「俺は地上最強だ! どんな奴でも0.2秒であの世に送ることができるんだ! 武器は持たない、カラテだ!」
誰も聞いていないというのに、そんなことを大声で口走りながら、地上最強の男・雷音竜は荒地を走り行く。
「俺があっちに向かう理由なんて決まってる! さっきもの凄い衝撃波があったからだ!
憎い! この俺の力が! この俺の恐ろしい力が!!」
これまた誰も聞いていないのだが、彼はやはり自分の心境を叫びながら、裸足のハンデを感じさせないスピードで悪路を走る。
仮に彼がこのままの速さを維持したとすれば、数分もすれば新生鷹の爪団と再遭遇することになるだろう。
そして、彼は『どんな奴でも(0.2秒で)あの世に送ることができる』ことを、憎みながらも自己のアイデンティティとしている。
故に、獲物が三人。地上最強を証明するために、竜は何ら躊躇することなく殺戮を行うだろう。
彼は一度、善良な子供を対象から除くとはいえ、全人類を皆殺しにしたことすらあるのだから。
スペランカーがいかなる手段を尽くした所で、この水爆にすら耐えた男には傷一つつけられない。
山岸風花のペルソナ、絶対防御を誇るユノでも、彼の鉄拳を数発防ぐことができるだけだ。
総統に至っては、何もできず瞬殺されるのが目に見えるようである。
地上最強・雷音竜は荒地を快調にひた走る。
あたかも、その道こそ自分の進む道だと言わんばかりに。
あたかも、その道にある全ての命を根絶やしにするかのように。
「?」
と、そこに。
彼の視界上に、ポツンと人影らしきものが現れた。
「―――俺は地上最強だ! どんな奴でも0.2秒であの世に送ることができるんだ!」
それを見て取るや、彼はそう叫ぶと、更に走る速度を上げた。
みるみるうちに黒い豆粒が大きくなっていく。
「武器は持たない、カラテだ!」
豆粒は、人間だと視認できるほどの大きさとなり、遂にその姿を表した。
知的な眼鏡も相まり、ひどく大人びて見える風貌だが、実年齢的には中学生程度のようである。
その人物は、何か長い棒状のモノを左手に携えて、静かに直立不動を保っている。
「憎い! この俺の力が! この俺の恐ろしい力が!!」
そんなことなど何らお構いなしに、竜はその殺人拳を、全力で人影に叩き付けた。
その数分前。
「おーい風花君! ぜぇ……風花君! ぜぇぜぇ……す、少しは走るペースを落としてくれないかね」
「何を言ってるんですか! こうしている間にもスペランカーさんに彼が迫っているんですよ! 休んでいる暇なんか……」
総統と山岸風花は、誰かスペランカーを助けてくれる人を探すため、辺りを走り回っていた。
それも、単に助けてくれる人ではない。自分達に加勢してくれて、なおかつあの男以上の実力を持つ人物を、である。
この状況下でそんな都合のいい人物が見つかる可能性は極めて低い。それでも山岸風花は諦めることができなかった。
彼女は、見てしまったのだ。スペランカーの決意に満ちた眼を。
―――あの眼は、死ぬ覚悟を決めた人の眼だ。
結局、その場は勢いで押し切られてしまったが、あんな眼を見て自分だけ悠々と逃げられるほど、山岸風花は人間をやめていない。
例えそれがどれだけ可能性の低い希望であっても、存在する限りは、存在し続ける限りは、決して捨てたくない―――ッ!
「風花君……」
気が付けば、足は亀のように遅く、まともに走ってすらいなかった。
「…………スペランカーさん」
やがて、足は無力にも停まってしまう。天を仰ぎ、今か今かと死地に迫りつつある人物の名を呟いた。
もう時間がない。これ以上捜索が長引けば、スペランカーの命に影響が出てくる。
あと25回死ねるというのは、結局は僅か25回でしかないのだ。そんな数字は、あの化物の前ではゼロに等しい。
現実は、誰にでも等しく残酷だ、と山岸風花は思った。事実としても、そうだった。
二人の周囲に、容赦の無い絶望が漂い始めて、
「……どうした? こんな所で一体何をしている?」
そこに。
何の前触れもなく、救いの手は現れた。
まるで、弱者のピンチに光速で駆けつけてくる、スーパーヒーローのように。
まるで、影で苦しむ者全てを救ってみせる、正義の味方のように。
雷音竜は、地上八メートル程の中空を舞っていた。
何が起こったかは、自分でもよく分かっていない。
彼が拳に手ごたえを感じた直後、気が付けばこの空中にいたのだ。
「―――羆落とし」
そう、地面の方から声がした。
声の主は、左手に棒のようなものを―――猫の手を模したラケット状の物体を持っていた。
まさか、あのような物で竜の正拳を無力化したのか? とても常識では考えられない話だった。
そいつは、高く飛ぶ竜に背を向けた体勢だった。如何なる手順を踏めばこうなってああなるのか、まるで判らない。
「……、―――」
地上最強の男・竜は、高度八メートルの高さから落下し、地面に叩き付けられた。常人なら各所の骨がいかれているだろう。
「―――俺は地上最強の男だー!」
しかし、竜は即座に立ち上がり、そいつとの間合いを一気に詰め、顔面めがけてフック気味の拳を放った。落下のダメージなどまるでない。
当たれば、全身の細胞ごとバラバラに寸断されてしまう一撃が、恐るべき速度でぶち当たる、
はずだった。
「!?」
ガクン、と。
突如、竜の下半身の筋肉がこわばり、そのままの軌道でパンチを放ち続けることができなくなったのだ。
一方そいつは、既にこちらを向き、ラケットを構えている。安定した、様々に動きに対応できる体勢で。
竜はバランスを崩し、その拳はラケットに吸い込まれるように軌道を変え―――
ギュパァン!! と。
小気味いいインパクト音と共に、ボクシングのカウンターの要領で、竜の体は再度空高く舞い上げられた。
その少し前の話。
「あ……あなたは?」
スペランカーは困惑していた。
彼は一人で戦う気だったのだが、何故か逃がしたはずの山岸風花、総統がここに戻ってきている。
その上、新たに眼鏡をかけた見知らぬ人物まで増えている。
何でも山岸風花と総統の話によれば、彼はあの男を倒してくれるというのだ。しかも本人曰く『ルール上、一人で戦う』のだという。
そいつは名前を問われたので、至極当然のように名乗った。
「俺は青春学園テニス部で部長を勤めている。名前は―――」
スローになった感覚の中、宙を漂う竜の心は、大きく動揺していた。
(俺は地上最強だ! どんな奴でも0.2秒であの世に送ることができる! できるんだ! そのはずなんだ!!)
自分の乾坤一擲と言える一撃が、既に二回も受け流され、その度に反撃までされてしまっている。
地上最強。それを心の礎としている竜にとって、こんな事態は決してあってはならないことだ。
「どうした……お前のテニスはその程度か」
下のからそんな声が届いた。
その声は、確実に『上から』モノを言っている意味合いを含んでいた。
地上最強であるはずの自分よりも、上から。
(コロス)
決めた。こいつだけは殺す。0.2秒で殺す。
(俺は地上最強だ! どんな奴でも、どんな奴でも0.2秒であの世に送ることができる! 間違いなく!!)
ゆっくりと上昇していた体が一瞬停止し、そこから急速に落下していくのを感じた。
(コロスコロスコロス! コロス! コイツハコロス! ブチコロス!)
一度は全身で受けた衝撃を、今度は受身を取って緩和する。その反動を利用し、瞬間的に身を起こした。
「俺は!」
勢いはそのままに、足による加速を加え、
「地上最強の!!」
先に放った二撃が可愛く見える程の、それこそ全身全霊の一撃を振りかぶり、
「男だーっ!!!!」
目の前にいる怨敵めがけ、欠片の慈悲もなく、その凶拳を打ち放った。
その直前の話。
男は、己の名前を、実に堂々と名乗った。
「―――手塚国光だ」
…………一切の妥協が無い、無限の暗闇が全てだった。
パカァッ、という軽く、それでいて実に乾いた音を、雷音竜は聞いたような気がした。
そして次の瞬間、雷音竜の視界が、周囲の空間が、余すところ無く漆黒に塗り潰されたのだ。
「!?」
その闇は完全では無く、所々に小さな煌きを見ることができた。
宇宙空間だ、と竜は即座にその考えに思い当たった。
常人ではそんな考えは起こらないようなものだが、竜は生身で宇宙へ放り出された事もあるのだ。一度経験済みである。
竜は虚空の先に、遠い遠い宇宙の果てに、己が倒すべき敵を認識した。
そいつは全身を金色に包み込み、超然としたオーラを纏っている。
「見せてみろ―――お前の真の実力を」
宇宙空間のはずなのに、そいつが言った言葉は何故か耳に入った。
そいつは左手のラケットを大きく、仰々しく振りかぶり―――
無造作に、振り切った。
ゴッ!! と。
直後、月が太陽が水星が木星が金星が土星が冥王星が―――全てが全てそいつのラケットに吸い込まれ、極大のビッグバンを引き起こした。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
ズゴオオオオオッ!! と空間を満たす無数の破片に、さしもの竜も大きく吹き飛ばされてしまう。
人知を超えたスピードで竜は真空中を飛ぶ。先にあるのは緑に満ちた水の星―――地球。
「があああああああああああああああああああ!?」
空気との摩擦で赤熱しながら、竜は恐るべき速度で大地に突き刺さる。あまりの衝撃に馬鹿でかいクレーターが生まれてしまった。
確実に水爆以上の破壊力が、それにはあった。
「ぐ、ああ」
竜が、あの地上最強がダメージを受けている。それだけでも信じがたい光景なのに、さらなる崩壊が彼を襲う。
『クキャケェ―――!!』
甲高い、トカゲの叫びを何万倍にも圧縮したような奇声が辺りに響き渡った。
それを皮切りに、次々と大きな地響きが、連なって聞こえてくる。
竜が何とか身を起こし、見ればそこには無数の巨大爬虫類……恐竜が、いた。
とうに現代から絶滅し、姿を消している筈の恐竜が、それこそ何百何万と群れを成し、何かに怯えるように逃げ惑っている。
恐竜達は雷音竜を避けるように走っていたため、竜もまた危害を加えるようなことはしなかった。
しかし、恐竜は何から逃げているというのだろうか?
本能か偶然か、竜は天を仰いで、
「……!?」
そして、地上最強の男・竜は見た。見てしまった。
もう数えるのも嫌になってくるほどの隕石が、
否、少なくとも隕石クラスの大きさを持った数多のテニスボールが、
その全てが自分を狙って降り注ごうとしているのを。
「……俺は」
少しでもあの物体の被害から逃れようとする恐竜を無視し、竜はそれらを睨み付ける。
テニスボールは、もうそこまで迫っている。
「俺は、」
対して、竜はその両手を、強く強く握り締め、構えを取ることしかできない。
「俺は地上最強の男だ――――――ッ!!!!!」
落ちてくるテニスボールに向け、ジャンプしつつ竜は必殺の拳で殴りかかった。
ゴガァンッ!! という天を衝く轟音に加え、ブン殴られたテニスボールが無限の塵と化す。
けれど、それだけだった。
竜が出来たのは、何千何万と存在するテニスボールのうち、一つを粉々にするだけのことでしかなかった。
直後に二発目三発目四発目が、まんべんなく竜を叩きのめし、大地へ磔にしてしまう。
更に、五発目六発目七発目が、竜ごと周囲の地面を爆砕した。
そして八発目九発目十発目―――次々と豪雨のように降り注ぐテニスボールを前に、竜は成す術もなく、
「…………………………………………ッ!?!!!?!!!」
やがて逃げたはずの恐竜すら巻き込む大破壊と共に、竜の視界が辺りが全てが純白に塗りつぶされ―――
ぽ――――――ん……。と、無傷の雷音竜の背後に、何の変哲も無いテニスボールが跳ねている。
そこは荒れ果ててこそいたが、まぎれもない2006年12月下旬の島根県。
決して、紀元前の地球などではなかった。
「………………、おれ、は」
竜の髪の毛は、あまりのことに、一本残さず総白髪と化していた。
「おれは、ちじょうさい。きょうの」
何事かをブツブツ呟きながら、それでも雷音竜は、あちこちがボロボロの体を、無理矢理に動かした。
よろよろと、目の前にいる敵に向けて、竜は今できる全力のパンチを放つ。
「お、とこ、だ」
ぱすん、と。
けれどもうその拳には、蚊も殺せない程度の力しか残っていなかった。
ぐらり、と自分で放ったパンチの反動にすら耐えられず、竜の体が崩れ落ちる。
限界がそこまでだったのか、既に竜の意識は無かった。
それを見下ろし、眼鏡の男は、ただ一言だけを言う。
「……15-40。お前の試合続行不能により、ゲームセットだ」
こうして最凶のマーダー、雷音竜はここに敗北した。
「手塚さん! 大丈夫でしたか!?」
「……心配無用だ。特に問題はない」
「にしても、頼んだのはワシらだといえ……本当にあの男を倒してしまうとは、驚きだわい」
「奴は強かった。次に試合することがあるとするならば、勝負はわからないだろう」
「あ、あの…………試合って、一体……?」
「いや、本当に驚きましたよ! 僕なんか、あまりの驚きに一回死んでしまったぐらいですからね」
「スペランカー君! またうっかり死んでしまったのかね! 幾ら回数に余裕があるからと言って、限度はあるんだぞ!」
「慢心は即座に敗北へ繋がる……気を付けることだ」
「あ、はい。すみません手塚さん」
「それよりも。これからの事についてだが―――どうするつもりだ」
「うーん、そうですね……どうします、総統さん?」
「え。いきなりワシに振られても……。スペランカー君、どうする?」
「いや、だから僕に聞かれたって……」
「特に指針が無ければ、一つ協力してもらいたい事がある」
『?』
「俺の纏めている青春学園テニス部は、全国制覇を目指している。そこで部員達を探すのを手伝ってくれないか?
部活を勝手にサボッた罰として、すぐにでも校庭500周をさせなければいけない。それが部長の務めだからな」
『…………………………………………』
「―――べ、別に、いいんじゃないですか? 人が集まればそれだけ安部を倒しやすくなると思いますし」
「う、うむ。そうじゃな、新生鷹の爪団もさらにメンバーが増えるなら、実に喜ばしいことだろうな」
「ま、まったくもって同感ですよね、総統さん、スペランカーさん」
「……頼みを聞いてくれて感謝する。そこでまずは、人が多く集まる主要都市で情報を集めたいと思うのだが。
人づてに聞いた話では、比較的三重県が治安も良い上、
ゲームに乗ってない人間が多く集まっているらしい。
逆に、東京はゲームに乗った人間が溢れている危険地帯だという。行くとすれば三重県だろう」
「(この人、常にマイペースかと思えば、意外に冷静な判断もするんだなぁ……とても変わっているけど、決して悪い人じゃあない)
僕は、それでいいと思います。総統と風花君はどうですか?」
「ワシは一向に構わん」
「私もそれでいいです」
「問題は無さそうだな。では三重県に向かうとしよう」
「さあ―――油断せず行こう」
宍道湖畔の、とある乾いた荒地に、一人の男がいた。
男は若さに似合わぬ白髪を生やし、膝立ちにただただ青空を見上げている。
かつて、男には『地上最強』という誇り高い自負が存在していた。
どんな奴でも0.2秒であの世に送ることができる、という自信があった。
しかし、ある男に完全なる敗北を喫したがため、もはやその信念は消え去ってしまっている。
「………………、」
男は無言で空を見ている。雲一つない、とても綺麗な蒼が広がっていた。心にモヤモヤがあっても、すぐに晴れてしまいそうに、澄んだ色である。
「………………、」
けれど、今の男には何も存在しない。晴らすストレスも、向かう先も、生きる目的も。
「………………、」
空虚な貌のまま、男は立ち上がり、無言で何処かへ歩き始めた。もちろん当てはない。
「………………、」
彼は知るべくもない。その先にあるのは、あの世に最も近い島、三重県答志島であるということを。
「………………、」
彼は知ることはない。まだ自分には、その鋼鉄をはるかに凌ぐ強度の肉体と、天地無双の怪力が残っているということを。
「………………、」
男は本能か、偶然か、はたまたそれ以外の何かに導かれ、再び死地へ歩みを進めていた。
「………………、」
男は、いつまでもいつまでも沈黙を守っていた。普段のように、自分は地上最強だ、と大声で叫んだりはしない。
まるで、もう自分は最強でも何でもないのだ―――そう言わんばかりに。それを、遂に認めてしまったかのように。
【手塚国光@テニスの王子様】
[状態]:健康 全く油断していない
[装備]:猫の手ラケット@FF9
[道具]:支給品一式 テニスボール一箱分
[思考]:さあ、油断せず行こう
行動指針: 1.三重県に向かう
2.部員全員を校庭に集め、罰則として500周させた後、全国制覇の為練習を再開する
【総統@秘密結社鷹の爪】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式 2000円 桐箪笥(中身無し)
[思考]:校庭500周……ワシには無理じゃな。もういい年だし。
行動指針: 1.三重県に向かう
2.こんなアホな政策を実行した安部に本当の世界征服を見せてやる
【スペランカー@スペランカー】
[状態]:残機24
[装備]:ソニックガン
[道具]:支給品一式 ダイナマイト10本
[思考]:危ない危ない、油断せず行かないと……。
行動指針: 三重県に向かう
【山岸風花@ペルソナ3】
[状態]:健康
[装備]:召還用銃
[道具]:支給品一式
[思考]:……結局、試合って何のことだったんだろう……?
行動指針: 三重県に向かう
【島根県宍道湖畔・荒地 二日目 14時】
【雷音竜@地上最強の男 竜】
[状態]:思考停止 無気力 疲労やや大(急速に回復中)
[装備]:カラテ(なし)
[道具]:支給品一式
[思考]:………………………………………………。
[備考]:このまま何もなければ、進路は三重県答志島方向へ向かっている
行動指針: なし
最終更新:2007年01月03日 15:39