駅の時計が9時を指した頃に新たな来訪者が街に足を踏み入れた。
赤いジャケットを羽織った男、
キャプテン・マーベラスは改札口を飛び越える。
警備員がいたのならば真っ先に捕まるだろうが、生憎無人の駅には彼の行為を咎める者もいない。
「そんなに焦ってもお宝は逃げないよ?」
続いて海東大樹が彼の背後から歩いてくる。
気だるそうに声の主に振り向くが、マーベラスはすぐに前を向いて歩き出す。
流石にこのままでは話を聞いてもらえそうにないため、
大樹はそれまで牛歩を保ってた自分の足に渇を入れてマーベラスの背後まで走る。
「結局ビッグサイトにお宝は無かったね」
マーベラスの隣に大樹が並ぶ。
コミックマーケットと呼ばれる日本でも大規模なイベントに訪れた二人であったが、
血と汗の涙とそれと烏賊の臭いがした同人誌が売られていたというだけで、
大樹達が求めるお宝は存在しなかったのだ。 結局その場は麻薬中毒者まみれだったのでさっさと撤収した。
なまじ一番有力な情報だっただけに、大樹は改めてため息をついた。
しかしついている間にも彼の視界からマーベラスが遠のいていく。
「つれないじゃないか、ここまで一緒に探索した仲なのにさ」
負けじと大樹が後を追う。
「知るか。 勝手にお前がついてきただけだろうが」
「お宝探しを手伝ってあげてるんだからいいじゃないか」
言ってくれるぜとマーベラスは吐き捨てた。
数時間前、海東大樹はマーベラスの持つレンジャーキーを狙っていたのだ。
しかしそれに価値が無いと判断し、彼とともにレンジャーキーを集めることにした。
―レンジャーキー
かつて、とある地球では『スーパー戦隊』と称される英雄達と星を狙う宇宙帝国ザンギャックの死闘が行われていた。
『レジェンド大戦』と呼ばれたそれは結果的に両者の痛み分けに終わり、ザンギャックは地球から撤退せざるを得なかった。
そしてスーパー戦隊側も、力を使い果たし、それらはレンジャーキーとなって宇宙各地に散らばってしまったのだ。
マーベラスは仲間達とともに宇宙を駆け回り、それらを手に入れた・・・・・・
のだが、バトルロワイアルに巻き込まれてしまった。
そして今も、必死に集めた『レンジャーキー』も仲間達さえも彼の元には無い。
「どうせお前はレンジャーキーを横取りするつもりだろ!」
振り向き様に大樹に人差し指を伸ばす。 大樹は愛想笑いをしながらも、背中を少し反って距離を離した。
自分の持っている支給品に価値が無いとわかると、手のひらを変えて握手しようとするのは虫が良すぎるのだ。
加えて人良さそうな面に泥棒である。 この手の人間は気に食わない。
自分を海賊に引き込んだアカレッドを裏切った、バスコのことを思い出さざるを得ないからだ。
どうせ私欲に走って仲間を売るのが目に見える。
「でもこれからそんなもので生き残れるのかい? 確かに僕も君も戦えるけど、
このロワでは何が起こるかわからないんだ。 一人だと長生きできないかも知れないよ?」
確かにバトルロワイアルに置いて戦略を確保するのは重要だ。 慣れないレンジャーキーだけで生き抜くのは、
如何に宇宙を旅してきた身であれ厳しい。 仲間のことだから生きてはいるだろうが、
彼らを探すのに協力者が多いのは望ましいことだ。
それに最初から裏切るとわかっている分、対処のしようはある。
「それとも僕が先回りして全部持っていっちゃおうか」
「ちっ!」
本当にそんなことができるのなら当に一人で行動しているはずだが、
こんな奴に出し抜かれるのも癪だ。 せめて他の仲間と合流するまでは我慢することにした。
「じゃあ飯にすっぞ!」
「はいはい」
まだ済ませていなかった朝食のために、二人は開店していたラーメン屋に足を運ぶ。
『二郎』という看板を潜り抜けて。
その日、神奈川県は変わっていた。
スーツを羽織って慌しく駆けていくサラリーマンや、流行のファッションを着た若者達の姿は見受けられない。
殺し合いが行われている現状で不用意に身を晒す者は少ない。 余程の理由が無ければ篭城に専念するであろう。
外に出るとしても与えられた武器をちらつかせて、警戒心を剥き出しにしていることも珍しくない。
よって平和な街などという光景があるわけがないのだ・・・・・・だが、
かと言って、今のルカには街の異変をバトルロワイアルだからと言い切ってしまうことはできなかった。
「どうしてこうなったの?」
街中に溢れかえるハイレグレオタードの住人を見てルカは呟く。
色は様々であるが、住人達は皆同じハイレグレオタードを着ていたのだ。
ネクタイを巻いたのはサラリーマンだろうか、同僚と思われる男性と一緒に話をしながら歩いている。
壮年の女性は手提げ鞄を持って商店の中に入っていく。 よく見ると店の中も異常だ。
店主も客も、首から下にはハイレグレオタード以外何も着ていない。
恐らく女子高生だと思われる少女達が、甲高い声で談笑しながらルカ達を横切る。
ちらりとあった目が何処と無く侮蔑に満ちていたのは気のせいだろうか。
(どうしてこの人達こんなに笑ってられるの?)
街の住人を見て、ルカは困惑していた。
彼らの手の平には、彼女の握っているような銃は無い。
すれ違う人間同士は全く視線を向けず、そのまま通り過ぎ去っていく。
まるでバトルロワイアルなど最初から無かったように、彼らは皆、笑顔であったのだ。
「地球にはこういう街もあるのか?」
対するラハールは腕を組んだまま彼女を見上げて質問する。
「私は聞いたことないわ」
ルカは首を振って否定の意を表す。
魔界出身のラハールからすれば、この街の人々の衣装も一つの文化として解釈できるが、
生憎、原住民のルカからしても彼らの格好は異常であった。
バレエやダンス以外でレオタードを着た人間なんて見たことがない。
「未洗脳者?」
「え、未洗脳者だって!」
「やだー未洗脳者じゃだってーキモーイ」
「未洗脳者が許されるのは、小学生までだよねーキャハハハ」
ルカ達に気づいた街の住人は一斉に振り向きその目を細める。
流行のファッションというものは多数決によって決められるもので、
少数派はどれだけ異を唱えようが変わり者扱いされる。
「あの、これは一体・・・・・・?」
じりじりとにじり寄ってくる住人に尋ねるが答えはない。
珍獣を見つけたといわんばかりに、ある者は笑いある者は携帯を向けている。
パシャリという音とともに、フラッシュがルカの視界を一瞬覆った。
このままではすっかりサル山の猿だと認識したのか、ラハールの拳も震えている。
とその時コンクリートを大きく鳴らす足音が聴こえてきた。
「パンスト兵様!ハイグレ!」
「パンスト兵様だ!ハイグレ!」
「やだーパンスト兵様だってーステキーハイグレ!」
「パンスト兵様に許されるのはハイグレ人間だけだよねーキャハハハハイグレ!」
ストッキングを被った特撮ドラマの戦闘員のような男達がルカ達の前に姿を現す。
人々は『ハイグレ』という掛け声とともに、両手を使ってがに股で股間を強調するポーズを取る。
「ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
「ハイグレ!ハイグレ!ハイグレ!」
「コマネッ・・・・・・じゃなかった、ハイグレ!」
「来るぞ」
「え?」
ラハールが呟く。
すると彼らは手に持った銃(?)を向けて光線を発射したのだ。
「伏せろ!」
「ひゃ!?」
ラハールの声に思わずルカはしゃがみ込み、頭上を光線が通過した。
背後にいた住民を後ろ目で確認したが、光線が命中してもなんとも無いようだ。
(これってまさか・・・・・・!)
そしてルカは気づく。 街の住人の異常と彼らが慕う・・・・・・というよりは主従関係にあるパンスト兵。
何より住人が口にした『未洗脳者』という言葉。
やはりこの状況はパンスト兵達によって演出されていたのだ。
光線に当たれば自分もあのようにこの街の住人となってしまうであろう。
(早く逃げなきゃ)
目線をパンスト兵達に戻すと、ラハールが彼らに向かって斬りかかっていた。
靴底がコンクリートと打ちつけて軽快な音を立てる。 姿が消え、一瞬で上空に現れる様は
ルカにはテレポートをしているようにも見えた。
「どけ」
振り上げた剣に呼応して、陽の光が集まっていくかのようにラハールの体が輝き出す。
天から見下ろす眼光が貫くのは烏合の衆、俗に言えばやられ役ども。
ニヤリと笑い、地上に向かって飛び掛る。 向かうは列のど真ん中。
餌を探しに羽ばたく鳥達も、星でも流れてきたのかと錯覚したのであろう。
事態の異変に気づいたパンスト兵もいたが、流星を前にしては助けを願う暇はない。
強き者に対抗するためには数を揃えるのが定番だ。
が、弱き者はどれだけ数を揃えようと弱いのだ。
そんな彼らを一振り一振り斬って始末するのは面倒なのである。
所謂雑魚散らしのために魔界の者どもはこの技を何度も使う。
それが飛天無双斬。
爆炎が周囲を焦がし、ルカを含めた見物客達は顔を覆った。
砕かれたコンクリートは欠片となって、いくつかのパンスト兵とともに飛び散った。
体を打ち付けていた熱風が収まったのを確認すると、ルカは目元を覆っていた腕を退ける。
(やっぱり、すごいや・・・・・・)
硝煙の中で立っていたのはラハールただ一人だった。
パンスト兵達は彼を中心に大の字で倒れ伏せており、ルカに道を作っていた。
「何を呆けている、来い!」
「え、ええ!」
叫んだものの、ラハールはルカとは明後日の方向を向いている。
この件を仕組んだ犯人の下に喧嘩を売りに行くのだろう。
ハイグレ人間達は駆け出そうとするルカを捕らえようとするものの、
彼女が銃を向けると罵倒を繰り返しながらも畏縮してその場から動けなくなった。
そして視界の隅から消えてしまいそうなラハールに向かって必死に走り始める。
『ロットバトルしようぜ!』
『ヤサイニンニクカラメアブラ』
『ロット神様が・・・怒っている!?』
『ロットが乱れるんだよ!』
『ドーピングコンソメスープ! さて諸君、私が二郎を完食するのを止められるかな・・・・・・』
『・・・・・・お若いの、ちと暴れすぎたようだな。
ワシは『協会』から派遣された『潰し屋』さ。
俺に負けたら三田界隈からは出て行ってもらうぜ』
『じゃあ私がロットバトルに勝てばいいわけね』
『おまえが我らに勝つだとぉ!?』
『人間の小娘が生意気な!!』
『東の牧場の
マグニスさまだ・・・・・・』
『ロットマスターさま、だ豚が』
『ここか・・・・・・祭りの場所は!』
『全部マシマシで』
『そんな盛り合わせで大丈夫か?』
『大丈夫だ、問題ない』
『コレクッテモイイカナ』
『野菜抜く!止められるなら止めてみろ!』
『この世の全ての食材に感謝をこめて、いただきます!』
『貴様にも味わわせてやる・・・・・・二郎の恐ろしさをな!』
『多々食わなければ生き残れない!』
『ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!』
『ナイスデース』
『みんな!!カネシに入れ!!カネシに入ればアブラの動きは遅くなる!!』
『これが勝利の鍵だぁぁぁぁーーーーーッッ!!』
『絶技『ツバメ殺し』。おまえさんには使えねえよ。
ロットの声が聞こえないおまえさんにはな。
だが、お前にもロットの声が聞こえるようになれば・・・・・・あるいは、な』
「なんだここは?」
店内は異様な熱気に包まれていた。
蒸発したスープが視界を曇らせ、油と汗の臭いが鼻をつく。
店員達は機械のように只管ラーメンを作り、客に配る。
受け取った客は皆、一心不乱にそれを食べ始める。
何故か全員ハイレグレオタード姿であったが、これでは色気も何もあったものではない
地球にある程度慣れてきたマーベラスであったが、戦場のように殺気立っている食堂は始めてであった。
「なあお前・・・・・・」
「僕もここは初めてだね。 早いところ食べてオサラバした方がいいんじゃないかい?」
大樹に尋ねてみるが、彼もこの店はあまり詳しくないらしい。
彼の言う通り早く用を足してしまおうとマーベラスは財布に手を伸ばす。
「あ」
「どうしたんだい?」
食券機に札束を入れている大樹が振り向く。
基本的に食事は仲間の手料理で済ませており、彼自身街に出向いて買い物をすることもあまり無い。
中身には万札が詰め込んであっただけで、マーベラスは心の中で舌打ちをした。
「おい」
仕方ないので千円札に換えてもらおうと、店員に声をかける。
とその時、店内の空気が張り詰めたことに少し驚いた。
「細かいのにしてくれ」
気にしていても仕方ないので言葉を続けた・・・・・・と次の瞬間だ。
ラーメンを食べていた客の何人かが一斉に立ち始めたのだ!
『ギルティ!』
『ギルティ!』
『ギルティ!』
『ギルティ!』
『ギルティ!』
鋭い目つきでマーベラスに怒声を浴びせる。
意味がわからなかったが、それが罵倒の言葉であることは理解できた。
だが叫んでいただけで何もしなかったので、マーベラスは眉間に皺を寄せるだけであった。
店員は普通に両替してくれた。
「なんだこれ?」
マーベラスは目の前に現れたラーメンに目を見開く。
巨大な器から伸びるのは刻まれた野菜の山。 箸で突付けば今にも崩れだしてしまいそうだ。
(いくらなんでも多すぎだろ)
早くオサラバしたかったので、マーベラスは普通盛りを注文したはずである。
目の前のもやしの山や丼のサイズからして、明らかに普通の域を超えている。
だが、隣の席を見てみても似たような丼が並べられているため、これがこの店の『普通』らしい。
彼らは迷うことなく野菜の山を掻き分けて麺を食べ始めている。
こんなことなら麺は大盛りにするんじゃなかったと、内心後悔した。
そして麺が大小しか選択できないことに大きな不満も感じていた。
「なんだったんだあの店は・・・・・・」
二郎を出たマーベラスは狼狽していた。
野菜の山と肉を食べるだけで腹が膨れ、麺をすする頃には食欲はほとんど消えていた。
それでも口に運んでみたがまず濃い。 店内の熱気を凝縮したかのような油臭さだ。
吐き気を我慢して食い進めてみても途中で満腹になってしまい、箸のペースは遅くなってしまう。
いずれ周囲からの視線が厳しくなって
『海賊ギルティ!』『食うの遅すギルティ!』『ギルティィィィ!!!』
などと言われたが、食わなかったら負けた気分がしたので結局食を止めることはなかった。
腹は満たされているはずなのに、いや満たされすぎていたせいもあって店内に入る時よりも疲れた気分だ。
もっとも、
『ノットギルティー! 人は誰でも二郎を食べていい!それが解らない貴様らは、豚だ!』
との声も上がったため、自分を批判したハイレグ野郎どもに対する怒りは無いが。
「やあ遅かったね」
店の看板の前には腕を組んでいた海東大樹がいた。
腹を押さえるマーベラスを見てギョっとしたが、すぐに元の態度に戻る。
彼とは別席だったため、会ったのは数十分ぶりだ。
最終更新:2011年12月13日 11:47