ブーンブンシャカブブンブーン♪
聞き慣れたフレーズを耳にして、梓ちゃんはキョロキョロと辺りを見回した。
もっとも、スピーカーは壁に埋め込まれているから、見つけられないと思うけど。
「目立った変化は無いようだが?」
「えぇ、お父様。だってターゲットは『まだ』呪いにかけられていないから」
「……なるほど。こちらの2人が、今から呪いをかけてくれるのか」
「そういう事よ。じゃあ、お願いしていいかしら?」
オカルト研の2人が、スッと立ち上がった。
けれども、その表情には、まだ若干の躊躇いがあった。
「……最後に確認したい」
「本当に、三種の呪いを複合させてもいいのか」
思わず私は微笑んでしまった。
無感情な人たちだと思っていたけれど、意外に人間らしいところがある。
でも、その覚悟の壁を越えて来てくれないと、琴吹グループの戦力にはなれないの。
「……構わないわ。あなた達の、ベストパフォーマンスを見せて!」
儀式が始まった。3種類分だから、とても時間がかかる。
意味不明な呪文を唱えるオカルト研の2人を、お父様は真剣な表情で眺めていた。
私はリビングの椅子に座って、紅茶に口を付けた。少しだけ、ぬるい。
ブーンブンシャカブブンブーン♪
「ふにゃぁっ、ひゃぁぁぁぁっ!?」
……どうやら、一つ目の呪いが発動し始めたらしい。
梓ちゃんの様子から察するに『快楽天』かしら。
ブーンブンシャカブブンブンブーン♪
「きゃはははっ、ひゃっ、きゃははははははっっ!?」
……続いて『エンゼルフェザー』も。
二つ目の呪いが、一つ目の呪いを上書きする事はないらしい。
つまり今、梓ちゃんの身体には『悪魔の快楽』と『天使の愛撫』が共存している。
ブーリブリチャカビガッビガッ♪
「ぎゃはああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
……最後は『囚われのロキ』。
しばらく痛いかもしれないけど、すぐに慣れると思うから頑張ってね、梓ちゃん!
「……終わった」
オカルト研の2人は、かなり消耗した様子だった。
呪いを1つかけるだけでも、たぶん相当な体力と精神力を使うはず。
本当に、頑張ってくれた2人に、拍手を送りたい。
「明らかにターゲットの様子が変わったようだね」
「えぇ、お父様。それぞれの呪いについては、そちらの書類に詳しくまとめてあるわ」
「ふふっ。手際が良くなったね、紬。
では申し訳ないが、そろそろ私は行かなければならないので、失礼させてもらうよ」
お父様はこれから泊まりがけで仕事に出掛ける。
帰宅するのは、明日、日曜の夜だ。
「2人とも、本当に素晴らしい才能をお持ちのようだ。
今後ともお付き合いをさせて頂きたい。どうぞ、よろしく」
「……ありがとう」
「こちらこそ、よろしく」
「では、明日の夜に結果を確認させてくれ。頼んだぞ、紬」
お父様が出掛けた後、役目を終えたオカルト研の2人も帰ってしまった。
帰り際に見た2人の表情から、迷いは消えていた。
依頼された仕事に対する、冷酷なまでの責任感。
琴吹グループに貢献するために、最も必要なものを、わかってくれたんだと思う。
「……さて、梓ちゃんの様子はどうかな?」
モニターを覗き込むと、梓ちゃんは小部屋の真ん中でのたうち回っていた。
エンドレスリピートの『ミツバチ』は、着実に梓ちゃんにダメージを与えているみたい。
特に『囚われのロキ』の痛さは、なかなか耐え難いものかもしれない。
でもね、安心して。その痛さは単独じゃないから。
『快楽天』の気持ちよさと、『エンゼルフェザー』のくすぐったさと、セットなの。
次第に、痛さを感じれば、同時に気持ちよさを感じるような回路が出来上がる。
そうすれば、ずっとずっと気持ちいい、最高の状態になっちゃうわ!
……本音を言うとね。
それくらい壊れてくれないと、困っちゃうの。
お父様は、まだ完全には満足していない様子だった。
お父様は、もっと強烈な効果を呪いに求めているみたい。
だから明日の夜、お父様が帰って来るまでに、もっとグチャグチャになってほしいの。
私も全力で梓ちゃんを壊してあげるから、よろしくね♪
携帯電話の着信音が鳴った。相手は澪ちゃんだ。
「いや~、ムギ。順調みたいだな!」
「うん、バッチリよ! オカルト研の2人には感謝しなきゃ」
「律なんか興奮しちゃって、呪いも発動してないのに笑いが止まらないみたい」
「あははっ、りっちゃんも喜んでくれてるのね」
澪ちゃんとりっちゃんは、別の場所でモニターの映像を見ている。
音声を流すと大変な事になっちゃうから、もちろんミュートでね。
「ところでムギ、梓の様子を見て、ひとつ気付いた事があるんだ。
ビクンビクン跳ね上がってる時と、わりと落ち着いてる時と、両極端じゃないか?」
指摘を受けて改めてモニターを見ると、確かにその通り。
曲のサビの部分には言霊が多く含まれているから、呪いも多く発動する。
でも、それ以外の部分には言霊がほとんど無いから、何も起こらない。
私は澪ちゃんにお礼を言って、すぐに斉藤を呼んだ。
「『ミツバチ』のCDを10枚と、CDプレーヤーを10個用意して!」
解決策は、至極単純だ。
タイミングをズラして、何重にも曲を流せばいい。
ブーンブンシャカブブンブーン♪
超マニアック 特攻隊長 本日も絶好調♪
ブーンブンシャカブブンブンブーン♪
胸ドキドキワクワク体ノリノリ♪
ガンバンベ! 踊れミツバチ♪
ブーリブリチャカビガッビガッ♪
ダッセー飛び方でもいいから上へ飛べデッケー夢持って♪
ブーリブリチャカビガッビガッ♪
ブーンブンシャカブブンブーン♪
草食系とかマジ勘弁♪
「ぎにゃあああっっっ、ぎにゃあああっっっ!!!
あふぅ、あひゃぅぅ、たしゅけてぇぇぇっっっ!!!
やっ、やすみぃ、なしぃ、わっ、むりぃぃぃっっっ!!!」
10個の音源から『ミツバチ』を流し始めてから、梓ちゃんは一切の休憩なく、
気持ちよさと、くすぐったさと、痛さを感じ続ける事になった。
でも、この状態があんまり長く続くと、ショックで本当に死んでしまうかもしれない。
「……そろそろ、いいかしらね。音楽を全部止めて!」
私の合図から数秒と経たずに、すべての音源のスイッチが落とされた。
私はメイドを一人携えて、地下の小部屋へと向かう。
「梓ちゃん、調子はどう?」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
梓ちゃんの身体は軽い痙攣を続けていた。
医者を呼ぶような症状でない事を確認して、メイドに水分と糖分を補給させる。
口の中に押し込まれたものを飲み込むくらいの力は、まだまだ残っている。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。そろそろ練習を始めましょうか?」
「はぁっ、はぁっ、……えっ?」
メイドが梓ちゃんのギターケースからムスタングを取り出した。
放心状態の梓ちゃんを立ち上がらせ、ストラップを肩に掛けさせる。
「どうしてキョトンとした顔をしてるの、梓ちゃん?
今日は元々、練習するために、私の家に来たんでしょ?」
「えっ、あっ、はい……」
「実は梓ちゃんのために、用意しておいたものがあるの。
純ちゃんのベースと、憂ちゃんのドラムを録音した、練習用テープ!」
「あっ、えーと、ありがとう、ございます……」
梓ちゃんの思考は、まともに働かなくなっているみたい。
それだけ『ミツバチ』10重奏は過酷だったのね。
「今からこのテープを流すから、梓ちゃんはギターとボーカルで合わせるのよ?」
「わ、わかりました……」
「それじゃ、始めるわね。曲は『ミツバチ』よ!」
「……えっ?」
カンッカンッカンッカンッ
憂ちゃんがスティックを鳴らす音。
この曲は出だしからボーカルが入るから、梓ちゃんは最初から歌わないといけない。
「梓ちゃん、ボーッとしてる間に曲が始まっちゃったわよ?」
「あっ、すみません……」
そうこうしている間にイントロ部分が終わり、ベースとドラムの音がテープから流れた。
この音だけでも呪いが発動して、梓ちゃんの身体はピクピクと反応する。
でも今は練習なんだから。梓ちゃんはギターを弾いて、歌わなきゃ、ダメだよ?
「ほら、ギターボーカル、しっかり頑張って!」
「うぅ……、行き先イケメン、ハイビスカス♪ うぅ……」
「ちゃんと全部の歌詞を言わなきゃ!」
「ブ……、ブーリブリチャカビガッビガッ!!」
自分で発した言霊によって、梓ちゃんの身体はピクンと跳ね上がった。
これに耐えるのも練習のうちだから、仕方ないわね。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「情けないわね、梓ちゃん。たった一回、通しで練習しただけじゃない」
「だっ、だって、ムギ先輩……」
「言い訳をするような子は、武道館に行けないよ?
さぁ、もう一回、通しでいきましょうか?」
梓ちゃんの表情は、次第に絶望的なものに変わっていた。
私はそれに気付かないふりをして、練習用テープを再生した。
「38℃の真夏日、うぅっ……。夏祭り、ぐすっ……。こんな日は♪」
「ほらほら、明るい曲なんだから、泣きながら歌っちゃダメよ」
「ひぐっ、ガンバンベ! 踊れミツバチ♪」
「そうそう、その調子よ!」
「ブーンブンシャカ、はぐぅ、ブブンブーン♪」
「もっと笑顔で歌って!」
およそ30分の練習を終えて、私はリビングに戻って来た。
5分ほど休憩を与えられた梓ちゃんは、床に寝転がって、微動だにしない。
せっかくだからベッドの上で寝ればいいのに。
そして再び、10個の音源から『ミツバチ』が流れ始めた。
梓ちゃんの絶叫が、マイク越しに聞こえる。
大体30分くらいこのまま放置しておいて、その後また練習にしよう。
……30分練習、30分鑑賞。
『ミツバチ』尽くしの素敵なサイクルが完成した。
よし、日曜の夜まで、このサイクルを延々と繰り返す事にしよう。
そうすればお父様が帰って来る頃には、梓ちゃんもすっかり素敵な状態になっているはず。
きっとお父様も喜んでくれるわね!
次の日は月曜だから、学校か。
澪ちゃんとりっちゃんに、イタズラしてごめんなさい、って謝ってもらわないと。
その後、純ちゃんと憂ちゃんと一緒に演奏して、練習の成果を見せてもらおう。
耳栓をするから音は聞こえないだろうけど、澪ちゃんとりっちゃんも喜んでくれるわ!
「だから、頑張ってね、梓ちゃん♪」
「にゃああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」
おわり!
これで本当に終わり!
本編、番外編ともに支援ありがと!
ドM和ちゃんまで書いて終わらせる筈だったのに、みんな梓に仕返ししろって言うから続けてみたら、えらい鬼畜になってしまった
最終更新:2011年05月05日 21:37