403 :ひゅうが:2012/03/23(金) 19:39:15

ネタ――提督たちの憂鬱IF世界「きれいなルの字がログインされました」



――西暦1935(昭和11)年4月 日本帝国 帝都東京


「閣下。もうすぐ到着です。」

「うむ。――美しいな。桜並木は。」

「ええ。ポトマック河畔の桜も見事ですが、こちらは樹齢200年近い『隅田川の桜並木』ですからね。年を経て貫録が増しているのでしょう。」

「歴史、か。この町が作られてから3世紀半。作られてきた伝統は今も息づいているのだな。」

黒塗りのフォード・中島製のリムジンに乗り、フランクリン・D・ローズヴェルト大統領は川沿いの満開の桜並木を愛しげに眺めていた。
運転手である日系人に頼んで用意させておいた桜餅と薄めの緑茶を交互に楽しみつつ彼は目的地で待っている日本帝国の宰相に思いをはせる。

「新しいものも大切だが、それだけが大切なわけでもないか。身につまされる話だ。」

ローズヴェルトがこの場所にいるのには、あまり人にはいえない理由があった。

――彼が「この世界」で目覚めたのは、今から40年以上前のことになる。
第2次世界大戦の終結を見ることなく世を去ったはずの彼は、気付けば健康なハイスクールの学生となっていたのだ。
彼はそのまま惰性でかつてと同じ生を生きるはずだったが、そのうちに奇妙なことに気が付いた。
それは、彼が半ば以上意図して戦争に巻き込んだ太平洋の向こうの国が自分の知識とは大きく異なったものになっていたことだった。
欧米には新政府の樹立に一役買った「エンペラーのリパブリスト」リョウマ・サカモトが率いる商社が進出しており、北方の国境はテディが助言するまでもなくクリル(千島)諸島全てを含んでいる。
憲法は「あの世界」のようにプロイセン型のそれではなく強力な政府による軍の統制を企図するものになっていた。
それらすべてはかの列島を史実以上に強大にしようとしていたのだった。

調べてみると、彼の知る歴史では聞き覚えのない人物や暗殺されていたはずの人物たちが健在であり、それが歴史の変更を生んでいるらしい。
ローズヴェルトは奇妙なもやもやした気持ちを抱きながら歴史の動きを見守った。

日露戦争では史実以上の大勝利をおさめた上アメリカにとって望ましいことにマンチュリアの共同経営が実現しており、第1次世界大戦ではかの国は率先して欧州へ派兵して同盟国たる英国を救援した。
この頃になると、ローズヴェルトのもとにはミツビシやクラサキなどの商社や日本政府の関係者からひっきりなしに接触があった。
それにあわせてローズヴェルトは史実の動きをなぞる傍らでかの国について知らず知らずのうちに調べていた。
転機となったのは、彼が大学生の時だった。
高熱とその果てのマヒを覚えていた彼は精一杯気をつけていたのだが、それでも歴史は無情にも彼の体を蝕んだ。
そこで彼を助けたのは、テディ(セオドア・ローズヴェルト)と付き合いのあった人々。
運よく新薬の提供を受けた彼は片足が不自由になる程度で病魔を退けられたし、それまでは毛嫌いしていたアメリカの柔道場からやってきた人々による支援(彼は知らなかったが最新のスポーツ医学の知見が応用された)で「ワトソン博士のように」普通の生活を取り戻したのだ。

以来、彼は前世以来の疑念を捨てることにした。
世界恐慌の混乱の中で水際立った動きを見せた日本人たちには少し閉口したものの、基本的に「共同経営者」としてマンチュリアやチャイナで振舞い、それに日本人がこたえる限りは友邦として彼らを扱う。
気がつけば、彼はかつて信頼できると考えていたスターリンを差し置いて日本人の言い分に耳を傾けるようになっており、『親日派』と呼ばれるようになっていた。
だからだろうか。

欧州で台頭するヒトラーや、不安定さを増すチャイナ・コンチネンタルの問題。そして巨大公共事業で景気浮揚を図るニューディールに関して友邦の支援を仰ごうと考えたのは。

――こうして、合衆国大統領としてはかのグラント将軍以来のアメリカ大統領の日本列島訪問は実現した。


「まぁ、なるようになるか。」

ローズヴェルトは苦笑した。
沿道の人々は、12年前の大地震を乗り越え、笑顔に輝いている。
こういう人々をはぐくんだ日本の政府は、おそらく彼が知っているそれと違う。

ならば、いかなる意味でも有意義な話ができるだろう。


「見極められるかな?私に。」

ローズヴェルトの呟きを残し、公用車は会談の場となる首相官邸へと滑りこんでいった。

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最終更新:2012年03月23日 19:54