「貴音! あんたこんなところで何してんのよっ!」
「おや、水瀬伊織ではありませんか。血相を変えてどうしたのです?」
都内某所、765プロダクション。
数多くの人気アイドルをデビューさせたその実績とは不釣り合いなほどに小規模な事務所の前に、二人のアイドルがいた。
「どうしたの、じゃないわよ! バトルロワイアルが始まったって聞いてないの!?」
キラリと光るデコがマジチャーミングな、小柄な体躯の美少女、水瀬伊織と、
「ばとるろわいある、ですか」
銀色に輝く長髪が特徴的な、ミステリアスな雰囲気を漂わせた美女、四条貴音である。
「まったく……この私が汗水垂らして探してたってのに、なんであんたはそんなに緊張感が無いのよ」
「探していた……伊織がわたくしを、ですか?」
「そうよ。あんただけじゃなく、765プロの連中全員を、だけどね」
ハンカチで額の汗を拭いながら、伊織は貴音に事のあらましを説明する。
水瀬財閥――世界に名立たる伊織の実家は、政界に対してもある程度のパイプを持っている。
そのコネクションを利用し、765プロの人間とその親類縁者をバトルロワイアルが終了するまで安全な場所で保護するのだ。
この殺し合いが終わったとき、誰一人欠けることなく以前と同じような日常を過ごすために。
そのためならば、普段は出来る限り頼らないと決めている家の力を行使することすら、伊織は辞さなかった。
「……なのに、どいつもこいつも連絡がつかないから、この私自ら汗水垂らして探すハメになったのよ」
「それはご苦労をおかけしました」
「まったくよ……はあ、疲れたわ」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で「……でも、生きててよかった」と付け加える。いおりんマジツンデレ。
「じゃあ、とりあえず他の連中を探しに行くわよ」
「少々お待ちください。わたくし、その前にやらねばならないことがあるのです」
「は?」
予想外の言葉に、伊織はきょとんとした表情を浮かべる。
この切迫した状況下で、何をやらねばならないというのか――そう問い詰めようとしたとき、伊織の脳裏に一つの可能性がよぎった。
長い付き合いである。信じたくはないが、おそらくそういうことなのだろう。
「貴音、あんたまさか――」
「はい。おなかが空きました」
「やっぱり……」
頭を抱えたくなるのを我慢して、伊織は冷たい視線を貴音に送る。
貴音の食に対するこだわりは重々承知していたが、まさかここまでとは。
大きな溜め息が、伊織の口から漏れ出た。
「……一応聞いておくけど、食事はとりあえず避難場所に着いてからじゃダメ……なのよね」
「ええ。事態は火急を要します」
「わかったわ。先に腹ごしらえとしましょう」
このまま空腹の貴音を連れ回すよりは、とっとと食事を済ませてしまった方が話が早いだろう。
かく言う伊織自身も、少しばかり空腹ではあったのだ。
もう一度溜め息を吐いて、伊織は近くに営業中の飲食店が無いか周囲を見回す。
残念ながら、765プロダクション階下に店舗を構える居酒屋『たるき亭』は今日は営業していないようだった。
「……って、よく考えたらこんな状況じゃ、開いてるお店はそうそうないわね。どうする?」
「ご心配には及びません、わたくしによい考えがあります。……わたくしがらぁめんを作ればよいのです」
「えっ?」
あんたラーメンなんて作れるの?
伊織が口を開こうとしたそのとき――ゴツン、という鈍い音が響き。
水瀬伊織の意識は、そこで闇に飲まれた。
◆ ◆ ◆
究極にして至高のラーメン…古来より、ラーメン愛好家の間でまことしやかに語られてきた伝説である。
このラーメンが表舞台に姿を表したのはかつて行われた世界的格闘技大会のただ一度のみであり、
中国代表の弁髪の男が対戦相手であるドイツ代表の軍人を打ち破ったのち、
気を失い動けなくなった相手を材料にラーメンを作って食したと伝えられている。
生きた人間を具材とするその残虐性から、現代ではほとんど作られていない。
民明書房刊『拉麺の歴史』より
◆ ◆ ◆
「……いおりんのらぁめん、まじ美味。でありました」
スープを最後の一滴まで啜り終え、丼に箸を置くと、貴音は手を合わせて食材に対する感謝の意を述べる。
究極にして至高のラーメン。これまで貴音が食してきたどんなラーメンとも違う、まさしく究極にして至高の一品だった。
「申し訳ありません、伊織。わたくしの求めるこのらぁめんは、今このときしか食せないものなのです」
バトルロワイアルの最中は、どれだけ人を殺したとしても罪に問われることはない。
すなわち、生きた人間を料理するという非道な行いも――このバトルロワイアルにおいてのみ、許されるのだ。
貴音は丼や調理器具もろもろを支給されたデイパックにしまうと、どこへともなく歩き出す。
友との永遠の離別に涙を流しながらも――彼女の胃は、まだ満たされてはいなかった。
【水瀬伊織@アイドルマスター 死亡確認】
【一日目・00時15分/日本・765プロ前】
【四条貴音@アイドルマスター】
【状態】空腹
【装備】
【道具】支給品一式、調理器具とか食器とかもろもろ
【思考】
1:食欲を満たす
最終更新:2012年07月24日 08:18