525:弥次郎:2024/08/28(水) 20:51:10 HOST:softbank126116160198.bbtec.net

日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」外伝「クリミアに小夜啼鳥は飛ぶ」5


 さて、この世界における多くの人々が、そしてこの世界を観測する人々は少なからず考えたであろう。
 航空艦を持たないロシア帝国がアルビオンに勝てるわけがない----そのようなことを。

 確かに航空機や飛行船などを手に入れはした。対空兵器も手に入れて配備した。それは別に構わないだろう。
だからといって、空を飛んでいる艦艇に対して絶対に勝てるという保証はないのだ。
各国が研究した対空兵器の数々も、結局航空艦を撃ち落とすような、そんなジャイアントキリングを成し遂げたことはない。
地上と空とではそれだけ条件が圧倒的に違い、空を制している方が優位を保っているのだから。

 だが、ロシア帝国は発想を変えた。
 勝てない相手にどう対処するかを考え、航空艦の相手を回避すると言う手に出たのである。
それが簡単に出来たら苦労はしない。何しろアルビオンは軍の行く先々に航空艦を派遣し、その援護の元で戦っているのだから。

 ではどうするのか?
 戦争とは何も航空艦だけでは完結しない。
アルビオンの軍全体のドクトリンは、航空艦隊による攻撃で敵軍を分断した後に、他の兵科が進出して残敵掃討というのが基本である。
結局のところ、航空艦は常に浮かぶわけではないし、歩兵によってきちんと陸の施設や街などを制圧しなければ前線の押上げなどは不可能なのだから。
「そこ」にこそ、ロシア帝国軍は目を付けた。大日本帝国空軍との戦技・戦術研究を経て、「それ」だけはどうしようもないと判断した。
 航空艦は落とせない、ならばどこにいる敵兵ならば殺せる?
 答えはただ一つ、地を這う歩兵たちだ。
 弱いことが、そこにいたことが、無防備だったことが、その兵士たちの罪であった。



  • 西暦1853年10月 クリミア半島 セバストポリ 野戦病院



 ロシア帝国陸軍を追い払った後のセバストポリは、アルビオン王国軍の前線基地となっていた。
 さらに内陸に深く見込んだ先にはロシア帝国軍の前線が構築されており、そこはまさに激戦区となっていた。
 だからこそ、ここセバストポリはそこに向かう兵士達の集まる場所となり、あるいは王立空軍の陸港が敷設される場所となっていたのである。

 そして、その一角、野戦病院などが並ぶエリアはひっきりなしに運ばれてくる負傷兵で溢れかえっていた。
 血の匂い、痛みを訴える声、施術の音、悲鳴、物を運ぶ音、舞いあがる埃、そして戦場の興奮。
そこは最前線とは別なベクトルでホットゾーンであった。命を救うため、命を繋ぐため、多くの処置がなされ、たくさんの人々が駆けずり回っていた。

「痛い……痛い……痛い……」
「麻酔、こっちに!」
「大丈夫です、すぐに止血しますよ」
「足が、足が、俺の足が……」
「殺菌を急いで!虫がたかると大変だから!」
「くぅ……染みるぅ」
「堪えてください!」

 痛み、苦しみ、あるいはそれを超えた死への恐怖。
 死神の鎌から逃れようとする兵士たちを、看護師や医師たちは勇気づけ、あるいは励まして生者の世界に戻そうとする。
途方もない綱引きだ。命がどちらに傾くかという、極めて緊張と努力と気力を要する綱引き。
それは一人や二人の話ではない。数百人を超える数だけ発生している。
異常だ。ここまでの死傷者が出ているのは、何かおかしい。

526:弥次郎:2024/08/28(水) 20:51:59 HOST:softbank126116160198.bbtec.net

 航空艦隊を擁し、圧倒的に有利なはずのアルビオン王国軍。
 しかし、その王国軍は途方もない被害を受けていた。
 このセバストポリの野戦病院など、その被害の一角にすぎない。後方ではより多くの人間が治療を受けている状態なのだ。
一先ずはここで初期対応を行った後、後方へと移送してより衛生的な環境で治療を受けさせる手筈となっている。
その為に輸送艦は空軍および海軍どちらもひっきりなしにセバストポリとイスタンブールの間を行き来していた。
そこには死者も多く含まれている。戦いで即死したもの、治療が間に合わなかったもの、治療したが病気で命を落としたもの。様々だ。

 生きて後方に下がっていく兵士がいることは確かに朗報だ。
 それでも犠牲者は時間を追うごとに増えていくのも事実。
 そもそも、最前線からここまで下がってくるまでの間に死ぬ兵士だけはどうしようもなく救えないのだから。

(予想以上に死傷者が多い……)

 野戦病院の事務所で報告書をひたすらに書き進めているナイチンゲールには焦りがあった。
先遣隊によりコレラや赤痢などの病気への対処を行ったのは想定内であった。
それで犠牲者こそ出たものの、軍が行動不能になるようなダメージになることは回避できていたのだから。
 問題なのは、本格的にクリミア半島を北上してロシア帝国軍との交戦に入った後だ。
予想以上のペースで患者が運び込まれ、それへの対処で医療体制が大忙しであったのだ。
補給物資は潤沢に供給されているために、負傷者を捌くことはできている。
医師や看護師もいるし、致命的なトラブルが発生しているわけではない。
 それでも、前線に送られてくる将兵が、意気揚々と戦場に赴いた兵士たちが、速ければ数時間後には血まみれになって戻ってくるのだ。

 ナイチンゲールはそれなりに軍事についての知識を有していた。
軍人たちと付き合う中で、アルビオン王国軍の抱えている航空艦が強力であるかを知った。
あるいはそれと連携する陸軍や海軍の兵力が如何に精鋭であり、戦いに備えて準備しているかも。
 だからこそ、こうにまで死傷者が次々と発生している現状に違和感を覚えたのだ。
 前線で何か起こっている。それを予想し、自分からも報告をあげておく必要があると判断した。

527:弥次郎:2024/08/28(水) 20:53:11 HOST:softbank126116160198.bbtec.net

 ナイチンゲールの予想は正しかった。
 アルビオン王国軍は想定以上の準備をしてきたロシア帝国軍に出血を強いられていた。
 前述のように、アルビオン王国軍のドクトリンは、航空艦による攻撃の後、重砲や野戦砲の砲撃、止めに歩兵の前進というステップを踏む。
盤石そのものであり、覆せない様にすら見えるそれは、実のところ弱点があった。

 まず、航空艦は何時までも上空に張り付けないこと。砲撃を行えば弾薬は消え、浮かぶだけでも燃料を消費する。
入念に敵陣地に砲撃をした後となれば、弾切れで撤収することだってある。そうなれば航空艦による援護は消える。
これは重砲や野戦砲にも言えることだ。砲撃を行えば行うだけ、弾薬は消費され、砲そのものも劣化していく。
 つまり、アルビオン王国軍に時間をかけた入念な攻撃をさせれば、あとは歩兵や騎兵の出番であり、そこならばアルビオンの優位は消えるのだ。

 だからこそ、ロシア帝国軍は入念に準備をした。
 まずは防衛ラインを構築し、航空艦からの砲撃に耐久出来るような堅牢な陣地および地下壕の作成を行ったのだ。
如何に火薬の力と重力による加速を得ても、砲弾が耕せる、あるいは貫通できるのは限度が存在する。
そこをついて、塹壕のさらに下に地下壕を作り、半ば埋まった要塞を作ることで兵士たちを温存する手に出たのだ。
 そして、アルビオン王国軍の攻撃を誘発するため、デコイを用意する。
 相手は遠くから、それも空から目視を主として観測している。地上の様子を詳細に捉えることができるわけではない。
様々なもので作り上げた偽の陣地、偽の砲台、偽の兵士---あらゆるものが虚構の、浪費をさせるための防衛線を作る。
あるいは地面のように見えるような偽装を施した陣地を作っておいて、攻撃対象から逃れるのだ。
中には本物も混ぜておき、怪しまれない程度に人の動きを作り、アルビオン王国軍を挑発させる。

 そして、航空艦や砲兵による攻撃の後、歩兵たちが前進してきたところで---まずはトラップによる不意打ちを仕掛ける。
地下から建物越し、あるいは地下壕から地面を貫通した銃眼、はたまた原始的な地雷や遠隔起爆の爆弾。
むき出しになった歩兵たちを殺すのに十分すぎる力を叩きつけ、混乱させるのだ。
然るのちに、一斉に地下壕から出現、交戦に入るのである。
それはまさしく乱戦であった。白兵戦を見越して、ショットガンやマシンガンを装備し、あるいはサーベルやナイフを持った兵士たちは躍りかかったのである。
 同時に、近接航空支援のために高度を下げていた航空艦に対しても反撃が始まる。
地下に隠されていた対空砲や対空ロケットが顔をのぞかせ、迂闊にも高度という防御を捨てた航空艦を襲うのだ。
あるいは航空艦からの支援攻撃を滞るように煙幕などを展張し、地上の様子を確認できないようにした。

 アルビオンの航空艦や砲兵は、決して敵兵だけをピンポイントで狙えるわけではない。
味方ごと撃てばロシア帝国軍を排除できるだろうが、そんなことができるはずもない。
そんな精密狙撃染みた攻撃をできるだけの技術も何もないのがこの時代だからだ。
そうして出血を強いたのちに、素早く撤収にかかる。こちらも地下に用意されている脱出ルートを利用する形だ。

 そう、倒せない航空艦を相手にすることはなく、陸軍の歩兵を次々と殺していき、戦争遂行能力を狂わせる。
ひいては陸軍の兵士だけを狙い撃ちにし、航空艦の消耗を加速させることによる息切れを待つ。
然るのちに、総力を以て反撃に移る。ロシア帝国軍は、泥沼より恐ろしい陣地を入念に準備し、待ち受けていたのだ。
 これがまだこの後に起こる数々の受難の、ほんの序章にすぎないことを、アルビオンは未だに知らなかった。
 戦争は、戦場は、人の命を欲しているかのように、残酷なまでに牙をむいたのだ。

528:弥次郎:2024/08/28(水) 20:53:48 HOST:softbank126116160198.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。

歩兵狙い撃ち戦術。ふははは、怖かろう(鉄仮面並感
+ タグ編集
  • タグ:
  • 日本大陸×版権
  • 憂鬱プリプリ
  • プリンセス・プリンシパル
  • クリミアに小夜啼鳥は飛ぶ
最終更新:2024年10月26日 16:53