898:ひゅうが:2025/02/25(火) 03:22:46 HOST:FL1-27-127-13-252.okn.mesh.ad.jp
「どうぞ。お掛けください」
「失礼します」
「失礼します」
連邦生徒会長代行にして、連邦生徒会統括室長 七神リンは柄にもなく緊張していた
横で秘書役をやっている岩櫃アユムもまた緊張した面持ちを隠しきれていない
それを知ってかしらずか、優雅に紅茶を口にする、青紫色の制服を着用した生徒が二人
後方には没個性的な秘書官たちがボイスレコーダーに電源を入れ、同時に速記用の大型ノートとその裏打ちのボードを首から下げている
その様子がリンをさらに苛つかせた
「それで、ヤシマ派遣学園生徒会の方々が何用ですか?先のシャーレ設置時にはサンクトゥム・タワーにいらっしゃらなかったことから暇ではないことは分かっていますが」
まただ。とリンは自分を戒める。既に徹夜業務3日目であるから相当に自分の内心が苛立っていることがわかる。
先の「先生」着任時に、この二人は連邦生徒会に対して詰問に訪れなかった
まるで元から知っていたとでもいうように
それが、リンを苛つかせたのだ
あの、運命の連邦生徒会全体協議でほぼ全ての役員の敵意を買いながらも舌鋒を緩めなかった連邦生徒会長秘書官長の姿が目の前にちらつくかのように
「本日は、我々ヤシマ派遣学園を代表して『告発』に参りました」
最高級の連邦生徒会御用達の紅茶が9割以上入ったボーンチャイナのティーカップを手に典雅な微笑を送ってくるのは、ストレートのロングの銀髪に碧眼の生徒、ヤシマ派遣学園ガーデンガーズ(生徒会)渉外担当 日野ミサキ
連邦生徒会にとってもおなじみの人物である
数年前のまだ中等部時点で自学園のお取り潰しをなんとか免れようと、サンクトゥムタワーの受付前で土下座したところに、連邦生徒会員から何度もバケツから水をかけられ、震えながら退出したその姿を連邦生徒会入りしたばかりのリンは昨日のことのように覚えていた
「こちらをごらん下さい」
無理にしかめっ面をしているような顔からようやく口を開けたとばかりに発語したのは、ヤシマ派遣学園ガーデンガーズ(生徒会)法務担当である出雲タカネである
こちらは、くすんだような光の色のない金髪であるが、こちらはポニーテールに髪をまとめている
また、日野ミサキ同様に青紫色の制服の周囲をケープでまとい、左肩にはヤシマ派遣学園の校章(キヴォトスと思われる大地を北極から見た図像の下部に、左右にオリーブの枝葉が伸びてこの図像を半分ほど囲っている)を、右肩にガーデンガーズ(生徒会)を象徴する林檎の樹の紋章をあしらったアップリケがついた特別な服装を身に纏っていた
常用している眼鏡に室内の照明が反射しているために顔色はうかがいしれない
「わがヤシマ派遣学園は、カイザーPMC(民間軍事会社)のアビドス高等学校自治区に対する連邦保安法違反、およびカイザーローン(株)による連邦金融法違反を告発いたします
また、本告発にはトリニティ総合学園 ゲヘナ学園風紀委員会 ミレニアム・サイエンススクール セミナーおよび、レッドウィンター連邦学園事務局も共同提出者として記名をいただいております。これら学園の総意であります」
「ま、待ってください!」
たまりかねて、応接室の後方で立ったまま待っていた岩櫃アユムがいった
「そ、そのような重大な案件を突然に持ってこられましても…」
899:ひゅうが:2025/02/25(火) 03:23:19 HOST:FL1-27-127-13-252.okn.mesh.ad.jp
「それは岩櫃調停室長閣下の御意見でございますよね?」
応接セットに座っているがゆえに見下ろされる立場にあった出雲タカネがいった
顔色は――完全に、嘲りと憎しみに満ちていた
七神リンの脳内データベースが、彼女が一人生徒会長をつとめていた旧ガードナー農業学校の頃に頭を下げつつも、号泣しながらヴァルキューレの連邦生徒会警備要員に羽交い絞めにされて応接室を追い出される様子を映し出す
「連邦基本法第16条。『何人も、損害の救済、連邦生徒会員および雇員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない』
私の記憶に誤りはありますでしょうか?」
「いえ、ございません」
リンはそう言うしかなかった
しかしそれを聞かなかったかのように、眼鏡を両手で左右の弦を直すように丁寧にかけ直した出雲タカネは重ねて続けた
「連邦刑事訴訟法第二十四条第一項『訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立は、決定でこれを却下しなければならない。この場合には、前条第三項の規定を適用しない。第二十二条の規定に違反し、又は裁判所の規則で定める手続に違反してされた忌避の申立を却下する場合も、同様である』
同 二百七十二条『裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく被告人に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を知らせなければならない。但し、被告人に弁護人があるときは、この限りでない』
まだ続けますか?」
「いえ…」
岩櫃アユムの顔色は蒼白であった
「ご存知のように、連邦法適用の公訴事項におきましては連邦議会における多数決によって有罪無罪を判断し、連邦生徒会長の職権によりまして量刑を左右するわけでありますが、この事案に関しまして連邦生徒会長代行は職権を持っておりませぬ」
それまで紅茶をうまそうにすすっていた日野ミサキが顔を上げた
顔には、憎悪が満ちていた
「したがいまして、本校法務担当は連邦法の解釈により、連邦議会に量刑判断が付託されるものと愚考いたしますが、連邦生徒会長代行閣下の御意見やいかに?」
リンは、絶句するしかなかった
「御同意いただけるという認識に誤りはありましょうや?なければ、この告発状をご受理いただきたく願います
よもや――その権限が連邦生徒会長代行にはなしとして不受理としたりはしますまいな?
連邦生徒会長代行は、あくまで代行
その職権は連邦生徒会統括室長同様であり、文書不受理は怠業として処罰案件ということをお忘れでは?」
900:ひゅうが:2025/02/25(火) 03:24:00 HOST:FL1-27-127-13-252.okn.mesh.ad.jp
その慇懃無礼の極みのような言葉に、七神リンの精神が沸騰する
これは、意趣返しなのだ
同じ理由で公訴を不受理としたかつての連邦生徒会に対する
「お受けいたします」
七神リンは、三徹明けにしては極めて見事といえる礼をもって、封筒および書類を軽く頭を下げて受け取ることに成功した
まったく奇跡的なことだった
「ありがとうございます」
相手の二人ともがまったくありがたくもなさそうな顔で頭を下げた
「そうそう。言い忘れておりました。もし本告発が容れられないと思われる場合は、連邦議会代議士の方複数の共同動議として本公訴を上程する準備を整えてございます
どうぞ、よしなにお願い申し上げます」
勝ち誇ったかのような顔をして、日野ミサキは再び頭を下げた
「今度こそ、正義のなされませんことを――」
それは、彼女に向けて先々代のとある連邦生徒会役員が放った言葉、「カイザーは我々に雇用と納税をするが、あんたたちは、どうなの?正義?そんなもの狗の餌にもならないわ」に対する完璧すぎる意趣返しであった
――なお、その日の七神リンは、体調不良として早退した後に5時間後に公務に復帰している
蛇足ながら、この時の連邦生徒会総務部には、購入わずか1年目の備品の応接セットとボーンチャイナのティーカップ4脚の新規購入予算が申請されている
901:ひゅうが:2025/02/25(火) 03:24:50 HOST:FL1-27-127-13-252.okn.mesh.ad.jp
以上になります。リンちゃん南無…
902:ひゅうが:2025/02/25(火) 03:59:20 HOST:FL1-27-127-13-252.okn.mesh.ad.jp
※ なお、このときこの二人、まったく事務的に事を運んだつもりなので、意趣返しとかそんなことはまったくありません
リンちゃんが良識ある人物だったために持っていた負い目にクリティカルヒットしたためにそう見えただけですw(裏事情)
935:ひゅうが:2025/02/25(火) 17:14:51 HOST:FL1-27-127-13-252.okn.mesh.ad.jp
898-900 に追加する文章として、
一方、こちらは「事務手続き」を終えたもう片方であるが…
「あー終わった終わった!急いで事務口調で押し付けたおかげでさくっと終わったわね!」
「この分なら、美食連中が言っていたスイーツ店、2つ目いけますよ!」
「そういえば、七神統括の顔色、いつも以上に悪かったけど、悪いことしたかな?」
「なんかどんどん土気色になっていってたけど…」
――このやりとりを聞いていれば、さらに七神リン代行の顔色は悪くなっていたであろうことは、想像に難くない
最終更新:2025年05月18日 15:49