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死亡者図鑑こと◆e/aiD9l9PUは改造幼女である。
彼女は有り体に言って、腹を立てていた。
何となれば、ご贔屓の福岡ソフトバンクホークスが不甲斐ない戦いを喫しているからである。
「なによなによ、三瀬までうたれちゃだめじゃない!」
ぷりぷり怒っている。ピンク色のワンピースにあしらわれたリボンが揺れてたいそう可愛らしいが、
片手に中ジョッキを持っているのが玉に瑕だった。
もっとも中身はオレンジジュースである。
改造幼女なので、アルコールは改造胃に届く前の改造食道の段階で自動処理されるが、そこはそれ、
いかんせん子供の舌にビールは苦すぎて呑めたものではないのであった。
そんなわけで片手にジョッキ、目の前には枝豆ならぬチョコボールを山盛りにした小皿を置いて
試合観戦中の◆e/aiD9l9PUであったが、ロッテの三番手・成瀬の前にきりきり舞いするホークス打線を見て、
とうとうテレビを消してしまった。
「もう、つまんない! ぼんたいしたやつなんてしんじゃえ!」
酷い扱いである。
幼女たる◆e/aiD9l9PUには与り知らぬことであったが、BR法案によって全土に非常事態宣言が布かれた日本に、
本来プロ野球などという悠長な娯楽に打ち興じる余裕などあろうはずもない。
モニターの中の彼らは、負けたら即処刑という狂気のルールによって開催されているトーナメント戦の
真っ最中なのであった。必死である。
そんな様子を放映する商魂にも凄まじいものがあるが、それはまた別の物語である。

「いいもん、ごはんまで2ちゃんでもみてようっと!」
◆e/aiD9l9PU、白く丸い指でPCの電源を入れる。
何気ない仕草まで可愛らしい。さすがは改造幼女である。
「ふんふんふ~ん」
鼻歌など口ずさんで、もやもやした気分を払拭しようとしているのが微笑ましい。
お気に入りのスレッドは「TCBR~テラカオスバトルロワイアル~」。
ここで出た「しぼうしゃ」にお絵かき気分でAAを貼り付けるのが、彼女にとって目下一番の遊びであった。
しかし、お気に入りのスレを覗いた◆e/aiD9l9PUは、思わず凍り付いたように悲鳴を上げていた。
「なによぅ、これぇ!」
そこには、昨日までの流れは微塵もなかった。
あったのは、怒涛の超展開。そして、異口同音に唱えられる、「GJ」「とにかく終わらせよう」の文字。
「う……うぇ……っ」
思わず泣いてしまいそうになる◆e/aiD9l9PUだったが、ぐっと我慢する。
◆e/aiD9l9PUは強い子であった。
どうにかスレッドに目を走らせている内に、徐々に状況がつかめてきた。
そう、原因は無論、BR法であった。日本全土を巻き込んだ強制的な殺し合い。
そんな中、彼らはなんと書きかけのSSを完結させようと一致団結していたのである。

火災や暴動は、日本全国いたるところで起きていた。
ケーブルや電話線がいつ断線するか、電話局がいつまで保つかもわからない。
それどころか、隣人が殺人鬼と化して襲ってくるかもしれない中で、彼らはSSの完結に情熱を燃やしていた。
それを現実逃避と笑う者もいるだろう。狂気の状況を打開する鍵になるかもしれないインターネットリソースの
無駄遣いと憤る者もいるだろう。しかし、スレに集った彼らは、必死であった。
プロバイダが陥落し、或いはモニタの向こうで無惨な死を遂げ、徐々にその数を減らしながらも、
彼らは物語を紡ぎ続けていた。
真性のアホなんじゃなかろうかと思うが、それはまた別の物語に譲る。

ともあれ、彼らの描く物語は、性急だった。
それは彼ら自身に残された時間の少なさを雄弁に物語るものであり、ある種の神々しさをすら秘めた
性急さであったが、いかんせん幼女に深い理解を求める方が刻というものであった。
「こんなてんかい、だめー!」
ふわふわの髪の毛から湯気をふき出す勢いで怒ると、◆e/aiD9l9PUは猛然とキーボードを叩き始めたのである。
「いえ、りろんうらづけがあったしてもダメのほうがいいのではないでしょうか? ……っと!」
物語のクオリティを上げるべく為される、数々の提言。
しかしその悉くが無視され、或いは口汚く罵られて却下される。
「ど……どうしてよぅ……ふぇ……」
自分の意見が通らない。これまでの人生で経験がない事態に、今度こそ◆e/aiD9l9PUが泣き出してしまいそうになる。
ガチャリ、とドアの開く音がして、数人の男が◆e/aiD9l9PUの部屋に土足で踏み込んできたのは、そんなときである。

「な……なに、おじちゃんたち……だれ……?」
目に涙をいっぱい溜めて、不安げに問う◆e/aiD9l9PU。
しかし黒づくめの男たちは、そんな◆e/aiD9l9PUの表情に頓着しようとせず、乱暴にその腕を掴んだ。
「いやっ……いたい、いたい! はなしてよう!」
暴れる◆e/aiD9l9PUが、四人がかりで担ぎ上げられる。
忘れているといけないので繰り返すが、◆e/aiD9l9PUは改造幼女である。従ってとても重い。

そんな幼女拉致の光景を黙って見ている男がいた。
黒づくめの男たちのリーダー格であるらしい彼は、黒づくめの男たちに何事かを指示すると、
◆e/aiD9l9PUを一瞥する。
「我々には時間がない。手短に告げる」
「な……なんなのよう、こんなのやだぁ……!」
半泣きの声にも眉筋一つ動かさず、男が言葉を続ける。
「改造幼女◆e/aiD9l9PU、今の日本を救えるのは君だけだ」
「いや! はなしてえっ!」
「BR法によって、既に日本の首都機能は完全に停止した。このままでは、早晩この国に終わりの時が来るだろう」
「しらないっ……! やだようっ!」
「君に秘められた力でこの国を救うのだ、◆e/aiD9l9PU」
「そんなのしらないもん! いやだよぅ……はかせ、はかせぇ!」
「博士とは……彼のことかね?」
男が、顎で部屋の入り口を指し示す。
つられてそちらを見た◆e/aiD9l9PUは、息を呑んだ。
悲鳴すら出てこない。状況の認識ができない。
そこには、真っ赤に染まった廊下には、一人の老人が、倒れていたのである。
「―――いやぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あらあら、こんなにうなされちゃって……」

その部屋には、ベッドに腰掛ける一人の女性がいた。
女性は、ベッドに眠っている幼女の寝顔を、慈しむように見つめている。
「悪い夢でも見てるのかしらね……可哀想に」
ぽんぽんと、小さく布団を叩く女性。
「もう大丈夫よ、ママがついてますからね……」
優しい声と感触に安心したか、やがて幼女は静かな寝息を取り戻した。
それを見届けて、女性は静かに立ち上がる。
「ママはちょっと出かけてきますからね、いい子にしててね」
幼女を起こさないよう、静かな声でそっと告げる女性。
音を立てないように、ドアを開ける。

一歩踏み出した瞬間、女性の顔つきが変わっていた。
「あなたは私が守ってあげるからね……大丈夫、危ない人はママがみんな殺してあげる……!」
修羅の双眸。その手には、支給品の鉈が爛々と光っていた。

 ―――◆e/aiD9l9PUの悪夢は、終わらない。



【一日目 15時00分】
【福岡県】

【◆e/aiD9l9PU@どこかの現実】
[状態]:お昼寝中
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:なし

【◆e/aiD9l9PUの母@どこかの現実】
[状態]:健康
[装備]:鉈
[道具]:なし
[思考]:どんな手を使ってでもこの子を守る…!


最終更新:2007年03月01日 21:42