――ファーストフード店
○○「梓ちゃんのことを気にかけてるって、そりゃあ、そうだけど……」
澪「梓も○○さんも、お互いがお互いを」
澪「心配しすぎてる」
○○「……どういうこと?」
澪「……最近、○○さんと梓は疎遠になってる。いや、というよりも、一定の距離感を無理やり保とうとしてる」
澪「友達としての距離感をね」
○○「……」
澪「違う?」
○○「いや……」
澪「さっき私は梓に会ってきて、話を聞いてきた」
○○「……」
澪「梓が何を言ったのかは、私の口からは言えないけど……」
澪「ただ1つ言えるのは、梓は○○さんの決意を邪魔したくないから、ギター友達として振舞って、○○さんを見送ろうとしてる」
○○「……」
澪「……そして、○○さん、あなたもきっと」
澪「梓に負担をかけたくないからって、この距離感を保とうとしてる。でしょう?」
○○「……」
澪「きっと、近くにいると日本を離れたくなくなるからとかで」
○○「それもあるよ」
澪「やっぱり!」
○○「けど、それは理由の1つでしかない」
澪「1つ? じゃあもっと他の理由が?」
○○「……」
○○「俺と関係を深めたって、さ」
○○「結局、俺はもうここに戻って来られないかもしれない」
○○「親しい人に何か不幸があった時の悲しみって……辛いんだ。自分の両親のことを見てると、よく分かる」
○○「せめて日本で手術を受けられれば、まだしばらくは一緒にいれたけど」
○○「外国に行く以上、これ以上梓ちゃんに近づくのはよくない」
○○「梓ちゃんには、あんまり泣いてほしくないから」
澪「○○さんは梓を悲しませたくないから、距離をあけたって、そういうこと?」
○○「……」コクン
澪「……やっぱり、2人はお互いのことを気にかけすぎてる」
澪「梓は、○○さんの邪魔をしたくないから」
澪「○○さんは、梓を悲しませたくないから」
澪「……けど、こんなの辛いだけだ」
澪「互いが互いに配慮して、もっと大事なことを忘れてる」
○○「……大事なこと?」
澪「梓と、○○さん、2人の気持ち」
澪「手術も大事だろうけど、2人の気持ちだって大事なはず!」
澪「○○さんは、梓が好きなはず!」
○○「……」
澪「梓と一緒にいたいって、思わない?」
○○「……」
○○「……俺は」
○○「ワガママなんだ」
○○「好きな子と一緒にいたいと思うぐらいには、ね」
――カラオケボックス
梓「……そんな、私から離れたくないからだなんて」
友「ありえないか? あいつは親や医者とも最後の最後まで相談したみたいなんだよ。なんとか日本で手術を受けられないかって」
友「結局、あっちの医者の都合で無理だって結論がついたみたいだけど」
友「それでもなあ、不自然なんだよ」
友「ただ単に時間やお金の問題だけだったら、あいつがそこまで強く主張するはずがない。ほとんどワガママに近いことを親に言うはずがない」
友「十中八九、別の理由がある。で、何事にもあまり執着しないあいつが唯一気にかけていたのは、『音楽』と『中野ちゃん』だ」
友「音楽はどこでもやれる。日本から離れて失うのは……君だ、中野ちゃん」
梓「……けど、私とは限らないんじゃ。他の誰かと離れたくないからとか」
友「君以外にいるわけないでしょ。何を今更」
梓「……」
友「あいつの気持ちが分からないほど鈍感じゃないだろうに」
梓「……分かりません。そんなの、言ってもらったことがないから」
友「ふーん。態度は時に言葉以上に物を言うよ? だってさ、中野ちゃんと一緒にいたいから、あいつは日本で、手術……を……」ピクリ
友「あっ!」ハッ
梓「な、なんですか、いきなり」
友「いや、待てよ」
友「……まさか」
梓「どうかしましたか?」
友「ちょっと待って。そうか、中野ちゃんと一緒にいたいってことがあいつの全てなわけだ」ブツブツ
友「だとしたら今回の手術は……」ブツブツ
友「……はは」
友「なるほどなるほど」
梓「な、何を1人を納得してるんですか」
友「いやいや、んー、そうか」
友「つまりだな」
友「あいつはどこまでも一途だってことだな」
梓「……? いったい何を」
友「へへーん、今、○○の3つ目のワガママを見つけたぞ。こりゃ楽しい」
友「ん、いや、これはワガママっていうより決意か」
梓「決意?」
友「中野ちゃん、心して聞きなさい」
梓「はあ」
友「○○が外国に行ってまで手術を受けようとしてるのはだね」
友「病気を治したい、皆にこれ以上の心配をさせたくない、っていうのも、もちろんあるけど」
友「それ以上に!」
友「中野ちゃん、君とこれからもずっと一緒にいたいから、あいつは手術を受ける決意をしたんだよ!」
梓「……え?」
――ファーストフード店
澪「梓と一緒にいたい……?」
○○「俺はさ、長生きなんてできない身体なんだ」
○○「それどころか、30歳ぐらいになれば、もう寝たきりの生活が待ってる」
○○「けど……」
○○「やっぱり好きな人とはずっと一緒にいたい」
○○「ずっと一緒にギターを弾いていたい」
○○「そうするためには……身体を治すしかない」
澪「じゃあ、手術を受けるのは、梓とずっと一緒にいたいから?」
○○「……」コクン
――カラオケボックス
梓「……」
友「今までのあいつなら、甘んじて自分の身体を受け入れて、辛くても誰とも関わり合いにならない生き方をしてただろうな」
友「だーが、今は違う。あいつは身体を治して、中野ちゃんと生きていく道を選んだんだ」
梓「……」
友「今は疎遠になっても、手術を成功させて日本に戻ってきたら、さっそく君にアプローチでもかけるつもりなんだろうねえ」
友「たとえ君に嫌われていたとしても、あいつはなんとか自分の思いを伝えようとする」
梓「……」
友「一途っちゅーか、一直線っちゅーか。ある種の馬鹿?」
梓「……」ギュっ
友「ふむ。もう、もやもやも晴れたんじゃない?」
梓「はい」
友「君のもやもやが何なのかはよく分からんけど、多分、○○との関係をどうすればいいか悩んでたんじゃないかな」
梓「その通りです」
友「じゃ、1つだけアドバイス」
友「時には自分の気持ちのおもむくままに走るのも、悪くない」
梓「その通りです。私、臆病だったんです」
梓「自分の気持ちを無闇に否定していました」
梓「けどそれは、自分の気持ちも先輩の気持ちも裏切るだけでしかなかった」
梓「友さんの言うことが真実なのだとしたら」
友「いや、真実だって。俺、かなり○○のこと理解してるもん」
梓「あはは……はい、真実ですね」
梓「だったら、私は先輩の気持ちにちゃんと応えなきゃ」
梓「先輩の決意を支えなきゃ、です」
梓「今すぐ、○○先輩に会いたい」
友「んじゃま、さっそく俺がメールしてやるよん」
――ファーストフード店
澪「だったら、その気持ちをもっと梓に言ってやらなきゃ!」
○○「……でも」
澪「相手のことを思いやれるのは○○さんの良いところだけど!」
澪「今はそんなの必要ない!」
○○「澪さん……」
澪「梓が悲しむって、そりゃあ、○○さんと離れれば悲しむし、いなくなれば泣いちゃうかもだけど」
澪「梓がそれに耐えられないわけじゃない!」
澪「だって、恋する女の子はすごく強いんだから……!」
澪「むしろ、このまま距離が空いたままの方が、後で絶対に後悔する!」
○○「あの……澪さん」
澪「なにっ!?」
○○「周りの人が……大声だったから」
ジーッ
澪「へ? あっ……」カァ
澪「あ、あう」ヘナヘナ
○○「だ、大丈夫?」
澪「は、恥ずかしい」カァ
○○「ははは……けど、ありがとう」
○○「女の子に叱られたのは2回目だ」
澪「2回目?」
○○「俺ってほんと駄目だなあ。考えてるつもりが、ただ単に逃げてるだけだったりしてる」
○○「……今からでもなんとかなるかな?」
澪「なるよ。絶対なる」
澪「梓はきっと待ってるから」
○○「うん。なんとか梓ちゃんと会わないと」
ピロン♪
○○「ん? メール……」
from 友
件名 さっさと行け
駅前近くの△公園だ。お前を待ってる奴がいるから、行ってこい。
○○「……」
澪「○○さん?」
○○「俺、行かなきゃいけないところができた」
澪「……梓?」
○○「うん。待ってくれてる」
○○「澪さん、ありがとう」
○○「澪さんが俺を変えてくれた2人目の人だよ」
澪「……うん」
澪「頑張れ!」
○○「じゃあ、また練習で!」
タタタタタ
澪「……」
澪「……」
澪「○○さんが走っていくなんて」
澪「そんなに想われてる梓が……やっぱり羨ましい、な」
最終更新:2011年07月30日 16:42