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日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」外伝「そうだね、粛清だね」2
- 西暦1855年6月某日 アルビオン王国 ロンドン シティ・オブ・ウェストミンスター ダウニング街10番地
ケイバーライト鉱石の採掘を進めるロンドンにあって、シティ・オブ・ウェストミンスター ダウニング街はその喧噪からある程度離れていた。
アッパーヤードの一角、上流階級の住まう、煙と蒸気と霧の街の只中にあって、まだ正常な空気が維持されている部類の土地。
それこそがダウニング街10番地---アルビオン王国の首相官邸である。
そして、そこの現在の---少なくとも表向きとしての主であるジョージ・ハミルトン=ゴードン首相は憂鬱げに報告書をめくっていた。
表向きという枕詞がついているのは、既に彼の退任は決定事項であるからである。
クリミア戦争の終結とそれに伴う処々の条約の締結、後始末に一定の目途がついたら、ヘンリー・ジョン・テンプルへ首相の座を引き継ぐことが決まっている。
それは、今回の戦争のしでかしの総合的な責任を負っての事であり、戦争指導能力の欠如と批判されているのをいいことにした生贄のようなモノであった。
少なくとも、ゴードンが責任を負うことで、多少なりとも後任となる予定のテンプルへの風当たりは弱くなり、ひいては女王への批判も抑えられる。
テンプルが次の首相に指名されることは内々に決まっているし、彼らが仰ぎ見る女王陛下との話し合いも終わっている段階だ。
引継ぎに関しては多少のノイズこそあれど、順調に進むだろうことは見込まれている。
とはいえ、である。
ただ職を返上した程度では示しがつかないというのも事実。
これ幸いに逃げ出したと非難を受けることがないように、きちんと後始末をする必要があるのだ。
少なくとも、彼は敬愛すべき女王陛下に信任された閣僚の長あるいは首席として、為すべきことを為さねばならないのだ。
そう思い、下からの報告を受け取って読み始めたわけであるが、さしものゴードンさえも、何度も目を背けて心身を落ち着ける必要があった。
「空軍あってのアルビオンであるがゆえに、報復は妥当」
「HMS、すなわち女王陛下の航空艦艇を沈めたことは、アルビオンの覇権に唾を吐きかけるようなモノ」
「空軍の都合が他の軍よりも優先されるべき」
「あの国程度に温情をかけるなど間違っている」
「空襲で敵国の戦争指導者を殺せれば戦争を早期に終結させることができたはずだった」
「ペテルブルクにいた時点でロシア帝国側の戦争協力者であり、攻撃をしても誹りを受けるいわれはない」
「戦争を早期に終わらせるために行動したのであり、徒に犠牲を出す必要などなかった」
「女王の真意をくみ取れたのは空軍だけだった」
読んでいてめまいがするようだ。
これを実際に聴取し、報告書にまとめてくれた人間には感謝しかない。
主旨を読むだけでも疲弊するというのに、元々の証言の内容をそのまま聞いていたらどれほど精神が削られるか、想像もしたくない。
まして、聴取においては相手が喋るのに合わせる必要があるからノンストップだ。嫌でも聞かされるというのだから。
886:弥次郎:2025/01/18(土) 20:23:03 HOST:softbank126116178004.bbtec.net
さらに信じがたいのが、女王の命に背いたことをまるで問題視していない人間が多かったということだ。
勿論全員ではなかった。命令を偽装あるいはすり替えられたと知ったことで激怒したり、ショックを受ける人間だっていた。
だが、事の発端となり、中心的な役割を果たしていた軍人たちのほぼ全員が女王を欺き、あるいは騙したことに何ら呵責を覚えていなかった。
前述した証言にあったように、むしろそうしたほうが女王の意図を組んだのだと嘯いたほどに。
これまで軍人として、あるいは高級官僚として、貴族として多少の瑕疵はあれども実績を積んでおいて、この始末。
(……怖気がするな)
これは激震をもたらしたのだ。
こういうと自画自賛になるが、アルビオン王国の上層部、殊更に空軍というのは優秀な人材を集め、研鑽し、その上で人材配置がされている。
そこらにいるような有象無象程度は門前払いされる。選び抜かれた人材でもさらに選び抜いた人材のみが役職に就くのだ。
空軍---航空艦というものが戦略兵器であるからして、下手な人間に任せるような愚策は犯さない。
そのはずであった---オーバーホライゾン作戦までは。
選び抜かれた、アルビオン王国の力と英知の集まりから選ばれた人間が、あろうことか積極的に権力に背いたのだ。
教育がまずかったのか?人材選抜が間違っていたのか?監視体制が悪かったのか?任せた人間に落ち度があったのか?
それらはアルビオン王国を震え上がらせ、恐怖せしめた。そんな馬鹿をやらかすような人間をこれまで使っていたという事実なのだから。
果たして空軍だけの問題なのか?という疑問も持ち上がる。同じことを陸軍や海軍がしていないとは限らない。
あるいは、今回初めて見つかっただけで、既にとんでもない過ちをしていたのではという疑心が湧く。
一体いつどこで誰が何故過ちを犯して、今回のオーバーホライゾン作戦という結果を生み出したのか?
複合的な原因かもしれないと考えれば、さらに疑うべき要因は多岐にわたる。
もしもこれを
夢幻会が見たならば、歴史上繰り返されてきたエリート故の無謬性の過信や思考の偏りを想起しただろう。
異なる世界において、軍事というものが高等化が進んで、その結果専門性や精鋭化の進んだ代償は、時として途方もないミスを生んでいた。
その例に、アルビオン王国も全く漏れることはなかったというだけの話だ。
やはり人間が介在する以上、絶対にミスは発生するものであり、そのタイミングが今回の戦争の時だっただけとも言える。
とはいうものの、それは俯瞰的に見た時の話だ。
当事者たちにとってみれば他人事のように、良く言えば冷静に語れることではない。
場合によっては、これまでに積み重ねてきたアルビオン王国という覇権国家が四散してしまうような、そんな事態にまで発展しかねない。
その時の責任は後始末をする人間におっ被さるわけである---アルビオン王国が存続しているかどうかは別として。
「……うぐぅ」
腹が、ちょうど胃のあたりが悲鳴を上げるように痛みを訴える。
戦争の最中から戦後交渉、そして現在に至るまで、身体はがたついている。
だが、前述したように首相たるゴードンに休みなど許されるはずもない。
今後の外交問題に始まり、あらゆる問題がアルビオン王国に致命傷を与えないように、努力をし続けるしかないのだ。
887:弥次郎:2025/01/18(土) 20:23:58 HOST:softbank126116178004.bbtec.net
同時に思う。
この手の輩---今回問題を引き起こしたような人間は戦争の前に既に見たことがあったではないか、と。
(なるほど、ドクトレスが強硬策に出てまで摘発するわけだ)
ドクトレス---フローレンス・ナイチンゲールのなしたことはゴードンも知っている。
女王や内閣までも味方に巻き込み、彼女が言うところの「やる気のある無能」を摘発して回って、自分が自由に動けるように対処したのだ。
あの時もそうだ。女王や内閣や有識者の前で無能の烙印を押された者たちは、決して卑しい身分や役職の人間ではなかった。
寧ろ、社会において重要な役目を担っていたり、れっきとしたバックグラウンドを持っていて、仕事をこなしていた人間ばかりであったのだ。
きちんとした教育を受け、実績もあり、社会に恥じることのない人物---そのはずであったのにもかかわらず、その実体は無能だった。
いや、ある意味では有能だったのだろう。仕事をこなせないという論外ではなかったし、人間として評価を受けるところもあったくらいだ。
問題なのは、それらに胡坐をかき、己の利益のみを追求し、あるいは役職に付随した権力を恣に振るっていたこと。
研鑽と努力を疎み、日々変わり続ける世界から目を逸らし、本質的に為すべきことを放棄していたこと。
今後のことを考えれば、そういったモノを見過ごさないための目が必要になるだろう。
公的な機関としての監視の組織。不正や腐敗を見過ごすことなく摘発し、漸進的に問題を解決していくような組織。
そして厄介なのは、それが無私であり公平である必要があるということ。
(無理だな)
そこまで考えて、思わず苦笑が漏れる。
そんな都合のいい組織や人間など早々に得られるものではない。
どうやって人を集める?どうやって組織を運営する?どうやって健全性を維持する?
管理されているはずの空軍でさえも今回のような事態を引き起こしたのだから、その組織が腐敗しないわけがない。
かといって相互監視をしようにも、それでは組織間の対立にまで発展しかねない。
ただでさえ、アルビオン王国内部でも省庁や組織の間には少なくはない軋轢というものが存在するというのに、余計な火種を撒く結果になるかもしれない。
ともあれ、進めるべきは調査とその結果を基にした処罰、再発防止だ。
甘い処分にはできない。それが、途方もない価値のある人間を処断することになっても、アルビオン王国の未来には代えられないのだから。
「気が重たくなるな……」
思わず口から愚痴が零れ落ちた。
処分は間違いなく極刑。戒めとするためにも、温情は全くの0となるだろう。
けれども、だからこそ慎重さが求められることになる。あまりやりたくはないし、やって気分がいいものではないのだし。
「けれども---粛清は必要だな」
その言葉を、重たく口に出し、ゴードンは再び報告書に目を通すことにしたのだ。
自分が職務を怠るわけにはいかない、その義務感と矜持に後押しされて。
アルビオンで嵐が吹きすさぶ時は刻一刻と近づいていた。
888:弥次郎:2025/01/18(土) 20:24:56 HOST:softbank126116178004.bbtec.net
以上、wiki転載はご自由に。
頭痛が痛い案件で書くのも大変ですね。
本当は尋問シーンとかを書いていたのですが、あまりにも身体に悪い…
最終更新:2025年03月21日 13:58