私、平沢唯。
サイド3にある桜高の3年生でした。
戦争が激化した今、もう年齢も性別も技術も関係ないと言われ、学徒兵としてMSに乗っています。
数ヶ月前、地球の友軍に物資を送り届けたんだけど、マ・クベ大佐率いる地上侵略軍は、私達とすれ違うように宇宙に脱出してしまい、
今さわちゃんを中心とした我がHTT部隊は他の友軍を宇宙に脱出させるための殿を務めています。
今私達の後ろに見えるのはこのあたりで最後のHLV(大重量貨物ロケット)発射台。
3つ見えるHLVのひとつひとつに、何百人もの人間やMSが積まれているため、あれを落とそうと連邦が集まってきているのです。
それを陽動し、無事にHLVを宇宙に脱出させるのが私達の仕事なのです……。
「以上が、通達された命令です。」
ちょっとした平地に作られた簡素なテント。積まれた土嚢に座るのはラフに軍服を着流す女性達。その前に立って、指令を伝えるメガネの少女。
「つまり……私達が囮になって、HLVを逃がすと。」
埃っぽい風を黒い長髪に絡ませ、澪が言う。
「要約すると、そうなります。」
「和ちゃん、そんな他人行儀にしないでよ。」
唯が立ち上がり、腰に手を当てる。
「いえ、今は貴女達が上官ですので。」
「んなこと言ったって、今はそんなこと気にする奴いないぜ?ほら、見覚えある顔ばっかりだろ。上官様なんてのは、みんなあの中さ。」
律は親指を自らの後ろに突き立てる。その先にあるのは、もちろんHLVだ。
「そのお偉い方のために、私達はここにいるのよ。実際、あの人達にとっては他の人も物資もどうでもいいの。」
珍しく、紬が愚痴をこぼす。
「……そうね、じゃあ普通に話させてもらうわ。と言ってももう時間はあまりないけど。」
和が振り返った先には、レーダーとにらめっこしたままの梓がいる。
「敵MS部隊、センサーに引っかかりました。まだソナーには反応ありません。」
「そんな……まだお姉ちゃんやみなさんといっしょにいたいのに。」
憂がうつむき、つぶやく。
「おいおい、縁起の悪いこと言うなよ憂ちゃん。」
「そうそう、私達はぜっったい宇宙に帰るからね!」
律は頭を押さえ、紬は鼻息荒くそう言う。
「……みんな、そろそろ時間よ。パイロットはすぐに搭乗して。」
「了解。」
立ち上がる5人。言うまでもなく、HTTのバンドメンバーだ。
「みんなごめんね……。隊長なのに指揮ができなくて。」
「ううん。さわちゃんは和ちゃんと憂をHLVに送り届けるのが任務なんだから。」
「そーだよさわちゃん。あたしのかわいい和と憂ちゃんをよろしくな。」
「こんな時に何言ってんだ!」
「あいたー☆」
全員、笑った。涙が出そうだったけど、無理矢理笑った。そうしなきゃいけない気がした。
爆発音が聞こえる。
「哨戒のマゼラ・アタック(ジオン軍の主力戦車)隊が敵戦車部隊と戦闘を開始したと……。まだHLVの物資収容も、ザクの補給も終わっていないのに……。」
梓がつぶやく。
「よーしみんな行くぞー!」
「「おー!」」
各々がザクに向かい歩く中、梓が憂を呼び寄せる。
「何?梓ちゃん。」
「これ、持ってて。もしかしたら、役に立つかも。見つかったら没収されちゃうかもしれないからさ……。」
憂は梓に手渡されたそれを、しっかりと握りしめた。
「では先生。先に行っててください。」
『りょーかい。』
一機のザクが立ち上がる。その足下でエンジン音を鳴らすジープ。運転席に座る和が、憂を呼ぶ。
『ジオンの栄光を君に。』
「ジーク・ジオン。」
梓の後ろに4体のザクが立ち上がる。
『あーずにゃん!早くしないと置いてくよ!』
「はい、今行きます。」
梓もまた、自らのザクに向かい走り出した。
「くぅー!さすがに敵さんもがんばってんな!」
律の声が、各々のコクピットに響く。
「軽口叩いてる余裕があるおまえがすごいよ!唯!2時の方向から敵機!」
「りょーかい!」
唯機がマシンガンを構え、引き金を引く。澪機に気を取られていたジムは、あえなくスクラップになった。
「さすが澪ちゃん!」
「澪は昔からザクの操縦うまかったもんな。」
「昔っていつだよ。」
束の間の休息。息が詰まりそうなこの空間が、一瞬あの音楽室に戻る時間。
「私……怖いんだ。」
「?」
澪の震えた声。
「こうして、ザクのパイロットとしてここにいること……いつみんなが死んじゃうかもしれないこと……。それももちろん怖いけど……。」
すすり泣くような声。
「人を……人を殺すのが普通になってしまったこの私が……一番怖い。」
「……。」
全員黙り込む。その沈黙を破ったのは梓だった。
「気持ちは分かります……。でもやらなきゃ……やらなきゃ行けないんです。祖国のため、仲間のため……そしてなにより、自分の為に。」
うつむき、モニターを見つめる澪。そのとき、モニターに表示されたレーダーに、高速で移動する点が現れた。
「なに?この機体……。」
同じく、それを見つけた唯が言う。
「……これってまさか。」
「……!澪ちゃん!!よけて!!」
「え」
紬の声が響いた。が、もう遅かった。朱色の閃光がザク達の隙間を縫い、後方で立ち尽くしていた澪機の右腕に直撃する。
「ビーム兵器!?」
「散開しろ!!狙い撃ちにされるぞ!!」
そう命令を下し、岩陰に隠れる律機。
最大望遠で確認されるその機影。白い体。そして、特徴的なアンテナ。
「なんで……なんで白い奴がここに?」
「澪!落ち着け!早く脱出しろ!!」
「いやだ!!いやだ!!死にたくない!!」
無理矢理立ち上がり、走り出す澪機。
「澪!まだ動くな!」
「イヤアアアアアアア!!」
もう一筋の朱い閃光が、澪機のランドセルに突き刺さる。
轟音とともに、澪機は光になった。
「澪!澪!!」
「律先輩!!だめです!!もう……だめです。」
岩陰から飛び出そうとする律機の肩を押さえつける梓。
「そんな……澪ちゃん……それに、むぎちゃん……あの機体。」
「えぇ。“あの”白い奴じゃないわ。でも……ジムタイプとは比べられない性能を持ってることに違いはないわ。」
ゆっくりと歩を進める陸戦型ガンダム。
「梓……もうわかった。離してくれ。」
「……。」
梓機がゆっくりと離れる。
「何にしろ、このままここに隠れているわけには行かないだろう。……梓、お前のシュツルムファウスト(対MS用ロケット弾)くれないか。」
「はい……。」
梓機から渡されたシュツルムファウストを腰に装着する律機。
「あたしが突っ込む。唯、むぎ、梓、後方支援を頼む。」
「!なにする気ですか!?」
「なんだよ、そうでもしなきゃ奴を倒せねぇだろ!!」
律の荒い息づかいだけが、各々のコクピットに響く。
「ごめん……なーに、死にはしないさ。あたしを誰だと思ってる?天下無双の田井中律様だぞ☆」
「……ふふ。」
重い空気を砕いたのは、紬の笑い声だった。
「やっぱり、りっちゃんはりっちゃんなんだね。」
「そうだね、りっちゃんはりっちゃんだよ!!」
「ちょ、唯先輩……むぎ先輩……。」
まだ、梓は納得が行かないようだった。
「さわちゃんがいない以上、あたしの命令に従ってもらう。……それが部長としての、最後の仕事だ。」
律機が飛び出し、ヒートホークを抜く。
「おらおらおらぁー!!」
不意を付かれた先頭のジムが切り裂かれ、爆発する。
そのまま体勢を上げ、その後ろのジムも真っ二つになる。
「唯ちゃん!」
「うん!」
四方から現れたザクに混乱する連邦のMS。
「そこか……白い奴!」
陸戦型ガンダムを見つけ、ヒートホークを振りかぶる律機。しかし、一瞬で、ガンダムは、その場から、消えた。
「!?」
朱色の刃が、律機の左腕を切り取る。空中でバランスをとれなくなったそれは、そのまま倒れた。
「りっちゃん!?」
「なに、まだいけるさ。」
律機は立ち上がり、そのまま敵の中に突っ込んでいく。陸戦型ガンダムのビームライフルが、その背中をねらい撃つ。
直撃はしない。ギリギリでよけながら、律機は、律は走った。
「唯ちゃん……りっちゃんとの通信を切りなさい。」
「いやだよ……そんなのいやだよりっちゃん!」
「早く切りなさい!!」
『自爆スイッチオン。30秒後、この機体は消滅します。早く脱出してください。』
「いやだよりっちゃん!!」
『はは……ゴフっ……悪いな、唯。こっちから……っ!!回線……切るぜ……。今まで……ありがとな。』
回線が切れる。
「りっちゃん!りっちゃあああああん」
──澪、今行く。
残燃料。バズーカのマガジン。そして、シュツルムファウスト。全てが粉々に吹き飛んだ。
ガンダムを含む、連邦のMSを巻き込んで。
最終更新:2011年05月06日 12:42