562:武図書:2025/04/09(水) 21:53:47 HOST:opt-183-176-44-232.client.pikara.ne.jp
思いつきで、
鉄槌世界のSSと申すも烏滸がましいですが、ネタを一つ。
鉄槌世界戦後史ネタに便乗
「作家達の抗い」
後に本名を一文字だけ替えた筆名の方が著名な、壮大なスペース・オペラや異世界の歴史譚など幾度もアニメ化される作品を残した作家は、その両親が熊本県の出身であった。
「作家は自分が経験した事しか書けない」と論じる者が正しければ、作者は銀河で大艦隊や宇宙要塞で戦闘したり、異世界の砂漠や草原で万の騎兵を率いたり、竜に変化して米空母をホワイトハウスの前庭に突き刺した事になってしまう。そのような事がなくとも、人間は適切な想像力と判断力、膨大な史料と時間さえあれば、遥かな過去であれ未来であれ異世界であれ創造し得る。
そんな彼が、壮大な宇宙を舞台にした全十巻の大作に続いて題材としたのは、喪われた父祖の地であった。
本土決戦により喪われた九州の地。その喪われた人命と文物への哀惜と悼み、国籍・宗教・人種に偏する事なく貫かれた中立の観点の文章は、「昭和」の始まりから1980年までの歴史を詳細に記録し、その過程で生じた虐殺や文化への破壊がどのような動機で実行されたのかを「公正な」立場で叙述。
日本人が軍の強制疎開命令さえ拒み抵抗する者が続出した理由。
米国の白人が、日本人に対して行った「狩猟」としか表現できない残虐行為。
米国の黒人が、自分達が蒙っていた迫害や差別を、「自分達の新天地」で日本人に対して加害する事を当然の権利と看做した精神。
米国のユダヤ人が、かつて損得を度外視して迫害されている彼等に救いの手を差し伸べた日本人に、かつての迫害者と同様の仕打ちを恥じなかった宗教的動機。
これらを、どこまでも「中立」に、且つ「公正」に、その動機と行動を叙述して見せた。
作中の主題は一貫していた。後に、同じ九州を父祖の地とする(大分県)漫画家が、作中の主要人物に
「虐殺は駄目だ‼ それを肯定する理由があってたまるか‼」
という主張にも通じる、父祖の地を奪われ、歴史を蹂躙された者の怒りと抗議。
文化論としても優れている記述は各国の言語に訳され、
「所詮は負け犬の遠吠え。滅びる民族の泣き言など無意味」
とせせら笑う米国人の冷笑にも屈する事なく版を重ね、後に九州返還以降に破壊し尽くされた九州各地の旧跡と更に判明した戦争犯罪の告発、戦争に対して戦争で報復する「血で血を洗う」愚挙を否定し、事後法ではなく、あくまでも法と正義に基づいて野蛮な行為を精算してみせた日本の矜持を追記して見せた。
そして、令和の現在。
未だに存命中の作者は沈黙しているが、本当に作者に「報復」の意思は無かったのであろうか?
563:武図書:2025/04/09(水) 21:54:33 HOST:opt-183-176-44-232.client.pikara.ne.jp
この著書は優れた中立と公正の観点で描写され、読む者に虐殺に虐殺を以て報復する行為、自らが憎むバケモノに自らが成り下がる愚を学び、本当になすべき事が何かを考えるように様々な歴史の事例を引用して叙述されている。
が、現在。ネット上では、その内容は切り抜きされ、本来の趣旨とは掛け離れた使い方がされている。
「日本人の善意は、本当の意味でユダヤ人の歴史に対して無知であり、その宗教観や歴史的価値観に対して蒙昧であり、知ろうともしない無邪気な独善によるものであった」
「もしも砂漠で乾きに悩まされた時、水を無条件で与えてくれる者がいれば、過半は感謝するであろう」
「ユダヤ人にとって、彼等を無償で救って下さったのは『彼等の神』であり、日本人は言わば神が与える水が入った器か、缶ジュースの缶のようなものであった」
「缶ジュースの中身はありがたく飲み干しても、呑み終わった後の空き缶に感謝はしない。捨てるべき場所に捨てるのが『正しい』行為であり、踏み潰して圧縮したとしても褒められこそすれ、否定される事とは思わないだろう」
「彼等にとって、日本人とは空き缶であり、これを捨てるのも踏み潰すのも『正しい』行為であり、缶ジュースに過ぎない日本人が『恩知らず』等と罵る事は、神の恩寵を我が功と騙る許し難い瀆神であった」
などが、その典型であろう。
前後の文章を読まず、ここだけ抜粋された文章を提示されれば、人はどう思うであろうか?
これだけであれば、『どの宗教でも開祖の言葉が捻じ曲げられ、どの哲学書でも著者の言葉が切り取られる』避けがたい事例であると思われるだろう。
……が、かの作者は『皆殺し』の異名をとった人物であり、壮大なスペース・オペラでは億単位の人命と幾多の文化を断絶せしめ、最終的には主役級ですら容赦なく屠った人物である。
『常勝』と『不敗』だけでなく、かの御仁は『ドライアイスの剣』の産みの親でもある。
現に、民族や宗教に対する蔑視や差別は「貧すれば鈍する」事で発生するものであり、恨みや憎しみは記憶と同様に遺伝する性質のものではない以上は、国家が鼓腹撃攘していれば世代交代とともに消えていくものであろう。
が、そこに「義憤」という「正しい怒り」を伝える「物語」が存在すれば、どうなるであろうか?
そして、人間が最も残酷になれるのは「正義の為に悪を滅ぼす」時であるとしたら?
結果は、後世の歴史家の判断に委ねられるべきであろうか?
もしも、存在すれば。
以上、あの世界で九州出身の作家が、どのように創作に影響が出るかを思いつきで。
566:武図書:2025/04/09(水) 22:05:14 HOST:opt-183-176-44-232.client.pikara.ne.jp
人種に不偏する事なく ×
人種に偏する事なく ◯
見落としないつもりでも見落としが…orz...
最終更新:2025年06月13日 22:01