カオスという言葉はもともとギリシア神話で世界最古の神を指す。
別に意味が生まれたのは二十世紀後半である。
一人の気象学者が提唱した「バタフライ効果」は世界中の科学者に衝撃を与えた。
一匹の蝶が嵐を起こすことがある。小さな事件が予想も出来ないような余波を生むことがある。
それは、古典的力学世界の終焉、「ラプラスの魔」の死を意味した。
「あの悪魔め、一体何を考えているのか……」
一人の少女が暗い廊下を歩いていた。その顔は晴れない。それも当然だろう。
せっかくのオフの日だったというのに、いきなり悪友から電話で「これから面白いことを起こすから付き合え」と強引に呼び出されたのだ。
神にとって有給休暇など数千年に一度取れるか取れないかというところなのに。
「もし下らんことだったら、あいつをカオスの淵に百年は放り込んでやろう」
やがて長かった廊下は終わり、ようやく目的の部屋の前にいた。その部屋の前には二人の男がいた。
神でも悪魔でもないのは見れば明白だった。そのうちの一人が彼女を見て恭しく頭を下げる。
「これはこれはカオス様。あなたのような神がなぜこのような場に?」
その男の顔にはどことなく見覚えがあった。記憶を手繰り寄せてみると、確かほんの百年ほど前に冥界で会った……
「ポアンカレ? 人間であるお主こそなぜここに?」
「急な呼び出しを食らったのでございます。おそらくはカオス様、あなたと同じ相手に」
アンリ・ポアンカレ。人間の身でありながら神の座に近づき、死後は英霊となった天才たちの一人。
人間で始めて「カオス」という概念に到達したまさに神の寵児である。
「ったく、やってられっかてんだよな。こちとら唯でさえ他の冥界の死者よりは何倍も忙しいってのに」
その隣には、悪態をつく長髪の男が。
「ニュートン……お前まで」
こちらもやはり、生前から神にもっとも近い存在として尊敬されていた英霊である。所詮は人間とはいえ、
下級悪魔程度が軽々しく呼び出せる存在ではない。
「この憂さはライプニッツでも罵って晴らすとするか……」
ただし、その人格のほうは聖人とは行かなかったが。
それにしても、これだけの者を集めて一体あいつは何をするつもりなのか。
少女―――ギリシアの神カオスは、その狙いがわからずに首をひねった。
「待たせたな」
ようやく部屋の扉が空き、中から横柄な声が聞こえた。三人は顔を見合わせ、恐る恐る中に入っていく。
部屋の中は、寒気がするくらいに整然としていた。塵一つ落ちていないし、家具は几帳面に壁に平行になるように並んでいる。
いつでも散らかっているカオスの部屋とは比べ物にならない。
その部屋の真ん中に、黒い服を着た女が座っていた。
「やあお三方。無理を言ってすまない」
ニュートンがこれ見よがしに鼻を鳴らす。
「一体なんのつもりだ? 貴様のような時代遅れの悪魔が我々を呼びつけるとは。なあ、『ラプラスの魔』」
女は無言で微笑んだ。
ラプラスの魔は、古典物理の世界が生んだ神である。
あらゆる物体の運動が計算できるのならば、無限の計算能力を持った悪魔がいればその悪魔は完全な未来予知が可能ということになる。
しかしその存在はカオス理論と不確定性原理によって否定された。
実際には複雑なこの世界の未来を性格に予測するのは無限の計算能力をもってしても不可能だ。
つまり彼女はすでに時代遅れの悪魔である。
「今日集まってもらったのは他でもない。単刀直入に言おう。私は人間どもに殺し合いをしてもらうことにした」
「な―――」
カオス、ポアンカレ、そしてニュートンも流石に驚きの声を上げる。
「が、私一人の力では無理だ。そこでカオス、お前にも主催者として参加して欲しい」
「何を言う。私は人の心から生まれた神だ。そんなことは出来ない」
カオスは戸惑いながらも答える。
「そうですラプラス様。そもそもなぜそんなことを?」
「それはねポアンカレ君、君の頭脳の正しさを証明するためでもあるんだよ?」
悪魔はおもむろに立ち上がると、机の上においていた一枚の紙を取り上げた。
「私は今までさまざまな殺し合いを見てきた。しかしそのどれもこれも、いわば予定調和の代物だ。
結末がすぐに見えてしまうんだよ、私にはね。最初から結末がわかりきっている小説を読む気に、君達はなるかい?
そこで私は考えたのだよ。まったく展開の予測の付かない殺し合い……テラカオスロワイヤルをやればいいとね」
悪魔は三人にその紙を渡した。そこには多くの人の名前が書かれている。国籍も時代もバラバラだ。
「それが参加者だ。なるべくカオスな人選にしたつもりだ。そしてルールもカオス、支給品もカオスだ。
これならば展開の予測が付かない物語になると思わんかね?」
「ふ、ふざけるな!! そんな目的のために罪の無い人を……」
カオスの言葉をニュートンが遮った。
「で、俺たちまで呼ばれたのは何でだ? まさか俺らにもこれに一枚噛めとでも言うのか?」
「君達も主催者としてこの殺し合いに参加してもらう。ニュートン君、君は古典的物理学的世界の創始者だ。
いわば予測可能な世界の神と言えよう。この私を生んだのも君の理論だからな。
一方ポアンカレ君はカオス理論の創設者。こちらはいわばカオスの世界の神と言えるだろう。
私も何度か見たことがあるが、カオスな殺し合いというのはただカオスになりすぎてもよくない。何でもアリが過ぎるとただの駄作だ。
つまりある一定の割合で予定調和が欲しいのだよ。つまりこういうことだ。
私とニュートン君がこの殺し合いの規則的な側面を、カオスとポアンカレ君がカオスの側面を担当する。
それによって、おそらくは過去最高のカオスな殺し合いが展開されるだろう」
「なるほど。混沌の中にも一筋の規則を、規則の中にもわずかな混沌を、ですか……」
ポアンカレは深くうなずくと、微笑んで言った。
「いいでしょう。お受けしましょう。私もカオスが支配する世界をこの目で見てみたい」
その姿を、ニュートンは忌々しそうに横目で睨んだ。
「俺は帰るぞ。こんな馬鹿馬鹿しいこと、つきあってられん」
カオスも、手にした参加者名簿を放り投げて言った。
「私もだ。こんな戯言、興味は無い」
そう言って二人は悪魔の部屋を去ろうとした。その背中に、悪魔は切り札の言葉を投げかけた。
「知りたいとは思わないかい? 我々の、一体どっちが本当の意味での神なのか」
二人の足が止まった。
「カオスが勝つか、規則が勝つか。その結末を見届けたいとは思わんかね? この血塗られた
ゲームを通してな」
【カオス@ギリシア神話】
状態:健康
思考:主催になるのを決意
備考:ロリ
【ポアンカレ@歴史】
状態:健康
思考:主催になるのを決意
【ニュートン@歴史】
状態:健康
思考:主催になるのを決意
【ラプラスの魔@歴史】
状態:健康
思考:真のテラカオスロワを開催する
最終更新:2007年07月31日 15:53