それからしばらくの間はパソコンに向かい続ける日々が続いた
初めのうちは不安感と恐怖心もいっぱいではかどらなかったが、日を重ねるごとに慣れていった
『梅ヶ峰高校』関係のコミュは実にあっさりと見つかった
あっさり見つかったはいいが、その数は思いのほか多かった
『梅ヶ峰高校野球部』『梅ヶ峰男子』『梅ヶ峰高2年生』『梅ヶ峰高校の卒業生』『梅ヶ峰の七不思議研究』etcetc…
また、コミュの名前に『梅ヶ峰』が入っていなくても、その中身は『梅ヶ峰』に関することだったりもして、ややこしい
だが、この程度のことでへこたれているわけにはいかないのだ。頑張らねば
まずは順当に『梅ヶ峰高校の生徒』というコミュに目を通し、そこから個人のページに飛ぶ
個人のページにはどのコミュ入っているかも表示されるから、その人の趣味嗜好、人となりなどが一目でわかる
お堅い感じの日記をつける人は参加コミュも比較的まじめで、チャラチャラした日記をつける人は、そういういかにもなコミュに多く参加していた
また、同じ高校生でも文章力にはそれぞれ驚くべき差があるということもわかった。
チャラチャラした感じの人の日記は、何と言うか支離滅裂なものが多く、もしかしたら暗号か何かを使って機密を守っているのではないか、と勘繰りたくもなった。こういった文章に慣れるのは実に大変だった
傾向としては、コミュに積極的に加入しているのは女の子で、男はそんなに多くのコミュには参加していないようである
いろいろな発見と気付きがあった。こういう世界が、私のあずかり知らぬところで広がっていたということにあらためて感心する
感心している場合じゃなかった
こうして、数多くの日記を読み、ほんのささいなヒントでもないかと目を凝らしていく日々の結果、何人か気になる人物をピックアップすることができた
気になるページをプリントアウトして、ファイルにとじていく
気付いたこと、気になったことなどがあればメモしたり付箋紙を貼ったりしておく。この前の話し合いで、あらかじめそういう風にしておくこと、と決めておいたのだ
私たちが再び集まったのは、前回の集まりから一週間ほどたってからだった
場所は前回同様私の部屋だ
「おいおい~みんなまぶたが腫れぼったいぞ~?」
集まったみんなの顔を見て、律が思わず吹き出した
そんな律のまぶたも赤く腫れあがっていた
私の部屋に入り、それぞれ前回と同じ場所に座を占める
今回は、それぞれが作成したファイルをまずは回し見する。それから、他の人のファイルを見て疑問に思うことなどがあれば聞く。そして最終的に、特に気になった点を発表するという形で行うことにした
しばらくの間、部屋の中にはファイルをめくる音と、質問・返答する小さな声ばかりしていた
私は、ささいなことでも何となく気になったらファイルするという方法をとっていた
『今日は女の子を強姦した』なんてそのまんまな日記があるはずもないのである。そこにそこに繋がるかもしれない小さなヒントを見つけることが大切なのだ
地道に地道に、ページをめくっては目を通すことを続ける
そうして数時間後…みんなが特に怪しいと感じた人物をピックアップし、ニックネーム及び日記・自己紹介やコミュなどから推測した情報を簡単にノートにまとめた
- しん 梅ヶ峰高3年、当日に商店街に行っている
- 鉄 梅ヶ峰高3年、6月までは童貞であることをコンプレックスにしている内容の日記を多く書いていた
- タカちゃん 梅ヶ峰高3年、男尊女卑
- キムラ 梅ヶ峰高2年、暴力的な内容の日記を書く
- かず 梅ヶ峰高2年、当日に商店街に行って食事をしている
- Toshi 梅ヶ峰高2年、桜高のある女子に惚れている、当日に商店街に行っている
- ユーキ 梅ヶ峰高2年、日記に頻繁に『レイプ』という単語を使っている
- ぐっさん 梅ヶ峰高2年、当日に商店街に行っており、『良いこと』があったらしい(良いことについての言及
はない)
- 内田 梅ヶ峰高2年、7月からの日記にしきりに『童貞を卒業した』と書いている
- タキ 梅ヶ峰高2年、暴力的な内容の日記を書く
- 天狗 梅ヶ峰高1年、日記の中でレイプ願望があると告白している
- タナカさん 梅ヶ峰高1年、当日に商店街に行っている、7月からの日記でしきりにぼやいている
・
・
・
こうしてまとめていくうち、最終的に30人を越える容疑者が挙がった
私はノートをみんなに示した
「とりあえずこんな感じで挙げてみたけど…」
梓がうんざりしたように漏らす
「男って下品ですね…」
「この中に犯人がいるのか…?」
律が疑問を投げる
「わからない…でも、とにかくここに挙がった男をあらためて調べてみよう」
私は一覧をコピーしてみんなに配った。それから一人につき数名ずつ分担してさらに詳しく調べ、明後日また集まることにした
ところが
その夜、9時を少しまわったころ。律から電話があった
「ちょっと気付いたことがあるんだ!今から行く!」
気付いたこと…?一体何だろうか
しばらくして律がやってきた。よほど急いだのか、汗びっしょりである
「パソコン!使わせてもらうぞ!?」
律はそう言って、私を追い越していった。
これは…期待、できるのかもしれない…!
私が部屋に入ると、律はもうパソコンの前に座ってニクシィのページを開いていた
「おい律!一体何なんだよ、そんなに慌てて…」
律は私の問い掛けにパソコンから目を離さずに答える
「家に帰ってからな、『かず』って奴のことを調べてたんだよ。そしたらコイツ、このコミュにも入っててさ」
パソコンには『喜多上中学校卒業生』のコミュが表示されていた
「きた…がみ、か?卒業中学のコミュか」
「ああ。で、澪がコピーしてくれた一覧に名前が書いてあるやつで、このコミュに入ってるのが他にもいるんだ」
「『かず』って奴以外にもか?」
「ああ。『タキ』と『ぐっさん』だ」
律は画面をスクロールさせる。たしかに、『かず』『タキ』『ぐっさん』の名前が確認できた
「確かに同じコミュに入ってるな…」
律が畳み掛けるように言う
「しかも全員同じ学年だ。おまけにこの3人はお互いを友人登録している。つまり、同じ中学出身で、かなり仲の良い3人組ってことだな」
「かなり仲が良いってのはどうしてわかるんだ?」
「お互いの日記に、頻繁にコメントを付け合ってる。文面から見ても仲が良いのは間違いない。それから…さっきの一覧表見るとわかるけどな、『かず』と『ぐっさん』はあの日の放課後、商店街に行ってるんだ」
「ってことは…」
「おそらく、一緒に商店街に行ってると思う。しかもそのとき『ぐっさん』は良いことがあった、と日記に書いてるんだ…」
律の言わんとすることはわかる。が、私にはまだピンと来ない
「律の言いたいことはわかるよ。でもそれは、こいつらが一緒に商店街に行ったってだけのことじゃないのか?
それに、『タキ』ってやつは商店街には行ってないないみたいだし、何より憂ちゃんを襲ったのは4人組だ」
律が反論する
「『タキ』は事件当日にそもそも日記を書いてないんだ。その次の日もだけどな。それに、4人目はニクシィに加入していないのかもしれない
それか、ニクシィには加入してるけど、梅ヶ峰高の生徒じゃないかもしれない。ほら、梓が言ってたろ?犯人の中にはタンクトップのやつがいたって」
「確かに、それはそうだけど…」
「それにな」
律はパソコンに向き直り、あるページを開いた
「これは『タキ』のページだ。結構多趣味らしくてな、色んな写真をアップロードしてるんだけど…澪、見てくれ」
私は画面を覗き込む。ウルトラマンの人形の写真だ。人形を手で持って、それをデジカメか携帯電話で撮影したのだろう。しかし…これが何だというの?
「ウルトラマンじゃないか」
「セブンだけどな。まあそれはいいとして…気付かないか?」
「?」
さっぱりわからない
「この画像、アップされたのがつい先週なんだ。暑い盛りだ。…ここ、見てみ」
律が画面を指差す。人形を持っている手の、手首の辺りに…長袖の襟。長袖?
私は若干声を上ずらせながら言った
「おい律!長袖って、確か…」
「ああ、憂ちゃんを襲った男のうち一人はもう7月だってのに長袖を着ていた。梓がそう言ってたよ
ちなみにこの写真の奥のほうにな…ほらこれ、見えるか?この白いの。多分これは扇風機の枠だ
ということは、部屋にクーラーが効きすぎてて少し寒いから長袖を着た、というわけでもないんだよな
さらに、もっと遡ると……ほらこれ、去年の夏にアップされた写真だけど、やっぱり長袖だ
多分こいつは、年がら年中長袖を着るってのがポリシーなんじゃないか…?」
私はただただ驚いていた。うまく言葉が見つけられない
でも…
「律!すごいじゃないか!これはもしかすると、もしかするかもしれないぞ…!」
私は素直に言葉を走らせた
律は頭をかきながら笑って答えた
「ははは、まあ、いつまでも役立たずじゃいられないしな…
でも正直、まだまだ証拠って言えるレベルじゃないと思うんだ。こうやってもっともらしく言ってるから、もっともらしく聞こえるけど」
何だろう、今夜の律は違う…!
「同じ中学出身の仲良し3人組がいて、そのうち二人は事件当日に商店街に行ってる
残る一人は商店街に行っているかはわからないが、犯人グループの一人と特徴が似ている
…これだけじゃ駄目だ。もっと確かな証拠が要るよ
それに、もしこの3人が犯人グループのメンバーだとしたら、残る一人を見つけないと…」
「確かにそうだな…でも、これでまた一つ可能性が広がったよ。ありがとう、律」
律は頬を赤らめて、しきりに頭をかいていた
私は律の話を聞いた後、むぎと梓、純ちゃんに、予定を早めて明日集合するよう連絡した
律の発見により、調べるべき範囲が大きく広がった
- 犯人グループの全員が梅ヶ峰高の生徒ではないかもしれない、ということ
- また、あの3人が犯人だとするならば、残る一人もおそらく『喜多上中学校』の卒業生であろうということ
私は集まったみんなの前で、昨日の律の話をまとめた
むぎも、梓も純ちゃんも、少なからず興奮しているようだった
私はここで後輩二人に一つの役目を与えた
「この容疑者3人は、二人と同じ2年生だ。だからもしかすると桜高の2年生の中に、この『喜多上中学校』の卒業生がいるかもしれない
少し探ってみてくれないか。卒業アルバムなんかが借りられればなお良いんだが」
純ちゃんが即答する
「わかりました。友達に当たってみます」
梓も続いて
「頑張ります!」
と威勢良く言った
梓と純ちゃんが帰った後、、私と律とむぎは唯に接触を試みるために話し合った
唯の依頼している探偵に情報をリークするためには、その探偵事務所がどこの何という事務所なのかを知らなければならない。それを探るのだ
もちろんそれが理由だが…本当の理由は…他でもない、唯に会いたかったのだ
ただ、これが意外と神経をつかう
唯には、私たちは普通に夏休みを過ごしていると思われていなければならない
裏で行動していることを気取られてはいけない。違和感・不信感を与えてはまずいのだ
慎重な話し合いの結果、前もってアポをとらずに会いにいったほうが自然だろう、ということになった
会いに行った日に、必ず会えねばならない
しかし、今までの経験から考えると、それは容易でない気がする
私たちはそこで…むぎに力を借りることを決めた
むぎの家の子飼いの人間に、唯のことを探らせるのである
これまでにも、むぎの家に頼ることを、考えないではなかった
しかし、そうすることは躊躇われて、実行に移せなかった
私たちがしていることは、犯罪にも繋がるようなことなのだ。もし下手をうってむぎの家に迷惑をかけるわけにはいかない
それになにより、自分たちの力だけで何とかしたい、という気持ちもあったからだ。唯がそうしているように…
だが、もう形振り構ってはいられない
このことを話すと、むぎはにっこり微笑んで
「大丈夫よ。ただ唯ちゃんを探すだけだもの、おかしなことにはならないわ
それに信頼できる組織に頼むから、安心して」
と言った。信頼できる組織とは一体…
最終更新:2011年05月04日 16:56