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しとしとと雨が降る中を、白装束姿の女が一人歩いている。
背格好だけを見ればまだ若いようだったが、女の印象を強烈に怪異なものにしているのはその顔だった。
一度見れば二度とは直視できぬほどの、だが痛ましく傷ついた顔。
外見などで人の貴賎は決まらぬとは言っても、その相貌では異形の者と呼ばれても無理はないかもしれなかった。
加えて幽鬼のような歩き方が、その印象をますます怪異めいたものにしていた。
それもそのはず、彼女はれっきとした幽霊、それもまず知らない者はいない有名な怨霊だった。
田宮お岩。むしろ『お岩さん』の名で知られる、『四谷怪談』の主人公といっていい幽霊。
「おのれ伊右衛門……どこにいるぅ……」
その口から漏れるのはこの世のものとは思えぬ声。
バトロワの最中だろうがなんだろうが、彼女の望むことなど唯一つ、自分を裏切り、こんな醜い容姿にした挙句に
殺害した夫とその一族を殺すこと。
彼女の思考にそれ以外のものなど無かった。
二人組を作れというルールに従って、その辺を通りかかった糸目の男を脅して同行していたが、先ほどの放送でその制約がなくなったため
利用価値の無くなった男は即座に殺した。
「伊右衛門ん……伊右衛門ん……」
この渇きはあの男を殺すことでしかおさまらぬ。そう信じてかつての夫を探して歩く。
その時、どこからか
「お岩さん!!」
という声が聞こえた。
自分のことかとはっとした彼女だったが、どうやらそうでは無いらしいとわかった。
その声を発したのは近くにいた二人組の女の片方だった。お岩は物陰に隠れて二人の様子を伺った。


「全くなんてこったい!! こんな三文芝居であれだけの人が命を落としたってのかい!!」
険しい顔で主催者への反感をあらわにするのは、和服姿に日本髪といういでだちの女。
怒りをあらわにしてはいるが、相当の美人だった。
「まあまあお岩さん……落ち着いてください」
同行者の赤い髪の少女がなだめると、ため息混じりに答える。
「はあ、まあ確かにこんなとこで息巻いててもしょうがないねえ。それよりあんたの知り合いは呼ばれなかったかい、テト?」
問いかけられた重音テトはしずかに首を振った。
「そっか、そりゃ幸甚だ。だけどおちおちしちゃいらんないねえ……さっきの『放送』とかいうのをしてた奴らもぶっとばしたいとこだが、
まずはお互いに家族か知り合いを見つけるのが先決ってもんだね。よし、こうしちゃいらんないよ!!」
腕まくりしながら、お岩と呼ばれた女はテトを促して歩き出そうとする。
「はい……でも、お岩さんがこんなしっかりした方でよかったです。私一人だとどうなってか……」
「褒めても何もでないよ。まあこれでも結構苦労してきたからねえ」
「だけど、田宮お岩っていったらその……悪霊として有名ですから、こんな美人で真面目な方だなんてちょっと以外でした」
テトがそう言うと、お岩は憤然として答えた。
「ちょっとちょっと、あの四谷怪談ってのに出てくる私はあの鶴屋南北とかいう野郎が勝手に脚色したもんなんだよ!!
私は本当は悪霊でもなんでもないってのに!! あんなもん全部ウソ、インチキもいいとこさ!!」
驚いたような顔を見せるテトの前を歩きながらさらに続ける。
「そもそも自分で言うのもなんだけどさあ、私と伊右衛門様はそれは仲のいい夫婦だってことで当代じゃ有名だったんだよ?
だけど貧乏には勝てず、『二人とも別のところでコツコツ働いて銭を貯めて、またいつか一緒になろう』って話し合って泣く泣く離縁したのさ。
私はそれからあるお屋敷にご奉公に出たけど、伊右衛門様と離れ離れになってどれほど辛かったか……
けどそこの家の旦那様がお優しい方で、私たちの境遇を憐れに思って伊右衛門様を取り立ててくださったんだよ。
それで晴れて私たちはまた一緒に暮らすことができた、ってワケさ」
「へえ……なかなかいいお話ですねえ」
「それがあの鶴屋南北のせいで、あんなおっかない顔の幽霊なんかにされちまったんだよ!! まったく勝手な話さ。
でも私なんかはまだいいほうさ、伊右衛門様はそれはお優しい方だったのに、あんなひどい男ってことにされちまって……」
そこで初めて、お岩は悲しそうな顔を見せた。しかしすぐに気を取り直したように、
「やれやれ、昔話なんかきかせちまってすまなかったねえ。それよりも先を急ぐとしよう」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、テトを伴って雨の中へ消えていった。

(そんな……この私が……作り話? ただの、ウソだと?)
二人が去ったあと、雨の中に呆然と立ち竦むのは怨霊・お岩。
さきほど『もう一人の自分』から聞いた話に衝撃を隠せない。
自分がただのでっち上げられた存在にすぎなかった?
では、この自分の渇きは? 夫伊右衛門への限りない殺意は、自分の感じた痛みは、悲しみは、狂気のような恨みは……

それも全て、偽者だとでも言うのか。

雨の中、幽霊はただただ立ち尽くすのみだった。


【一日目・2時10分/東京都/天候・雨】

【田宮お岩@四谷怪談】
【状態】健康
【装備】不明
【道具】支給品一式
【思考】
1:呆然



(そっか、ミクちゃんが死んだか……)
お岩の後を歩きながらテトは考える。
さっきお岩に本当のことを答えなかったのは、いろいろ聞かれるのが面倒だと思ったから。
(まあ……いい気味、だけどね)
テトの唇の端が上がったが、よほど注意深く見なければ彼女が笑っているとはわからなかったろう。
(一人で人気を独り占めしてきた報いを受けたってわけだろう。ほかのボーカロイド一族も全員死ねばいいんだ。
奴らがいる限り私たちUTAUや派生キャラはいつまでも『偽者』って扱いを受けるだけなんだから)
日陰者の立場に甘んじる気などなかったテトにとって、今回のバトロワはチャンスだった。
目障りなボーカロイドどもを全員殺せば自分たちが『本物』だと認められる。

(私たちは、断じて奴らの『フェイク』なんかじゃない……)


【一日目・2時10分/東京都/天候・雨】

【田宮お岩@歴史※】
【状態】健康
【装備】不明
【道具】支給品一式
【思考】
1:伊右衛門ら家族や知り合いを探す。テトの知り合いも捜索
2:鶴屋南北に会ったら一発殴る

※便宜上歴史出典としたが、ここでお岩が語っている話は「田宮家に伝わる伝承」であり
幕府の記録などにはお岩に関するさらに違う話が記されている


【重音テト@UTAU】
【状態】健康
【装備】不明
【道具】支給品一式
【思考】
1:ボーカロイド一族を全滅させる
2:とりあえずお岩と行動する
※七期とは別人です
最終更新:2011年02月02日 00:55