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日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」外伝「空と地と鉄火にて」6


  • 西暦1855年4月某日 スイス連邦 チューリッヒ


 ロシア帝国-アルビオン王国間の交渉は最終局面に向かいつつあった。
どれだけ相手を憎み、殺そうと思っていたとしても、ここは政治の戦争の場。
いかに戦争の決着をつけ、立て直しを図るための道筋をつけるかが、この戦場での勝利条件。
だからどす黒いまでの感情を押し殺し、感情を超えるような発露を見せる理性の出番なのである。
 ああ、端的に言おう。殺す程度では「足りない」。
 相手が泣き、喚き、尊厳も何もかもを投げ出し、許しを請うように仕向けなくては「足りない」のだ。
 外交は、交渉は、血を流さないものに見える。
 しかして、実態は言葉一つ、仕草一つ、やり取り一つで幾万の命を奪うトリガーとなる、恐ろしいものであるのだ。
外交の場にいる人間が怯えているなどということはなく、どう猛に相手の隙を窺うものであった。

(まずいな……)

 その観点において、アルビオン王国は針の筵を味わっていた。
 この場に集まっていたほぼすべての国から睨まれていたのだから。隙を誰かに見せればすかさず食いつかれ、おまけで次の国が食いついてくる。
そういう死地に、アルビオンの外務卿などは立っている状況であった。一寸先は闇どころの話ではない。
 特に味方がほぼ0なのが痛い。
 仲裁役というか中立の立場であるスイスは辛うじてアルビオンの顔を立てているが、それ以外はほぼ怨敵を見る目であった。
同じく仲介役に近い大日本帝国も同じだ。ロシア帝国と大日本帝国の間の関係は意外と深く、中立とは言うがロシア寄りだというのが適切。
 そも、スイスにしても大日本帝国にしても、その他大勢の国々にしても、アルビオンに痛手を負わされた。
失ったのは財産や人や物だけでなく、面子というものだった。他国がそれを巻き返すべくオオカミになるのは必然。

 そして厄介なのは、味方の側からも睨まれているということだった。
 本国からは、女王からも政府からも軍からも、およそ戦争に関わる派閥や人間から早期講和を指示されていたのだ。
遺恨を残さないように、しかし、アルビオンだけが不利を背負わないようにという、それができたら苦労しない要求を突き付けられていた。
ジョン・ラッセル外務卿はそういう無理難題を押し付けられ、監視されながら交渉にあたっていたのだ。
 監視が付いたのも無理もないのは理解している。何せ、王立空軍の将官が結託してサンクトペテルブルク空襲を無差別攻撃にすり替えたのだ。
アルビオンとしてはその問題に禍根は残したくないが、同時に軍だけに責任を負わせるというのを避けたがっていた。
特大の失態をしでかしたと言えど、王立空軍はアルビオンに必要な組織であり暴力装置であることは変わらない。
責任を負わせるべきであるが空軍に余計な枷を他国が嵌める手助けをする裏切りは許さない---なんとも難儀な監視の理由であった。

 そして最大の問題点は、まさにそれ---戦時賠償の減免と引き換えに空軍に行動制限を課すという条約を結べと迫られている事だった。
内容としては至極単純に民間人のいる領域への空爆や攻撃を制限するというものである。
各国にとってはそれが恐ろしいことであるというのは言うまでもないことだろう。
問題なのは、どの程度が「民間人のいる領域」と定義されるのかがあいまいなことだ。
解釈次第でいくらでもアルビオン空軍の行動を制限できてしまうことになり、ひいてはプレゼンス能力を下げることにつながる。
アルビオンの覇権は空を握っていることに由来する面が強く、それに制限を課されればどんな問題が発生するかは想像もつかない。
そうなればアルビオンの現体制そのものが維持できずに倒れ込んでしまう可能性さえもある。
 そして、ラッセルのすべきことはこれを何とかすることであった。
 安直に拒否すれば賠償金が増える、迂闊に条件を飲めば将来の破綻が見える。そんな無理難題の二者択一。
 しかして、ラッセルとて馬鹿ではない。

(二択だと誰が決めた?)

 彼の目には突破口が、遠くともはっきりと見えていた。

852:弥次郎:2024/10/12(土) 21:30:19 HOST:softbank126116160198.bbtec.net

 各国の、アルビオンの覇権に従わない国の団結は、アルビオンの存在あってのもの。
つまり本気でアルビオンが消えてしまったり、一切を無視して国を閉ざされては各国は案外立ち行かない。
欧州からアフリカさらにはインドや北欧まで及ぶ広大な海運と空運を握っているのはアルビオンだ。
その気になれば国の一つや二つ日干しにすることも容易いことだし、流通網から締め出されれば各国は自前の海運力で何とかするしかない。
広大すぎる?がりを、アルビオンという覇権国家なしで維持しなくてはならない苦労をしょい込む。
その費用と苦労はいったいどれほどのもので、どれだけの国を傾けるか?
あるいは覇権を握ろうとして各国で相争う羽目になり、どれだけの無駄骨を折る羽目になるのか?

 そしてもう一つ、各国は見落としていることがある。
 アルビオン王国の国民としては業腹だが、今はアルビオンだけが空を支配している時代ではないことの意味だ。
ラッセルには、大日本帝国は気が付いているという確信があった。だから、要求はしても具体性に踏み込んでこない。
踏み込んだら困るからだ。大日本帝国だって航空艦を有し、そのプレゼンス能力によって国体を維持しているのだから、同じ枷をはめられたくはない。
道義だの道徳だの王権だのを持ち出しているのは、その隠れ蓑。
 そういうことだったら、カウンタープランの一つで簡単に暴き立て、こちらの不利を覆せる。

「第三の選択だ」

 ラッセルが各国に対して叩きつけたのは、国際的な戦時協定案。
 戦争省にも問い合わせ、情報を集め、並べて勘案した結果導き出された、今後の「外交としての戦争」に必要だと思われる要素の塊。
これまでは騎士道やら何やらの延長を洗礼に倣う形であやふやながらも動かしていたものを、ここで明文化させる。
定義を曖昧にさせない---アルビオンという覇権国家を縛るグレイプニルを打ち破る方策であった。
外交使節に交じっていた夢幻会の人員はその案に目を通し、内心絶叫した。

(ハーグ陸戦条約を持ち込みやがったァ!)

 ハーグ陸戦条約。あるいはハーグ陸戦協定、ハーグ陸戦法規。
 「陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約」及ぶ付随する「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」で構成される、戦時国際法だ。
史実においては1899年にオランダのハーグにおいて開かれた第1回万国平和会議で結ばれたことで、その名がついている。
 条約としては粗が目立つが、内容としては同じようなものだと分かる。

(そして……これの意味するところがあるッ!)

 同時に、これを出してきた意味が解る。
 「自分達の手足を縛った後、お前たち同士の戦争はどうする気だ」とアルビオンは問いかけているのだ。
 既に飛行船や航空機によって航空攻撃は実現可能になっており、何ならばロシアはこの戦争の最中に実現してみせたのだ。
規模こそ違えども、標的こそ違えども、大量の目標を容赦なく破壊しつくすことはアルビオンでなくともできるようになっている。
反アルビオンでまとまっているとしても、アルビオンが脅威でなくなれば、次は互いで相争う。
その時、アルビオンと違って枷のない、互いが互いを滅ぼすための無制限且つ無差別の破壊がまき散らされることになる。

853:弥次郎:2024/10/12(土) 21:31:17 HOST:softbank126116160198.bbtec.net

 そうなれば、逼塞していたアルビオンが再び覇権を握ることなど簡単になるだろう。
 何しろ敵国が揃って互いを滅ぼし合ってくれるわけだから、横から勝利をかっさらうだけで済む。
 合理的かつローコスト、さらにはローリスクで元の覇権に近いものを再構築できる。たった一つの案を飲ませないだけでも。

(うまいな)

 今の快楽をとるか、それとも未来の安全を得るか。
 枷をはめられるならば平等に課せられるべきだ、そして、それは一過性ではなく普遍性を持たなくてはならない。
アルビオンはそう言っているのだ。もちろん自分達だけが枷をはめられるのを嫌ってのことでもあろうが、大義名分は整っている。
拒否すれば、それは第二のアルビオンになると明言することに他ならないのだから、各国は断れない。
賠償金の支払いの減免などはなくとも、他人に足枷を嵌められるよりはましな結果を得られる。
だから怖いんだ、と夢幻会からの人員はつぶやくしかなかった。

 最大とも言えた懸案が解消の目途が立ったことで、講和会議は一気に収束に向かった。
 アルビオンは各国との間で賠償金などを相殺し、足りない分や非参戦国への支払いのみに限定することに成功し、南進政策の停止を勝ち取った。
 ロシア帝国は領土も賠償金も支払うことはなく、代わりに航空機や飛行船などの現物で支払うことに成功。
ついでにケイバーライトの現物や航空艦を得ることに成功したほか、サンクトペテルブルク復興費用をアルビオン王室からふんだくることに成功した。
 その他の国は、アルビオンから賠償を得ることに成功した。
 とはいえ、だ。各国は引き続き、アルビオンから提示された戦時国際法についての議論などを余儀なくされた。
今回のことで戦争は大きく変化したわけで、それに対応する必要があるのは言うまでもないこと。
同時に、戦争が外交の手段であるという観点から、引き続きの議論や各国とのすり合わせが必要になった。

 加えて言うならば、各国も思ったほどに国益を得たわけではないのも事実であった。
 ロシアとしては南進政策が停滞し、帝都復興に大きく今後のリソースを割かざるを得なくなった。
 アルビオンは膨大な戦費や戦力の喪失に対して、得たモノがあまりにも限定的で、国内の不満は高かった。
傷痍兵は非常に多く、投じた費用回収は十年では効かないほどの時間が必要になると分析されていた。

 平和とは、次の戦争へのインターバルであると誰かが言った。
 事実として、各国はアルビオンに一矢報いる能力を得たが、同時にそれが自分に向けられるかもしれないという疑心を得てしまった。
今の主敵はアルビオンなのは確か。さりとて、その次の敵が、さらに次の次の敵が一体誰かなど誰も保証をしてくれないのだから。
 ただ多くの血と遺恨を生み出し、そしてそれらに支えられた悪意によって持て余すほどの武力が自分達を焼き尽くさないか---各国は密かにそれに怯えるしかなかった。

854:弥次郎:2024/10/12(土) 21:32:03 HOST:softbank126116160198.bbtec.net

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なんとか駆け抜けました。
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最終更新:2024年12月03日 13:16