324 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2025/01/21(火) 22:16:29 ID:softbank126116178004.bbtec.net [52/89]
日本大陸×プリプリ「The Melancholic Handler」前日譚「鵺と侍の前騒ぎ」
- 西暦1890年某日 大日本帝国 滋賀府 某所 料亭
二人の男が、卓を挟んで対峙していた。
見るものが見れば、尋常な二人ではないことが分かっただろう。
片や一目連---総合武術の流派「嘉島八相」の宗家の当主たる剣豪にして軍人。
片や虎鶫---総研(という体裁の
夢幻会)直属のスパイ養成員にして、一方では特殊作戦群の教導を担当する軍人、そして掃除係も兼務する男。
お互いが自重しているから究めて分かりにくいだけで、普通の人間ではない。普通どころか、特殊を飛び越え、例外的な二人だ。
「ごゆるりと」
そんなことは知ってはいても、よく心得た従業員---仲居が素知らぬ笑顔と共に襖を閉めてからしばらくして、ようやく虎鶫は口火を切った。
「急なお誘いに乗っていただいて感謝します」
「いや、何。君の誘いで楽しむのも悪くはないさ」
「とはいえ、あまり気分のいい話ではないのですが……」
「構わないさ。コンセンサスを確認するというのも悪くはない」
一先ずは軽く挨拶を交わす。
親しい仲どころか、幾度となく死線を乗り越え、研鑽し合った仲だが、そうであるがゆえにある程度の礼儀は必要であった。
「で、だ」
挨拶もそこそこに、一目連は問いかけた。
「やはりいるかな?」
「ええ、現地入りして下調べした人間は同じ返答を返してきましたよ」
それは、近々、親共和国派である堀河前首相が特使としてアルビオン王国および共和国に向かう件に絡む事案だった。
この二人だけではない、総研---夢幻会の注意と力はまさにそれに向けられているので、言わずともわかるものだった。
虎鶫が述べたように、既に警戒すべき相手---開戦派・強硬派あるいは攘夷派と呼ばれる手合いがアルビオン入りしているのだった。
何故分かったのか?その種は至極単純であった。
「とかく生粋の攘夷派は目立ちますからね……日本人らしい振る舞いや生活パターンはどうやっても崩せない」
「婦長やその後援、あるいは賛同者たちの努力があっても、アルビオンは辛いであろうからな」
そう、日本にいる攘夷論者たちは日本やその勢力圏の生活に慣れ切っているばかりに、アルビオン王国では目立つ。
日本とアルビオンとでは文明レベルというほどではないにしろ、生活基準が違う。生活環境が違う。
その為にどうやっても周囲から浮いてしまうし、活動を何かするたびにどうしても足跡を残してしまう。
波長が違う人間が固まって動こうものならば、海外にいる攘夷論者を見張る監視網に引っかかるというものだ。
「仲間を増やせないというのは足枷ですね、やはり」
「ああ。攘夷論者……特に大日本帝国を軸とする派閥は先鋭化しているところがある。
身を捨ててでも、命や財産を投げ打ってでも、これまでの人生のすべてを、国のためや理想のために投げ打つ。
方向性はともかくとして熱意や行動力は一流だが……大勢がついていけない」
料理に手を出しつつも、虎鶫の言に一目連は頷きを作る。
その思想が大衆から共感を得られないからこそ、攘夷論者はテロのような過激な手段しか取れない。
普通ならば、支持基盤を固め、法と理論に則った手段を用いて、政治の場に打って出るのが普通であるにもかかわらずだ。
「手ぬるい」だとか「そんな時間はない」と彼らは言うだろう。
だが、それは手間を惜しみ、あるいは短絡的に結果を得ようとし、あるいは共感を作ろうとしない言い訳に過ぎない。
そして、大衆の側もそれに靡かない理由を有しているのだった。
325 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2025/01/21(火) 22:18:16 ID:softbank126116178004.bbtec.net [53/89]
「……北米東西戦争以来、その傾向は強いですからね」
「アルビオンは勝てる相手であり、勝手に革命をして分裂した。
ならば、アルビオンはもはや安寧を脅かすものではないというのが大衆の意見だからな」
「だからこそ、少数で捨て身になることでなし崩しでも争いに持ち込みたい……」
「……蜂1号のことが漏れたのはある意味では痛かったな」
蜂1号---大日本帝国を盟主に据える大東洋同盟(Oriental Alliance)とアルビオンの全面戦争のシミュレーション。
実質的にアルビオンという勢力の解体シミュレーションでもあるそれは、堀河政権時に密かに行われたものだ。
その結果は、大東洋同盟の勝利という結果であった。
しかし、それを総研が改めて精査したうえで、戦後などを見据えた上での再シミュレーションの結果は---まさかの大東洋同盟および日本の破綻であった。
天文学的額の財力を投じ、天文学的兵力を投じ、天文学的量の資源を消費し、数十年単位の年月を使っても、世界征服は成りえないという結果。
余りの結果に、蜂1号改と呼ばれたそれは改訂前共々封印され、緘口令が敷かれ、記録などは封じられるか抹消されていた。
だが、衝撃の結末を秘匿できたのと引き換えかのように、改訂前の蜂一号の存在が漏れてしまった。
中身までは完全に漏れてはいなかったものの「アルビオンに勝利できる何か」という伝聞が広まり、独り歩きしてしまった。
結果として、それがあるからこそ攘夷論者はすべてを投げ打ってでも全面戦争に持ち込みたいと考えて行動した。
同時に、当時首相の座にあった堀河公を狙うことで、その詳細を知ろうという動きも存在していたのだ。
「今回、堀河公が特使として任命されたのはそういう背景もあったんだったな」
「ええ。海外にいるならば、少なくともアルビオンにいるならば安全性は高い。
それに、政治的な立場からもアルビオン両国は堀河公を守らざるを得ない。
でも、仮想敵国筆頭のアルビオン領しか安地が無いってそれGF長官……」
「それは言わないお約束だ」
ただまあ、と一目連は総研で聞いた話を思い出しつつ言う。
「アルビオンが自力で気が付く好機ではないか、とも言っていた。
可能性が高いプリンセスに近づけるわけであるしな」
「確かに」
閑話休題。
しばらく料理に舌鼓を打つことにしたが、ややあってから虎鶫は気になっていたことを問いかけた。
「しかし、一目連さん、ちせ殿を送り出してよかったのです?」
「構わないさ。あの娘は覚悟があるといった。ならば、実行してもらうのみだ」
原作に倣う人事というには、あまりにも非情。
武家の習いといえばそれまでだが、一目連は自分の弟子に、自分の父親を殺せと命じたのだ。
その気になれば介添え人をつけるなどもできる立場であるし、そういう人間を抱えているのが一目連であるのだが、それもしていない。
だが、一目連は肩をすくめるのみだ。
「原作に倣わせるというのもあるが、あの娘のためだ。
ぬるい環境で過ごしても、成長など得られない。
苦難の先にこそ成長がある。あるいは……そうだな……」
「北風が勇者ヴァイキングを作った、ですか?」
「ハハハ、それだな。
苦しみや痛みを伴わなければ教訓は身に染みない。
痛みを与えることを目的にしてはいけないが、それを超えられる程度には鍛えたさ」
ともあれ、と一目連は念を押しておくことを忘れない。
「私はここを離れられない……見届けの役目は任せる」
「はい。まあ、タケミ君もいますが……いい報告を期待してください」
「ああ」
そして二人は、改めて杯を交わす。
互いの、そして、愛弟子であるちせの武運長久を願って。
堀河公らがアルビオンに出発する、ほんの数日前のことであった。
326 名前:弥次郎[sage] 投稿日:2025/01/21(火) 22:18:48 ID:softbank126116178004.bbtec.net [54/89]
以上、wiki転載はご自由に。
蜂1号という題材に合わせ、急ぎで仕上げてみました。
最終更新:2025年04月28日 15:35