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医「…落ち着きましたか?」
気付いたら私はソファーの上にいた。どうやらあの後気を失って倒れたらしい。
唯「…!う、憂は!憂は大丈夫なんですかっ…!?」
医「…残念ながら…明日の朝まではもたないでしょう…」
唯「っ!……」
…体中から血の気が引いていくのが分かる。
医「…本来は面会謝絶なんですが…、娘さんだけは、とご両親から言われています」
唯「…」
目の前が外の景色みたいに真っ暗になって、もう、何も考えられなくなっていた。
医「…」
そのまま先生に連れて行かれるように私は憂の病室へと入った。
唯「…うい?」
私の目の前には、顔から汗を噴き出し、苦痛の表情を浮かべた憂がいる。
口には酸素吸入機が、両腕には何本もの点滴が、
胸には心電図からのびたコードが…
まるで憂が死ぬことを前提にしているかのように繋がっている。
私は、以前と同じように憂の近くのパイプ椅子に腰掛けた。
唯「…うい…」
私はそっと憂の手を握った。
憂「はあ…っは…っはっ…」
憂はとても苦しそうに目を瞑っている。
ときどき手を強く握り返してくるのは不安からか、それとも痛みからか…。
私には知る由もなかった。今私の中にあるのは…絶望。ただそれだけだった。
いったいどれくらいの時間が過ぎたのだろう。
十分かも知れないし、もしかしたら一時間かもしれない。
そんな時間を過ごしている私に、ひとつの声が届いた。
憂「…おねえ、ちゃん?」
私が今一番聞きたかった声
唯「…う、い?」
一番大好きな声
憂「おねえちゃん…」
憂が、小さく目を開けて私の名前を呼んでいた。
唯「う、うい…だ、大丈夫?」
大丈夫な訳がないのに、こんな質問しかできない私。
もっと聞きたいことはあるのに…
憂「う…うん。…ごめんねお姉ちゃん?今日退院出来なくなっちゃった…」
あまりにも弱弱しい声。そして、さっきまでとは違い、力なく握られた手。
そのどれもが、憂に残された時間が少ないことを暗示しているようだった。
唯「うい…!もう!心配したんだら!!」
涙目になっているであろう私。何で怒鳴ってるんだろ?
憂「ごめ…んね、お姉ちゃん。でもさ…わたし…最後にお姉ちゃんと会えて…良かった」
え?…
唯「う…うい?どうして最後なんて言うの?…退院してまた一緒に遊ぼうよ…?」
憂がどうしてそんなことを言うのか不安で、
でも本当のことで…私は小さな返事しか出来なかった。
憂「おねえちゃん、私…自分の体のことくらい自分で分かるよ…。それとね…」
唯「ういっ!やめて!言わないでよぅ…っ!」
憂の口からそんなこと聞きたくなかった。
憂「それとね…私お姉ちゃんに謝らなければいけないことがあるの…」
唯「え…?」
憂が私に謝ること?そんなことなんて何もないはず…。
むしろ私が憂に謝るべきことはたくさんあるのに…
憂「私ね…実は三週間くらい前に…余命一ヶ月って…言われていたの…」
唯「…そ、そんな…」
憂「でもお父さんやお母さん、それと病院の先生にもこのことは秘密にしていてくださいって頼んだ…」
唯「じゃあ…あのときの言葉は…」
憂「お姉ちゃんや他の人に…心配をかせたくなかった…。あとお姉ちゃんには…私なしきちんとした生活を送って欲しかった」
唯「うっ…、ういいっ…!」
涙が溢れてくる。
憂がまさかそんな状態だったなんて知らなくて…
なのに私は憂を学校に早く戻ってねと声をかけたりしたこともあって……
なんて言えば良いのか分からなかった。
憂「だから…ごめんね?今まで黙ってて…」
唯「ぐすっ…、ういぃ…私だって…謝ることいっぱいあるのに…うっ、うっ…」
そんな私の頭を憂は持ち上げるのもやっとなはずの腕でやさしく撫でてくれる。
唯「ぐすっ…私も…憂に甘えてばっかで…自分のことも全部憂にやってもらって…なのに!なのに…!憂には何一つ恩返し出来なくて…」
憂「お姉ちゃん…私ね、おねえ…ちゃんの妹で本当に良かったと思っているよ?」
憂「おっちょこちょいでちょっとぐうたらだけど…やさしくて、他人思いで…たまにかっこいいお姉ちゃんが大好きだった…。これからも、ずっと…」
唯「…憂?…ねえ、そんなもう終わりみたいなこと言わないでよ…!」
なんだか憂の様子がおかしい。。
さっきよりも呼吸は速くなってるし、心電図は不規則な音を立てている。
私はナースコールを押すと、慌てて憂の手を強く握った。
唯「憂?…あ、そうだ…。今日は憂にプレゼントがあるんだよ!」
私は片手で憂の手を握りながらもう片方の手で床に置いてあるかばんをとり、
中からあのエプロンを取り出した。
唯「ほら!これね…、あの、憂が家に戻ったときにまた料理が出来るように私が作ったんだよ?」
唯「だからね、家に戻ったらさ、憂がこのエプロンを着て…私が憂に料理を教えてもらって…、一緒にお弁当なんかを作ったりして…」
唯「だから、憂!?死んじゃ駄目なんだよ!?ねえ!?憂ったらぁ!!」
その時、憂が再び目を開けた。さっきよりもさらに弱弱しく。
唯「憂!…すぐに先生が来るから…、すぐに…治るから…、そしたらまた二人で登校しようよっ…!二人でいっぱい遊ぼうよっ…!!」
その時、憂は口から血を吐いた。
私はもうどうすればいいか分かんなくて、憂の手をぎゅっと握っていた。
憂が一人じゃないと不安にならないために。
私は憂の顔を見る。
顔全体から出ている汗や、苦しそうな表情が
私の顔を自分の涙でぐしゃぐしゃにしていた。
よく見てみると、憂も涙を流しているのが分かる。
そして、その口は何か言葉を発せようとしていた。
唯「憂?なに?何か言いたいの?」
私は憂の口元に耳を近づけ、必死にその音、言葉を聞き逃さないようにした。
憂「…ねえちゃん。」
唯「何?憂?聞こえてるよっ?」
憂「あ…のね…、わたしね…、」
唯「うん、うん」
憂「おねえ…ちゃんの…妹で、……本当に……幸せっ…だった。」
憂「おね…え…ちゃん…、本当に…」
ガラッという音と共に、たくさんの看護婦、医者が入ってくる。
そして、あわてて私と憂の間に割って入る医者。
心電図を見て、青ざめる看護婦。私を急いで部屋の外に連れ出そうとする両親。
そのどれもが私にはやけにスローモーションのように思えた。
唯「いやあああああぁぁぁ!!うい、ういー!!」
ずっと握っていた手はゆっくりと引き離され、自分と憂との距離が離れてゆく。
いやだいやだと足掻こうとしても、その距離はひらくばかりだった。
私が病室から出そうになった時、憂がこっちを見た。
憂「―――。」
憂は間違いなく言葉を発した。声はもうでていなかったかもしれない。
憂は確かに、「ありがとう」
そう言っていた。満面の、私が大好きなあの笑顔と共に…
fin
―――2年後―――
唯「やった…、おかあさーん、見つけた!、あったよ~!」
私はとある大学の合格発表会場にいた。
母「まあ!よく頑張ったわね…っ!」
唯「も~お母さんが泣いてどうするの~?」
…憂、見てる?私医学部に合格したんだ…。
一浪しちゃったけど、昔の私からは想像つかないでしょ?
私ね、憂がいなくなってからしばらくは何もする気が起きなかった。
でも部活の皆や、お父さんお母さん、あと病院の先生のおかげで立ち直ることができた。
…あのね、たまに寝坊もしちゃうけど毎朝は自分で起きてるし、
ご飯だって自分で作れるようになった。休みの日にはお掃除や洗濯もしてるんだよ?
でもさ…憂がいないとやっぱり寂しいよ。
もうちょっと思い出作っておけばよかったな…。
あ、ごめん…ちょっと涙でてきちゃったよ。
この涙もろい性格だけは治んなかったな…。
そうそう、何で私が医学部目指したか分かる?
最初は憂が大好きだった料理の道に行こうかと思ったんだよ?
でもね、やっぱり憂には敵わないと思った。
だからさ、一人でも多くの人に安心と笑顔を届けられる医者を目指すことにしたんだ。
…ごめん、話が長くなっちゃったね。
最後にさ、あの時言えなかった言葉を言わせてよ。
唯「憂…ありがとう」
私は真上を見た。空には眩しいくらいの青空が永遠に続いていた。
~fin~
最終更新:2011年05月06日 14:31