地獄もこんななのかと思う。
そして腹の中の昼食を全て吐き出し終え漸く落ち着いた従卒らは消火作業と救助に入る。
577 名前:635[sage] 投稿日:2023/09/30(土) 17:59:28 ID:119-171-217-168.rev.home.ne.jp [4/9]
「う…うぅ…。」
「航海長!」
うめき声がした方を見れば壁際に、爆風で吹き飛ばされたのか航海長が倒れている。
従卒は航海長の背に手を回し起き上がらせると見た感じでは大きな怪我はないようだった。
「大丈夫ですか!」
「君は…艦長附きの従卒か…。」
「何があったのです!?」
航海長に問うがその返答は従卒の持つ戦争の常識埒外の言葉だった。
「ドイツの戦闘機だ…ドイツの戦闘機が爆弾抱えたままこっとに突っ込んできた。」
「え…?」
「あれは…帰れないからじゃない…あのパイロット…最初からこの艦に爆弾抱えて突っ込む気だったんだ…!
あんな悪魔の戦術を兵士にさせて兵士もそれをするなんてドイツは上も下も狂ってやがる…やつらは悪魔だ!」
その言葉に友人の手紙に書かれていた悪魔という言葉を若い従卒は思い出した。
『地獄を生む悪魔の兵器』、ナチの信奉者に盗まれ日本のオキナワで使われた
アメリカの秘密兵器を友人は手紙の中でそう呼んだ。
その友人は悪魔の兵器が生んだ地獄で友軍の救助にあたり地獄を見たという。
【あれは人間が作ったシロモノじゃない…悪魔と契約してるナチがアメリカを利用して作ったんだ!】
そんなことが書かれ気が触れたかとも思ったがこの惨状と生み出した存在を思えば自分もそう思う。
「航海長、兎に角はまず手当を…。」
そして航海長を燃える艦橋から連れ出し手当をすべく肩を貸し立ち上がるとプロペラの耳障りな音が耳に入る。
見ればドイツの鉄十字を付けた機体が別の駆逐艦に突入する様子が見えた。それも一つや二つではない。
腹に一物を抱えた航空機の群れが飛んでくる。従卒にはそれらが蝙蝠の翼を広げ飛ぶ悪魔にしか見えなかった。
「敵機接近!!」
兵の一人が叫び、悪魔がこの艦に向かって来るのが従卒には見えた。
艦に退避行動させようにも司令部は壊滅状態で動かせず、防空射撃も直ぐ様は行えず打つ手はない。
「あ…ああ…。」
悪魔の顎が迫り、絶望が従卒の口から漏れる。
だが次の瞬間…轟音と共に突入しようとした先頭の機体が吹き飛び、後続の機体もバランスを崩し海上に叩きつけられた。
後に聞いた話では僚艦に突入しようとした機体もその余波で叩き落されたという。
絶望を齎した悪魔達が一瞬で消え去った、呆然とその光景を見る従卒と乗員達。
唯一、経験豊富で冷静な航海長だけがその轟音元、その主を…【彼女】を見た。
その身から放たれる火線が英国艦艇を狙う悪魔どもを尽く捉え海面に叩き落していく。
その姿はさながら騎士道物語に出る騎士の如き鬼神の強さ。
金で売り渡され英国を離れたその彼女の活躍を英大衆紙が円卓の騎士達にも例えたのは何たる皮肉か。
その長槍を熱で揺らめかせ黒にも見える暗い灰色の鎧を身に纏う【彼女】はここに居る。
戦いある所に彼女は必ず居るのだ。勇気と尊厳を纏い戦争を軽蔑する者は。
「Old Lady…。」
そして艦に乗る全員がその姿を認めた。
その姿を老婦人と揶揄する者は誰もいないだろう新しいその名に恥じぬその勇ましさは。
「正しくBlack Princess…。」
Black Princess…その名に恥じぬが如く極東の女武者となった姫君…大英帝国王立海軍戦艦ウォースパイト…いや…、
大日本帝国海軍連合艦隊所属戦艦黒姫はここにある。
戦闘後に空母愛鷹に戻り艦内新聞見た某転生宰相パイロットは頭抱えていた。
愛鷹の艦内新聞のどこぞの転生者により艦娘使った漫画が連載され戦況を分かりやすく伝えているのだが…。
「ウォースパイトを女武者化させんなよ…けど持ってるの某最果ての槍じゃねえか…え?英字版は獅子王だから大丈夫って…そういうことじゃねえよ!!」
なお獅子王ウォー様が英大衆紙の一面飾って頭抱えるのは別な話。
578 名前:635[sage] 投稿日:2023/09/30(土) 18:02:21 ID:119-171-217-168.rev.home.ne.jp [5/9]
以上になります。転載はご自由にどうぞ!
最終更新:2024年10月06日 20:16