725:モントゴメリー:2025/03/15(土) 19:30:03 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
「リシュリュー戦記」世界SS——『決戦後➀』
——グレートブリテン島、大英帝国首都ロンドン、バッキンガム宮殿
「陛下、このようなご報告で宸襟を悩ませること、恐懼に堪えませんが…ロイヤルネイビーは、本日消滅いたしました」
謁見の間で、英国首相チャーチルはそう報告した。
「……」
その報を聞く国王ジョージ六世は、ただ口を噤み、話の続きを待っていた。
「昨日行われました『第三次レイキャビク沖海戦』にて、我がロイヤルネイビーはその持てる全てを用い侵攻してくる欧州枢軸連合艦隊を迎え撃ちました。
しかし、結果は惨敗…。空母機動部隊は母艦こそ過半は健在ですが、艦載機の稼働率は1割を切り戦力としては数えられらません」
「……」
「そして…そして、水上打撃部隊は参戦した全ての戦艦を失い、瓦解いたしました。
何隻かは戦場を離脱し、アイスランドの海岸に乗り上げた艦もいますが、この状況では修復は困難です…」
「……」
「勝利に乗じた枢軸側は、レイキャビクに対し“戦略艦砲射撃”を実施、その港湾と飛行場設備を粉砕しました。
…もはや、新大陸とグレートブリテン島との連絡線は維持できません」
「…市民の被害は?」
「幸い事前の避難が完了していたことと、枢軸側が戦時国際法に則った行動を取った結果最小限で済みました。
それでも、港湾関係者などを中心に無視できない犠牲が出ておりますが…」
「……っ」
ジョージ六世は、僅かながらも初めて顔を歪めた。
「さらに、太平洋においても『第五次ハワイ沖海戦』に我が太平洋艦隊は敗北。オアフ島に日本軍の上陸を許しました。
現在も守備隊は抵抗しておりますが、増援はおろか補給すら送ることが困難です。」
「そうか…太平洋も負けたか…」
「また、先ごろロシア戦線でモスクワ陥落が確認されました…」
「……」
王は肩を落とす。
「されど陛下、明るい話題もございます。ロシア共和国政府のモスクワ脱出が確認できました。
大統領はクレムリンの残り運命を共にしたようですが、政府機能自体は健在であります。」
そして、首相は言葉を切り、続ける。
「そして何より、サンクトペテルブルクでの『勝利』です。
ロシア海軍は再起不能なほどの打撃を受けたようですが、100万人の市民と数十万の将兵が包囲網から脱出できたことを勝利と呼ばず何と呼びましょうか。」
「…そうか、彼らは、ロシア人は『勝った』か」
「正直に申しまして、ロシア人が、特に海軍があそこまで勇敢であったとは思いませんでした。海軍屋としては誠に痛恨の極みです」
ジョージ六世は目を閉じ沈黙する。そして目を開いて言った。
「余は彼らがうらやましい。彼らは勇者として、勝者としての歴史に名を刻んだ。
対する余は、無能な敗者として未来永劫語り継がれるであろう…」
「その汚名は不忠の臣である私が背負います!!」
チャーチル首相は叫んだ。
「まだ終わってはおりません!
もはやグレートブリテン島は維持できないでしょうが、新大陸の領土は今だ健在です。陛下には一時の恥を忍び、脱出していただきたく存じます。
かの地で再起し、復仇の時をお待ちください⁉
ロシアも、我が英国資本により建設されたウラル工業地帯はほぼ無傷です。
ここをしのげば、枢軸陣営の国力から考え近いうちに彼らは攻勢限界を迎えます。そこで一気に反転攻勢に出れば、勝利の栄冠は必ずや陛下の手に帰するでしょう」
「…首相、卿はロンドンに残る気か?」
「はい。
ここまで敗北を重ねてきた者が首相を続けるなど、国民が納得しないでしょう。
ご心配には及びません、昔取った杵柄です。上陸してくる枢軸軍相手に一兵卒として最後まで戦ってみせましょう」
「……」
「ロイヤルネイビーは確かに敗北し、消滅しました。しかし、大英帝国は健在です。必ずや再び七つの海を制する大艦隊を作り上げることができます。
ご決断を、陛下——」
「失礼いたします!!」
「何事か⁉」
726:モントゴメリー:2025/03/15(土) 19:30:34 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
謁見の間に乱入してきた補佐官に対しチャーチルは一喝する。しかし、補佐官の言葉に顔色を変えた。
「宮殿の周りに国民たちが集まって来ております!?
ここは危険です、退避を!!」
「なっ……」
気が付けば外が騒がしい。ここまで喧噪が聞こえるということは、数千、或いはそれ以上の群衆が集まっているのであろう。
「断頭台の露と消えるか。無能な君主に相応しい末路であろうな」
「陛下、まだ間に合います。地下通路から脱出を!!」
運命を受け入れたジョージ六世と最後まで足掻くつもりのチャーチル首相が問答をしていると、不意に喧騒が止み、静寂がバッキンガム宮殿を覆った。
二人が訝しんでいると、旋律が聞こえてきた。
『『『英国斯く誓えり “海波統べん( rule the waves)”と
英国斯く歌えり 兵士の勇ましさ
諸国は聞き、疑を抱く
何ゆえ歌うか?
我らでさえ見失い
風吹き朽ちてゆく 風吹き朽ちてゆく
誰が世の覇者たるか? 思い起こす日ぞ!
そは「陛下の兵士」我が父、我が母!
命を賭す兵士 我が意地見せる時!
勝利に導くは 誰かと問うなら
誇らしく指し示す「陛下の兵士」!
誇らしく指し示す「陛下の兵士」!』』』
ジョージ六世は弾かれたように立ち上がり、制止の声も聞かずに廊下へと駆け出していく。チャーチル首相もその後に続き、窓の外を見て驚愕した。
国民が、歌っていた。バッキンガム宮殿を「包囲」した数千…否、数万の国民が歌っていたのだ。
「Soldiers of the Queen(陛下の兵士)」を。
ボーア戦争を生き抜いた老人が、先の大戦で片腕の失った壮年が、この戦争で父を失った少年が、赤子を抱いた母親が、皆が声を合わせて歌っているのだ——!!
『『『黒雲天地覆い 四方は敵ばかり
英国底力に 試練の時ぞ今
"党議にふけ、備え無し"
敵は自惚れり
されど我ら立ち上がり
義の為、国の為、戦とあらば征く!
誰が世の覇者たるか? 思い起こす日ぞ!
そは「陛下の兵士」我が民、我が国!
護国に常に立つ「陛下の兵士」なり!
勝利に導くは 誰かと問うなら
誇らしく指し示す「陛下の兵士」!
誇らしく指し示す「陛下の兵士」!』』』
「首相…否、ウィルよ。卿の言う通りだ。我々は、大英帝国はまだ負けていない」
「陛下、では——!!」
「いや、脱出するのは君だ。私はここに残る」
「それはなりません!陛下以外に誰が大英帝国を、あの忠勇なる国民を率いることができましょうか⁉」
必死に翻意を促すチャーチルに対し、ジョージ六世はただ首を振る。
「その忠勇なる彼らを見捨てることなど、余にはできない。
チャーチル首相、卿に命ずる。玉璽を卿に託す故、先に脱出した娘を即位させて、この戦争に勝つのだ」
「…陛下は、どうなさるおつもりで?」
「余は彼らと共にある。余の首と、持ち出せなかった王室財産を差し出せば、グレートブリテン島の民を救う事ぐらいはできるであろう。」
「………」
感極まり、声が出ない首相に対し、王は続ける。
「卿には辛い役目を押し付けてしまうが、娘と、この国の行末を託したぞ。
さあ、我らも歌おうではないか!」
曲は丁度3番に差し掛かっていた。
『『『うわべの挨拶など もう止めるべきだ
いざ起て剣佩きて “海波統べる( rule the waves)”とき
兵役こそなけれども 奴の敵非ず
そがものかは 見せ付けよ
英国たる者は 皆々兵士なり!
誰が世の覇者たるか? 思い起こす日ぞ!
そは「陛下の兵士」我が友、我が子よ!
名誉の守護に立つ「陛下の兵士」なり!
勝利に導くは 誰かと問うなら
誇らしく指し示す「陛下の兵士」!
誇らしく指し示す「陛下の兵士」!———』』』
727:モントゴメリー:2025/03/15(土) 19:31:13 HOST:124-141-115-168.rev.home.ne.jp
以上です。
ウィキ掲載は自由です。
リシュリューはロイヤルネイビーを歴史上の存在にしましたが、「グレートブリテン島の」民の心を折ることはできませんでした。
今回採用いたしました「Soldiers of the Queen(陛下の兵士)」。
帝国主義ど真中な歌詞ですが、立ち位置的には「Rule, Britannia!(ルール、ブリタニア)」への返歌となる曲であります。
「ルール、ブリタニア」の詩が作られたのは中世、その頃のイギリスは世界の辺境たる欧州のさらにその片田舎でした。
それなのに「海を統べよ( rule the waves)」なんて中二病チックな内容で他国に笑われたのですが、数百年経ち大英帝国としてその誓いを果たしたのです。
それを先人たちに伝えるべく作られたのが「陛下の兵士」となります。
最終更新:2025年08月24日 22:39