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 少女は兄が嫌いだった。
 なよなよした女の子みたいな態度を取って、
 そのくせお人よし過ぎる兄のことがずっと嫌いだった。
 でも最近、兄が始めたカードゲーム――ヴァンガードは兄を変えた。
 兄はほんの少しだけ強くなった。
 相変わらずお人よしだけど、相変わらずどこかなよなよしてるけど、
 だけどヴァンガードファイトをしている兄は真剣で、
 きりっとしてて、格好よくて。少女はそんな兄にいつの間にか憧れるようになった。

 だから少女は願う。

 私に兄のように、一歩踏み出す勇気をください。


++++++


 『――『千石うぐいす』並びにその同行者『末原恭子』。
 この二人を私の元に殺さずに連れてこい!! この二人は私の自宅から金を盗んだ大悪人だッ!!
 私直々に手を下さなければならないッ!! 連れてきたものには特別報酬を進呈しよう。

 放送は以上だッ!!!』

「な……」
「おお~」

 東京。
 ビルが立ち並ぶスクランブル交差点の中央で、
 千石うぐいすと末原恭子は放送を聞いて、そして口をぽかんと開けた。

「なんやて……うぐいす君! めっちゃキレられとるやん!」
「いや~バレてたとはなぁ。
 でも末原先輩も分かるだろ? 目の前に札束があったら抱えたくなる気持ち」
「開き直ってる場合ちゃうで!? 全国放送で名指しされたとか……」
「俺ら、有名人やん!」
「ちゃうわ! めっちゃ危険な状況ってことやろ!」

 ……口をぽかんと開けたのは同じだったが、その理由は違ったようだ。
 末原が危機感を感じたのに対し、うぐいすはむしろ有名人になったと喜んでいる。
 あくまで一般人たる末原は思う。こいつ完全にアホだ!

「とにかくどっか隠れよう!? こんな目立つ場所いたら狙われる!」
「え~大丈夫だろ~? 名前呼ばれただけだし、
 俺ら見てすぐ『あいつらがうぐいすと恭子か!』って分かるやつが何人おると思てんねん」
「馬鹿か! そんなんネットにすぐ画像貼られるに決まっとるわ、
 情報化社会なめんな! ――ああ、言うてる間にあっちから、小っこい女の子が……」
「え?」
「……小っこい女の子が、鎌持っとる」

 うぐいすは末原が指差した方向を振り向く。
 そこにいたのは明るい茶色の髪をした、震えながら草刈り用の鎌を振り上げる少女だった。
 まだ年端もいかない、小学生だろうか? しかしその目は真剣で、誰かを守ろうという意思が伺える。

「あの。貴方と貴女がうぐいすさんと恭子さんで、合ってますよね?」

 少女は二人にそう尋ねる。
 そして返事を待たず、懐からもう一つの武器を取り出す。
 スタンガン。どれだけ体格差があろうと関係なく問答無用で相手を無力化する、
 小学生にだって使えてしまう非常に危険な武器である。
 ばち、ばち、ばちばちばちばち……クワガタのはさみのようなその先端部が夜明けの交差点に雷音を立てる。
 開始当初のパニックもたけなわ、多くの人々は死んだのか逃げたのか、
 ひっそりと静まり返っている街にその刺激音は、あまりに耳障りだ。
 それも音を立てている当人が悲愴な顔でこちらを見てくるのだから、
 うぐいすも恭子もぐっと唾を呑み込み、黙らざるを得なかった。
 しかしずっと黙っているわけにもいかず。両者は顔を見合わせたあと、「そうだけど」とうぐいすがぽつり。

 その瞬間少女は跳ねた。

「なら――私に捕まってくださいっ!!」

 つたない走り方をしながら、 
 決死の表情でスタンガンと鎌をこちらに向けんとしてきた!

「うぐいす君っ!」
「大丈夫だ!」

 少女はまず、体格のいい青年であるうぐいすの腹部を狙ってスタンガンを繰り出す。
 こちらから沈めた方が抵抗が少ないだろうという少女なりの判断だ。
 末原はとっさのことに驚きながらも、うぐいすの方を見て彼に発破をかけた、
 うぐいすはその時にはもう動いていた――思い切りよく反復横跳びをするというギャグめいた避け方だったが。

「とうっ! シュターッ(自分で効果音を発声しながら)」
「えっ」

 で、少女の直線的な軌道は修正が効かず、
 スタンガンを押し付ける体制のまま彼の脇を素通りし、勢い余って交差点の真ん中でこてんと転ぶ。

「決まった」
「……ひっく。えっぐ」
「……」
「何度でも言おう! 超かっこよく決まった!」
「……なあ、うぐいす君。もうちょっとなんかこう上手いかわし方なかったん。あの子泣いとるやん」
「おいおい敗者が泣くのは甲子園の定番だぜ、末原先輩。止めてやるなよ」
「いやここ交差点やから。甲子園やないから」
「ひっく。えっぐ……んんん!」

 二人のコントをよそに、
 ぶんぶん! と首を振って少女は泣くのをやめ、再び鎌とスタンガンを構える。

「さっきはし、失敗っ。今度こそ私に捕まって!」
「……なあお嬢ちゃん、いくらなんでもお嬢ちゃんじゃ、私とうぐいす君二人を捕まえるとか無茶やろ。
 少し考えたら分かることやん。こういうときは1人で無理せずに仲間と協力しーや」
「敵なのに私に説教しないでください! わ、私はあなたたちを捕まえて――アイチを助けるの!」
「アイチ?」
「愛知県が人質になってんのか?」
「いや――知っとるで。ていうか、思い出した。君、先導アイチの妹、やな?」
「!」

 末原の言葉に、茶髪の少女は若干たじろぐ様子を見せた。
 そう。少女の名前は先導エミ。麻雀や野球と同じくらいこの世界で流行っているカードゲーム、
 ヴァンガードの全国区のファイターである先導アイチの妹である。

「ど、どうして……」
「そりゃ全国紙に載るくらいの有名人の妹くらい知っといて当然やろ。というのはまあ、嘘だけど。
 立場柄、いろんな業界の有名人の情報を調べとくのが癖になっとってな……で、
 アイチを助けるってのはどういう意味や? まさかホンマに野田総理がアイチを人質に?」
「ち、違います。私はあなた達を総理に引き渡して――アイチの安全を保障するよう要求するの」
「ブラコンか?!」

 うぐいすが目を丸くした。兄のために汚れ役もいとわない妹なんてエロゲかよである。
 エミは顔を赤くしながらも首を振って否定する。
 それって否定しきれてないよね? というツッコミをあえてする者はいない。
 気を取り直して――少女は唇を噛んで啖呵を切る。
 鎌を腰のホルダーに戻し、スタンガンを両手で握り。

「かっ、家族を守るのは当然ですっ! アイチは頼りないから、私が守るの!」

 先導エミは再び二人の方へ駆け出してくる。
 一歩、一歩。ぶかっこうで不器用な走り方だが、しっかりと意思の籠った足運びだ。
 その意思が二人に害をなすものでなければ、なんと兄思いの良い妹だと二人は感動さえしただろう。
 しかしバトルロワイアルは残酷だ。
 うぐいすと末原は少女の意思を成就させるわけにはいかない。
 うぐいすはまあ、いいとして。末原だって少女に対する先導アイチのように、心配に思っている人はいる。
 同じ姫松高校のチームメイトとか、監督とか。

(そや……善野監督の無事も確かめなならん。こんなとこで捕まるわけにはいかへんのや)

 大切に思う人のために――という気持ちは分かるが、
 それを理由に人を傷つけていいわけがないのだ。
 ゆえに二人は最初、先導エミに同情はしなかった。当然スタンガンも避ける構えを取った。

 しかし、さすがに同情した。
 こちらに向かってくるエミの横顔が、マグナムじみた衝撃で吹き飛んだときには。

「あ”ぇ?」

 先導エミはどうみても即死だった。
 とつぜん横からハンマーで殴られたかのように顔が陥没し、そのまま目を飛び出させて耳から血を出し、
 気の抜けたような声だけ喉から出して、スタンガンをこちらに向けた態勢のままバタンと倒れて動かなくなった。
 数フレーム遅れて。彼女を殺した物体がその場に姿を現す。
 それは何の変哲もない野球ボールだ。しかし、エミの横顔をトマトのように粉砕するまで、
 うぐいすも末原もそのボールが投げられたことにさえ気づかなかった。

「――“消える、魔球”?」
「せ、先導アイチの妹! おい! 無事……じゃないわな……」

 野球人である千石うぐいすと、一般人である末原の反応は分かれた。
 うぐいすはボールを投げた人物が居るほうを見据え、末原は無駄だと分かっていても少女の死体に駆け寄る。
 末原がエミの死体を抱き上げるのと、うぐいすが死体を作った犯人の姿を視界に収めるのは、ほぼ同時だった。

「よお、お前ら。ちょっと聞きたいことあんだけど」

 うぐいすが見たのは、オレンジ地に黒のシマを刻んだ一匹の虎だった。
 ただし、野球のグラブをつけている。つまるところ野球の出来る虎なのだ。

「この日本にゃ、オレっていう世界一の虎を差し置いてタイガーを冠してる球団があるらしいんだけどな?
 それ、どこ? ――このティガニキが潰しに行くんだが」
「タイガースの本拠地は大阪だが」
「あっそうなのか。じゃ大阪行かなきゃなー」

 いきなり質問してきて、うぐいすから答えを得ると虎は立ち去ろうとした。
 ティガニキと名乗ったその虎は、
 どうも二人には興味がないようだった……だがその背中に、末原が怒声を浴びせる。

「ま、待てや!」
「あぁん? なんだよ」
「今、君、人殺したんやぞ! なんでそんな平然としてられるんや! てかなんで殺した!?」

 もっともな質問だった。
 しかしティガニキは頭を掻きながら、そっちこそなんでという顔でこう答えた。

「いや、だってオレが質問しようとしたら、お取りこみ中っぽかったからってか――襲われてるっぽかったから。
 そこのガキ殺せば話が早いと思ったわけだ。お前らこそ、助かって嬉しいんじゃないの?
 大体いま別に殺しても罪には問われないんだろ? そういうルールなんだろう? じゃあいいだろ、殺しても」
「いいわけあれへんやろ!!」
「訳が分からん。なんでダメなのか論理的に説明できるのお前?」

 自然を生きる虎であるティガニキと、平和に暮らしてきた人間である末原では、
 どうも命の価値観に違いがあるようだった。
 論理的に説明しろと言われるとさすがに末原も黙るしかない。
 人をなぜ殺してはいけないのか?
 当たり前のことだが、いざ答えろと言われると意外と詰まるものである。とくにこんな状況においては尚更。

「……なんで、て言われても」
「はい論破。じゃ、オレ急いでるんで、これで失礼」

 すたすたとスクランブル交差点から立ち去るティガニキ。
 なんとも言えない顔でそれを末原は見つめる。傍らで死んだ少女と見比べる。
 こんな――こんなことがあっていいのか?
 こんな理不尽が、カオスが、あっていいのか?
 圧倒的な暴力で全てを捻じ曲げられ、これまでの理屈や戦術が何もかもが通用しない。
 それはまるで、末原が屈辱を噛みしめることになったあの大将戦のようで――。

「待ちな」

 塞ぎこみそうになった末原の隣。
 鋭い目をした男が……千石うぐいすが、ティガニキに向かって声をかけた。

「お?」

 そして拾ったボールを投げる。
 特別変な回転が掛かっているわけでもない・しかし速いストレート。
 その球威に気付いたティガニキは振り返り、難なくグラブにその球を収める。
 ティガニキがうぐいすの方を見る。うぐいすはギラついた目で獣を見返し、言った。

「一球勝負」
「?」
「お前が投げた球、俺がホームランできるかどうか。ダービーしねえか?
 さっきの放送で呼ばれた千石うぐいすと末原恭子ってのは俺らのことだ。
 だから、お前が勝てば――俺らを野田総理に引き渡すことで簡単に阪神を潰せるぜ」
「ちょ、うぐいす君!?」
「ただし。俺が勝ったら。お前は金輪際、人を殺すのをやめろ」
「はぁ?」

 乾いた笑いをしたティガニキをよそに、
 デイパックから金属バットを取り出したうぐいすはバッターボックスの構えを取る。

「ビビってんのか? ピッチャー。阪神潰すんだろ?
 そしたらこの天才野球少年たるうぐいす様一人潰せないようじゃ名折れだぜ」
「……煽るじゃねえかガキ。見てただろ、オレの球は“消える”ぞ」
「はっ、そんなん“見え見え”や」
「ちょい、ちょ、うぐいす君! いきなり何してんねん!? なんで勝負になってんの!?」
「ほうほうほう。いいぜ受けてやる――。このティガニキに喧嘩打ったこと、後悔するがいい」

 話が見えないまま勝負モードに入った二人に困惑する末原。
 しかし一度始まってしまったバッターとピッチャーの勝負場は「聖域」となる。
 止めることは叶わない。
 ティガニキはわりとノリノリでマウンド(交差点の中央)に。
 うぐいすは少し下がって横断歩道の始点に。キャッチャーは無し。一球勝負。

 ピッチャー第一球、投げた。



+++++++++++



 末原は空を見上げた。
 カキーンと小さく音がして、ボールが空へと打ちあがったからだ。
 バッターのもとにたどり着くまで完全に消えていたボールが姿を現し、また空の雲に被さって消えた。
 うぐいすは打ったのだ。特大のホームランを。

「なんだ、と――嘘だ。嘘だ嘘だどんどこどーん」

 ティガニキは自信を喪失し、地面に崩れ落ちた。
 急激に魂が吸い取られたかのようにやせ細っていきしなびた大根のようになって、死んだ。
 末原は目をぱちくりし、横のうぐいすを見る。
 うぐいすは末原の方を流し目で見て、語った。

「人を殺しちゃいけねーのなんて、当たり前だよな、末原先輩」
「……あ、ああ?」
「だってよ。誰にだって大切な人がいて、その人に死んでほしくないと思ってる。
 やから、その人を守るために法律とかできて、死なないように願っとんジャン?
 俺はバカだけど、そういう気持ちは分かる。だからムカついとんのや。殺し合いなんて始めたあの総理にな」
「うぐいす君」
「俺は野田総理に野球勝負を挑んで、今みたいに打ち倒すつもりや」

 末原の方に向かって、うぐいすは手を伸ばす。

「なんつーか、巻き込む形になっちまって申し訳ねーけど。協力してくれるか、先輩」

 末原ははうぐいすを見上げた。突然現れ、嵐のように自分を巻き込み、
 でもとりあえずなんとなく頼れる存在であることは分かった同行者を見上げた。
 野球で総理に勝負を挑む。ふざけた目標だと思う。
 しかし、全てがふざけてしまったこの世界で、逆にその目標は正しい気がしてきた。

「はっ。お断りや」

 だから末原は、うぐいすが差し出した手をパシリと叩いて、

「私、野球はできへんからな――野田総理は私が、麻雀で倒したる。協力やのーて、同盟や」

 精いっぱいに不遜に宣言した。二人はこうして、仲間になった。


【一日目・7時13分/日本・渋谷109前】


【千石うぐいす@泣くようぐいす】
【状態】健康かつ健全
【装備】トレパンダ、金属バット
【道具】支給品一式、野田総理の自宅から持ってきた金1億円ほど
【思考】基本;首輪外して、野田総理を野球で倒す
1:末原先輩と行動する
2:ガチャピンの無敗神話を破る


【末原恭子@咲 -Saki-】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、その他不明
【思考】基本:首輪外して、野田総理を麻雀で倒す
0:姫松高校のチームメイトや善野監督を探す
1:うぐいす君と行動する


【先導エミ@カードファイト!ヴァンガード 死亡確認】
【ティガニキ@く○のプーさんのホームランダービー 死亡確認】
最終更新:2013年02月26日 20:04