524:モントゴメリー:2025/02/27(木) 23:46:40 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
「リシュリュー戦記」世界SS——『決戦①』
——大西洋、アイスランド沖
ようやく太陽が海面から顔を覗かせ始めた矢先、防空巡洋艦「コルベール」の防空指揮所に声が響いた。
「電探室より艦長へ、対空電探に反応あり!?
方位3-4-0、距離200㎞より大規模編隊接近中!レイキャビクからの基地航空隊と予測されます!!
さらに方位2-8-5、距離130㎞に別の反応!こちらは敵機動部隊から攻撃隊と思われます!?」
「こちら艦長!艦載機部隊の発見が遅すぎないか!?」
「奴ら、電探から隠れるために低空を突っ込んで来たようです!merde!!」
どのような状況であっても“紳士”でなければならない海軍士官にあるまじき単語を無視しつつ、コルベール艦長であるクレベール中佐は総員戦闘配置と叫んだ。
敵の航空戦力は、空母機動部隊とアイスランドの基地航空隊を合わせて1500機を超えると予測されていた。
「(くそっ。こちらの長距離爆撃機をかき集めて、1ヶ月以上も航空撃滅戦を実施したというのにまだそれだけの戦力があるのか!!)」
我々仏独伊の欧州連合艦隊は、その1500機の航空機からの空襲をくぐり抜け、さらに待ち構える英国艦隊を撃破して、その上でレイキャビクの港湾設備と飛行場を殲滅しなければならない。
道のりは途方もないが、それを成し得なければこの戦争に勝ち目はない。
まさにこれは『決戦』であった。
「味方戦闘機隊、西方に進出します!!」
見張り員の叫びに応じ空を見上げると、確かに上空直掩に展開している我が方の戦闘機たちが中隊毎に集結して艦隊左翼の方へと飛び去っている。
「(戦闘機隊は敵機動部隊への迎撃に集中させるのか。となると、レイキャビクからの攻撃隊には——)」
「通信室より艦長へ。『マドロン』より受信。
“戦艦戦隊はこれより方位0-4-0に変針、方位3-4-0より接近中の敵編隊に対してT字を描く。各戦隊はこれに追随せよ” 以上です」
「やはりそうか!!航海長、面舵70度!旗艦との相対位置を維持せよ」
「了解、面舵70度!」
変針による船体の傾斜を体感しつつ、クレベール中佐は右——艦隊中央へと視線を向ける。
そこに広がるのは大艦巨砲主義者たちの理想郷、10を数える6万トン級の戦乙女たちで構成される単縦陣であった。
長女『マドロン』を先頭にした彼女ら姉妹・従姉妹たちは、二方向より迫る凶鳥たちに一切怯むことなく、ただただ堂々とその戦陣を進ませていた。
フランス帝国海軍では敵に無線交信を傍受されることを想定し、各艦に呼出符丁を設定している。
そして『マドロン』は戦艦戦隊旗艦にして、艦隊総旗艦でもある戦艦「リシュリュー」の符丁である。
(ちなみに、コルベールの符丁は『コリーヌ』だ)
525:モントゴメリー:2025/02/27(木) 23:47:43 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
クレーベルは伝声管を掴み叫ぶ。
「こちら艦長、総員そのままで聞いてくれ。
いよいよ正念場だ。今日一日はこの戦争の行く末を決める決戦となるだろう。
だが、俺たちがやることは今までと何も変わらん!我らの“宰相閣下”を護り通す、ただそれだけだ!!
諸君らはいつも通り、各々の務めを全うしてくれればいい。
以上である」
艦内各所から歓声が上がる。
艦長以下コルベールの乗組員にとって、“宰相閣下”——戦艦リシュリューは絶対に守護してみせるという誓いを立てた姫君であると同時に、勝利の女神であるのだ。
コルベールは開戦劈頭の「ダカール沖海戦」から一貫して彼女と戦列を組み戦い、勝利をつかみ取ってきた。
防空巡洋艦の本分として姫の御衣を引き裂こうとする無粋な“鳥”たちを叩き落とすのみならず、夜の帳を突き抜け脇腹に槍を突き刺そうと迫って来た“猟犬”と正面から刃を交えた事もある。
コルベールにとって、勝利とはリシュリューと共にある存在であった。
「(敵編隊にT字を描くってことは『アレ』をやるつもりなんだろうが、敵も予測済みのはずだ。どうするのだろうか?)」
「艦長、友軍機の一部が北方に向かいます!!」
見れば、確かに数機の機影が戦闘機隊とは別方向に飛んでいく。
「あれは…観測機か?」
「通信室より艦長、『マドロン』より妙な命令が…」
「妙とは何だ?」
「“接近する敵編隊との距離と方位を正確に報告せよ”です。『マドロン』の電探が故障したのでしょうか?」
「それは本艦にのみ送られた命令か?」
「いえ、本艦にではなく、輪形陣先頭に位置する『ナタリー』と最後部の『セシル』に宛てられた命令です」
「(確かに両艦ともコルベールに劣らない電探設備を持つ艦だが…いや待て、輪形陣の端と端? そうか!!!)」
思い返せば先ほどの観測機も、機上電探を装備した虎の子だった。“宰相閣下”は、『マドロン』は【魔弾の射手】となるつもりだ。
クレベール中佐が正解にたどり着くのを待っていたかのように、リシュリュー以下戦艦群に動きがあった。
各々がその“剣”を抜き放ち、向かってくる無粋な来訪者への歓迎の準備を進めていく。
そして——地上に極小の太陽が同時多発に誕生する。
km単位で離れているにも関わらず、頬を平手打ちされたかのような圧力を感じつつクレベール中佐はその勢いに乗るように視線を空へ向ける。
数十秒後、今度は空中に大輪の“花”が咲いた。
海の女王たちの“剣”——主砲による統制対空射撃である。
彼女たちリシュリュー級の主砲である50口径41㎝砲は、仰角45度で発射した場合、距離25㎞付近で高度12000m前後まで砲弾を到達させることができる。
しかし、いくら近接信管を搭載し、さらに測距は対空電探との連動式であるといっても、その距離では命中は期待できないはずであった。
だからこそ相手も油断し、密集隊形を維持していた。そのはずなのに、先ほどまでは最低でも100機はいたであろう敵——重爆撃機——編隊は、その数を半数から1/3以下にまで減らしていた。
まさに【魔弾】の如しであるが、リシュリューが使った策は魔術でも何でもない。砲戦術の基本、「三角測量」である。
ただ、その“基線”を輪形陣そのものとし、さらに観測機を用いて“角”を増やしただけである。
言葉にすれば単純なタネであるが、それにより精度は飛躍的に向上されたのである。
その光景を見たコルベールの防空指揮所では勝利の雄叫びが響き、クレベール中佐もその輪に加わったが、内心これは始まりに過ぎない、と冷静であった。
そしてそれが正しいことが次の報告から裏付けされる。
「敵重爆編隊、二手に分かれてさらに向かって来ます!!」
「こちら電探室!方位2-8-5からの敵攻撃隊は味方戦闘機が食い止めましたが、新たに方位2-7-9と2-8-8から別の編隊が向かって来ます!!」
肉眼と電子の目から立て続けにもたらされた凶報にも、クレベール中佐は動ぜずに命令を下す。
「主砲射撃用意!さあ、今日という日は始まったばかりだぞ!!」
526:モントゴメリー:2025/02/27(木) 23:49:08 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
以上です。
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リアル戦線でメンタルが戦線崩壊一歩手前まで追い込まれている中、人生初の戦闘シーンに挑戦いたしましたが……正直、まだまだですね。
先達たちの背中が遠い。
なお、リシュリューたちはこの後1500機の航空機を返り討ちにし、夜戦で英国艦隊を叩きのめし、最後にレイキャビクの港と空港を石器時代に戻します。
最終更新:2025年08月17日 18:51