882:トゥ!ヘァ!:2024/10/10(木) 16:01:40 HOST:FL1-119-244-196-215.kng.mesh.ad.jp
ワールドウォー1Z もしもWW1にゾンビパニックが起きたら
ことの始まりは1918年3月の
アメリカ。カンザス州だと言われている。
同州の陸軍基地でまず初めの犠牲者が出た。
この時期ではまだ質の悪い風邪かと思われていたが、患者が死亡の後に起き上がり、生者を襲いだすと状況は一変しだした。
幸い軍の基地だけあり、銃火器には不足しておらず。
初の起き上がり(ゾンビ化)は大規模なものになる前に鎮圧には成功したという。
軍や政府はパニックと次なる
パンデミックを恐れ、同基地の兵士と関係者を隔離し、情報統制を行った。
しかし事はこの基地だけで起こっているわけではなかったのである。
数日のうちに同様の症例がカンザス州全土から報告され、更に時を経るごとにその範囲は増大。
この事態に対して米国政府は全土への戒厳令を発令。
軍を動員して対処に当たることにした。
だがこの時の米軍は欧州派兵に関しては中止していなかった。
元々ww1への参戦は大事業であったし、国の面子にも関わること故に中止にもしたくなかったのである。
この判断が後に世界を地獄へ叩き落とすことになるのだが、後の世からすれば遅かれ早かれだったとも言われている。
アメリカがRiser (早起き者の意味。この時代ではゾンビの名はまだ浸透していない)と呼称する存在の制圧に手間取っている最中の1918年4月。
それは気づかぬうちに欧州にも広まっていた。
まずはベルギー、次にフランスの各港、同時期にスペイン各地に広がりを見せた病は史実のスペイン風邪と同様に多くの死者を出し、そして“早起き者”を生み出すこととなった。
5月に入る頃にはイギリス、イタリア、ロシアでも同様の症例が確認され、6月頃にはドイツ、オーストリアでも同例が確認。
7月にはインドとオーストラリア、そして中国にまで症例が出始めたというのだから驚きである。
この頃になると米国本土でも中西部及び東部での流行が確認され、死人が早起きし始めた。
米国は半ば東西で分断され始めており、既に欧州に干渉するだけの余裕すら失い始めていた。
1918年12月25日。
クリスマスには終わるさ。という有名な言葉の通り人類同士の戦争は終結していた。
代わりに人類は新たにゾンビとの戦争に明け暮れていたのだから。
比較的初期で抑え込めたドイツやオーストリアこそマシであったが、封じ込めに失敗したフランス、ベルギー、スペイン、イタリアでは死者が列をなして跋扈し街々を蹂躙していた。
ロシアでは革命が勃発し、赤軍と白軍とそしてゾンビの三つ巴の地獄が展開。
イギリスは欧州に派兵していた軍勢を見捨て港という港を閉鎖。
本土へ籠る姿勢を露わにした。
アジアではインドと中国でパンデミックが起きていたが、日本は初動対応に成功。
しかも日本はただ成功するだけではなく、余力をもって初期対応に成功していたのである。
何せ先んじて鎖国体制を構築しては、余った余力で周辺諸国の死者の群れを駆逐し、水際防御のやり方をレクチャーまでしていた。
これで助かったのがフィリピンやオーストラリア、東南アジアの各国植民地などであり、完全に混沌の最中となっていたインドと中国を除いたアジア、東太平洋圏は落ち着きを取り戻しつつあったのだ。
883:トゥ!ヘァ!:2024/10/10(木) 16:02:12 HOST:FL1-119-244-196-215.kng.mesh.ad.jp
1919年.この年から第一次世界大戦改め世界ゾンビ大戦(WWZ)と称されることとなる。
欧州は引きこもる英国、奮戦するが物資が困窮する独墺、既に崩壊状態の仏白蘭西伊、流石にヤバくなってきたので手を組みだしたロシアの赤白軍、一致団結して難民と死者の群れに対応する北欧諸国などに分かれ混迷を極めていた。
アメリカは完全に各個分断された。
既に死者の都と化した東部、各地から生き残りが集まり抵抗を続ける南部、点でバラバラに対応するが逆にそれで人口が分散した故に未だ生き残りの多い西部と中部など各地で生き残りが抵抗を続けており、ホワイトハウスは当の昔の死人が主となっていた。
カナダは冬の恵みにより死者の行進をせき止められたが、メキシコは逆に飲み込まれており、中南米も所々で被害が出ていたが、この頃の中南米では人類vsゾンビvs野生動物という三つ巴になっている。
幸い動植物への発症は確認されておらず、ゾンビ犬やらゾンビ鳥やらは発生しなかった。
最もウィルスを持ち運ぶキャリアーとしては機能していたので、野生動物を通して感染が広がる事例は後を絶たなかったが。
1919年は一年を通して世界の感染者数と起き上がり数が爆発的に増加した年と言われているが、その詳しい数字は諸説ある。
何せこの時期に未だ国家機能を維持していた国家の方が少なかったのだから。
飛んで年は1920年。
この年は希望の年と呼ばれた。何せ1920年の半ばには日本でRウィルス(早起き者ウィルス。ゾンビの呼称が広まった後の世ではZウィルスと呼ばれる)へのワクチンが開発されたである。
これは元々日本が戦前から研究していたインフルエンザのワクチンを元にしており、現在世界で猛威を振るっているRウィルス対策にもある程度流用できた故の奇跡であった。
今更ながら人類もこのRウィルスの特性もある程度掴み始めていた。
感染後はインフルエンザに似た症状を発令し、比較的短期間(凡そ1週間から2週間)症状が続く。
この症状の最中で死ねば“早起き者”となる。
逆に生き残れれば“早起き者”にならずに済む。
感染から完治した場合には耐性が付くのか二度同じ症状にはならない。
また感染したウィルスも時間が経つにつれ体内で弱まり、弱毒化する。
感染完治後に死亡しても“早起き者”にはならない。
反面“早起き者”に直接襲われ死亡した場合は完治者でも“早起き者”となる。
これは奴らが噛みつくなどの行為で直接的に大量のウィルスを被害者の人体へ送り込んでいるのではないかと推測されているが、現状詳しいことは判明していない。
また完治を待たずに感染中に症例以外の何かしらの要因で死亡した場合も“早起き者”になる。
これらの症例は“早起き者”に襲われ死亡した際や、感染者が生きている間に殺害された場合が多い。
前者は言わずものがな今世界中で起きていることであり、後者は感染の広がりを恐れたパンデミック初期に世界中で起こった事例である。
人体が炭化するレベルで燃やせば起き上がりはしなかったが、雑に銃殺、毒殺などをした場合には“早起き者”へ変異する例が多かった。
インフルエンザに酷似した症例、世界大戦による食料、医療品の欠乏と衛生環境の悪化、そしてパンデミック初期における誤った対応。
これらの複合的な要因により短時間で多数の死者と“早起き者”が出るに至ったのである。
改めて日本が開発したワクチンの効果の説明であるが、これは至極単純。
ワクチンで死なない程度の耐性を付けさせ、本感染後の発熱を始めとする各症状を緩和させるという効果である。
これにより感染中の症例による死亡例を減らし、“早起き者”の発生率を抑制するのだ。
逆に言うと既に“早起き者”になっている存在から攻撃を受け死亡した場合はやはり今まで通り連中の同類になってしまうため、万能の耐性薬というわけではない。
しかしこのRウィルスワクチン普及後の“早起き者”の発生率が大きく減退したのは事実である。
人類はようやくまともに体制を整える余裕を得たのだ。
移行1920から21年はワクチンの増産と普及を進める年となった。
884:トゥ!ヘァ!:2024/10/10(木) 16:02:55 HOST:FL1-119-244-196-215.kng.mesh.ad.jp
そして1922年.この年は人類反撃の年とされている。
ワクチンを接種した日本を中心とする人類連合軍が各地に派遣された。
アジアの大陸方面はもう手が付けられない数になっていたので海と空から空爆、砲撃で当分対処することにした。
いや、数多すぎるねん…
欧州は遠いため、まずはインド洋の島々の制圧とマダガスカル島の解放を進めた。
最もこの時期はどこも人口が少なく、また一部の都市部に集中していることも多いため案外すんなりと作戦は進んだ。
こうして紅海への足掛かりを得た人類連合軍であったが、ここで足を止めることとなった。
半端な兵力で欧州に向かっても何もできないことが目に見えていたからである。
何より現状急いで欧州に向かう理由も薄かった。
何せ去年となる1921年の時点で遂に独墺の防衛線が崩壊。原因は戦時中から続く物資不足。
ついでにロシア内戦は“早起き者”が勝者となり、赤白軍は仲良くシベリアを乗り越えアジアに逃げ込んでくる羽目となった。
英国は変わらず引きこもっているし、北欧は冬の恵みのおかげでどうにかなっている。
この両国については北極海を経由してワクチン及び余剰物資を送っていたことから、どうにか現状維持出来ているのが確認されていた。
というわけで人類連合軍はまずは北米を目指した。
こちらは未だ北米のあちこちである程度抗戦が続いており、おまけに運が良ければ初期のRウィルスのサンプルが確保できる可能性もあると色々有意義であった。
このため人類連合軍…という名の7割日本、残りを豪州と東南アジア植民地軍による混合部隊は途中の太平洋の島々を乗り継ぎハワイへ到着。
案の定酷いことになっていたハワイを制圧し、生き残りを保護。
同地域を拠点として北米西海岸に展開を開始した。
幸い西海岸は(東海岸と比べ)比較的感染者数が少なかったこともあり、制圧は順調に進んだ。
しかしその後が問題であった。インフラである。
この時代の西海岸は数本の鉄道のみが東海岸と繋ぐ大規模インフラであったため、人類連合軍はロッキー山脈を越えて大軍を東部に送り付ける手段がなかったのだ。
そして当の列車と線路も長らく続く“早起き者”との内紛により所々破壊され、無事なものは見つからなかった。
仕方なく線路、列車の修復と同時に徒歩、または車での進軍のための調査を開始した連合軍であったが、良くも悪くも人口が分散していた北米ではあちこちに“早起き者”が存在しており、特に線路の先となる街々では相応の数が集中していた。
このため列車を使っての早急な進軍は困難とされ、徒歩また車でのやりたくもない侵攻が大真面目に進められることとなった。
幸い最優先目標はRウィルス発祥の地とされるカンザス州であり、東海岸まで行くよりはまだ近かった。
こうして西海岸に上陸した人類連合軍は徒歩でのカンザスまでの遠足へと洒落こむこととなった。
彼らがカンザスに入り、そして恐らく歴史上はじめてRウィルスの離間者が出たと思われる陸軍基地に辿り着くのは翌年1923年の夏前であった。
同時期海軍を中心とした作戦も進行中であった。
これはパナマ運河を制圧し、同運河を通ってメキシコ湾に進出。
未だまとまった抵抗の続いている米国南部地域を支援するというものである。
この作戦は特にこれといった邪魔もないため順調に推移していった。
燃料の問題もハワイや西海岸各地で無傷の燃料を確保できたため当初より余裕ができたほどである。
こうしてパナマを通り、メキシコ湾に到達した人類艦隊(9割日本軍)は米国南部勢力に諸手を挙げて歓迎された。
まあ一部では出ていけジャップや黄猿!と言った声もあったが、そういう空気読めないのは地元の人が銃弾で返答してくれた。
内心はどうあれいい加減物資的にも限界だったところに戦艦含めた大艦隊が助けに来てくれたのだ。
この周りが死者の群れな状況で喜ばない者など“いない”のだ。
885:トゥ!ヘァ!:2024/10/10(木) 16:03:49 HOST:FL1-119-244-196-215.kng.mesh.ad.jp
ということで一悶着ありながらも人類連合艦隊(9割日本)は無事南部入りを果たした。
ワクチンを始めとする各種物資を供給しながらも、地元の人の協力の下で海辺の街々にたむろする動く死人の群れを艦砲で駆除する日々が続いた。
まあ反撃に砲弾飛んでこないだけ楽であり、地元民からも大体は歓迎されていたため海軍からすれば楽で嬉しい任務だったのは確かである。
最も「俺たちは奴らを駆除しながら長々カンザスまで徒歩で進軍したのに!」と陸軍の人間からは恨みがましい視線で見られたそうであるが。
1923年になると前述の通り陸軍はカンザス州へ突入。
Rウィルスの手掛かりはないかと次々と調査に繰り出していった。
そんな中で奇妙なものが見つかった。始まりの基地と呼ばれる陸軍基地のあった街に製薬会社の研究所が存在していたのである。
余りにも怪しいその存在を調査しない連合軍でもなく、周辺や中にたむろする“早起き者”たちをさっさと駆除し、調査開始。
そして驚くべきことに発見された資料からはRウィルスはこの研究所が研究、開発していたものであることが記されていた。
詳しくは研究中のウィルスが突然変異したものであり、それが流出した結果が今回の大惨事に繋がったようである。
ウィルスに関しても新しい抗生剤を開発する過程で研究されていたものが変異したものであり、細菌兵器などと研究していたわけではないことも判明した。
善意から最悪の物が出来あがり、それが不幸にも流出。
そして米国中にしいては世界中へ広がっていったというのが今回の顛末である。
もしももっときちんと管理し、流出が起こらなかったら。
もしも世界大戦などしておらず、各国に余力があれば。
もしもアメリカが見栄を張らずに欧州への追加派兵を止めていれば。
全てはifの話。この世界では世界が死者で溢れ、人類国家の過半が崩壊したという現実が残るのみである。
以降の話をしよう。
Rウィルスの根本を突き止めた人類連合は各種資料やサンプルを日本本土へ持ち帰り、研究を開始。
1929年にはRウィルスの初期治療薬の開発に成功。感染初期ならこれで治療が可能となった。
30年代半ばには強化ワクチンの開発と治療薬の改善が進み、接種させしていれば感染、発症中に最悪死亡しても起き上がりにならなくなった。
最も相変わらず“早起き者”に襲われ直接ウィルスが流し込まれながら死亡した場合は形容量を超えるのか奴らの同類に変異してしまうのだが。
以降の人類史はRウィルスの変異とそれに対する対抗薬の開発のイタチごっこが続くことになるが、人類そのものの中にも耐性を持つ人々が現れ、時代を経るにつれRウィルスでの死者数は減っていくこととなる。
アメリカはついぞ元通りになることはなかった。
まさか人類を半ば滅亡一歩手前まで追いつめたのが自国の研究所が原因だったと知ってしまったからだ。
その余りにも凄惨な現実は既に崩壊していた連邦政府への非難へと変わり、人類連合諸国もこの流れに乗ることとにした。
既に国家としては崩壊した米国やその生き残りに責任を求めたところで有益なものは帰ってこないからだ。
それよりは生き残りの人々に頑張って現地を復興させてもらった方が良いとの考えもある。
何より詳しくは調査されていないが人類人口はWWZが始まる前と比べ激減しているだろうから、今となっては貴重な生き残りを処す理由はなかったからだ。
南部を中心とした各地の生き残りはそれぞれ州政府を再建させ、改めて独立。
アラスカ共和国、西海岸連邦、メキシコ湾連合などの国々となり、アメリカ合衆国としては二度と結束しなかった。
886:トゥ!ヘァ!:2024/10/10(木) 16:04:41 HOST:FL1-119-244-196-215.kng.mesh.ad.jp
欧州は生き残った北欧と英国が手を組み復興を始めた。
しかし欧州本土は動く死人とヒャッハー化した生者たちによる世紀末化が進んでおり、特に生者に関しては英国と北欧を自分たちを見捨てた者と逆恨みしている集団も多かった。
イギリスに関しては欧州派兵部隊を見捨てているので事実であったが…
当の英国と北欧もまずは自国の再建を優先し、欧州本土に関わる気は薄かった。
およそ数年後。人類文明の再建が進み、余力が出てきてからようやく人類連合として欧州本土へ介入が始まったが、そのころには各地での軍閥化、軍事衝突激しく欧州全体が火薬庫と化していた。
極東まで逃げ込んできていたロシアの赤白軍も本土へ戻ることは断念しており、再建が進んだ英国や北欧も自ら進んで手を突っ込みたいものではなかった。
そして本部が遠く極東にある人類連合も動く死者の駆除以上の介入は行わず、欧州はその後長らく軍閥同士が相争う紛争地帯として過ごしていく。
彼らが争いに疲れ果て凡そ平和になるのは21世紀入ってからであった。
アジアでは人類連合を結成し、率いている日本がトップとなった。
というより大多数の国が崩壊するか、疲弊している中では否が応でも日本がリーダーとされたともいう。
赤白軍が一緒に逃げ込んできては建国された極東ロシア、日本のおかげで初動対応の修正が間に合ったオセアニアや東南アジアなどが中心となり、“早起き者”の駆除と各地の文化遺産や生き残りの保護を積極的に進めた。
最もインドや中国などは“早起き者”の数や何より世紀末化した生き残りたちの争いが激しく、欧州本土同様進んで手を出したい情勢ではなかった。
取りあえず日本を始めとする人類連合諸国は沿岸部の掃討と確保のみ行い、以降は放置を続けた。
幾ら人類国家の中では余裕がある方とは言え、それには限度があったからだ。
民族紛争に手を突っ込むことほど消耗することはない。日本は割と賢い選択を選び、他の国々も余力がない現状では介入を避けたのである。
以降のインドと中国はゾンビと生者と生者が争う世紀末大陸と化していったが、凡そ四半世紀後には改めて人類連合が大規模介入し、大人しくされた。
そのころになる人類は良くも悪くも復興を遂げており、戦乱続くインドや中国から東南アジアや日本を目指す密航者やわざわざ手を出してくる無法者軍閥が後を絶たなくなっていたからである。
大陸は二度燃える。技術と戦力が向上した人類連合軍は久々の大規模な実戦ということで非常に派手に燃やしたという。
以降の大陸勢力は大人しくなり、素直に幾つかの国家に統合され再編された。
インドと中国の諸地域は十個ほどの国家となり、1990年代には人類連合加盟を果たす。
この世界の軍事に対しても説明しておく。
感染変異者こと“早起き者”に対抗するため凡その国は火力マシマシ編成がメジャーとなった。
戦艦は沿岸制圧のため現役であり、航空機は地上攻撃をメインにA-10のような重攻撃機が主流となった。
歩兵も威力と射程で勝るバトルライフルの類が現役となり、近接戦闘ではショットガンとマシンガンが現役である。
ミサイルの類が実用化されて以降も艦艇による直接砲撃や重攻撃機や戦闘ヘリによる近接航空支援の方が主流であった。
一々動く死者の群れにミサイルを撃ち込んでいては採算が合わないと言うのが、この世界の軍の本音である。
戦闘機の類もマルチロール性能が重視された。
これは人類同士の戦いが激減した結果、地上支援が運用のメインとなったためである。
それでも空の備えを捨てなかったのは永遠と衝突し続ける各地の軍閥を見てのことであろう。
なおこの世界の航空エンジンは史実よりもハイパワーなものが多い。
これは地上攻撃のためにより多くの弾薬や大威力の火砲などが求められた結果である。
このため直線速度や武装搭載量という意味では史実より優れた機体が多く誕生している。
887:トゥ!ヘァ!:2024/10/10(木) 16:05:23 HOST:FL1-119-244-196-215.kng.mesh.ad.jp
戦車は奇妙な発展を見せた。
そもそもWW1こそが初出の兵器であり、ゾンビパニックのせいで人類同士の戦いが激減したこの世界では史実とはまた違う代物へなっていったためである。
凡そ対空戦車または多砲塔戦車が主流であり、専ら対ゾンビ戦主軸でついでに人類戦が想定されていると言った具合が多くなった。
対人類戦に関しても榴弾撃ち込むことがメインであり、戦車同士の打ち合いは左程考慮されていなかった。
装甲は薄く、足は速く、砲塔の旋回は俊敏で、そして継戦能力に優れるのがこの世界における主流で優良な戦車とされたのだ。
史実の人々が知るような対戦車戦を想定した戦車というのは人類の文明が改めて躍進を遂げる21世紀になってから姿を現すこととなる。
軍艦に関しても前述の通り戦艦が現役。
その他多くの船は地上砲撃も任務に入れることが常識となっている。
空母類はきちんと誕生、発展している。
日本が運用し始めたこの船は航空機を用いて地上援護や偵察を自由に行えるからと瞬く間に世界中の海軍に広まった。
今では戦艦と並ぶ海軍の二巨頭である。
反面潜水艦余り発展していない。人類同士の対決が減り、対ゾンビ戦が主流となったため運用する理由がないのだ。
21世紀現在最も潜水艦運用が進んでいる日本のみが原子力潜水艦を保有している。
最後に人類文明自体を語ろう。
一度は滅びかけた人類文明は日本率いる人類連合の下で再建された。
以降は国際連盟に代わる組織として運営が続いている。
当初はアジア、オセアニアでの活動が中心であったが、1950年代までには世界の半数を人類の手に取り戻しており、21世紀に入る頃には新たに起こるパンデミック以外の“早起き者”の駆逐に成功している。
本部は日本に置かれ、複数の下部組織も存在している。
最大の下部組織は世界保健機関(WHO)であり、ここは対“早起き者”専門機関として真っ先に設立された、人類連合内でも古参組織である。
主にRウィルスへのワクチン、治療薬開発からパンデミック対策を仕事としており、WHO直属の武装組織である「Biohazard Security Assessment Alliance」ことBSAAの精鋭ぶりは有名である。
加盟国に関しては初期は日本を中心にアジアとオセアニア、そして各植民地の臨時政府が名を連ねるだけであった。
活動が進むにつれ英国と北欧諸国や赤白極東ロシア、北米系国家、残存している南米や中東の国々なども加盟していき、21世紀にはいる頃は人類国家の過半が加盟している国際的な連合組織となった。
21世紀現在では人類最高の連合組織として世界的に有名である。
史実の国連と違う点と言えば、凡そ日本に権力が集中している点(日本は嫌がっているが)と、Rウィルス対策第一として活動している点であろうか。
少なくとも史実の国連よりは健全に運営されていることは確かである。
何せこの世界の人類は疫病1つで滅びかけた経験があるからか、緊急事態に関しては割と真面目なのだ。
888:トゥ!ヘァ!:2024/10/10(木) 16:06:22 HOST:FL1-119-244-196-215.kng.mesh.ad.jp
投下終了
昨日雑談スレであったスペイン風邪がゾンビ風邪だったらという話から思いついたネタです。
このネタ最大の問題はゾンビの名称が普及する前の時代なので実はワールドウォー“Z”名称にはならない点…
最終更新:2026年01月09日 22:50