手野八幡神社
手野八幡宮、手野神社とも。
単立宗教法人である。また手野大学第2キャンパスのすぐそばであり、学生がお参りすることが多い。
本項では、手野神社から分かれた手野寺、及び複数の摂末社についても記す。
目次
祭神
主祭神は八幡神(誉田別尊=応神天皇)である。
また、配祀神は、息長足姫命(神功皇后)である。
その他、摂末社に拝される祭神がある。
摂末社
手野神社は、摂末社を有する。
手野天満宮
手野天満宮は、主祭神を菅原道真としている。
手野八幡神社の摂社である。
なお、受験シーズンとなると、手野大学の最寄りの神社として、数多くの受験生が合格祈願に訪れる。
砂賀水分神社
手野水分神社は、主祭神を水分神としている。
水分神は、天水分神、国水分神の両柱を併せたものとされる。
手野八幡神社の末社である。
水の神として、手野市内の農家に分祀されていることが多い。
砂賀黒姫社
砂賀黒姫社の主祭神は詳述されていない。
但し、イザナミノミコトとされている。
手野八幡神社の末社である。
なお、なぜ黒姫という名称を社名にしているのかについては、社伝によれば、黒の服を身に着け、喪に服す神ということらしい。
そのため、黄泉の神ということであり、死に関連する神とされる。
江戸時代にはすでにあり、当時はここで葬儀が執り行われていた。
手野神社
主祭神健磐龍命(たけいわたつのみこと)である。
なお、社殿はなく、手野杉が御霊代として祀られている。
手野杉は熊本県にある国造神社にある手野のスギから明治22年に株分けされたものであり、今に至るまで大切にされている。
当社のみ、明治時代に創建されたが、明治維新以前には同一の主祭神で同一の名称で手野陣屋内に祀られていた。
手野八幡神社の摂社である。
手野寺
手野寺は、神仏分離令によって設立された宗教法人である。
そのため、特に宗派は決まっていない。
御神体として八幡大菩薩が安置されており、また、日光月光が祀られている。
年間行事
| 月日 |
行事名 |
内容 |
| 1月1日 |
元旦祭 |
新たな1年の始まりと、今後1年の安寧を祈念する |
| 1月第2月曜日 |
成人の日 |
成人となり大人となるための自覚を促し、今後の栄達を祈念する |
| 2月3日 |
追儺日 |
鬼を祓いて、心身を潔斎する |
| 春分の日 |
春分祭 |
生きとし生けるものすべてに感謝する |
| 4月第3日曜日 |
鎮地祭 |
神社創建当時に立ち返り、今後の郷土の発展を祈念する |
| 6月1日 |
田植儀 |
神田において、神にささげるための稲の収穫を祈念する |
| 6月30日 |
夏越祓 |
半年の間に溜まった罪汚れを祓い、今後半年を心身清らかに過ごすことを祈念する |
| 8月3日 |
夏祭り |
夏の到来を祝い、氏子の安寧無事を祈念する |
| 秋分の日 |
秋分祭 |
死者を想い、郷土について考える |
| 11月23日 |
新嘗祭 |
神田からの収穫を神に感謝し、農作物が無事に育ったことを感謝する |
| 12月31日 |
大祓 |
夏越祓と同じく、溜まった罪汚れを祓い、来年を心身清らかに過ごすことを祈念する |
なお、鎮地祭を例大祭と呼称することもある。
社史
| 西暦 |
和暦 |
出来事 |
| 1210年? |
承元4年? |
黒姫神社創建 |
| 1817年 |
文化14年 |
石清水八幡宮より勧請 手野八幡神社創建 |
| 1818年 |
文政元年 |
社殿水害により流出 手野家の寄進により再建 |
| 1824年 |
文政7年 |
砂賀藩から水分神社を勧請 砂賀水分神社創建 |
| 1868年 |
明治元年 |
神仏分離令により仏式を排除 仏式を残すため、手野寺に全て移設扱い 土地の管理権などを分割 |
| 1870年 |
明治2年 |
摂社として手野天満宮を加える |
| 1890年 |
明治22年 |
手野杉を境内内に植える 手野杉を祭神とする手野神社を創建 |
| 1904年 |
明治37年 |
落雷により手野八幡神社一部損壊 社殿の3分の1が焼失 |
最終更新:2024年12月09日 19:48